第二部 異世界日本の来訪者編

第225話 熟練度カンストの領空侵犯者

 日本。

 某市上空。

 一年前に突如として、空に開いた穴・・・・・・がある。

 エアポケットならぬ、スカイポケットと名付けられたそれは、まだ明るい昼のうちは目立つことはない。


 だが、明け方と日の暮れ。

 ポケットの向こうに広がる世界との時差により、朝にはより早く光が。夜には一足先に闇が差す。

 その時、人々は天に空いた穴を思い出すのである。


 空が割れた、と、それを見た人々は証言した。

 夜空に突如亀裂が走り、砕け散った。

 場所が偶然、月が浮かんだ空だったが故、目撃した者は多かった。


 降り立ったのは、赤い龍だったという。

 赤く巨大な、翼を広げれば百メートルにも届こうかという龍。

 それが空を砕きながら、宵闇の繁華街に降り立った。


 龍はほどなくして飛び去ったが、その巨体は当然、レーダーに映っていた。

 近隣には運悪く、某国の空軍基地が展開されており、即座に戦闘機が飛来。未確認飛行物体に対して警告を行おうとした。

 だが、放たれたのはミサイルだった。


 龍を視認したパイロットは、理性を吹き飛ばしてしまったのか、街の上空でミサイルを発射したのだ。

 あわや、惨劇が巻き起こる……と思われた。


 だが、何も起こらない。

 ミサイルは、龍に対して何ら効果を上げることができず、信管が作動するよりも遥かに早く、バラバラに解体されてしまったのだ。


 やがて、龍は飛来する某国の戦闘機に向けて大きく口を開き、その奥に凄まじい熱量を宿した。

 この熱量は、衛星軌道上からも確認されている。

 全国的に緘口令が敷かれ、龍の存在は秘されているが、一瞬降臨したそれがもたらしたデータは、日本と某国に確かに残っていた。


 その、曰く付きの穴である。

 空の、穴。

 周辺は、常に航空自衛隊によって哨戒活動が行われるようになっている。


 飛び交うのは、ヘリ。

 あるいは、何も飛んでいなくとも、穴の下方に作られた哨戒基地が二十四時間態勢で稼働している。


 世論はこれを、税金の無駄遣いであると非難することもある。

 だが、マスコミ各社は、この基地を批判しない。

 実は、この穴が空いた当初、各放送局の報道ヘリが穴の中に突入したことがあるのだ。


 送られてきた映像は、まるで中世アラブのような町並み。

 雄大な砂漠と、ステップ。

 青く広がる空。


 そして……UFO。

 全ての報道ヘリは撃墜され、誰ひとりとして戻らなかった。


 故に、穴は今も、空にある。

 誰もそれに触れられぬままに。




 一年の間沈黙を守っていた、スカイポケットである。

 それがその日……。


「!! 反応が……! 未確認、大型飛行物体、来る!」


 即座に、この日のために連携していた某国の基地へと連絡が飛ぶ。

 国防は自国の力のみで……という状況では無いのだ。

 スカイポケットの存在には、世界各国が注目している。


 穴の向こうに広がる、未知の世界。

 明らかに現代文明とは異なる、中世の世界。

 となれば、何を期待するか。


 資源である。


 この世界の増えすぎた人口を養うには、地球は既に狭すぎる。

 鉱山資源は目減りし、食料資源は着実に消滅へと向かっている。


 今ではないが、けっして遥かな未来でもない、資源が枯渇するその日。

 スカイポケットの向こうに広がる新たな世界は、この問題を打開する可能性を秘めていた。


 それを、日本一国に任せておくものだろうか。

 世界が納得するだろうか。

 するまい。


 かくして、この国に基地を置いていた某国は、他国からの干渉に対するバリアとなる代わりに、スカイポケットを管理する権利を日本と共有することになったのである。

 即座に飛来するのは、戦闘用のヘリ。

 街には警報が鳴り響く。


 スカイポケットの真下という危険区域であっても、平時のごとく繁華街は賑わっていた。

 これを、平和ボケと笑う向きもあろう。

 だが、人々は、自らの身に即座に危険が及ばぬ限り、未知の脅威を恐れることはできないものだ。


 繁華街を行き交う人々は、一瞬ぽかんとして空を見上げた。

 多数のヘリが、スカイポケットに向かって集まってくる。


 人々は逃げるでもなく、空に向かってスマホを掲げた。

 撮影を始める。

 響き渡る、警報。避難勧告。


 一部はゆるゆると、繁華街の外へ向かっていくが、残る者は多い。

 そんな彼等を避難させるべく、自衛隊や某国の軍人たちが出動する。



 さて、そんな緊迫した状況下にあったスカイポケット周辺なのだが……。

 そこから現れた人々は、実に呑気で観光気分なのであった。


「わっ、わっ! 来ちゃった! ねえユーマ! これ、どこまでも街が続いてるよ!? この国は全部街でできてるの!?」


「おおー! 街なのにあちこちから火の精霊の気配がする! ユーマ様、こっちにも精霊がいるって本当だったんですねえ!」


「こっちに精霊がいるって言ったの私ですけど」


「まあまあアリエル。サマラはさ、何か大義名分をもってユーマにくっつきたいのさ。……させないよサマラァッ!」


「おうおう、騒がしいな。しかし何だ。微かにだが美味そうな香りもしてきたじゃないか。これは美食の都でもあるかもしれないな」


「ほー、何だか下に見える民たちは、蓬莱の民によく似ておるなあ。ユーマがわらわと似ているのも、当然と言うか何というか」


「そうっすなー。まあ蓬莱は大体、日本だったっすからねー。うーん、まさかあっしもコッチの世界に帰ってくるとは思ってなかったっす。絶対親に会ったら怒られるっす」


「おお……おおおお……、な、なんなのだここは……! 空の穴をくぐったら別の世界とか、一体何が起きているのだユーマ殿!!」


「君らかしましいなー」


 賑やかに騒ぐ女性陣の真ん中で、灰色のマントを身に着けた男が胡座をかいている。

 彼等が乗り込むのは、中くらいのサイズの船に、布の翼をつけた乗り物。


 動力は一切無いが、これを風の精霊の力で浮かせている。

 引っ張るのは、インドゾウほどの大きさをした、翼ある竜である。


「ゲイル、お疲れだ。もう少しだからな」


 男が声をかけると、竜はグオーン、と鳴いて応えた。

 男の名は、ユーマ。

 混沌たる異世界を剣の技一つで渡り歩き、世界中でその異名を轟かせた男だ。


 灰王、灰色の魔王、反逆者、魔剣士。


 そんな彼に従うのは、八人の娘。


 虹色に輝く髪と瞳をした風の巫女リュカ。


 揺らめく炎の光沢を髪と瞳に宿す、火の巫女サマラ。


 陽光を照り返す水面の輝きを髪と瞳に宿す、水の巫女アンブロシア。


 黒髪の少女、土の巫女ローザリンデ。


 肩まで長さの髪から、尖った耳が突き出す、エルフのアリエル。


 一見すると日本人そのものの、亡国の姫、竜胆。


 ザ・日本人、どことなくタヌキっぽい、くノ一亜由美。


 金髪碧眼の美女ながら、この強烈なメンバーの中では埋もれる常識人、魔導騎士ヴァレーリア。


 彼等がわいわいと騒ぎながら、スカイポケットから飛び出した。

 実に堂々たる領空侵犯である。


『あー、そこの君、貴君は日本の領空を侵犯しており……』


「なんか来たよ、ユーマ。ほえー、鉄の固まりが飛んでる。これってアルマース帝国の空飛ぶ船と一緒だよね?」


「任せて下さいユーマ様! 鉄ぐらいなら溶かしちゃいますから! 大精霊サラマンダーを……」


「サマラ、ストップ。向こうは話し合いたいようなので平和に行こう。リュカ、俺の声を拡大して届けてくれ」


「ほーい」


 ユーマは、風の力を使い、拡声しながら返答する。


「こちらは二人くらい日本人がいるぞ」


『なんだと!?』


「俺と」


「え、あっし? いやいやいや! ニポンゴ、ワカリマセーン」


「ほらな」


『お、おう……』


「こちらには交戦の意思が無いので、着陸できるところに案内してくれ」


『う、うむ、分かった』


 日本某市上空、あのスカイポケットが開いてから一年。

 世界が、今か今かと待っていた、異世界からの来訪者との、これが邂逅であった。

 来訪者はあっさりと、ヘリに案内されながら哨戒基地に降り立ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る