第221話 熟練度カンストの着陸者

 はるばるやって来た、エインガナの大地である。

 ヴァレーリアが巻き起こした風に乗り、どうにか着地を済ませると、そこは日陰になった砂漠の一部だった。

 背後には、巨大な岩が幾つも聳えている。


「一見した所……どこにも森っぽいものが見えないんだが」


「ああ、ですねえ」


 地面に足をついて、ようやく調子が戻ってきたらしいアリエル。

 跪いて、足元の土を調べている。


「苔はありますから、植物の精霊は生きてます。この地域は、大部分がこういう赤い砂漠みたいですけれど、もっと湿気が強い場所に行ければパスを繋げる森はあるんじゃないかと思います」


 つまり、ここから森がある場所を探す必要があるということだ。

 そして同時に、精霊女王エインガナとも接触せねばならない。


 エインガナの大地は、灼熱の太陽が照りつける赤い砂漠。

 だがまあ、虹の精霊女王と言う呼び名なのだから、きっと雨が降ることも少なくないのだろう。


「アリエル、今回は別行動はなし。俺に同行するように」


「あ、はい。どうしてですか?」


「竜胆ちゃんとヴァレーリアは腕に覚えがあるが、あくまで物理的なレベルだ。リュカやサマラ、アンブロシアみたいにデタラメな次元じゃない。ネイチャーにも、パチャカマックにも、一種異常なレベルの使い手が存在した。恐らく、俺以外では対処しきれんだろう」


「なるほどです。分かりました」


 アリエルは大変物分りがいい。

 竜胆は自分の力の程を理解しているから、異論は挟まない。

 ヴァレーリアは面白くさなそうな顔をしている。


 まあ、戦闘能力という一点だけで言えば、先に上げた三人の巫女に匹敵する人だからなあ。

 ただ、応用力というか、戦いにおける汚さが足りないので、裏をかかれると案外脆いのではないかな、というのが俺の予測だ。

 巫女たちは、精霊王を降ろすという裏技を使えるから、その辺りをひっくり返せるのだが。


「ユーマ殿。確かに私は君に不覚を取ったが……だからと言って、ないがしろにされるのは楽しいものではないぞ。此度の出征では、私の力というものを見せつけようではないか」


「ヴァレーリアもずっと事務作業でストレス溜まってただろうからな。存分に暴れるといい」


「いや、そういうことではなく……」


 ヴァレーリアが複雑そうな顔をした。

 ところで、明らかに炎天下の土地なのだが、俺たちは別段、暑さも感じずにやってこれている。

 気づくと、ヴァレーリアの剣が常に青く光り続けているではないか。


 つまりこれは、彼女が弱めの魔法剣を使い、俺たちの周囲の温度を制御しているからに他ならない。

 驚いた。

 思ったよりも遥かに微調整が効くんだな、魔法剣。


 俺からのヴァレーリアへの印象を改めねばなるまい。


 かくして、大変過ごしやすい感じのまま俺たち一行は砂漠を練り歩いた。

 水分などは、アリエルが苔やら砂漠の植物から少しずつ集めることが出来るので、乾く心配もない。

 食べ物は、竜胆が弁当を持参している。


「妾の存在意義、弁当だけじゃのう」


 ぶつぶつ言わない。


 皇帝から受け取った弁当は、いわゆる小麦粉を練ったものを焼いたべい

 それに挟む食材色々である。

 途中、日陰を見つけてそこで昼食にする。


「こちらの方向から海風が吹いていますから、間もなく砂漠を抜けますよ。風に湿気が多く含まれてきました」


 風と植物魔法の専門家であるアリエルが、そう判断する。


「こうも専門家が揃うと、砂漠の旅も快適だなあ」


「うむ。妾はもっと、大変な旅になるかと思っておったぞ!」


「ユーマ殿はともかく、竜胆殿に苦労をさせるとなると、心が痛むからな」


 ともかく、というのは何だ。


 だが、気持ちは分かる。

 竜胆ちゃんはどこか、放っておけないオーラを出しているよな。

 この中で唯一、ビームサーベルを持っているだけの一般人だからかもしれない。


 昼食の後、食休みをしてから、また動き出した。

 アリエルの見立て通り、すぐに砂漠は途切れた。

 足元を覆う苔の類に草が入り混じり始め、やがて遠方に、樹木らしきものが見えてきた。


「おお、潮騒が聞こえてくる気がする」


「まだ気が早いですよ」


「そう? もう少しかね。で、お出迎えもやって来たようだが」


「え?」


 アリエルは驚いて立ち止まった。

 誰もいなかったように見えた場所に、今は黒い肌の男が立っている。


「エインガナが告げた通りだ。遠き土地より訪れた者。白い肌の者がいる」


「おっ、ネイチャーの人間みたいな物言いだな」


「俺はジュエン。群島と小海の領域の戦士」


「ユーマだ。えーと、あんたが分かりやすく言うなら、えーと」


「エインガナは、カーマルを刃の王であると告げた。ゆえに、刃の王よ。エインガナの元へ導こう」


 カーマルって何だ。


「なんでしょうね」


「なんじゃろうな?」


「なんなんだ?」


 俺たちが皆疑問を覚えたのに気づいたか、ジュエンはふむ、と腕組みした。


「外より来た者はカーマルだ。そうに決まっているだろう」


「で、あんたはジュエンってこと?」


「そう。戦いを司るものはジュエン。名は、各々の役割を表す」


「ああ、そういう!」


 俺は合点した。

 つまりは、固有名詞の話じゃない。

 役職を意味する名前なのだ。


「カーマル、導こう。ついてこい」


 ジュエンは踵を返すと、もりもりと勝手に歩き出す。

 ネイチャーの民にせよ、太陽の帝国にせよ、俺の力を試そうとしたと言うのに、随分あっけないではないか。


 見た所、このジュエンという男もかなりやる。

 少なくとも、ウルガルに匹敵するだろう。

 どういう技を使うかは分からないが、その身には寸鉄すら帯びていない。


「どういうことなのじゃ?」


 まだ竜胆は分かってないようで、しきりに首を傾げながら俺に並んで歩く。


「つまりな、多分だが、この国には個人個人の名前が無い。役割を示す名前だけがあって、それで呼ばれるんだな」


「なんと!!」


「なんと!」


 あっ、ヴァレーリアまで驚いている。

 アリエルは理解しているようだな。


 例えば、彼女が接している精霊たちには、個別の名前なんてものはもちろん無い。

 それぞれの精霊の役割や格に応じて、種族の名前が割り振られているだけだ。

 だから、職業が名前である、というのは受け入れやすいのかもしれない。


 緑が増えだした辺りを抜けて、浜辺に到着する。

 まさかの海である。


「エインガナ! 連れてきた! 群島と小海のジュエンが連れてきたぞ!」


「おおー」

「おお」

「おー」


 どこに隠れていたのか、わらわらとジュエンと同じ部族らしき連中が出てきた。

 どんどん出てくるなあ。


 一見して、ジュエン以外は戦えても、並の戦士程度の腕前のようだ。

 つまり、一般人である。

 そして、彼らに混じって明らかに場違いな人が出てきた。


『ジュエン、感謝します。そして歓迎します、剣の王』


 それは、なんと言えば良いのだろう。

 見つめていると、常に全身の色合いが変化し続けている、見ている側が頭が痛くなりそうな女性だ。


 うん、これ、エインガナだな。

 目がチカチカする。


「おたく、精霊女王エインガナ?」


『ええ、その通りです。ビラコチャの有様は見届けていましたよ』


 恐ろしく物分りがいい。

 しかも、あの戦いを見ていたとは。


『虹は空ある所、どこにでも掛かります。私は世界のすべてに存在する、次元や時空を意味する精霊の女王、エインガナ。剣の王ユーマ。あなたが成した偉業の数々、私は全てを見ていました。世界を変革しつつ会った、異星よりの来訪者との戦い。異世界からの侵略者との戦い。暴走した精霊王たちとの戦い……』


「色々見てるんだなあ……。それで、次元、時空を担当、と。つまり……あちらに渡ったり出来る人?」


『ええ、そういう事になります。実は、あなたには謝らねばならないことがあるのです。大地のレイアが力を弱めていて、余りに哀れだったので私が力を貸して……』


「あー。俺に声を届けて、俺をこっちに連れてきたのはあんたの力か! あとはデスブリンガーどもも!」


『そういうことになります。てへっ。それから、異星の方々をこの星に招いたのも私です。だって彼ら、あのままだとどこにも辿り着かずに野垂れ死にで、可哀想で……。ごめんなさい!』


 あっ、この精霊女王、てへぺろしやがった。

 こいつが何もかも、全ての元凶だったんじゃないか。

 ろくでもない奴だ。


 だが、非常に身の処し方を知っている精霊女王だな。

 素直に謝られると、諸悪の根源と言えど、手にかける事は出来ないじゃないか。


 この湧き上がる感情を如何ともしがたく、わなわなと震える俺を見て、女性陣が心配になったようだ。


「あの、ユーマさん、大丈夫ですか? 何だか、顔色が赤くなったり青くなったり黄色くなったり、エインガナ様みたいなことになってますけど……」


「ユーマ、様子がおかしいぞ? 調子が悪いなら、妾が膝枕でも……」


「うむ。ユーマ殿が取り乱している様子とは、珍しい……。一体どうしたというのだ」


 これは……知らんほうがいいだろう。

 非常に込み入った説明の仕方で精霊女王が語ったから、現地人である三人には伝わらなかったようだ。


 だが、もし知ってしまえば、精霊女王が無事で済む気がしない。

 エインガナはそれも計算に入れていたのだろうか。

 何やら汗をかきながら、お口チャックのポーズを、俺に向けてするのだった。

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