第213話 熟練度カンストの南下者

「我らが」

「太陽の」

「戦士団」


 奴らは似たような派手な服装をして、同じような動作をしていた。

 衣装の大部分が、赤と青と緑の色違いである。


「戦士様!」


 太陽の帝国連中が、沸き立つ。

 みんな早起きだな。

 俺はと言うと、まだ半分眠った状態のリュカを後ろにくっつけたまま、のそのそと宿泊用テントを出てきたところだ。


「あれが戦士様とやらか」


 やって来た連中を眺める。

 巨大な羽飾り、極彩色の布。布地を染める基本となる色が、三人で異なる原色。

 彼らと相対するように、既にウルガルがスタンバっていた。


「二名でウルガルと互角だ。つまり、三人いるとウルガルも危うい」


 ワカンタンカの戦士が謙虚なことを言う。

 こいつが言うからには、太陽の戦士団とやらは本当に強いのだろう。


「戦士様方! この男が、皇帝陛下に直接会いたいなどと申しておりまして! あ、いや、我らも必死に抵抗し、戦闘を継続しようと言う……!」


「皇帝に興味はないからビラコチャに会わせろと言う話だ」


 俺が言うと、帝国の指揮官は「わーっ! うわーっ!!」とか叫びながらぴょんぴょん飛び跳ねた。


「それからお前たち、俺が一人で全員蹂躙し」


 帝国の兵士たちが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、「うわーっ!! うわわわーっ!!」とか叫ぶ。

 これを聞き、太陽の戦士団は一斉に目を細めた。


「負けたのだな」

「これだけの人数が」

「いて」


 帝国の兵士たちは震え上がった。

 たかが三人の戦士なのだが、兵士とは存在感が段違いである。

 

「そしてお前」

「皇帝陛下に」

「興味が無いだと」


 じろりと俺を睨んでくる。

 俺も、するっと剣気全開にして見つめ返した。


「うお」

「おお」

「おう」


 剣気に押されてよろける三人。

 勝った。


「時間は無いことも無いが、正確なところは分からん。緊急事態だ。ってことで、ビラコチャに話を通さねばならん。お前たちは、森の精霊王から力を分け与えられた戦士だろうが。そういう意味では、皇帝よりもお前たちのほうが精霊王に近い存在だ」


「くっ、この男」

「女を背負っている癖に」

「どうして気圧される」


「取り次いでくれ。こちらこちらでさっさと向かわせてもらう。ただ、お前たちが納得しないと言うなら、俺がこの腕で説得してやらんでもない」


「ぬ」

「う」

「う」


「どうする?」


「どうするも」

「こうするも」

「ないっ!」


 三名はいきなり襲い掛かってきた。

 俺はリュカを背負ったまま、一歩進み出る。


 連中の武器は、木製の板を剣の形に削り、そこに獣の牙を大量に嵌め込んだ武器。テルビューチェというやつに近いな。

 この牙が生きているかのように、ごりごりと蠢いている。


 身のこなしも大したものだ。

 風に乗るように走り、三名でお互いの隙を補い合いながら攻撃を繰り出してくる。

 隙が無いならば同時に凌げばいいのだ。


 俺は彼らの攻撃の間に割り込み、それぞれの攻撃の座標が重なる瞬間に、下からバルゴーンを振り上げた。

 武器が弾き飛ばされた。

 そこに、俺は順に、腹を。


「ぐほっ」


 頬を殴り飛ばし、


「げへっ」


 後頭部を叩き落とした。


「げべえっ」


「よし、終わりだ」


 それぞれが重なるように倒れ込み、その上に、剣をピタリと突きつけた。


「まあ、リュカをおぶっている分、手加減少なめだ。悪いな、見せ場を作ってやれなくて」


「つ」

「強い」

「。」


 おい、最後の奴にセリフを残してやれよ。


「じゃあ、案内してもらえるな? ワカンタンカからの同意は取っている。俺が向こう側に味方したら困るだろう?」


 戦士団の顔が曇った。

 実力がある奴は、自分より強い奴が分かるものである。


 俺は奴らと、平和的にお話をすることにした。

 結果。


「分かった」

「お前を」

「パチャカマックの地へ連れて行く」


 最期のやつ、セリフが多くて良かったなあ。

 しかし、南部ネイチャーはパチャカマックというのか。


「ユーマさん、これは、アンブロシアへ連絡をした方がいいですね」


「ああ、頼むアリエル。俺はリュカとストリボーグを連れてこいつらと行く。……アブラヒムも行くだろ?」


「私は船に乗るぞ!!」


 テント生活は本当に嫌いらしいなこの男。

 こいつと一緒にパスをくぐるということで、アリエルがとても嫌そうな顔をした。


 嫌な男だが、そんな顔をしてはいけないぞ。

 当座は共闘者になる男だ。


「あ、うん……どしたのユーマ?」


 ようやく、俺の背中のお姫様がお目覚めのようである。


「おはよう」


「うん、おはよう」


 彼女はにっこり笑って言葉を返してきた。

 




 太陽の戦士団が大地を疾走する。

 頭がおかしいんじゃないかという速度だ。


 それに、顔色一つ変えずに並走するウルガルもまた、人間離れしている。

 どれくらいの速度かというと、まあ二百kmは出てるんじゃないかというくらいだ。


 これで、大地をまるで平坦な道路であるかのように走っていくわけだから、数時間もすればパチャカマックへと到達してもおかしくない。

 ちなみに俺は、リュカに掴まって後をついていくのである。


「ユーマはもっと、ぎゅーっとしがみついてていいのよ」


「えっ、いいんですか。じゃあお言葉に甘えて」


「うふふ、ユーマの匂いがする!」


「……頭の上でそういうことされる、ウルガル集中力が削がれる」


 ウルガルがとても複雑そうな顔をした。


 だって、仕方がないのだ。

 俺は肉体的には常人なので、時速二百kmで走ることなど出来ない。

 それには、風を用いて理論上はマッハで飛べる、リュカの手を借りねばならないのだ。


 この話をすると、ウルガルも太陽の戦士団も笑った。

 常人、という辺りで大爆笑である。

 人の悪い奴らだ。


「私も、ユーマが普通の人っていうのは、ちょっと首を傾げちゃうかなあ……」


「ばかな、リュカまで俺を信じてくれないのかー」


「あはは、ユーマ、くすぐったい! くすぐったいよー!」


「ああっ! 風の巫女がじゃれているから、風が乱れる! 竜巻が生まれている!」


 戦士団とウルガルが悲鳴をあげた。

 いかんいかん。

 リュカが操作を誤って、進行方向に巨大竜巻を引き起こしてしまったらしい。


 俺はスッと静かになり、リュカがちょっと顔を赤くしながら、「ご、ごめんねみんな」と言いつつ竜巻を消滅させた。

 ホッとする一同。

 そのようなまったりとした旅なのである。


 二時間程度で、ネイチャーとパチャカマックを繋ぐという、巨大な河の前に到着した。

 この河向こうからがパチャカマックだ。

 河の上流を仰ぎ見て、ここから彼方の海を、アンブロシアが航海しているのだろうなあ、などと思う。


 リュカの風が無いから、それほど速度は出ないだろう。

 パチャカマックについたら、迎えに行ってやらないとな。


 そしてやはりというか、何というか、ウルガルも太陽の戦士団も、水上を地上のような勢いで駆け抜けていくのであった。

 こいつらは人間ではないな。


 俺は相変わらず、リュカにくっついて運ばれていく。

 リュカが飛ぶようになってから、便利なことこの上ない。


 それに合法的にリュカに抱きつけるからな。

 俺得である。


 ごうごうと流れる川の上を渡りきると、急激に気候が変わってくる。

 ネイチャーは、昼は温暖で夜は冷涼、乾いた空気が吹きつける。

 それに対して、パチャカマックは湿気が多く、暑い。


 目に見えて、木々を見かけることが多くなって来た。

 鬱蒼と森が茂り、大地はぬかるみ、無数の生き物たちの気配を感じる。

 そしてそんな熱帯雨林の向こうに、雪をたたえた山々が連なる。


「あれにある山裾に、太陽の帝国はある!」


「ちょうど過ごしやすい場所ってわけか。なるほどな。しかし……暑くて堪らんな、これは。なんだって、河を超えたらこんなに気候が変わるんだ」


「ユーマ、これはね、土地における精霊王の支配がすごくつよいみたいだよ。だから、河を超えたらビラコチャ様の支配する世界なの」


「世界がまるっと切り替わるわけか」


「そうゆうこと」


 ストっとリュカが着地した。

 どうやら、帝国側のお迎えがやって来たようだ。


 輿を担いだ、褐色の肌の人々がわーっとやって来て、俺とリュカを載せる。

 そして、わっしょいわっしょいと運んでいくのだ。


「リュカ、この辺で俺はいいから、後はアンブロシアたちを飛ばしてきてくれ。船ごと大陸を跨げるか?」


「うん、行けると思う。さっきの河の所、上から見たら結構幅が狭かったから」


「じゃあ、よろしく」


「行ってくるね!」


 リュカは飛び去る前に、俺の頬にチュッとキスをしていった。

 デレデレっとなる俺。

 ウルガルがチラチラ見ている。

 羨ましいらしい。


「ハハハ、お前もそのうちいい人が現れるだろう」


「ぬぬ、う、上から目線……! ウルガルはとても悔しい」


「いいか。俺も元々は女性に耐性が無くてな。それどころか、初対面の人間と会話することすら死ぬ思いだった。だが……なんか命がけで修羅場をくぐり抜け続けている内に、どうでも良くなってきてな……。気づいたらたくさん女の子を助けていて、その女の子たちが全員非常に厄介な敵を持っていて、それ全部と戦っていたら嫁が増えていたのだ……」


「そこまでしたのか……! ウルガルはユーマを見誤っていた。もっと適当に生きているものかと思っていた。謝る」


「いいのだ。いいか、ウルガル。世界を敵に回して戦う覚悟をすると、世界を敵に回してる系女子と仲良くなれる。これ鉄板だ。あとは死なないように気をつけて、勝つだけ」


「難しすぎる……!」


「すまん。俺の経験からはこれしか成功体験がないので、語れないのだ」


 だが、この恋バナのお陰で俺とウルガルの仲はちょっと近づいたようなのであった。

 男友達はいいのう。

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