第218話 熟練度カンストの出発者

 三日ほど休んで英気を養った。

 基本、何もせずダラーッとしていたわけであるが、時折思い出したように剣を抜いて、イメージトレーニングした。


 例えば、この間の蓬莱のように、時間を止める力を持った敵が八方向くらいから一度に襲い掛かってくるかもしれない、とか。

 ビラコチャのように、俺が知覚しづらいタイプの致命的な攻撃を仕掛けてくる相手が、わんさか出るかもしれない、とか。


 想像力を働かせ、対処方法を考えるのだ。

 これまではその場その場で即興に対応していたが、そろそろ対応しきれない相手が出てくる頃合だ。

 人間の想像力とは有限なのである。


「竜胆ちゃん、ちょっと俺に全力で打ち込んでみてくれ。あと、ヴァレーリアは同時に魔法剣をぶっ放して」


「うむ、任せよ! とりゃあ!」


「うわっ、速すぎるぞ竜胆! 私はまだ受諾もしていないのに! くっ、“舞い踊る吹雪タンツスカヤ・メテル”……!」


 光の双刃を振り回しながら、いきなり襲い掛かる竜胆と、焦りながらもきっちり魔法剣を発動させるヴァレーリアである。

 魔導騎士の周囲の地面から、吹雪が巻き起こる。

 これが無数の氷の刃と貸し、ヴァレーリアの剣撃とともに放たれてくるのだ。


「いいぞいいぞ」


 俺は竜胆の一撃を刃で受けつつ流し、背後に迫った吹雪を切り裂きながら身を翻した。

 脇を掠めるように、ヴァレーリアの突きをやり過ごす。


「危ねえ」


「これも通じないのか! 君にとって初見の魔法剣を、他の攻撃と同時に捌くとは……!」


「うむ、ユーマは流石じゃのう! 惚れ直した!」


 しれっと惚れ直したとか言っちゃう竜胆である。

 彼女の耳が赤くなっているので、これは確信犯的に告げた言葉であろう。


 だが、俺としては課題あり、である。

 どちらも捌く事は出来るものの、明らかに手数が足りない。


 俺にとって防御に最も適した型は、双剣。

 今のバルゴーンは、攻撃特化のタイプに打ちなおされているため、片手剣と大剣の二つのモードにしか変化させられないのだ。


「精霊女王に顔を通したら、現実世界に戻るのが急務だなあ」


「その時はまたお供しますね」


 いつの間にかアリエルがいて、しれっと同行宣言をしてた。

 虚を衝かれて驚く、竜胆とヴァレーリア。


「な、なんじゃアリエルとやら。そなた、ユーマの故郷へ共に行った事があるのかや!?」


「ええ、もちろんです」


 ふふーんと、アリエルは得意げだ。

 大人気ない。

 ヴァレーリアはと言うと、


「ユーマ殿の故郷か。これほどの恐るべき使い手が生まれた国だ。恐らくは、弱きものは生きていく事も許されぬ、修羅どもが闊歩する大地なのだろうな……」


 真剣な顔で呟くわけである。

 そんな訳はない。

 現実世界が修羅の国だったら、とっくに滅んでいるだろう。


「そうでもないですよ。とても平和な国でした。だけど……ちょっと空気が臭いんですよね。あと、ご飯は味が濃かったです。建物は木と土で作られているようでしたけれど、繁華街はその土をより強固にしたもので構成されていましたね。道もまた、漆喰のようなものでどこまでも塗り固められていて、凸凹が少なかったように思います。馬はいませんでした。代わりに、人が乗って自動的に動く、金属の車がありました」


 アリエルが語る、現実世界の妙にリアルなディテールに、竜胆とヴァレーリアは食いついてきた。


「建物!? 道!? 車!? そ、それで何を食べたのかや!? こちらでは食えぬものがあるとか? 魚はどうじゃ? 肉も口にするのか!?」


「カラアゲという揚げ物を食べました。それから、お米は大変美味しかったですね……」


「なんと……! 蓬莱と米は変わらぬというのか……。じゃが空気が悪ければ、味も良いとは思えぬが……!」


「アリエル殿、強いものはいたのか? 大地を揺るがすような魔法の使い手や、或いは魔法剣を自在に操るとか……。そうだ、その車とやらは強かったのか!?」


「それがですね。戦えそうな人はほとんどいなかったんですよ。平和そのものでした」


「馬鹿な!! それでは辻褄が合わない!」


 何やらヴァレーリアが頭を抱えてしまった。

 彼女の理解の範疇を超えたらしい。


「まあまあ二人とも。俺はあっちの世界にほとんどいい思い出はないが、俺の訓練に付き合ってくれればお礼に話をするぞ」


「おお! よし、妾は付き合うぞ!!」


「ああ。この謎を解明するためには、君と模擬戦をするしかないようだな」


 かくして、また三人で打ち合いを行なうのである。


 この西方諸国で仲間になった女性たちは、基本的に魔法使いだ。

 肉体的にも常人よりは優れている事が多いが、それでも武器の扱いなどは素人同然。

 ローザなど、一線を退いてから全く武技の訓練をしないので、恐らく現役時代よりも弱くなっている。

「貴様が守ってくれるのだから、私は戦えずとも良かろう?」などと、しれっと言うのだから敵わない。


 で、東方で仲間にした竜胆と亜由美、北方から連れてきたヴァレーリアは、ほぼ肉弾戦特化である。

 弓の心得があるアリエルですら、彼女たちの足下にも及ばない。

 ということで、女子二名が汗だくになるまで訓練をして、今日はこれで終わりとなった。


 俺としては、彼女たちの他に伏兵がいるシミュレーションを行い、同時に対応するイメージトレーニングを兼ねている。

 何度やっても、手数の重要性を感じるばかりであった。


「よし、もう、これだけやればいいであろう……! くたびれた……!!」


「ああ。これでもまだ、平然としている君は本当に化け物だな……」


「お疲れ様です。これで汗を拭って下さい。水で冷やした布ですよ」


 アリエルが冷やしタオルを配ってくれた。

 そして、みんなで車座になりつつ、


「リュカさんやローザさんから聞いた話では、ユーマさんはラグナ教の、分体と呼ばれる怪物たち、それも無数の敵を一人で相手取り、日暮れまで戦い続けて勝ったことがあるそうです。今はその頃よりも遥かに体力をつけているそうですから、生半可では彼の体力は尽きないかと思いますね」


「とんでもないのう……」


「魔王の部下と魔王を連戦して、なお余裕があったのはそのせいだったのか……」


「まあ、お疲れだ。それじゃあ付き合ってくれた礼に、俺の世界の話をしてやろう。専門用語とかはなるべく少なくして話してやろうと思うが……分からなかったら聞いてくれ」


 そして、俺の語りが始まった。

 



 俺のパッとしない生い立ちから、学園生活での挫折、そして引きこもりからのMMORPGへの傾倒。

 初めての親友であり、最高の理解者であったアルフォンスとの別れ、託されたバルゴーンという剣。


 ゲーム内に全てを賭け、剣の腕を磨き続けてきたこと。

 剣術スキルが天元突破してしまった瞬間、精霊女王が囁きかけ、この世界に来たこと。


 当時はそれなりに波乱万丈だと思っていたが……こっちの世界でやってきた大冒険を思うと、平々凡々な日々であったな。

 話し終えた頃には夕方になっており、俺が感慨にふけっていると、竜胆がぐすっと鼻をすすりあげた。


「ううっ、ユーマ、お主は苦労してきたんじゃのう……! 肉親からも認められぬとは、どれほど辛かったことじゃろうか……!!」


 あれっ、なんで感情移入して泣いてるんだ。

 ヴァレーリアは彼女で、うーむ、と唸っている。


「聞いた限りでは、君は社会からの落伍者だ。どこにも君を尊敬できる要素など無いし、この話だけから君を判断するなら、私は軽蔑しているところだ。だが……その精霊女王が、君の言う剣術スキルとやらを実際の技にしたとして……どこをどうすれば、そのような人知を超えた腕前と、超人的な心性を得ることが出来る? 君が話した過去の自分と、今のユーマ殿が私の中で繋がらないのだ」


「うむむ。だが過去の俺は俺だし、その延長線上に今の俺がいるのだぞ。途中がちょっと波乱万丈だっただけだ。うむ、普通の人間の人生の何十倍も濃かったかも知れんが」


「そこだ。そこが気になる。詳しく」


「俺の半生よりも、そこから今に至る一年半ほどの方が話がずっと長くなるんだが」


 思いの外、ヴァレーリアが食いついてくる。

 竜胆も目を爛々と輝かせ、何やら俺のこれまでへの興味を示しているではないか。

 どうしたというのだ。


 仕方あるまい、と、俺が千夜一夜物語のつもりでこれまでの話をし始めたところである。


「やあやあ、ユーマ殿、ここにおられたか! 探しましたよ!」


 どたどたとやって来たのは、アウシュニヤの僧侶だった。

 こいつ、自国に戻らずにすっかりこの森にいついているらしい。


「第二総督殿は帰りましたがね。私は案外、この森の居心地が良くてこうして居座っていますよ。いやはや、まさか四竜とも話し合いの場を持つことが出来るとは! この二千年ばかり、精霊界にいる彼らを観測してはいたのですが、時折こちらにやって来たとしても、危険な生きる災害とばかり思って接触して来れなかったのですよね。ですが、いやはや! 話してみれば気さくなものだね!」


 エルフの森を一番エンジョイしているのは、間違いなくこの男であった。

 竜胆とヴァレーリアが、僧侶を大変邪魔そうに睨んだ。

 そこへ、アリエルが人数分の夕食を持ってくる。


 僧侶がいることまで見越していたようだ。

 この第三総督殿は、図々しくもどっかりと俺の隣に座り込み、アリエルから「やや、すみませんな!」と夕食のシチューを受け取ると、むっしゃむっしゃ食べ始めた。


「ええ、ユーマ殿、食事をしながらですが失礼! かの南方の亜大陸へ向かう航路を算出しましたよ! その報告です! 何なら、第二総督殿が用意する船ですぐに向かうこともできます」


「えっ、もう準備が終わったのか。早いな……」


「私の船もすっかり内部の修理が終わりましてね。飛べないまでも、演算装置は現役ですよ。それで、どうします?」


「うーむ、リュカたちが戻るまでは少し掛かるか……。それじゃあ、お言葉に甘えようかな」


「よしっ! 次は妾が!」


「私も同行しよう!」


「ですね」


 俺の両脇を、竜胆とアリエルがガッチリと掴んだ。

 ヴァレーリアが腕組みをして、ニヤリと笑う。

 次の旅の同行者が決まってしまったようだ。

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