第226話 熟練度カンストの降臨者

 空飛ぶ亜竜、ゲイルが高らかに叫びながら、滑走路に降り立つ。

 リュカが風の精霊をコントロールするから、俺たちが乗った空飛ぶ船も、静かに着陸することができるのだ。


 想像以上に迅速かつ、静かな着陸に、周囲の連中は大層驚いたらしい。

 これが竜と魔法を併用した、うちの世界の技術だ。

 まあ、俺たちしかできないんだけどな。


 俺たちをエスコートしたヘリよりも迅速で、なおかつヘリよりも静かで、さらには着陸もスマート。

 わいわいとみんなで船から降りていくと、周囲から、慌てて自衛隊員っぽいのが飛び出してきた。

 銃を構えてはいるが、知っているぞ。


 基本的に撃たないんだよな。

 逆に、別方向で俺たちを警戒しているのは、某国の軍隊だろう。

 こいつらの引き金は軽い。


「よう。エスコートされて来たぞ。代表はどこだ」


 俺は周囲を見回してそう告げた。

 こっちの世界に来ても、俺の言葉は万国共通語みたいに聞こえているはずだ。

 某国の連中も、俺の言葉を理解したようで、驚いたような顔をしている。


 そりゃあそうだ。

 空に空いた穴からやって来た人間が、普通に日本語や英語を話しているように聞こえるんだからな。


「ユーマ様、彼等が持ってる筒、エルド教の銃とやらに似てますね。形はもっと複雑で、重そうですけど」


「うん、まさしく銃だよ。だがまあ、ローザと竜胆ちゃんだけカバーすれば、うちのメンバーなら問題にならないかな」


「ええっ、ユーマ様、アタシを守ってくれないんですか!?」


「サマラに当たった弾丸なんか、みんな融けてしまうだろうが。……って、あーあー、分かった分かった、悲しそうな顔するな。守る、守るから」


「ねえユーマ、それじゃああたしも……」


「私も私も!」


「便乗するなら今のうち!! あっし! あっしもお願いするっすー!!」


 わいわいきゃあきゃあと騒ぎになった。

 ええい、なんで極めて自衛能力に優れた女子だけが挙手するのだ!

 ローザは、守られて当然という顔をしているし、竜胆は基本的に向こう見ずなので、銃とかよく分からずやる気満々だ。一番危ない。


「ユーマ殿、前方の部隊からは殺気を感じないな。だが、後方の連中は危ういぞ。始末しておくか?」


「いや、後々面倒になるからやめておこう。やられたら同じだけやり返す、でいい」


 軍人思考のヴァレーリアに釘を差しつつ、この基地の代表者登場を待つ。

 しばらくすると、某国の士官らしきおっさんと、自衛隊の偉い人らしきおっさんがやって来た。


「スカイポケットから降り立ったと言うのか。信じられん……。君は、我々の言葉を話すのか。一体何者だ?」


 士官のおっさんは白人で、上背がある。

 俺より頭一つぶんはでかいな。


「俺は元は日本人だ。今は違うがな」


 俺の言葉は、自衛隊の人にも届いたようだ。

 彼は驚きの表情を浮かべている。

 でまあ、白人のおっさんはしめた、とばかりに笑うわけだ。


「何だ、日本人か! ならば話が早い。藤堂一佐。これは我々にとっても君たちにとっても、あのスカイポケットを管理しやすくなる話かもしれないぞ。おい、彼等を丁重に案内してやれ」


 俺たちを囲むように、某国の兵士たちが走ってくる。

 確かこの近くにあったのは空軍基地のはずだが、こいつらはまあ、肉弾戦やら銃を用いた荒事に慣れていそうな雰囲気を漂わせている。


 人員配置を変えたのかね。

 それはともかくだ。

 俺は白人に向かって言う。


「それはパスだ。俺たちの要件に、おたくらに拘束されることは入っていない。監視なり同行は好きにしてくれて構わんが、何の権利があって俺たちを管理しようとする」


「君。君が日本人であるならば、従うべき義務があるのだ。これは国が定めた、スカイポケットに対する決定事項である」


「戸籍はあるが、俺の気持ちの置き所はもうあちらの世界でね。じゃあ、行かせてもらう。ゲイルはここに置いていくが、邪魔ならまた別のところに行かせるよ」


 俺は白人士官を押しのけた。

 体格差は歴然だが、まあこの程度の体格差なら、剣など抜かなくても体の運びだけであしらえる。

 小兵である俺に逆らえず、どかされてしまった白人は一瞬目を見開いた。


 周囲の兵士が色めき立つ。

 だが、無言で殺気だけを沸き立たせるあたり、訓練されているようだ。

 おお、こいつらそこそこ強いぞ。


「では、拘束する!」


「断る」


 俺は言下に切り捨てると、己の中で抑え込んでいた殺気を開放した。


「むっ……!」


 この中で一番、そういうものに敏感なヴァレーリアが唇を噛みしめる。

 他の女子連中は鈍感だったり、俺に対して安心しきっているので効果はないようだ。

 対して、某国の兵士共には効果てきめん。


「おおお……!」

「あ、ああああ」


 呻きながら、一人残らず膝をつき、銃を取り落としてうずくまる。

 俺に対し、ある程度拮抗できる人間なら、この“剣気”ってやつに耐えられる。

 力が足りなければこの有様だ。


 白人のおっさんも、たちまち白目を剥いて泡を吹き、ぶっ倒れてしまった。


「な……何をした!!」


 ぶるぶる震える手で、拳銃を抜く自衛隊のおっさん。


「何も。強いて言うならば、気をぶつけた。俺はまだ、手も足も出しちゃいないぜ。つまりカラテってやつだ」


 それでも、震えながら俺に銃口を向けられるだけ、このおっさんはできる方だろう。

 精神修養なんかもしっかりしてるのかもな。


 ちなみに自衛隊の連中も、ちょっと及び腰になっている。

 俺に対する敵意が薄かったから、効果も弱かったのかもしれない。


「いいか? 俺たちは、何もこの国を侵略に来たわけじゃない。ちょっと用事があってやって来ただけだし、すぐに帰る。監視はつけてもらって結構だし、向こうの世界の情報が知りたいならインタビューにも応じる。────つまり対等に付き合う意思はあるって事だ。対等に、な」


「う、うむ。では上に対して指示を仰ぎ……」


「おう、俺らは適当にその辺で飯を食って観光してるから、偉いさんが話をしたくなったら呼んでくれ」


「いや、自由にされては」


「じゃあ監視をつけてくれ。そいつを連絡役にすればいいだろう。俺たちには俺たちのペースってもんがあるんだ」


「しかし、自分にも責任というものが……」


 埒が明かんな。

 そこで、助け船を出してきたのはローザである。


「よし、私が人質になろう。彼にも立場というものがあるだろうし、我々が好き勝手した結果、罪もない彼が責められては気の毒だからな」


「おっ、ローザ大人だなあ」


 俺は感心してしまった。


「その代わり、このキチとやら言う場所を案内してもらい、食事も用意してもらうつもりだ。行くぞ亜由美」


「えっ!? あっし!?」


「ああ。護衛が亜由美ちゃんなら安心だな。頼むぞ亜由美ちゃん」


「ええーっ!? き、もう決定事項っすかこれ!? あっしも外食で牛丼とか食べたかった……」


「亜由美しかできぬ仕事なのだ。頼りにしているぞ」


「あっししか……!? ふ、ふふふふ! それは仕方ないっすなあ。いやー、頼られる女はつらいっすねえ」


 よし、丸め込まれた。

 その間に、アリエルが俺に代わり、藤堂一佐とやら言うおっさんと話をしている。


「こちらの最大限の譲歩はしました。これで、あなたがたがこちらに同行者をつければイーブンでは無いでしょうか? 上の方に話をする際にも格好はつくと思いますが」


「う、うむ。了解した」


 苦虫を噛み潰したような顔をする藤堂一佐。

 さぞかし胃が痛かろう。

 結局、基地側はこの条件で折れることにしたようだ。


 ローザは基地を見学しつつ、シャドウジャックを使って隅々まで調べるつもり満々。

 そして俺たちは、監視という名の財布役を連れて、基地の金で飲み食いするのだ。


「ユーマ、どこ行くの? 人がいっぱいいて、どこも賑わってるねえ。今日はお祭り?」


「この世界は、割りと普段からこんなもんだよ。ひたすらに人が多い」


 避難警報は発令中なので、基地近くの繁華街は閑古鳥が鳴いている。

 というわけで、みんなで電車に乗り、何駅か先の繁華街に遊びに行くのだ。


「電車乗るんですか!?」


 監視役でついてきたのは、深山二尉という真面目そうな女性で、俺と同い年くらいか、ちょっと年上か。

 うちに女性メンバーが多いということで、女性隊員なら相手の気持が分かるだろうと。そんな安直な感じで選ばれたように見える。


「電車に乗らなければ、飯を食いに行けないだろ」


「基地の中に食堂が……」


「それじゃ軟禁されているのと同じじゃないか。せっかくだからうちの嫁たちにこっちの世界を見せてやろうとだな」


「嫁たち!? い、一夫多妻!」


 卒倒しそうな勢いだな。

 ともかく、俺、深山二尉、そしてリュカを先頭とした女性陣で電車に乗り込む。

 大変目立つメンバーである。


 リュカ、サマラ、アンブロシアの髪色なんぞ、まるでCGのように見えるわけだ。

 アリエルは耳が尖っているし、竜胆は和装だし、ヴァレーリアだけはコスプレした白人のお姉さんに見えないこともない。


「視線を感じるのう……。妾たち、注目されておらぬかえ?」


「それは注目されて当然だろう。この国の人々の姿形は、私たちが知るものとは根本的に大きく違っているようだ」


「いや、ヴァレーリア。妾な、どうもリュカたちが特に注目されているようで……。ほら、あそこの童子など、鼻水を垂らしながらぼーっとアンブロシアを眺めているぞ」


「おっぱいでっかい」


 おっ、正直な子どもがいる。

 アンブロシアはニコニコ笑いながら、子どもに手を振ってやった。

 すると、電車内の空気も心なしか和らいだ気がするのだった。

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