第220話 熟練度カンストの出発者3

 宮殿へ案内されると、後は話が早かった。


「おお、来たかユーマ! では我輩が案内してやろう! ついて参れ!」


 極めてフットワークが軽い皇帝は、俺が宮殿内へ入るが否や、向こうからやって来た。

 小走りでやって来た。

 そして、俺の手を取ると、どんどん引っ張っていく。


「なにっ、翡翠帝国の皇帝なのか、この方が!? ……この方が!?」


 ヴァレーリアが驚いて二度見した。

 竜胆がうんうん、と頷く。


「大変気さくなお方じゃ。このように妾たちの話をよく聞いて、自ら率先して動かれる」


「玉座に鎮座しているだけでは、反乱が起こるとたちまちの内に内部から現れた裏切り者に殺されてしまうからな! 無論、今玉座には影武者を座らせてある。我輩は常に帝都のどこかにおり、こうして動き回っているというわけだ! さあこっちだ!」


「お、おう」


 俺は皇帝に引っ張られていく。

 何度か反乱を起こされ、自国を滅ぼされたという男である。

 しかも、わざと反乱を起こせる穴を作り、国家が腐敗してくるとマッチポンプで反乱を起こさせ、国家を滅亡させる。


 こうしてこの央原をクリーンに保ち続けているとかいう、おかしな奴なのだ。

 言っていること、やっている事は、実に合理的である。

 人間は永遠に清らかなままではいられないから、それならば腐る前に滅ぼし、新たな体勢に変えるというドライな思考。


 これを二千年もの間実行し続けている。

 王族同士の殺し合いを二千年やらせ続けている、アウシュニヤの僧侶といい、東方を支配する連中は、どこか常識のネジが外れている。


「さあ、これだ。我輩が建造させておったのだ。一度も水上に出ること無く、高速でかの大地へとたどり着くであろう」


「精霊王エインガナが住まう大地か。一度も水上に出ない理由は?」


「お主がこの世界に精霊界を呼び戻してから、世界には魔物が溢れておってな!」


「ぬうっ、俺のせいだというのか!」


「はっはっは、良いではないか! ということで、魔物にぶつかって対処をする必要もない。大いなる時間短縮となろう」


「へえへえ。つまり潜水艦ってことだな」


「潜水艦とは……。翡翠帝国の技術力は化物か……!」


 隣にやって来たクラウドが呻いた。

 そのセリフ、アニメで聞いたことがあるな。

 クラウドの仲間たちも驚いている。


「これほどのものを作ることが出来るとは……。では、翡翠がその気になれば、この三国争乱を治める事も容易かろう」


「しかし、どうして今までこれが表に出てこなかったのだろう」


「乗るぞ! 乗るのじゃ! わらわはこれに乗りたいぞー!」


「妾みたいな口調の者が混じっておるな……!」


 今回は大所帯になりそうだ。


「いやいや、クラウドよ。お主行く必要無かろう? ほれ、ここはちゃんと打ち合わせ通りだな……」


「おおお、俺だって潜水艦に乗りたい! 滅多に潜水艦乗れないんだからな!?」


「後であまり部品で作ってやるから」


「それなら良い。ユーマよ、行って来るがいい。俺の分もな……」


 送り出してくれたぞ。

 なんてげんなりした顔をしていやがる。

 こいつ、俺と人間的に近いからなあ。気持ちは分かる。


 クラウド一行を後にして、俺たちはぞくぞくと潜水艦に乗り込むのであった。




「クラウドという男の同行者、一人は怪しい術を使う男だったな。男の周囲を、異形の蟲が飛び回っていた。もう一人は恐らく、あのゆったりとした衣服に、鋼のごとく鍛えられた肉体。そして無手、あれは人ならざる者に変じるだろう。最後にあの童女は……魔王や、竜に属する類の化物だ」


「まあ、そうだろうなあ。あいつも一人でダラダラしていたわけじゃなくて、央原でそれなりに活動していたってわけだ。そのうち、その連中ともやりあうかもしれんし、逆に味方になるかもしれんしな」


 狭い入り口から梯子で下っていく途中である。

 ヴァレーリアがクラウド一行の分析を口にしている。

 なかなか鋭い観察眼を持っているようである。

 魔導騎士というだけあって、人ならざるものへの造詣も深いらしい。


「うむうむ、あの童子は可愛らしかったのう。妾は子どもが大好きでなあ」


 竜胆ちゃんが見る目がないのは大体分かってた。

 アリエルは、彼ら三名が纏う精霊の力からおおよそ理解できていたようである。


「クラウドの仲間は彼らだけでしょうか。以前、ユーマさんを竜胆さんの国へと転移させた、不思議な力を行使する者がいるはずですが」


「あれは、デスブリンガーの連中だろう。どっちかというと亜由美ちゃんの仲間だな。あの娘はしれっと裏切ったが」


 梯子を下りきったところは、明るい蛍光灯のような明かりに満たされていた。


『聞こえるか? 我輩が遠隔操作でぶっ飛ばす。最短距離でかの地へと向かうはずだ』


「はずだってのが不安だな……」


『我輩を信じろ』


「信じがたいなあ……」


『まあよかろう。ポチッとな』


「あっ、こらおい!!」


 その瞬間、とんでもない横Gが俺たちを襲った。

 潜水艦はいつの間にか潜行しており、急加速を開始したのだろう。


「きゃあっ!」


「ひゃあーっ!」


 アリエルと竜胆が吹っ飛ばされてきたので、二人を受け止めながらバルゴーンを床に突き刺して持ちこたえる。

 ヴァレーリアは既に、前方に用意された座席を発見していたようだ。

 そこに素早く腰掛けて、体を固定する。


「ユーマ、こちらに二人を投げられるか!」


「ああ、“横Gを切る”」


 蹴り上げた剣を手先で握ると、アリエルを抱いたまま振った。

 体を押さえつけるような重圧が、一瞬にして途絶える。


「よし!」


 まずは軽いアリエルを投げつけた。


「きゃあ!」


「いいぞ!」


 これをヴァレーリアがキャッチ、別の座席に座らせる。

 そして、俺はその足で竜胆を抱いたまま前進、前方の座席に彼女と俺を固定した。

 重力が戻る。


 恐らく、凄まじい速度で水中を突き進んでいるのであろう事はわかる。

 問題は、目の前にあるのが計器類と、なんとなくこの艦がどこへ進んでいるのかを示す簡易的なマップのみだということだ。

 つまり、状況が全く分からん。


「皇帝! 俺たちは、もうちょっと娯楽を要求する!!」


『そのGの中でこれだけ図太いことは言えるのは流石だな!? 突貫工事だったのだ。許せ!』


「ちょっと待て! 突貫工事ってことはちゃんとたどり着けるんだろうな!? 途中で空中分解……じゃない、水中分解したりしないのか?」


『片道分の強度は保っておる! 後はほれ、エルフの娘のパスとやらを使って帰るが良い!』


「ひでえな!」


 つまり、俺たちは水中を突き進む砲弾に放り込まれたようなものである。

 なるほど、余計な人員は乗せられないはずだ。

 アリエルは真っ青な顔をしているし、竜胆は泣きそうだし、ヴァレーリアは何か今にも怒り出しそうだ。


 さて、到着したらどうやって、この三人をなだめようか……などと考えているうちに、時間が過ぎ去っていった。

 体感でおよそ一時間ほど。


『よし、到着だ。ブレーキはついていないから、任せたぞユーマよ!』


「無茶振りにも程があるだろう!!」


『今空中に飛び出すぞ。その瞬間に……今出た! 任せた!』


「ええい!!」


 俺はGを切り裂きながら跳ね起きた。

 そして、バルゴーンを大剣へと変えながら三人に呼びかける。


「今すぐ俺にしがみつけ!!」


 考えるよりも早く、アリエルが飛び上がって俺に抱きついた。

 次に竜胆。

 ヴァレーリアは一瞬、えっ、という顔をしたので、アリエルが魔法を使い、植物の蔦を伸ばして彼女を拘束、こちらへと密着させた。


「な、な、な、何だというのだ、一体!!」


「口を閉じてろ、舌を噛むぞ。“ビッグ・ソニック・ブレイク”!!」


 背中に大剣を収めるような姿勢から、全身のバネを使ってこれを抜き放ち、一直線に振り抜く。

 虹の軌跡が背後、頭上、全面、そして足下を通過した。


 刹那の静寂。


 直後に、この弾丸めいた潜水艦は、真っ二つに切り裂かれた。

 俺の斬撃は、音も、風も、慣性さえも切り裂いた。

 俺たちは空中に放り出され、その両脇を、二つに割れた潜水艦が突っ走っていく。


「落下するぞ! 何か無いか!?」


「こ……こういう事だったのか! ううむ、君の判断が一瞬遅かったら、私たちは全滅していたな……! “竜巻トルナード”!!」


 ヴァレーリアが、自由になる腕に剣を握り、魔法剣を使用した。

 俺たちを包み込むように、竜巻状の風が出現する。

 ゆっくりと、俺たちは風に乗って降下していった。


「おおっ……! 正に、異国の大地じゃのう……!!」


 一人、この状況ではあたりを見回すしか無い竜胆ちゃんである。

 眼下に広がる、赤く色づいた大地を見て、感嘆のため息を漏らした。


「行きは死ぬかと思ったが、この光景が見られたならば、なかなか悪くは無かったかもしれぬな!」


 エインガナの大地。

 亜大陸であり、その広大な土地のほとんどを岩石砂漠に覆われた、未知の世界。

 俺たちは今、その只中にたどり着いたのだ。

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