第223話 熟練度カンストの対話者2
馬を借りて、帝都へと向かう。
雪がちらつくが、馬の足には雪用の蹄鉄が付けられている。
これが、なかなかの速度である。
「あと何日で到着するんだったっけ」
俺はふと、並走するヴァレーリアに聞いてみた。
彼女はしれっと答える。
「二十日だ」
「ドヒェッ」
「馬の足なら、休ませながら五日から七日というところだな」
「それは掛かり過ぎるな……。僧侶を呼ぼう」
俺は馬を走らせながら、懐の腕輪を取り出した。
「ということだ。頼む」
『いきなり通信が来たかと思ったら、話が進んでいますねえ』
笑みを含んだ僧侶の声がした。
こいつは腕輪を通して、俺の周囲の状況なども逐次把握している。だから、これは言葉通りの意味でもあるまい。
俺が起こす騒ぎに巻き込まれるのが楽しいのだ。
「あのアウシュニヤの司祭か……! 私は彼が苦手だ」
「得意なやつはまずおらんだろうな。で、僧侶、なんとかなりそうか?」
『ええ、皆が苦手とする私ですから、無論この状況に対応する策もございますよ。だが、せっかくのグラナート馬を借りているのです。これを活かしたほうがよろしいでしょう。少々、馬をお借りしますよ』
腕輪がそう告げると、光を放ちながらふわりと浮かび上がった。
「だっ、大丈夫なのかユーマ殿! あの男に任せてしまったりなどして……! その、彼には悪いが、私にはあの男が、魔王以上に信用ならないような気がしてならないのだ……!」
「それは正しい。笑顔で寝首を掻いてくるような奴だな。だが今は味方だし、あいつ面白いこと大好きだからこの状況全てが終わるまでは敵に回らないぞ」
『概ねその通りです! 私はユーマ殿に一度こてんぱんに負けていますからね。再戦するなら必勝を誓って、ユーマ殿が老衰で衰えた頃を狙いますし、なんなら寿命で亡くなられるまで待ちますよ。老いたとしても、ユーマ殿を相手にするのは危険な気がしますからね! おっと、では馬を改造しますね』
「か、改造!?」
大変気が長い話をする僧侶だが、会話の中にしれっと、とんでもワードをぶっこんできた。
ヴァレーリアが動揺して、手綱を引きつつ馬の速度を緩めようとする。
だが、そこで俺たちが乗る二頭の馬がふわりと飛び上がった。
正しく、空を飛んだのである。
その先には、光り輝く腕輪がある。
『限定的にですが、私の船が持つ機能をそちらの馬に移譲してあります。無慣性飛行で空を駆けることになりますから、慣れないと大変ですね。私が案内しましょう』
腕輪はまるでUFOのように中空でカクカクと揺れ、俺たちを誘う。
いきなり空を飛ばされた馬たちは、さぞや驚いているだろうと思ったのだがそうでもない。
平然と、突如として得た飛行能力を行使しながら、空をパッカパッカと駆けているではないか。
そのひと駆けごとに、俺たちは大きく前に向かって進む。
無慣性飛行と僧侶が言っていたので、どうやらこれは風や地面の摩擦など、速度を落とすあらゆる状況を無視して前進できる移動らしい。
馬が、馬とは思えぬ程の速度で走る。
しかも馬、無表情。
さては改造されたのは、馬の脳であったか……?
「ユーマ殿! ど、どうしよう、馬のことが全くわからない……! こんなことは初めてだ!」
「俺も乗馬経験浅いので初めてだなあ。だが、馬に任せておけばいいんじゃないか?」
俺は手綱からすら手を離して、まったりすることにした。
ヴァレーリアも、最初こそ慌てていたが、徐々に慣れてきたというか諦めてきて、最後は馬の首にもたれてぐったりしていた。
どうも、任務中は気を抜くということが出来ない性分らしい。
真面目な。
「信じられない……。帝都が見える……!!」
ヴァレーリアが呆然として呟く。
眼下に見えるのは、今まで俺が知る、この世界の全ての都市で、間違いなく最大規模であろう都だった。
広い道が、中央を走る。
家々の区画と、商業や工業の区画。
貴族たちの区画。
そして宮殿。
「これがグラナート帝国の帝都か。でかいなあ。だが閑散としてる」
「土地だけはあるからな。恐らく、住民の数はディアマンテの帝都と変わらないだろう。しかし……本当に到着してしまった。一体なんなの、これは……。いや、もう、ユーマ殿と会ってから、なんなのという状況ばかりなのだけれど……!!」
「びっくりしただろう」
「びっくりしすぎて気持ち悪い」
ヴァレーリアが青い顔をして口を抑えているので、これはいかんということで着陸することになった。
ぐったりしたヴァレーリアの背中を擦っていると、帝都の入り口からわらわらと兵士が出てくる。
空を飛んでやって来た俺たちに気づいたのだろう。
「なんだと思えば、馬! 馬が空を飛んでいたのか……!!」
「そこにおられるのは……ヴァレーリア様ではありませんか!? 一体どうなさったのですか!?」
「そこの男が悪いに違いない! ええい、者共、ヴァレーリア様を守れ!!」
変な勘違いをして、俺に向けて武器を構える兵士たち。
「まあ待て待て。何を勘違いしたか分からんが、俺は気分が悪くなったヴァレーリアの背中を擦っていただけだ」
「ヴァレーリア様の背中を……!?」
「俺は妹みたいに思っていたのに……!!」
「私など娘と同い年だから娘のように……!」
「許さん……!!」
なんだ、このポンコツ兵士たちは。
「うう……。済まない。彼等は普段は真面目なのだが、私を前にするとこうなってしまうのだ……。どうしてなのか、さっぱり見当も……」
そうか、ヴァレーリアは、魔導騎士でも一番年若く、しかも女性で美人。ということで、兵士たちのアイドル的存在だったのかもしれない。
でなければ、ここで俺に向けられる敵愾心に説明がつかない。
「だから、彼等は任地に連れて行かなかったのだが……。くっ、すっかり彼等の存在を失念していた」
「なるほど。ヴァレーリアも苦労しているということは分かった。だが、ここで時間を取られるわけにはいかんからな。押し通る」
俺は兵士たちに向けて、一歩踏み出した。
そして、意識して殺気を漲らせる。
「うっ」
「ぐうっ」
「ぐむっ」
俺が発した剣気に当てられ、兵士たちが次々に倒れていく。
最近は、意識して押さえ込むようにしているが、一度解放してしまえば、気が弱い相手ならすぐに卒倒してしまう。
で、こうして意識的に剣気を放つと、それなりに腕が立つ相手も無力化できるわけだ。
便利は便利だが、加減を誤ると相手の心臓まで止めてしまいそうな能力である気がする。
イメージとしては、俺の放つ圧力そのものを刃にして、相手の心を斬っているわけだからな。
「よし、こんなもんか。行くぞヴァレーリア」
「あ、ああ。しかし……恐ろしいものだな。手も触れずに並み居る兵たちを平らげるとは。まるで魔法だ」
魔法というか、俺の剣の腕が昇華して、存在するだけで効果を発揮するようになったものというか。
つまりは武力なので、防ぐ手段は対象となる者が強くなる以外に無い。
「ともかく、ユーマ殿を前に出していては、我が軍の兵士が消耗していくばかりだな。数十の兵士が一睨みでこうなるか」
ヴァレーリアの周囲では、白目を剥いてぶっ倒れている兵士たち。
「私がしっかりせねばな。先導する。ついて来るがいい」
馬を伴い、ヴァレーリアが歩き出した。
門番たちは彼女を見ると、すぐさま道を開ける。
魔導騎士とは、それだけの地位を持つ存在なのだろう。
「これは、私が連れた異国の客だ。仮にも王位に親しい立場にある者だから、失礼が無いように」
「はっ!」
上背こそ俺よりもずっと大きな門番だが、俺と目を合わせると、顔を青ざめて目を逸らした。
おお、なかなか使える奴だ。
危険を察してそれを回避できるということは、俺が見る所、ヨハンやオーベルトに準ずるくらいの実力だな。
「ここだけの話だが……魔王と一騎打ちをして、降参させた男だと言えば信じるか……?」
「そ、そんなまさか……。ははははは」
ヴァレーリアは何を門番を威嚇しているのか。
かくして、俺たちは帝都を一直線に闊歩していく。
しかし、まあ、長い。
門から宮殿への道が長い。
「スケールがでかいというのも問題だな。しかも寒い」
「グラナートは冬だからな。私がさっきから魔法剣で、周囲の気温を操っている。だからユーマ殿は凍えずに済んでいるのだ」
「そうだったのか……! ありがたいありがたい」
そのまま一時間ほど歩いた。
ようやく、宮殿へと到着である。
なかなか凝った彫刻が施された、青く巨大な建造物が目の前に聳え立っていた。
ここもまた、ヴァレーリアが一声で門を開けさせる。
「私たち魔導騎士の数は減っている。そのぶんだけ、私たちの発言力は増しているんだ。魔王と対抗できるのは、残る魔導騎士だけだからな」
「なるほどな。お陰で無血で通れる」
「ああ。ユーマ殿を自由にしてはいけないとつくづく感じたよ……」
門の奥に広がるのは、華美な装飾に彩られた道である。
彫刻や、壁面に直接刻み込まれた紋様が実に印象的だ。
これは、訪れた者に皇帝の権勢を見せる効果を十二分に発揮しているな。
俺たちは少しの間、謁見の間の前で待たされる。
中で皇帝が準備を整えているらしい。
ヴァレーリアも中に呼ばれたようだったが、彼女はそれを固辞した。
「この男から目を離すのは、我が帝国にとって良くないことがあるぞ」
とのことだ。
「これから、皇帝陛下に謁見する。この場には、都を守る三人の魔導騎士がいる。新たに任命された者を合わせて、この間の二名と私で六名。それが現在存在する、全ての魔導騎士だ。いかなユーマ殿と言えど、この場で事を起こそうとすればただでは……」
一瞬ヴァレーリアは考えた後、がっくりと肩を落とした。
「ダメだ。それでも勝てるビジョンが浮かんでこない」
「いや、ヴァレーリアはよくやってる方だと思うよ」
俺は他人事みたいに呟いた。
やがて、皇帝の準備が整ったようである。
俺たちは謁見の間に向かう。
妙な緊張感が支配する場所で、俺はこの世界で最後となる説得に挑むわけである。
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