第224話 熟練度カンストの帰郷者

 謁見の間には、騎士と思しき連中が詰めかけていた。

 壁際に控え、俺に誰何の視線を投げかける。


 兵士と違い、無意味な敵愾心を送ってこないのは流石である。

 玉座に近づくほど騎士の数は減り、やがて三名の立派な格好をした男たちを残して、皇帝の護衛と言えるものはいなくなる。


「そこで止まれ!」


 恐らくは魔導騎士であろう、三名の男の一人が、俺に告げた。

 居丈高である。


「何故だ?」


 俺が疑問を返すと、謁見の間は一瞬静まり返った。


「ぶ、無礼であろう!」

「ここをどこだと心得るか!」

「皇帝陛下の御前ぞ!」

「命が惜しくないと見える!」


 すぐさま、怒号が響き渡った。

 これに青くなったのはヴァレーリアである。


 怒号を上げる騎士たちに青ざめたのではない。

 俺の次の対応が分かっているから、青くなったのだ。


「ほう」


 俺はぐるりと謁見の間を見渡した。

 全ての騎士と、目が合う。


 騎士たちはひとり残らず、白目を剥き、泡を吹いて崩折れた。

 丸一日立ち上がれまい。


「なっ……!!」

「何をしたのだ、貴様!!」

「お、おいヴァレーリア、何をそっぽを向いているのだ!」


「……私はこうなると分かっていたのだ……。何故相手の力量を見極めることができない……」


 言い訳がましく、ぶつぶつ呟くヴァレーリア。

 さて、この間に俺は、魔導騎士と皇帝がどんなものか見定めるとしよう。


 魔導騎士は、白髪の男と、角刈りの偉丈夫、まだ少年と呼べそうな男の三名。少年っぽいのが新入りだろう。俺を見て、どうやら力の差みたいなものを感じ取ったようで、膝がガクガクしている。長生きするタイプだ。

 角刈りは今にも飛び掛かってきそうだが、皇帝の手前我慢しているよう……。


「無礼者がァ!! 貴様、ここで切り捨ててやるっ!! “鋼のスタルノヤ裂槍コピーイェ”!!」


 飛び掛かって来た。分別がつかない人だ。

 角刈りの全身の鎧から槍が生まれ、これが俺目掛けて猛烈な勢いで投擲されてくる。

 それと同時に、奴の剣が俺を襲うのだ。


 うむ、実に直線的。

 俺は飛び掛かってくる奴目掛けて突き進み、バルゴーンを抜き放った。

 撫でるように槍に切っ先を当て、その軌道を片っ端から跳ね返していく。

 跳ね返された槍が、別の槍とぶつかりあって砕け散る。


 一呼吸ほどの間で、槍を全て破壊し、こちらへ繰り出される途上である魔導騎士の剣に目を向ける。

 俺はこいつを、真っ向から叩き割った。

 さらに、角刈りの横を通過しながら、剣の腹で奴の背中を痛打してやる。

 鎧が砕ける音がした。


「ぐぼおっ!?」


 角刈りは顔面から床に着地すると、血を吐いた。

 あの一撃で背骨が折れていないとは、大した男である。

 まあ、俺もこいつの耐久力を見越して、割りと痛めの打撃をぶち込んだのだが。


「マクシムを子供扱いだと……!? あんな小兵の戦士が、剣や鎧を砕く剛力を!」


 白髪の男が蒼白になりながら、剣に手を掛ける。

 若者の方は、完全に戦意を喪失しているようだ。ああ、彼は本当に鋭敏な感覚を持っているな。相手の強さを正確に測れるようだ。だが、勝てない相手を目にした時にただ戦意喪失していることは、良いことではない。


「この次元になると、体格差は無意味だろう。いいか? ドラゴンの前で、人間の大きさに意味があるか? どんな人間であろうと等しく小さな存在に過ぎん」


「む、むう……!!」


 白髪が何も反論できないでいる。

 俺は皇帝に目を向けた。


 そこに座しているのは、やはり、髪も髭も真っ白になった、大柄な老人である。

 彼は目を細めて、頷いた。


「報告は受けておる。そなたが、魔王ヴィエーディマを下した、虹色の剣を使う男じゃな?」


「いかにも。魔王は俺の軍門に下った。方法はあれだったが、あいつもまた世界を守ろうとしていたのだ」


「何を馬鹿なことを……」

「良い、レオニート、下がっておれ」

「は……ははっ」


 レオニートと呼ばれた白髪の男は頭を下げると、一歩下がる。


「セラフィマ、そなたもじゃ」

「は、はいっ」


 ……あれ?

 少年騎士と思ったら、声がおもったよりも甲高い。

 あれ、髪の毛を短く切った女か?


「ヴァレーリア、紅一点じゃなかったの?」


「私がユーマ殿と一緒にいる間に採用されたのだろう。魔導騎士の候補には、女もいるからな」


「なるほどな」


 ひそひそ話をする俺を、皇帝は咎めない。

 むしろ、優しい目をヴァレーリアに向けた。


「ヴァレーリアよ。そなたは最早、このグラナートに心は無いようじゃな。何を見た? 恐らく、帝国に留まっていては知ることも出来ぬ景色を見てきたのだろう


「はっ……」


 ここで気づいたように、ヴァレーリアは跪いた。

 ちなみに俺は棒立ちで、腕組みまでしてる。


「じゃあ皇帝。率直に告げる。ちなみに俺も西方では王を務めている。同格として話すがいいか?」


「構わぬ」


「サンキュー。皇帝、これより、空の果てから敵が来る。こいつは、魔王ヴィエーディマなんて次元の相手じゃない。世界中を一挙に襲い、侵略してくると俺は睨んでいる」


「ほう……」

「馬鹿な……」


 レオニートが呻く。想像も出来ないのだろう。

 だが、セラフィマはじっと俺を見て、


「レオニート先輩、あの人、嘘は言っていません」

「……セラフィマがそういうなら、この荒唐無稽な話が事実だというのか……?」


 ははあ、セラフィマはどうやら、そういう能力を持っているようだ。


「協力を要請する。俺は世界中を巡って、この要請を行ってきた。ここが最後の国だ」


「王たるものが、己の足で駆け回るか」


「王だからこそ、他の王と同じ目線で話すには自ら足を運ぶしか無いだろうが」


「ほお……。そなたは、我が魔導騎士すら一蹴し、魔王を単身で退けるほどの剣士。恐らくは世界最強であろうに、それでもまだ、我ら力なき者の手を借りるか?」


「俺は一人の人間に過ぎん。この切っ先が届く範囲しか守ることは出来んさ。例え、斬りつける範囲が広くなったとしても限度はある。……まあ、おたくらに頼みたいのは、俺が駆けつけるまでの時間稼ぎだ」


 俺がぶっちゃけると、皇帝は目を丸くし、口をポカンと開けた。


「そなたは……結局、世界中を一人で救おうと言うのか?」


「おたくらが持ちこたえてくれなきゃ、俺は西の一国を救って終わりになる。だが、おたくらが俺の考えに賛同して持ち堪えてくれれば、救える国が一つ増える。そういうことさ」


「ほお……ほほお……ほおお……」


 皇帝は何度も何度も頷くと、髭をしごき、俺の言葉を咀嚼するように、押し黙った。

 そして、堪えきれぬように笑いだした。


「はは……ふはははは! 良かろう! 良いだろう! そなたの言葉が与太話ではないことを、他ならぬそなたの剣が証明している! これで守りきれぬのなら、それは正に世界の一大事なのであろうよ!! そなたは何も要求せぬ。ただ、己の国を守れと言うばかりだ! 無論! 我が騎士団はグラナートを守る。さすれば、そなたが無償で手を貸してくれるのであろう?」


「無償じゃない。この国ではちょっと旨いものも食ったし、思い出も出来たしな。前払いでもらってる。ってことで、俺がお返しをするためにちょいと持ちこたえてくれってことだ」


「良かろう。グラナート帝国は、そなたと手を結ぼう。西方の魔王、灰王ユーマよ」


「あれっ、知ってたの?」


「虹色の剣を振るう、最強の剣士。既に知らぬものはおらぬよ」


 皇帝の言葉を聞いて、レオニートが目をまんまるにした。

 あっ、こいつ全く気づいてなかったんだな。


「皇帝が話のわかる男で助かったよ。では、俺はこれで失礼する。最後に行かなきゃならんところがあるからな」


「忙しい男よ。ヴァレーリア。かの王に従うが良い。そなたの存在が、グラナートが灰王とともにある盟約の証となろう」


「はっ」


 これを持って、俺とグラナート帝国との盟約が結ばれた。


「よし、さっさと帰るぞヴァレーリア」


「さっさと帰るって、ここは謁見の間……あっ」


 ヴァレーリアが気づいて、反射的に逃げようとした。

 俺は彼女の襟首を掴んで、左目にエインガナの大地を思い浮かべる。


 ちょうど目の前では、巨漢マクシムがどうにかこうにか立ち上がるところだった。

 奴は話を聞いていたらしくて、目には俺に対する畏怖の色がある。

 俺はニヤッと笑いかけて、


「またいつでも勝負する。その時は遠慮なくかかってこい」


 そうして、空間を跳躍した。


「うわあああああああ!」


 ヴァレーリアが俺にしがみついて悲鳴を上げる。

 ひたすらに、この空間を渡る状況が苦手な人だ。


「まだ、心の準備が出来ていなかったのにぃ!!」


「急ぐんだから仕方ないだろう。ほら、ついた」


 慣れてしまえば、感覚的にも一瞬である。


「帰還したか、虹の剣のカーマル」


 早速ジュエンが出迎えてくれた。

 彼の前では、竜胆がぐてーっと大の字になって伸びている。

 稽古をつけてもらっていたんだな。


 ジュエンが手にしているのは、一見して原始的な作りのただの槍だが、バルゴーンと同じ虹色の輝きを帯びている。

 汗一つ掻いていないから、竜胆は本当に軽々とあしらわれたらしい。

 一度手合わせしてみたいな。


「ユーマさん、お帰りなさい! その様子だと、上手く行ったみたいですね?」


「ああ。案外皇帝が話が分かる奴でな。俺のことも知っていた」


「ユーマさんも有名人ですね! それと、ヴァレーリアさんはどうしたんです?」


「うむ……空間の跳躍が本当に苦手らしくて、こうしてしがみついて離れないのだ」


「うっ、きぼぢわるい。吐きそう」


「うわあやめろヴァレーリア!!」


 大変なことになったのであった。

 かくして、俺たちはエインガナの大地を後にする。

 エインガナはしれっと見送りに来て、手を振っているわけである。


 適当な森にパスを繋ぎ、いざ戻るかという時、エインガナ側からはジュエンが使者としてついてくることになった。

 どんどんと俺の森がインターナショナルになりつつある。


 エルフの森に戻った俺を待っていたのは、リュカ、サマラ、アンブロシア、ローザ。

 これで全員揃っているな。


「おーい!? あっし! あっし忘れてる!! あっしがいるから!!」


 うるさいなあ。

 そのようなわけで、いよいよ俺は、現実世界に戻る決意を固めたのである。

 別に帰るわけではなくて、バルゴーンを強化するためなんだが。

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