第212話 熟練度カンストの蹂躙者

 わらわらと、帝国軍の兵士が湧いて来た。

 帝国と言う呼び名だが、俺が知るディアマンテの兵士たちと比べると、大変素朴な武装である。


 金属は槍の穂先や鏃に兜だけ。

 他は、革や木を削って作った装備に身を固めている。

 これを、極彩色に染めて装備しているのだ。


 特徴は、通気性がとても良さそうなことか。

 太陽の帝国がある、ネイチャー大陸南部は、だいぶ温暖なようだ。

 これは、俺としても大変好都合。


 何故なら……。


「ほいっ」


 大剣となったバルゴーンが、腹の部分で兵士たちを一度に吹き飛ばしていく。

 木製の鎧は上手くこの衝撃を吸収し、兵士たちは致命的なダメージを負っていないようだ。


 これが金属だったら、衝撃はじかに体に伝わり、内臓が破裂するなどしていただろう。鎧下を着込んでいても、俺の打撃が生み出す衝撃は軽々と貫通してくる。金属が衝撃を拡大するのだ。


 だが、木製の鎧は自ら砕けるから、その時点でダメージがある程度軽減される。

 俺も気を使わなくて済むし、兵士たちも無事。

 winwinの関係というわけだ。


「次っ」


 また一振りで、兵士の一団をなぎ倒す。

 さらに、一人を蹴り飛ばしながら前進し、次の一団をふっ飛ばす。


 狭い谷間での戦闘だから、彼らは俺を越えなければ進む事はできない。

 両脇から谷を上って回り込むにも、リュカのつむじ風が邪魔をしている。


「何をしているっ! 敵はたった一人だぞ!!」

「ですが! そ、そのたった一人がおかしいくらい強いんです! 手さえ触れられないっ」


 指揮官らしき男へ返答した兵士を、俺が吹っ飛ばした。


「ひいっ、だ、誰か! 誰か!」


 指揮官は慌てて取り巻きを呼ぶが、彼の取り巻きどころか、引き連れてきた兵士のことごとくは既に俺がぶん殴って気絶させている。

 あるいは、打撃のダメージが大きすぎて動けないかだ。


「おたくで最後なんだが」


「馬鹿な!! 我々は千人にも及ぶ部隊だぞ! それが、たった一人に、これほどの短時間で!!」


 掛かった時間は、およそ三十分ちょっとである。

 俺としては、ガンガン突き進みながら大剣を振り回していればいいので、楽な事この上ない。


「うむ、俺も手加減していたので、誰も死んでいないはずだ。どうだ、降参しないか?」


「うっ、ううう、わ、我が帝国が、北の蛮族などに……」


「俺は海の外から来た外来の者なのだ」


「あっ。こ、降参する」


 恐らく、指揮官は上に立つ人間への言い訳が立つと思ったのだろう。

 あっさりと武器を投げ捨てたのだった。




 やがて、一時間ほど経つと、帝国の兵士たちが起き上がり始める。

 この辺で、俺は剣気を抑えるのをやめた。


 兵士たちは俺を見て震え上がる。

 実際に俺に叩きのめされて、さらに俺を見ると震えが止まらなくなるのだから、俺と言う存在に対する恐怖はしっかり刻み込まれた事だろう。


「あんたじゃ話にならんから、もっと上の奴を話をしたい。俺は、この全世界規模の話をしにネイチャー大陸までやって来たんだ」


「う、うむ」


 青ざめた顔で頷く指揮官。

 俺の後ろから、牙の部族たちがわらわらとやって来て驚いている。

 俺がたった一人で勝ってしまったというのもあるだろうが、何より、この場には無駄な血は一滴も流されていないのだ。


 下手に殺すと、遺恨があるからな。

 今はそんなことで、時間や手間を浪費する気はない。


「俺たちを連れて行け。ぶっちゃけると、皇帝と話をしたい」


「こ、皇帝陛下と!!」


 陛下などと言っても、この世界には五つか六つも帝国があるのだ。

 皇帝の権威は、あくまで彼らの支配領域に限ったものである。


 敬う必要もない。

 何せ、俺も王なのだ。


「ダメか? ダメなら勝手に帝国に乗り込んで、同じ事を繰り返すぞ」


「い、いくらお前が強かろうと、陛下が従える太陽戦士団には勝てんぞ!!」


「ほう……それはウルガル、つまりこの地の人々の、精霊の戦士よりも強いのか?」


 ちょうど、俺の背後にウルガルがたどり着いたところだった。

 ワカンタンカの力をある程度行使できるこの男は、どうも凄まじい速度で大地を駆ける事もできるらしい。

 ちょっと息が上がった彼は、自分の名前が出たことに驚いたようだった。


「助けに来たが、まさか終わっていたとは。どうしたユーマ、ウルガルの名前を出して」


「ああ、こいつが太陽の戦士団が守ってるから皇帝には会えないぞって言うんでな」


「太陽の戦士。ウルガルも戦った事がある。強い。だが、ウルガルの方がもっと強い」


 ウルガルを見て、指揮官が真っ青になった。


「お、お前は雷魔鳥サンダーバードのウルガル!! 帝国が標的とする最強の戦士!」

「ウルガルはそう呼ばれているのか? だが、お前。ここにいるユーマは、ウルガルよりもずっと強い」


 思った以上に、ウルガルという男は知られているのだな。

 牙の部族長デロリロも、ウルガルが現われると途端に安心したような態度になった。


「お前よりも強いだと!? ば、馬鹿な。そんな馬鹿な話が……」

「ウルガルは、木の棒しか持たないこの男に負けた。ユーマは一人で帝国に勝てる」

「そんな……まさか……」


 持ち上げられると、嬉しくもあるが背中が痒くなるな。


「俺と仲間たちがいるがな。別に断るなら、俺たちは海路で帝国に乗り込むぞと。俺みたいなのがあと何人もいるんだぞ」


「ひい」


 指揮官は震え上がった。

 その後、彼は部下に伝書鳩のようなものを用意させ、帝国方面に向かって何やら文を飛ばしたようである。

 平原がどこまでも続く北部ネイチャーと、森林の精霊王が存在するくらい森林に覆われた南部ネイチャーで、通信手段が全く違うのだな。


「明日まで待ってくれ。手紙が届けば、太陽の戦士の一人がやってくる」


「おう。そいつの到着を待って、皇帝の判断となるわけだな」


 帝国までは随分な距離があるのだろうが、そこから太陽の戦士が一日でやって来られるものだろうか……というのが一般的な考えだろう。

 だが、この世界は巫女たちやウルガルなどを見て分かるように、おかしい奴が満載である。

 すぐに来るというのなら、そういう能力を持っているのだろう。


 結局、太陽の戦士が来ない事には判断がつかないという事で、俺たちはそこで休憩となった。

 みんなわらわらと谷から出てきて、牙の部族と太陽の帝国で、平原が二分されるという事態になる。


 俺とリュカが、この二つの勢力の真ん中にテントを張ることになった。

 二人で焚き火の前にてまったりしているとだ。

 不意に、両勢力がざわめきだした。


「あっ、みんなも来たみたい!」


 リュカが言うので、どれどれと立ち上がって確認してみる。

 すると、遠くに見える平原が縦一文字に凍りついているではないか。

 そこを、猛烈な速度で金色のスキーみたいなものが滑ってくる。


 ストリボーグと亜由美ちゃんであろう。

 アブラヒムとアリエルは、その後ろに接続されたソリのようなものに搭載されているらしい。


「うひー! やっとついたっすー!! 腹が減ったっすー! 死ぬゥー!」


「おつかれさま!」


 到着して前のめりに倒れそうになった亜由美を、リュカががっしりと受け止める。

 そして彼女を担いだまま、テクテクやって来る。


「ユーマ、何かご飯作ってあげて!」


「よし、肉を焼くか」


 適当な肉を、牙の部族と太陽の帝国から分けてもらっている。

 これを適当な串に通して焼く。


「た、炭水化物も……」


「贅沢を言ってはいけない」


 ひたすら肉を焼くのである。

 アブラヒムとアリエルも合流し、みんなで肉を食うことにした。

 一応、炭水化物としてトウモロコシの粉を練ったものと、ジャガイモを固めたキューブ状のサムシングが提供される。


「なんだいこのキューブは」


「帝国では、じゃがいもを育ててるんですが、こいつが毒入りなんですわ。だから放置してても獣が食うこともない。だが、料理するには細かに毒抜きをしなくちゃいけなくてですね」


 帝国の兵士から説明を受けた。

 砕いて、ひたすら固めて、気温が下がる夜間で水分が凍結するのでそれを取り除いて、また砕いて固めて、また水分を凍結させて取り除いて……と言う感じで、水分と共に毒を全部抜いた食品なのだとか。


 こいつをスープに入れたり、そのまま削って食う。

 まあ……美味いものじゃないが、ご飯の代わりに肉の受けにはなるな。


 周囲から俺たちに注がれる視線は、好奇心半分、恐怖半分といったところだ。

 単騎で帝国軍千人を撃破した俺と、地面を凍らせてやって来た謎の一団。

 注目を集めない方がおかしいな。


 そして、そんな俺たちが両軍の供出した食料を食べ、それぞれの間で寝るわけである。

 今夜の内は動きをとらなくとも、充分なパフォーマンスにはなったはずだ。

 俺は、翌日、帝国からの使者が来ることを待ちながら眠りにつくことにした。





 朝になった。

 昨夜は随分、ぬくぬくとして寝られたなあ、などと思いつつ目を覚ますと。


 牙の部族から借りた毛皮の布団の下、俺の右半身を抱き枕代わりにしてリュカ。背中で俺の左手によりかかって横向きなアリエル。

 両手に花状態であった。

 いや、微妙に体勢が異なるか。


「むむむ」


 目覚めたものの、身動きするのが惜しい。

 このまま起きてしまうのが惜しい。

 俺は葛藤に苛まれた。


 そう言えば、このところずっと実務作業ばかりの生活を送っていた気がする。

 ニート時代の自堕落な俺とは大違いである。

 リュカとは一緒に眠ったりしていたが、アリエルが布団に入ってくるとは……。


「……いえ、夜が思いのほか寒かったからです! 私はあまり脂肪がないので、寒さに弱いんです!」


 突然アリエルがこっちに向き直って抗弁を始めた。

 目覚めていたか!!


 ちなみに亜由美ちゃんはと言うと、テントから半身外に出して、それどころか腹を出してグウグウと寝ているのである。

 豪快。

 風邪を引くぞ。


「でもたまにはいいじゃないですか。ユーマさんは気にしないほうがいいですよ」


 そう言いながら、リュカに倣って俺の手を惹き寄せるアリエルである。

 おお、両腕が拘束されてしまった。


 今刺客に襲われたら大変な事になるな。

 そんな風に考えていたら……。


「来たぞ! 太陽の戦士だ!」


 外からそんな声がした。

 フラグだなあ……。

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