第208話 熟練度カンストの余興者

 ウルガルという男、翼の部族の戦士であろう。

 並ならぬ自信を漲らせ、俺の前に立つ。


 握り締めるのは手斧。

 対する俺である。


「おい、何か太い木の棒をくれ」


「棒? 剣を抜かないか。剣のシャーマンは虚空より剣を呼ぶと聞いた」


「いらんよ。これは別に手抜きをしてるわけじゃない。あの剣だと、とれる戦法が限られててな」


 部族の一人が、松明に使うらしい太い棒を寄越してきた。

 これはちょっと太すぎる。


 俺はそいつを宙に放り投げると、落ちてくるところを呼び出したバルゴーンで斬った。

 ほどよい太さに削ったのである。

 そして、落下する前にキャッチして、愛剣はまた仕舞っておく。


 これを見て、部族の連中は「おおーっ」とどよめいた。

 ウルガルは面白くなさそうな顔をする。


「お前の技、見世物か」


「見る人に寄っちゃ見世物になるだろう。だが、あんたにとってはそうじゃなかろう? そら、やろうぜ」


 俺の言葉を受けて、この大柄な男は、ギリギリと目じりを吊り上げて俺を睨んだ。

 大変気が強いようだ。


「ウルガルを侮辱する事は、ワカンタンカの力を侮る事。それは部族の誇り汚す事。ウルガルはお前を叩きのめす!!」


 彼の宣言に、翼の部族の群集はわーっと沸いた。

 そこに得意げなシャーマンがやって来て、俺たちの間に立つ。


「双方、準備は良いな? ではこれより、ワカンタンカに捧げる奉納試合を開始する」


 高らかに、鼓が打ち鳴らされた。


「ふんっ!!」


 その響きと同時に、ウルガルが飛び掛ってきた。

 俺との体格差は、実に頭一つ分以上。

 まずはこの差を利用して、捻り潰そうと言うのだろう。


 うむ、そういう次元の勝負は久々だな。

 なかなかの速度で伸ばされた腕を、俺は棒で軽く払った。


 伸びきる瞬間を狙ったのだが、俺の棒が触れた瞬間、ウルガルは目玉を丸く見開き、腕を引く。

 あのまま伸ばしていれば、折っているところだった。

 俺の狙いに感づいたらしい。


「うぬっ!」


 今度は、体当たりだ。

 蹴られた地面が、爆発するように吹き上がる。

 その勢いで、百キロを越える筋肉の塊が突っ込んでくるのだ。


 インパクトの瞬間、俺は棒の腹をウルガルに当てた。

 そのまま、するりと力を受け流し、上に向かって振り上げていく。


 これは、受け流しながら、その力で相手を放り投げる技だ。

 ウルガルは自分の力にかち上げられ、俺の棒に導かれるようにして放物線状に吹っ飛ばされた。


「な、なんとっ」


 翼のシャーマンが驚きの声をあげる。

 俺を舐めていたようだ。


「まだだっ!!」


 ウルガルは空中で、体勢を立て直した。

 その際、彼の全身を雷のような光が彩る。


 やはり何か技を隠していたな。常人が空中で向きを変更することは難しい。

 そして、翼の部族の戦士は、俺に向かって手斧を投げつけてきた。


 猛烈な勢いだ。

 しかも、雷の輝きを纏っている。


「ワカンタンカの怒り!」


 翼のシャーマンが興奮して叫んだ。

 俺はこれに向かって、棒を構える。中心辺りを持って、短めの杖を使うイメージ。


 そして、飛来した斧の一撃を、まずは右端の棒で受ける。

 回転する刃に、棒の腹を沿わせて逆回転を始める。斧の回転の癖を読み、これをゆっくりと棒の逆回転で遅らせ……。

 棒が雷で焦げだした頃合に、いい加減回転が弱まった斧をぽん、と弾いた。


 その背を、棒の左端で弾く。

 すると、斧が逆回転を始めた。

 そのまま、着地しようとするウルガル目掛けて飛来する。


「馬鹿な!?」


 これには翼の戦士も驚愕したらしい。

 体勢を立て直す間も無く、奴は地面へと体を投げ出した。

 頭上を通り過ぎ、大地に突き刺さる斧。


「勘違い無きように言っておくが、俺の強さはバルゴーンじゃなくてだな」


 無造作に、ウルガル目掛けて歩み寄る。


「この技だ」


 言葉を放ち終える頃合に、虚空から突如、ウルガルに似た連中が俺目掛けて跳びかかってきた。

 皆、雷のようなオーラを纏い、輝く斧を手にしている。


 空気が焼ける臭い。

 俺は一歩進み出ると、彼らが襲い掛かりやすい中央の位置へ。


「集団……じゃないな。分身できる訳か」


 棒を、右手に残してだらりとぶら下げた。

 交差するように、稲妻の速度で襲い来る分身ウルガル。


 同時に振り下ろされた斧を、交差する位置に棒を挟みこみ、捻りを加える。

 この男の癖は読んだ。

 加えた回転が、斧の片方を上に跳ね上げ、もう片方を叩き落す。


 僅かに斧の間が開いたところで、俺は棒を引き寄せながら、体を反転させた。

 回転と同時に振るった一撃が、右のウルガルの膝を打ち折り、左のウルガルの肩を打ち砕く。


 そして、振り返らずに背後に向かって棒を突き出す。

 これは振り下ろされた斧の刃の下を打ち、握っていたウルガルの指を潰した。


「ぐうーっ!!」


 分身どもは呻きながら消えた。


『精霊王をいなす剣捌きぞ。精霊の戦士如きが、束になっても歯は立たぬ』


 ストリボーグが実に楽しげに呟くのが聞こえた。

 ウルガルの分身を、同じ要領で次々に叩き伏せると、やがてそれらは全て消え、俺の目の前に伏した大男だけが残る。


「う……うううっ……!」


 ウルガルは俺を見上げる。

 その目に宿るのは、敵愾心ではない。


 恐怖だ。

 俺と自分の力の差を実感したらしい。


「なかなかだった。これならば、生半可な奴では戦えんだろうな」


 俺は棒を、無造作に腰帯に収めた。

 勝負ありである。


「馬鹿な……! ただ一人で、太陽の帝国ソル・インペリオの一軍と渡り合う戦士だぞ……! ワカンタンカはそのような事、一言も……」


「まあ、直接聞けないなら分からんだろうな」


 シャーマンの立場を考えて、ぼそっと呟くに留めておいた。


「忌々しいが、彼は強いよ。こと、剣を取れば私が知る限りにおいて最強だろう……。見ているだけでゾッとする剣捌きだ」


 アブラヒムは呻くと、酒をぐっと煽った。


「さて、亜由美ちゃん」


「おっ、なんすか?」


 呼ばれ飛び出て、という感じで、タヌキっぽい娘が空からふいーっと降りてきた。

 背中には部族の子供を二人くらい乗せている。

 こいつ、俺の試合を見てなかったな?


「多分、この試合をワカンタンカが見てたの思うので、ちょっと高いところまで飛び上がって雲とか雷が無いか見てきてくれ」


「へっ? またまた。ユーマ、よーく見るっすぞ。ほーら雲ひとつ無い満天の星空! こういうのを見上げながら『ロマンチックねとってもきれい』『君の方がもっときれいさ』とか言うのがお約束ってものっすよ! ちなみにあっしはいつでも準備はできて……」


「アユミ! また飛んでー!」


「次わたしー!」


「グエーッ! 一度に上に乗ってはいかんっすー! うおー、つぶれるー!! あんこが出るー!」


 着地した亜由美にわーっと集まってくる子供たち。

 大人気である。

 これはダメかも分からんね、と思いながら俺が見ていると、その子供たちの一人が、くるりと俺に振り向いた。


「なかなかだったわ。ワカンタンカも満足しているみたい。あすの昼、帆柱の岩山で会おうって」


「おっ!?」


 すぐに、子供は亜由美に群がるお子様たちの中に紛れてしまった。

 うおー、ワカンタンカの本当の巫女は、子供たちの中にいたのか……。

 いや、もしくは……。


 俺はもみくちゃにされている亜由美を見る。

 彼女に群がっている子供たちは、時折俺を見ては、くすっと笑う。

 ちらちらと、彼らの視線が俺に寄せられる。


 部族の子供たちの集合意識を、巫女の代用として使ってるんじゃないだろうか。

 でなければ、部族の連中は、巫女である子供を特別な存在として祀り上げているだろう。

 そういう様子は見えない。


『ワカンタンカは捻くれ者よ。よく分かったであろう?』


「うむ、すげえ凝り性の精霊王なんだな」


 ストリボーグの言葉に、俺は納得してしまったのだった。




「偉大なる剣のシャーマンよ。俺の酒を受けるがいい」


 ウルガルが俺の前に座り、杯を手渡してくる。

 ワカンタンカを崇める部族たちは、こうして一つの杯で酒を回し飲みすることで友誼を深めるらしい。

 俺、酒弱いんだけどなあ。


「うっ」


 案の定、一口飲んだだけで頭がくらくらし始めた。

 喉を通っていく凄まじい熱さ。

 思わず咳き込んだ。


 それを見て、ウルガルと翼のシャーマン、俺をこの部族に連れてきた現地民が愉快そうに笑う。

 おのれ、俺の弱点を見つけて喜んでいるな。


「今さっき、ワカンタンカよりお告げがあった。ワカンタンカは、剣のシャーマンであるユーマと会うと言うことだ。場所は、帆柱の岩山。野牛の部族が守っている聖地だが、彼らにもワカンタンカの声は届いているだろう」


「おう」


 うん、知ってる、という言葉は飲み込んでおこう。

 これで、翼の部族にも認められたという事である。

 夜もとっぷりと更けた頃合。


 部族の連中はほとんどが寝静まっている。

 亜由美ちゃんは子供たちに連れ去られ、子供用テントで一緒に爆睡していることであろう。

 どこでも寝られる系女子だ。


「では、明日にでも俺の仲間を呼ぶから、合流してから向かおうと思う。案内してくれ」


「分かった。剣のシャーマン、ウルガルがお前の証となる。聖地へと連れて行こう」


 俺とウルガルが、拳と拳を打ち合わせる。

 その横で、アブラヒムが顔をしかめていた。


「歩くのか……。UFOがあればなあ……」


 アルマースの管理官は、この荒地を歩くのが憂鬱な様子なのであった。

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