第215話 熟練度カンストの神殺者2

 ビラコチャの姿が急速に実体化していく。

 こいつは言うなれば、森の集合意識みたいなものだ。

 木々からあふれ出した気配みたいなものが、頭上へと集まり、不可視だったものが見える存在へと置き換わる。


「ぬううっ、精霊たちが怒っている……! 恐ろしい魔力! ウルガル、これほどの魔力を知らない……!」


「俺は魔力が全く感知できないんでな。だが、精霊の気配は分かる。ビラコチャは本気でやって来るな」


「ウルガルも戦う」


 精霊の戦士は、雄々しく胸を張ると、携えていた手斧を抜き放った。既にその刃が放電を始めている。


「おお、じゃあ手伝ってくれ。何せ、俺だけで倒すならともかく、このビラコチャって精霊王はひどいエゴイストらしい。自分を祀ってる民ごと俺たちを攻撃して来そうだからな」


 ウルガルは、気絶しているミラを抱きかかえると、一瞬だけその速度を雷のものに変えた。

 そしてすぐに戻ってくる。


 奴なりに、安全と思われる場所に彼女を移動させたのだろう。

 だが、普通の人間を雷の速度で運んで果たして大丈夫なものか。

 何か不思議な力が働いて大丈夫なのだろうな。


「これで大丈夫」


「お疲れ。じゃあやるぞ」


 既に、頭上にてビラコチャは実体を得ている。

 精霊王は、ゼフィロスにせよアータルにせよ、スーパーセルや炎の巨人といった実体を得ないと、こちらでその能力を行使できないようだ。

 森の精霊王の姿は、全身から枝葉を生やしたローブの巨人である。


 話に聞いていた、太陽と森の精霊王という呼び名。

 その太陽部分はどこにも見当たらない。

 自分の呼び名を盛ったのだろう。


『オオオオオオオッ!!』


 ビラコチャが咆哮をあげた。

 ざざざっ、と森の木々の葉が逆立つ。

 それらが風を生み、ビラコチャの周囲に巨大な渦を作り出した。


『不敬なり!! 滅べ!!』


 単純明快な呪詛を吐き散らしながら、精霊王は俺たち目掛けてこの渦を打ちおろしてきた。

 その中に、鋭利な葉が無数に浮かび、恐らく巻き込まれたものをずたずたに切り裂いてしまうのだろう。


「むうん!!」


 そこへ、ウルガルが走った。

 彼の全身が稲妻に包まれる。

 跳躍する。


 それと同時に、精霊の戦士が幾つにも分身した。俺に襲い掛かってきたときのあれと同じである。違うのは、雷を纏っていること。

 バチバチと電撃にて葉が爆ぜる音がし、風の渦に炎が踊る。


『ワカンタンカの戦士か!! 許さぬ!!』


 ビラコチャの攻撃を無効化しつつあったウルガルだが、相手も流石は精霊王。

 突如周囲から木の根が伸びて来て、高速で動いているはずのウルガルを的確に打ち据える。


「むぐうっ!」


 ウルガルの巨体が、こちらに吹き飛ばされてきた。

 俺はこれを、剣の腹で受け、勢いを殺しながら背後へ流す。


「むっ、助かる!」


「どういたしましてだ」


 俺はウルガルから受け取った、吹き飛ばされる力を、そのままビラコチャに向けて打ち返した。

 名付けて他人カウンター。

 他人への攻撃をカウンターにして、放った当人へと打ち返す新技である。


『むうおおお!』


 ビラコチャの叫びに合わせて、木の根が伸びてこれを受け止める。

 だが、こいつはそのまま返したばかりではなく、俺の斬撃が加えてある。


 かまいたちの性質も宿した力が、根を真っ向から切断した。

 残念ながら、ここで力は消えてしまったようだ。


「どれ、お前の技のバリエーションを見せてみろ」


 俺は悠然と、吹き荒れる木の葉の風に向かって歩みだした。

 迎え撃つためにか、木々は枝や根を俺に向かって伸ばして来る。


 実体があり、視認できるぶんだけ、蓬莱で戦った狐の荒神よりもくみしやすい。

 攻撃を切り裂きながら、前へ前へと突き進む。


「大技はないのか? 触手みたいに枝や根っこを使いだけじゃ芸が無いぞ」


『オオオオッ! ムウウウウンッ!!』


 空に浮かんだビラコチャが、顔色を真っ赤に染める。

 恥ずかしがったわけではなく、怒ったのだろう。

 何をしてくるんだろう、と俺は自然体で構えていたのだが、どうもまぶたがヒクつく。プレッシャーみたいなものを感じる。


 これは嫌な感じだな。

 俺はバルゴーンを大剣にしつつ、即座に目の前に構えた。

 そこへ、見えない力が圧し掛かってくる。


 ……なんだこれは?

 バルゴーンで防げなかった。

 体が重くなってくる。


 まぶたも重くなり、動くのが億劫になり、俺は膝をついた。

 この感覚……。

 まるで、三徹でギルド戦を戦った少し後に似て……。


「なるほど」


 俺はこの攻撃の仕組みを理解した。

 バルゴーンを、躊躇無くヒクついていた右のまぶたに掠らせる。

 そこが切れて、血が吹き出した。


 同時に、何かが叫びながら消滅していく気配がする。

 体はやや重いままだが、随分楽になった。


「お前、人間の体調をコントロールできるな? これは、つまり疲労だ。俺の場合、馴染みのあった眼精疲労から入り込んできたってわけか」


『……! 人間が、防げるのかっ!!』


「仕組みが分かれば防げる。ゲームで徹夜はしておくもんだな」


 恐らくは、不可視の植物の精霊が、俺の体に纏わりついているのだろう。

 彼らには害意はなく、だからこそ俺も気付かなかった。

 ごく自然な肉体の生理現象で敵を害する、それがビラコチャの攻撃と言うわけだ。


 地味である。

 だが、俺が今まで受けてきた攻撃で一番効いた。

 お陰で、俺は激しく動き回る体力をすっかり失ってしまっている。


「省エネでやるしかないな。遊ぶ余裕が吹き飛んだぞ」


 俺は鞘を呼び出し、バルゴーンを収めた。

 その頭上を、ウルガルが飛んでいく。

 空中で激しく、ビラコチャが生み出した風の渦と戦い始めた。


 こいつは、全身にワカンタンカの力を纏っているため、ビラコチャの攻撃が通用しなかったようだ。

 俺の周囲では、この国の住民らしき連中が崩れ落ち、ぐったりと倒れ伏している。


 皇帝も死にそうな顔をしているな。

 本当に躊躇無く、自国の人間を巻き込みやがる。


『オオオオオオ!!』


 威嚇するように、ビラコチャは咆哮した。

 実際、威嚇しているんだろう。

 俺が体力をなくしたので、こいつはここぞと調子に乗ってきたらしい。


 真横から、森の木々が根を引き抜き、歩きながら襲い掛かってくる。

 一々相手にしているのも面倒だ。

 あいつらが俺に接触する前に、片を付ける。


「“ディメンジョン・ソニック”」


 初撃。

 空間を越えて、俺の斬撃が飛んだ。

 ビラコチャを真っ向から切り捨てる。

 だが。


『ふはははは、無駄、無駄』


 斬った手応えはあったものの、奴は二つに分かたれた姿のまま、高らかに笑う。

 次撃。

 俺は剣をそのまま、足下の石舞台に突き立てた。


『!!』


 笑っていたビラコチャが、突然真顔になった。


「ああ、やっぱりな」


 俺はバルゴーンを抜くと、足下から這い上がってこようとする気配を断ち切る。

 さっきの、疲労を与える植物の精霊。


 どこから来たのかと思ったが、この石舞台からやって来たのだ。

 これは、ビラコチャを降臨させる舞台装置などではない。


『何故、何故気付いた!!』


 石舞台が揺れ始める。

 足場だと思っていたそれが、徐々に持ち上がって行くではないか。


 何のことはない。

 俺は、ビラコチャの頭の上に立っていたのだ。


 この精霊王は、戦うために実体化したのではなく、元々実体化してこの土地に根付いていたのだ。


『オオオオオオオオオ!!』


 根が触手のように蠢きながら、地面から引き抜かれる。

 地の底に隠れていた巨大な本体が、あらわになっていく。


「な、なんという姿だ!」


 ウルガルが驚愕の叫び声を上げた。

 ビラコチャは随分ととんでもない姿らしい。

 奴の頭の上にいる俺には、よく分からない。


 精霊王は、勢いよく頭上の俺を振り捨てようと、動き始めた。

 だが、である。


「大体、お前の核は把握したぞ。いや、核の把握すらいらんな……! “アクセル”!!」


 俺はその場で、跳んだ。

 大剣を片に担ぐ。

 標的は、足下、ビラコチャの頭部。

 剣先が、石舞台と同化した精霊王に食い込んだ。

 接触と同時に、俺は全身を使って回転する。


『ゴアアッ!?』


 ビラコチャが絶叫した。

 それと同時に、巨大な頭部が縦に真っ二つに割れた。

 切断はそこだけに留まらない。


 俺は落下しながら、回転して巨大な精霊王を切断していく。

 頭頂から股下まで。

 一瞬にして、一直線に断ち割る。


『アオオオオオオーッ………!!』


 精霊王は叫びながら、斬られた端から力を失い、土塊つちくれになってぼろぼろと崩れ落ちていった。

 俺は着地と同時に、やれやれと座り込む。


 そこにウルガルが飛び込んできた。

 俺を掻っ攫い、崩れ落ちる精霊王から離れる。


「やったな、ユーマ。ビラコチャは、剣の力によって打ち倒された!」


「死んだわけじゃないだろう。ストリボーグ風に言うなら、今のビラコチャが培った、あの腐った魂を破壊しただけだ。何千年かくらい後のビラコチャは、もっとましな性格だといいな」


 俺はその場で大の字になると、リュカたちが来るまで、今日は一歩も動くまいと誓うのだった。

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