第209話 熟練度カンストの登山者

 翼の部族の村から先は、広大な原野だった。

 赤茶けた土がそこここに露出して、特殊な形をした草木が茂っている。

 サボテンとか、多肉植物に近いような、そういう形だ。


 そして、遥か彼方であるとは思うのだが、それでも無視できない存在感を放つのが、帆柱の岩山だった。

 なるほど、まるで、一本の帆柱のように、縦長な山が聳えているではないか。


 多分、高さはそれほどでもないのだ。

 だが、周囲に比較できる高さのものが存在しないため、大変目立つ。


「どうしたのだ? 案内はウルガルがする。剣のシャーマンはついてくるといい」


「おう、ちょっと待ってくれ。ここらで合図を出して、仲間を呼んでおく」


「……合図?」


 ウルガルが不思議そうな顔をした。

 彼らにとって、合図と言えば狼煙だろう。


 空が開けたネイチャーの大地において、狼煙は空高くなびき、遠くにいてもそれを確認することができる。

 だが、俺たちは狼煙を上げるための道具を何も持っていないのだ。


「ならば、ウルガルも薪を集める手伝いをする」


「そこは大丈夫。頼むぜストリボーグ」


『氷の精霊王を便利に使ってくれるな。まあ良い。これも座興だ。それ』


 ストリボーグが無造作に天に向かって指先を向ける。

 すると、そこから猛烈な吹雪が生まれ、空に向かって吹き上がった。

 乾き、温暖なこの大地では存在しえないはずのものである。


「雪……!! い、今は夏だ。ウルガルは夢でも見ているのか」


「雪だぞ。こいつは、そういうのをやれる能力を持っているのだ」


 天に向かって上がっていった吹雪が、空で巨大な螺旋を描いていく。

 それは内に向かって巻き込まれていくと、やがて、巨大な雪の結晶を形作った。


「おお、こりゃ派手だなあ」


「物理法則を無視しすぎだろう……」


 アブラヒムが呆れて呟く。

 そりゃあ、SF世界の住人である君にとっては理解できないだろう。

 彼ら精霊王は、自然現象の権化なのだ。


 やがて、遠くの方から何かが飛んでくるのが分かった。


「ユーマー!」


「お、リュカが飛んできたぞ。アリエルもくっついてる」


「馬鹿な」


 アブラヒムが半笑いになる。

 そりゃあ、ムササビの術状態になって飛んでくる少女とか、目を疑うよな。


「ううっ、ウルガル、やはり夢を見ている……! 娘が飛んでくる……! 一人じゃない、二人も飛んでくる……!!」


「素朴なあんたには刺激が強いかもしれんなあ……」


 リュカはああ見えて、大の大人一人を抱えて飛べるレベルの腕力がある。

 浮力に関しては、絶大な風力で対応できる。


「よし、あっしが迎えに行ってくるっすよー」


 亜由美ちゃんも、ムササビの術で不自然な軌道で舞い上がった。


「……あの娘、昨日も空を飛んでいたような……」


 ウルガルがクラクラしている。


「ウルガル、世の中は広いぞ。常識に囚われてはいけない」


「う、うう。世界怖い」


 彼の中の常識が揺らいだようである。


 少しすると、シューッと二つのムササビの術が降りてきた。

 亜由美が紐でリュカを曳航する形だ。

 便利だなあ。


「ユーマ、ただいまー! そっちも上手く行ってるようね!」


「こちらはばっちり、黒エルフたちとの共闘の話をまとめてきましたよ。パスも繋ぎましたから、これからエルフの森と、黒エルフの森、それと北方のエルフの森で行き来が始まるはずです」


 アリエル、いい仕事をした感に満ち溢れている。


「聞きたいですかユーマさん。いえ、その、別に興味ないならそれでも……」


 アリエルの脇腹を、リュカが肘で小突いた。


「は、はい、リュカさん! ええと、興味なくても報告しますね! 黒エルフの長は、条件付きでしたが協力を約束してくれたんです。それは、その、ユーマさんの許諾を得ないで私たちで判断してしまったんですけど……でも、ユーマさんならやれると思って!」


「おう、それって何だ?」


「はい、この大陸、人間はネイチャーと呼ぶので、彼らも同じように呼称しているそうですが、この南部には太陽の帝国という国家が存在しています。この帝国を支援する精霊王ビラコチャは、ワカンタンカと大変仲が悪いのだそうで……。これを平定せよ、と」


「よし、分かった。平定しよう」


「やっぱりそんな大きな案件を私たちの一存で決めちゃ……って、いいんですか!?」


「うむ。今更、一つや二つの国を相手にしても大した問題じゃない。その帝国を、サクサクと従えることにする」


 では行こうか、ということになり、俺たちは帆柱の岩山へ向かうことにした。

 赤土の上をのしのしと歩いて行く。

 このまま歩いて行くだけでは、随分な時間がかかってしまうだろうと思われた時だ。


 向こうから、別な連中がやってくる。

 おや、馬を連れているようだ。

 西方大陸の馬と比較すると、いかにも骨太で無骨である。


「ウルガル! 馬を連れてきたぞ! そこの者たちがワカンタンカの試練を受ける者か! 祝福あれ!」


「なあウルガル。なんだか試練とか言ってるんだが、あれなんだ」


「ワカンタンカは全ての者に等しく試練を与える。俺も、海から来た者たちが試練をやり遂げることを信じている」


「えー。ワカンタンカは一言もそんなこと言ってないが……」


「!? 直に言葉を聞いたのか!?」


 何やら、間違ったイメージでワカンタンカの話しが伝わっているのではあるまいか。

 連れてこられた馬には鞍が乗せられ、人数分より少し少ない数が用意されていた。


『余は馬はいらぬ。地を滑りうぬらを追う』


 ストリボーグはそう言うなり、地上から僅かばかり浮き上がった。

 足下の地面が凍りついている。

 何らかの力を使って、浮遊したようだ。


「私は馬を借りるとするよ。これらの実況も、あちらの二人に伝えてあるからね。余計な体力を使ってなどいられない」


「ええと、それじゃあ私は……」


「アリエルさんとあっしで飛んでいけばいいっす! ムササビだとちょっときついっすが、凧の形になれば……!」


「そこに私が風を吹かせて飛ばすの! あ、私はユーマの後ろに乗るね!」


「どんと来い」


 乗馬を既にマスターしている俺である。

 この世界に来た頃は全く乗れなかったのだが、あることに気付いてしまえばどうということは無いのだった。


 馬は獣なので、俺に従う。

 従うので、ほどよく奴らに任せて走らせればいいのだ。


 明らかに、他の乗馬が上手い連中と乗り方が違うのだが仕方ない。

 それと、俺が乗った馬は他の馬よりも速く消耗する。

 恐怖に晒されるストレスのせいではないかと思う。


「怖がらなくていいんだぞ。な? な?」


 俺が跨るのだが、馬は緊張して動かない。

 リュカが後ろに乗っても動かない。

 俺がそいつの首を、軽くぺちぺち叩くと、カタカタとロボットのように動き出した。


「おかしい……。馬がそんな動きを」


 ウルガルが首を傾げている。

 今回、ウルガルが不思議がることばかりが起こっているな。

 結局、みんなで走って行く事になった。


 俺たちの馬には紐がくくりつけられており、そこから空に向かって、亜由美の凧に繋がっている。

 強烈な追い風が吹きすさび、馬と凧の後押しをする。


「こっ、この加速はああああああっ!?」


 並走するウルガルが叫んでいる。

 馬もびっくりしているようだ。

 恐らく、彼らが出したこともないような速さになっている。


 こうなると大事なのは、馬を転倒させないように手綱を繰ることだ。

 だが、こちらもリュカは対応済みらしいのであった。


 馬がつまづきかけると、その体を押し上げるように風が吹き、すぐに体勢を立て直せるようにしてくる。

 そんな訳で、馬たちも理解できないであろう状態のまま、俺たちの一団は帆柱の岩山へと駆け寄っていった。


「ウルガルだ!! 翼の部族が、ワカンタンカに選ばれた者を連れてきた!」


「お、おう!」


 岩山の足下には、野牛の部族なる連中がいた。

 おお、なるほど、バッファローに乗ってやがる。

 彼らも途中から合流し、並走すると、猛烈な追い風の恩恵を受けることになった。


「な、な、なんじゃこりゃあああああああ!?」

「剣のシャーマンの後ろに掴まっている、娘、風のシャーマネスが吹かせた風だ……!」

「なんと!! では、精霊の力を使うことが出来る、伝説のシャーマネスだと言うのか! ならば、ワカンタンカの戦士たるウルガルと契れば大いなる子が……」


 なにい!


「いや、ウルガルは敗れた……! しかも、シャーマネスにではない。剣のシャーマンに敗れたのだ!!」

「おおお……」


 野牛の部族の男が、俺とリュカに尊敬の眼差しを向けた。


「ウルガルは、ワカンタンカ最強の戦士……! それを倒すとは、一体どれほどの強さを持っているのか……!」

「棒……。ただの、松明を削った棒だった。それで、ウルガルの技を正面から打ち破った……!」

「馬鹿な!!」


 盛り上がっている。

 そんな中悪いのだが、そろそろ目の前に岩肌が迫っているのである。


「リュカ、ストップをかけるのだ」


「ほいほーい」


 猛烈な風が吹いた。

 今度は向かい風だ。

 すべての馬が、上空に舞い上げられた。


 馬はパニックを起こしかけて、そしてその目で何かを見たらしい。

 スッとおとなしくなる。

 やがて、馬は静かに着地した。


 牛もだ。

 野牛の部族の連中は目を丸くしている。

 この土地の人々を驚かせてばかりだな。


「ってことで、これから登山に移る。装備確認!」


「うーい!」


 上空の亜由美が、元気よく返事をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る