第217話 熟練度カンストの帰還者2

 アリエルを伴ってパスをくぐると、いつものような軽い酩酊感が襲ってくる。

 ぐるぐると渦巻く緑の光の中を進むと、あっという間に別の森に到着だ。


「このフラフラする感じはいつも慣れないよなあ」


「仕方ないですよ。別の森と森を繋げているんですから。……そう言えば、このパスを作っている精霊も植物の精霊ですから、ビラコチャの眷属ではあるんですよね」


「あっ、そうか。じゃあ、奴に気付かれてパスを潰される前でよかったな……!」


「本当ですよ!」


 次の一歩を踏み出すと、おかしな空間を潜り抜けた。

 パスは、アリエルの先導なくしては通り抜けることが出来ない。

 あるいは、彼女が用意した植物の精霊をナビゲーターとして使用するか、だ。そしてそのためには、やはり精霊と会話をできるだけの魔法的素養が必要である。


「ただいま、我が家よ」


 ひょいっと茂みから飛び出してきて、俺は大きく手を広げてみせた。

 ……何か、足下にいる。


「ほえ?」


「お?」


 足下で、がっくり両手をついて項垂れている赤毛の娘が……。

 あっ、サマラじゃないか。


「おお、おおおお、ユーマ様っ!! ユーマ様が目の前にでてきたァッ!!」


「どうなすった」


 俺がしゃがみ込むと、彼女はむわーっと起き上がり、俺にしがみついてきた。


「もう、もう限界です! 疲れ果てました! もう、白竜に火竜に、水竜と緑竜まで来て、四人で森の奥地でギスギスした空気を漂わせている中でお茶会とかしてて、もう別次元で……!!」


「集まっちゃってるもんなー」


「あー、サマラさん相当げっそりしてますねえ。四竜が集まるとか、まあなかなか無い異常事態ですし、恐らくみんな私たちに合わせて人間サイズになっているでしょうし……」


 アリエルが、サマラを助け起こす。

 この二人、頭一つ分近く身長が違うからなあ。

 なかなか、引き起こすのが大変そうだ。サマラは色々筋肉とか肉付きもいいしな。


「ローザと竜胆ちゃんとヴァレーリアは元気?」


「ええ、三人とも元気ですよ! 竜の担当はずっとアタシだったんで……! ユーマ様、帰ってきたばっかりのところ本当に申し訳ないんですけど、お願いです! ちょっと、ビシーッとあいつらに言ってやってください!!」


「ほほう……」


「ダメですよサマラさん! ユーマさん、大変おつかれなんですから、ちょっと休んでもらわないと!」


「ユーマ様が疲れてる……!? そ、それなら、このアタシが体の芯まで温めて……!」


「まっ!? 負けませんからね!?」


「あれっ」


 俺はアリエルとサマラに両脇をガッチリとホールドされてしまった。

 そのまま家まで連行されていく。


「おお、ユーマではないか! 戻ってきたのかや!? おい、ローザ! ローザ! ユーマが帰ってきたぞ! ヴァレーリアもこっちに来ぬか!」


 うわ、竜胆ちゃんに見つかった。

 みんな集まってきたぞ。


「くっ、ライバルが増えた……!!」


 アリエルがとても悔しそうな表情になった。

 これは大変だ。


「おう、戻ってきたのか、ユーマ。私はちょっと忙しくてな。そうだ、その様子であればワカンタンカとビラコチャを従えたのだろう? では最後の、精霊女王エインガナと話しに行くのだな。疲れた顔を治してからやってこい。こちらで航路は選定してある。東方の異能者ども、なかなかいい仕事をしてくれる」


「くっ、ローザ殿、待ってくれないか。わ、私はもうオーバーワークで……お、おお、君か、ユーマ。彼女はいつもこうなのか!? 休みなく働き続けているのだが」


 ローザとヴァレーリアもやって来た。

 基本、仕事の虫であるローザは、過密スケジュールの仕事もバリバリこなす。


 元辺境伯であり、ディアマンテとエルフェンバインを繋ぐ要衝を担当、国境防衛と本国貴族どもとの権謀術策を同時でこなし、さらに領地経営もしていた女傑であるからして、この辺りの能力は俺が知る女たちでもダントツの首位であろう。

 ヴァレーリアも優秀な女性っぽかったが、ローザにすっかり振り回されて、もう俺に抱いていた敵愾心みたいなものを露わにする余裕も無いようだ。


「あっ、ユーマ殿! 魔王はどうしたのだ!? 二人きりで戻ってきたようだが!」


「船で後から戻ってくる。これが済んだら、そっちの皇帝ともちゃんと話をしに行くから」


「ああ……。あああっ!? しまった、本国との連絡も取っていなかった……!! 毎日が疲れて倒れるまで続く激務で……」


 頭を抱えながら呻くヴァレーリア。

 ローザは彼女の腰のあたりをポンポン叩きつつ、


「実に助かるぞ。アリエル以上の実務能力。私の秘書に欲しい。グラナート帝国からこちらに派遣されてしまってはどうだ? いや、むしろ貴様もユーマの女になれ。そうなれば容赦なく貴様を使い倒せる」


「ユーマ殿の女だと!? な、な、何を言っている!! それに使い倒すとか、これ以上か!? 鬼か君は!! 可愛い顔をして、とんだ食わせ者だ!」


「……な? 二人はすっかり仲良くなっておるのじゃ。妾は楽しんでおるぞ。竜どもの話が面白くてな……」


「そうなんですよ……。竜胆が、すっかり竜たちに気に入られてしまって……。普通の世間知らずなお姫様ってのが受けてるみたいなんですよね。分からない……」


 サマラもお疲れである。


「そうか……。じゃあともかく、一旦風呂に入って寝るか」


 俺の宣言で、そういうことになった。





 我が家名物の大きな大きな湯船で、だらりと伸びる。

 温かい湯はいい。

 疲れが溶け出していくようだ。


 いつもならくっついてくるサマラが、隣でぐでーっと伸びている。

 その横で、ヴァレーリアが虚ろな目をしてぐったりと伸びている。

 逆側では、アリエルは俺の傍らにて足湯のような姿勢で、果実の皮などを剥きつつ、湯の上に盆を浮かべて乗せてくる。


 入浴しながらこいつを摘むわけだ。

 竜胆は物怖じせずに、果実をむしゃむしゃ食べている。

 時折、俺をちらちら見ては顔を赤らめるのだが、どこを見ているのかね。


 ローザは泰然自若としたものである。

 一切隠す様子もなく、どうどうと風呂の中でくつろいでいる。

 少しは恥じらいがあってもいいんじゃないですかねえ。


「ユーマ、お主、あ、あれじゃな。妾たちが裸なのに、こう……平常心というか……」


「疲れすぎて反応できなくてすまんな……」


「良い! 良いのじゃ、気にするな!」


「分かりますー……。くたびれ過ぎるともう、性欲とかまで気持ちがいかなくなりますよね……」


「ああ、性欲はともかく、私はしばらく書類は見たくない……」


 サマラとヴァレーリアが重症である。

 ちなみにアリエルは、ちゃっかりとお尻の辺りが俺の肩口にくっついており、女子たちの中で一番俺に密着している。


 どことなく、見上げる彼女の顔が勝ち誇ったようにみえる。

 確かにこの状況では、最も俺の位置に近いのは彼女であろう。


「いや、風呂はいいな、生き返る。このところ忙しくてな。水を浴びる程度で済ませていたのだ。だが、温かい湯というものはこれはけしからんな。可能であれば、一杯やりたいところだ」


 ローザの発言に、ヴァレーリアがギョッとした。


「ローザ殿、君はまだ若いと言うのに、そのような年寄りのような物言いを……」


「私は巫女故、年を経ないが、中身は四十四になるぞ」


「えぇっ!? わ、私より二十四も上……!!」


 リュカがいなければ、一見してローザは最年少に見えるからな。

 だが、アリエルを除くと最年長だぞ。


「エルフでも、四十歳と言えば成人している年齢ですね。私たちは人の五割増しから倍程度の寿命を持ちますから」


「ははあ……。で、アリエルさんはお幾つで」


「三十歳ちょっとです」


「未成年じゃないか!?」


「ギ、ギリギリ成人です!!」


 若かった。

 ゆったりと風呂に入り、じっくりまったりと温まる俺たちである。


 しばらくのんびりしていると、ヴァレーリアがしんなりとした。

 あっ、のぼせやがったな。

 みんなで彼女を拾い上げて、これで入浴は終わりなのである。


「じゃあ、ヴァレーリアはアタシが持ってって……」


「いやいや、ここはローザのシャドウジャックに任せようぜ。サマラにも休息が必要だ」


「きゃっ、ユーマ様!」


 ってことで、俺とアリエルとサマラ。

 川の字になって寝るのであった。

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