第214話 熟練度カンストの決断者

 輿に乗って、あっという間に皇帝の前まで通された。

 豪華な意匠を身にまとった男が目の前にいる。

 ふんぞり返ってはいるが、威厳みたいなものはあまり感じないな。


「あんたが皇帝か。いや、それは分かっているから、ビラコチャを出せ」


 俺があまりに無礼な事を言うので、皇帝の周りに立っていた太陽の戦士たちが、一様に武器を抜いた。

 ちなみに、こうなる事を見越して、皇帝と謁見する場から、皇帝と太陽の戦士以外を退出させてある。


「その物言いはなんだ!」

「無礼者め!」


「いいか。俺もまた一つの国家レベルを従える王だ。だから皇帝とは対等だと思っている。そして今はいちいち敬意を払っている状況ではない。第一、お前らの流儀に従っていたら、儀式ばかりが続いて延々と時間がかかるだろう」


 皇帝は、うむむ、と唸った。


「ビラコチャの降臨の為には、余が七日かけて身を清め、そなたの身分を明かすための儀をさらに七日行い、戦士たちが七日かけて宴に供する鳥獣を狩り集める」


「三週間かかるじゃないか。今ビラコチャに会わせてもらいたいんだ」


「無理を言うな……! 前例がない」


 皇帝、大変苦しそうである。

 太陽の戦士たちも、俺を威嚇はするものの、襲い掛かっては来ない。

 俺の側には、あちらに与さない三名の太陽の戦士がおり、ウルガルがいる。


「陛下」

「この男は」

「平和裏に事を治めたいと考えています」

「し、しかし」


 皇帝がだらだら汗をかいている。

 道すがら、戦士たちに聞いた話では、ビラコチャ降臨のために、太陽の帝国は実に一ヶ月間近くを使うのだそうだ。冗談ではない。そんな儀式に一々付き合っている暇などない。

 いつ、宇宙から移民船団が攻め寄せてくるか分からないのだ。


 それに、精霊王たちに会ったあと、俺は俺でやらねばならないことがある。

 ということで、今の俺は剣気を全開で発揮していた。

 皇帝は、先代の太陽の戦士団の一人だったということで、俺の剣気を受けてもぶっ倒れない。


 流石である。

 身動きが取れない程度である。


 他の太陽の戦士たちも、俺を威嚇する程度の気概はある。

 だが、誰一人として率先して襲い掛かってこない。


「前例は今作ればいい」


 俺は一歩踏み出した。

 謁見の間に緊張が走る。


 いや、俺は大変リラックスしている。

 俺が緊張する状況とは、うちの女性陣に迫られたときくらいだ。

 戦闘など、まるで勝手知ったる我が家的なサムシングに帰ってきたかのように安らぐ。


「来るのか? まとめて来い。手加減してやる」


 俺の言葉が最後の挑発になったようで、戦士たちが一斉に襲い掛かってきた。

 結論だけ言おう。

 二人でウルガル一人分というレベルの戦士に、苦戦などするはずがない。


 剣で叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて勝った。

 コピー人間かと言うくらい、同じ戦い方しかしない連中だ。


 ぷしゅーっと煙を立てながら折り重なって倒れる戦士たち。

 これを前にして、皇帝は一層だらだらと汗をかいた。


「わ、わ、分かった。ビラコチャを呼ぶ。余はどうなっても知らんからな……!」


「俺は精霊王とも直で何度か戦っているからな。安心しろ」


「げええっ!?」


 皇帝らしからぬ声を漏らしたな。

 だが、俺としても、いざとなった時に精霊王を手に掛けたくはない。


 俺が負けるという可能性もあるかもしれないし、俺が勝ったとしても、この星は大きな戦力を失うわけで……。

 いやいや、太陽の帝国側に巫女がいれば、問題なかろう。


「皇帝、ちょっと尋ねるが、ビラコチャの言葉を聞くことが出来る巫女などはいるのか?」


「いや、巫女は儀礼的な存在で、特別な力など無いが……。余が直接、ビラコチャに降臨いただくのだ。その際、巫女は依代となってもらう」


「ふむふむ、皇帝はなんか森や太陽の力をガーッと使えたりするか?」


「いや、余は戦士たちと同等に戦えるが」


「そっちの方かあ」


 俺はちょっとがっかりした。

 ワカンタンカと言い、ビラコチャと言い、新大陸の精霊王たちは自分の代弁者たる巫女を持たない主義のようである。


 ストリボーグもそうであったことを考えると、西方大陸の精霊王たちが例外だったのかもしれない。

 思えば、巫女たちの体を乗っ取った精霊王どもは、やけに人間的だったなあ。


「じゃあ呼んでくれ」


「うむ……。ついてこい」


 皇帝が歩き出した。

 謁見の間を出ると、外から伺っていたらしき兵士たちが集まってくる。

 俺がそいつらを一瞥すると、誰もがへなへなと腰砕けになって動けなくなった。


「……恐ろしい男だな」


 心底からの言葉であろう。青ざめた顔の皇帝である。


「俺はお前たちの敵ではない。味方だ。それは後々分かってくるだろう」


「ユーマ、お、穏便にな。穏便に」


 なぜかウルガルが俺をなだめてくる。

 俺は冷静だ。

 そんなにやばい奴に見えるのだろうか。


 俺たちは皇帝に案内され、ビラコチャが降り立つという祭壇に向かった。

 それは、森のなかに作られた、石造りの巨大な舞台だ。


 一見すると、ピラミッドのようにも見える。

 苔むしており、気が遠くなるほど長い年月を過ごしてきたのだと分かる。


「この舞台で巫女を踊らせる。すると、ビラコチャが巫女に乗り移り、託宣を下すのだ。だが、今は代わりとなる巫女がおらぬ……ああ、いや」


 皇帝は頭を巡らせると、遠くに目を留めた。


「こちらへ来い! ミラ!」


 そこでは、背の高い女がふわふわとした足取りで踊っている。

 褐色の肌と黒髪の女だ。

 地味でやや露出の多い衣服に身を包んでいるが、これがこの国の普段着なのだろう。


「……?」


 ミラと呼ばれた女は、こちらをぼんやりと見つめ返した。

 皇帝は舌打ちする。


「本来であれば、女たちの中から巫女を選び出す。ビラコチャは依代とした女を壊してしまうからな。少しでも強い心を持ち、ビラコチャを長く宿せる女を使う必要がある」


「なに、女が死んでしまうのか。ビラコチャという奴は何様だ」


「ユーマ落ち着け! それぞれの国には国の決まりというものがあるのだ」


 ウルガルが俺をなだめる。

 いかんいかん、憤慨してしまうところだった。


 皇帝は尻もちをつき、俺から必死に目線を逸らそうとしている。

 うむむ、感情が昂ると、こう殺気のようなものを撒き散らしてしまうのかもしれん。


 俺たちがやり取りをしている間に、ミラは、ふらふらとこちらまでやって来た。

 そして、俺をじっと見る。


 背丈は俺と同じくらい。

 近づくと、思ったよりも肉付きがいい。むちむちしてる。


「だあれ?」


「戦士ユーマだ」


「……せんし? 戦士よりも強いあなたが、戦士?」


「じゃあ灰王ユーマでいい」


「灰王ユーマ。うん」


 彼女はこくこくと頷いた。


「いいよ」


 ミラはふんわりと微笑むと、ふらふら舞台へと登っていく。


「ビラコチャが呼んでる」


「お、おいこら! まだ余が準備をしていない……」


 皇帝の制止など聞きはしない。

 そして、彼女を止めようにも、兵士は皆俺によって身動きできなくされている。

 太陽の戦士以外は、皆大したことがないようだ。


「美しい……」


 ウルガルがぼーっとして呟いた。

 お前、ああいう女が好みなんだな。


 ミラは俺たちの目の前で、舞台に上ると、その頂上でふわりと片足を上げた。

 くるりと回る。

 途端に、周囲の森がざわめいた。


「ばかな!」


 皇帝が呻く。


「まだ、まだなにもしていないのに、どうしてビラコチャがやって来ようとしているのだ……!」


 ざわざわざわ。

 森が激しくざわめき始める。


 風はない。

 蒸し暑い空気の中、無風という状況の中で、木々だけが不自然に蠢く。

 それらは石舞台を囲むように円を描き、ざわめきはまるで歌声のようだ。


「ら────」


 ミラが、歌いだした。

 木々の合間から、ミラの声に合わせるよう、言葉が漏れ出してくる。

 お、とか、あ、とかいう声。


 男の声だ。

 それが伴奏となり、ミラの歌声を彩り、強調していく。


 やがて、俺は何か強大な気配を持った存在がこの空間に現れようとしているのを感じた。

 場所は……ミラの直上。

 俺は、石舞台の上に駆け上がった。


「あっ、や、やめろ!!」


 皇帝の制止など聞くはずがなかろう。

 バルゴーンを抜き放つ。

 そして、今にも、歌い踊るミラへと宿ろうとしていたそいつに、剣を突きつけた。


 ぴたり、と木々のざわめき、伴奏が止まる。

 頭上で、物理的な重さを感じるほど、濃厚になった気配がわだかまる。


「よう、ビラコチャ。女を使い潰さなきゃ話も出来ない、なんて事は言うなよ」


『舞台の上に、男が上がることはならぬ!!』


 返答は怒声だった。

 声が、そのまま破壊的な力となり、俺とミラに襲いかかる。

 こいつ、見境なしである。


「やる気か。俺は喧嘩は全部買うぞ……!!」


 衝撃波となって襲いかかる怒声を、俺は真っ向からバルゴーンにて切り開く。

 二つに断たれた衝撃が、石舞台の隅を砕きながら地面に突き刺さった。

 地が割れる。


『不敬!! お前は許さぬ!! 砕けよ!!』


 区切られる一言一言が、衝撃となって襲いかかる。

 俺はこれらを、次々に斬り捨てる。 

 断ち割られた衝撃波は、その度に石舞台を削り取り、破壊し、パチャカマックの大地に傷跡を刻んでいく。


 この精霊王、まるで駄々をこねるガキである。

 理屈もへったくれもない。

 付き合っていられん。


「しゃあないな。ここまで阿呆とは思わなかった。悪いが斬らせてもらうぞビラコチャ!」


 斬った後のことは、後で考えるのである。

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