第227話 熟練度カンストのうどん者

「ユーマの国らしいご飯が食べたいな」


「日本らしい飯か……。何があるだろうなあ」


「ユーマ、あれなんだい? スープヌードルみたいだけれど」


 アンブロシア、目ざとい。

 あれはうどん屋である。


「よし、あそこにするか」


「イラッシャーイ! オニイサン、オイシイヨー」


 なんだ、このどでかい白人の呼び込みは。


「えっ、待ってください! 明らかに怪しいのに入るんですか!?」


 深山二尉が慌てて俺を引き止めてくる。

 腕をがっしり掴んだので、うちの女性陣が目をきらりと光らせた。


「待つのじゃ深山。お主、ユーマの力を知って、その隣を狙っておるのではないか? いや、妾たちは来るものは拒まぬが、まずはれっきとした序列が存在することを知るべきじゃ!」


 間に入ってきたのは竜胆。

 ちょうど、深山二尉と同じくらいの背丈なので、目線が合う。


「えっ!? な、なんて?」


 言われた言葉の意味が分からない深山二尉。

 気にしなくていいと思うなあ。


「ほれ、中に入るぞ。外にいると往来の邪魔だ」


「流石ユーマ様! 一般市民にも気遣いする様子、心が広いです!」


「いや、まあ元々こっちに住んでたからな。それからみんな、深山二尉はあくまで仕事で俺たちの財布……ううん。監視についてるんだからな。心配はしなくても大丈夫だ」


「ほう……ユーマが言うならそういう事にしておこうかね?」


 アンブロシアが挑発的な流し目を深山二尉にくれてやりながら、店内へ。

 店の中にいる人々は、俺たちに注目する形になる。

 最初は、「入り口で騒いで、うるさい連中だ」という迷惑そうな目線が、一瞬で好奇のものに切り替わる。


 深山二尉は普段着に近いものの、明らかに異国情緒あふれる格好の俺と、髪の色や光沢がおかしい女子たちが入ってくるのである。

 この中なら、耳が尖ったアリエルなんか地味なもんだな。


 俺たちは奥まったテーブル席につく。

 二つテーブルを合わせて、八人がけ。

 

「メニューデース」


 がたいのいい明らかに日本人ではないお兄ちゃんが、お品書きを持ってきた。

 これを覗き込み、女子たちがわいわいと騒ぐ。

 文字は読めないのだが、写真がついているからどういう料理だか大変わかりやすいのだ。


「スープが黒いよこれ! ユーマ、どういうことなんだい?」


「魚介とか、豆を発酵させて作ったスープの素を使ってるんだ。多分」


「ユーマ殿、この上に乗っている、フライのようなものはなんだ」


「天ぷらだな。まあ広義のフライだ」


「ユーマさん、この何か小さい黄色いものがたくさん浮いているのは……」


「たぬきうどんだな。天かすと言って、フライの衣だけ使ったやつだ」


「ユーマユーマ! ライスに黒いのがついてるのがある!」


「おにぎりなー」


「なんじゃ。蓬莱とほとんど変わらんではないか……むむむ!? な、なんじゃこの奇妙な汁は。茶色い……」


「カレーうどんな。美味いぞ。ご飯と合うぞ」


「ユーマ様、アタシ、辛いのが食べたいんですけど!」


「ちょうど鍋焼きうどんのトッピングでキムチとかハバネロがある……どういううどん屋だよここは」


 うちの女子たちに細かくうどんを解説していく。


 深山二尉、大変やり難そうである。

 隅っこの席で、お品書きを眺めている。

 一人だけアウェーな環境だからな。分かる分かる。だが、恐らくは周囲に、彼女の仲間が潜伏して俺たちを監視しているはずなのだ。


「では注文をお願いします」


 アリエルが、綺麗に真っ直ぐ手を上げて店員を呼ぶ。

 既に全員の注文を把握したらしい。

 テキパキと、店員へと注文を告げていく。


 えっ、何も言ってないのにサマラとアンブロシアとリュカはうどん大盛りなのか。

 それに加えてリュカはカツ丼も食べるのか!


「あ、スプーンとフォークも五人ぶん。箸が使えるの三人だけなんで」


 俺が追加で告げておいた。

 竜胆が得意げに胸を張る。


 ちなみに、今の八人の並びだが、右にリュカ。左にサマラ。サマラの横がヴァレーリアで、ヴァレーリアの向かいが深山二尉。

 彼女の向かって左隣が竜胆、アンブロシア、アリエル。

 俺を中心として座席を決めているようなのだが、うーむ。女子間での序列……深く考えると恐ろしいな。


「あっ、お茶が出てきた」


 遅れて出されてきた温かいお茶。

 リュカは嬉しそうに受け取ると、ちびちび飲み始める。


 彼女の向かいであるアリエルは、お茶の入った湯呑で手先を温めるようにしている。

 そうしながら、俺の目を見るのだ。


「ユーマさん、そろそろ議題について詰めてしまいませんか?」


「ああ、そうだな。ここに来た目的の話だ」


 おっと、深山二尉の目が光ったぞ。疲れた様子だったのが、姿勢を正す。

 これが本来の彼女の仕事だものな。

 ヴァレーリアが、「知られても構わないのか?」と目線で訴えかけてくる。


 構わないし、むしろ目的とする人物の旦那は元自衛官だったような。

 ということで、なんなら自衛隊側に情報を流し、彼らに彼女……アルフォンスを積極的に保護してもらうのも手かもしれない。

 いや、彼女に迷惑をかけてしまうのは少々心苦しいのだが。


 その辺りは、深山二尉や藤堂一佐とも話し合いを設けたいところだ。

 国が関わってくるだろうが、まさかアルフォンスを人質にとって俺をどうこう、という事にはならないと信じたいところだな。


 もしそうなれば、現実世界と俺の軍団が全面戦争になってしまう。

 地球側を焼け野原にしたくはないなあ。


「ユーマさん?」


 アリエルが首を傾げた。

 いかんいかん、自分の世界に没入してしまっていた。


「ああ。では、今回の目的だが、俺の盟友アルフォンスに接触して、剣のバージョンアップを図る。俺のバルゴーンは、アルフォンスと深く繋がっているんだ。だから彼女でなければ、剣をいじることはできない。恐らく、エインガナが俺を、剣ごとあの世界に呼び出したことで、俺も剣も変質してしまったんだろう」


「アルフォンスさんですね。こちらの世界は人間の数が多いですから、見つけるのは苦労しそうですね……」


 俺以外で、唯一アルフォンスとの面識があるアリエル。

 憂鬱そうな面持ちになる。


「そのアルフォンスという方は、日本人ではないのですか?」


 深山二尉からの質問。

 他の女性陣も興味津々。


 アルフォンスの話は、彼女たち全員にしてはいる。

 だが、言うなれば俺が出会った最初の巫女である、リュカよりも前に俺と関わっていた女性ということで、彼女たちには無視できない存在となっているようだ。


「日本人だよ。キャラクターネームってやつ。ハンドルネームとも言うかな」


「ゲームの……ですか?」


「そう、それ。以前は実家に帰って、キャラチャットからメッセージを送ったんだが、今も繋がるかどうか。というか、実家には帰りたくないな」


「では、我々がユーマさんに協力し、対象の人物を探し出すことは可能です」


 深山二尉から思わぬ申し出が。


「詳しくは言えませんが、電子攻撃に対するカウンター部隊も……」


「割りと詳しく言っちゃってる」


「あっ、す、すみません。今のはオフレコということで……」


 俺たちのやり取りを耳にし、女性陣が首を傾げる。

 アリエルはともかく、他の五人は実働部隊みたいなものだからなあ。

 考えてみると、政治担当のローザ、事務方のアリエル、現実世界出身のメタ思考な亜由美ちゃんのうち、二人がいないと骨の髄まで異世界思考の女性たちしか残らんのだな。


「みんな、とりあえず後で、用語は分かるように説明するから。彼等が俺たちを手伝ってくれるってさ」


「おおー!」


 リュカ、サマラ、アンブロシアが無邪気に歓声をあげる。

 警戒心らしきものは見えない。

 まあこの三人の場合、こっちの世界ですら単身で一国の軍隊に匹敵する可能性があるからな。


 罠があっても嵌まって踏み潰すのだろう。

 対して、根っからの軍人ヴァレーリアは、相手を頭から信用することはない。

 今も無言で、深山二尉や周囲を意識しながら気を張っている。


 アリエルも、素振りは見せていないが同じようなものだろう。

 店内にある植木が、風もないのにそよいでいる。つまり、あれはアリエルの支配下にあるってことだ。


「ユーマさん」


 そんなアリエルからささやき声が。


「うどんが来ます」


「お、おう」


 うどんが来ることまで報告しなくていいだろうに。

 だが、運ばれてくるうどん。接近に伴い、俺の背筋がチリチリとし始める。


「来ますよ」


「正気か。これだけ客がいる中でか……って、俺が言えた義理ではないな」


 俺は割り箸を手に取ると、袋を引き抜くと同時に指先だけで割る。


「オマチドウサマー」


 運ばれてきたうどんが台の上に置かれると同時に、サマラがすん、と鼻を鳴らした。


「残念」


 彼女が顔をしかめると同時に、うどんが爆発した。


「!?」


 吹き上がった出汁を浴びた店員が、「オアー!」と叫びながら悶えるが、そのまますぐに、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。


「毒が入っているとはな」


 ヴァレーリアが臨戦態勢になった。

 カウンターから、ねじり鉢巻の巨漢外国人たちが飛び出してくる。

 懐から引っこ抜くのは拳銃か。


 俺の周囲の客が、皆立ち上がっていく。

 誰もが懐や脇に手をやっているのは、こいつら全員銃を携帯した深山二尉の同輩だってことだ。

 なんだ、巻き込む心配はいらなかったな。


「済みませんユーマさん。あなたの存在は、今や世界から注目されています。あれだけ派手な登場をした以上、こうして他国の息が掛かった者たちが次々に襲ってくるでしょう」


「つまり、囮にしたと」


「基地に残った女性の一人、彼女も日本人でしょう。上からの命令ですから……」


「ああ、いい。気にしなくても」


 そこへ、発砲。

 弾丸が飛んでくる。

 狙いは深山二尉。


 俺はその弾丸目掛けて割り箸を繰り出した。

 軽く持った一対の箸が、一瞬にして弾丸に触れ、刹那のタイミングで上下から回転方向とは逆の回転を加える。

 バンッと割り箸が焼け爆ぜた。


 同時に、回転力と運動力を全て殺された弾丸が床に落ちる。

 襲撃者たちは皆、目を見開き、何が起こったのかを理解できないでいる。


「拳銃は別に脅威じゃない」


 俺は割り箸のストッカーをまるごと手に取りながら、ゆっくりと歩き出した。


「幸い、ここにはうどんを作れる一式がある。さっさと済ませてから調理にかかるさ」


 現代世界での初戦は、まさかのうどん屋となったのである。

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