第207話 熟練度カンストの上陸者2

 現地の民こと、翼の部族の二人にいざなわれて、奥地へと進んでいく俺たちである。

 島の周囲は森と見えたが、それを越えていくと足下が綺麗に刈り取られた道になる。


「ほえー、ちゃんと文明圏なんすねー」


 亜由美が感心しながら周囲をきょろきょろする。

 道の脇には、それなりの太さを持った木製の柱が立っており、それぞれに重なった顔が彫り込まれている。つまり、トーテムポールだな。

 日本で言えば道祖神みたいなものだ。


 彼らの信仰のシンボルを、あちこちに立てることで、旅する者や道行く者の平穏を祈る。

 俺が見てきた、管理官たちの作り上げた国よりは、リュカが住んでいた精霊信仰の村に近い国。

 それが、新大陸に存在する人間たちのコミュニティだった。


 あちこちに林立する木々は、俺たちがいた西方の大陸のそれとは明らかに違う。

 一言で言うなら、葉っぱがでかいのだ。

 針葉樹みたいなものが、全く見られない。


「ここは、ネイチャーの大地。全ての生きとし生けるものは、偉大なる精霊、ワカンタンカと繋がっている。木々もまた祈りを高きところの雷に捧げるため、こうして枝を広げているのだ」


 とは現地人の言葉。

 リュカたちの村よりも、ずっと原始的なというか、徹底した精霊中心の社会なのだな。


 少し歩くと、家々が見えてきた。

 簡素な構造の家で、柱の周りに支えの棒と、それに引っ掛けられた布や毛皮がぶら下がったものだ。

 遊牧民たちのパオよりも、なおシンプル。


 いつでも畳んで移動できる構造だ。

 この辺りに来ると、森は途切れて赤い土が続く、ステップに似た大地になる。


『視線を感じるな。ワカンタンカがうぬを探っておるぞ』


 ストリボーグが空を見つつ、俺に告げてくる。

 俺も、現地人の村……いや、キャンプだろうか? ここにやって来てから、何者かの気配を感じていた。


「なんつーか、ストリボーグとは対極の雰囲気だな。おたくはそうやって人の姿をとれるくらい、確固とした自我があるが、こいつはなんか、とても曖昧だ。……そうだ、ゼフィロスに近い」


 俺がこの世界に来たばかりの頃、リュカと風の精霊王が交信していた様を思い出す。


「剣のシャーマンよ。翼のシャーマンを紹介する」


「おっ、いよいよか」


 俺は現地の人に案内されるまま、先に進もうとした。

 すると、亜由美が袖を引っ張ってくる。


「ちょっとあっし、向こうでちっちゃいのたちが、あっしらを覗いてるんで、いじってくるっす」


「おっ、子供に注目されちゃってるか」


 亜由美の目線を追うと、テントの影から浅黒い肌の子供たちが顔を出し、じーっと見ている。

 目が合うと、みんなシュッと顔を引っ込めてしまった。

 そのまま見ていると、また一人ずつ顔を出してきてじーっとこちらを見始める。


「よし、亜由美ちゃんなら精神年齢近そうだし大丈夫だろう! いってらっしゃい」


「むがー!! それはあまりにひどい物言いっす! 戻ってきたら厳重に抗議するっすからな!?」


 ぷりぷりと頭から湯気を立てながら、亜由美は子供たちのほうへ行ってしまう。

 彼女は子供が好きだったのだな。


「ふははー! こっそり見てると食っちまうっすぞー!」


 とか言いながら、亜由美は巻物を変化させて金色のトーテムポールみたいなものを作っている。

 子供たちはびっくりしたようだが、すぐにうわーっと歓声が上がる。


 亜由美ちゃんのマジックショーだな。

 その光景を見ていたアブラヒムが、顔をしかめている。


「自在に形を変えるマテリアルの使い手か……! それを、こんな事に……。宝の持ち腐れだ」


「まあいいんじゃないか。彼女はそういう奴だからな。そこがいい」


 アブラヒムは鼻を鳴らし、肩をすくめた。

 さて、俺たち男衆は、シャーマンとの対面だ。

 一際大きなテントに通された。


 その中には、枯れ木のような印象の老人が座っている。

 彼が座している座布団みたいなものは、恐らく宗教的な意味合いを持つのであろう、獣の毛皮を染色し、緑の葉で彩ったものだった。


「海の向こうから来た人たちよ。ネイチャーはお主らを迎え入れる。剣のシャーマンよ、お主が背負う宿命は、ネイチャーもまた受け入れる意思を持つものである」


「初対面だと思うんだが、俺たちの話を誰かから聞いてたのか? 随分物分りがいいじゃないか」


 俺は、老人の目の前に座り、胡坐をかいた。

 アブラヒムは、胡散臭そうに老人を睨みつつ、適当な柱に寄りかかる。

 ストリボーグは別段表情を作る事もなく、俺の隣に座った。


「全てはワカンタンカの意思……。大いなる雷が、言葉を伝えてくる」


「ほうほう」


 俺は彼の言葉を聞きながら、その全身を見回す。

 大変雰囲気のある姿だ。

 身につけた衣は質素だが、首飾りや冠、腕輪と、それなりにシンボル的なアイテムは印象的。


 物言いも大仰で、実にシャーマンらしい。

 ……だが、こいつ、ストリボーグに全く気付いてない。

 俺の横に座ってるのは、正真正銘の精霊王だぞ。


「で、ワカンタンカさんは俺に協力しろと言ってるわけだ」


「ワカンタンカ……さん……? 意思は、お主の言葉を聞き届けよと告げた。ひとまず、今宵は村に泊まるがよい。我らがもてなしを受けよ。その上で、我が目でお主を見極めるとしよう」


 判断は保留させてくれ、ということだな。

 了解了解。


 俺の勘ではあるのだが、このシャーマン、精霊の言葉が聞けないな。

 つまり偽者だ。

 ストリボーグの正体が分からないのが何よりの証拠である。


 しかし、こいつはワカンタンカの言葉とやらを、妙な確信を持って口にした。

 即ち、シャーマン、ないしはシャーマネスに当たる人物が村の中には確かに存在しているというわけだ。


 こいつは、本物のシャーマンを俺から隠している。

 それでは話にならない。

 本物を見つけてやらねばな。


「いいだろう、もてなしを受ける。期待してるぜ」


「お、おいユーマ殿!」


 アブラヒムが露骨に鼻白んだ。

 そんな蛮族の宴に参加している暇など無い、とでも言いたげである。


「後で説明するから。な?」


「ぬうっ……あなたに敗れてから、何もかも後手後手で実に面白くない……!」


 まあ、アブラヒムの気持ちもよく分かる。

 SFなガジェット持って、こんなファンタジー世界に来て、誰にも負けるわけがないわけだからな。


 そこへ俺がやって来て、真っ向から下してしまった。

 ちょっとした切欠で、抑えていた腐る気持ちが蘇るのも仕方ない。

 だが、今回は俺にも考えがあるのだ。



 その夜だ。

 翼の部族の村では、宴が開かれた。


 キャンプファイアーのような篝火が焚かれ、それを中心として皆、歌ったり踊ったりする。

 素朴な鼓と、獣の角を削って作ったらしき、笛の音色が響く。


「よーし、今度は順番に背中に乗せて飛んでやるっすよー!」


「お姉ちゃん次僕!」

「わたしー!」


 亜由美が子どもたちに群がられている。

 巻物を使って金色の布を作り、むささびの術で飛ぶのだ。

 亜由美はああ見えてパワフルだから、子どもの一人くらいは乗せて飛べるからな。


 きゃっきゃと群がる子どもたちを、嫌な顔ひとつせず乗せては飛び回っている。

 意外なことに、彼女が子どもの相手をしてくれるおかげで、翼の部族の連中は俺たちに好意的な態度を取ってくれている。


「子を大事にする者に、悪い者はいない」


 俺を案内した男が、笑顔でそう言い、何かを勧めてきた。


「なんだいこれ」


「とうもろこしの粉をバッファローの乳で溶き、湯で薄めたスープだ」


「コーンスープじゃないかそれ。いただきます」


 うまい。

 現実世界で飲んだ、砂糖たっぷりのスープとは違って、素朴な味わいである。だが美味いものは美味い。

 アブラヒムは仏頂面をしていたが、現地の娘たちに酒を勧められ、ちょっぴり相好が崩れている。


 俺は、あいつは女好きだと睨んでいたのだ。

 やはり。


 この土地の酒は、とうもろこしを発酵させて作るものなのだそうだ。

 翼の部族は、広大なネイチャー大陸の平原を旅する部族だが、野生のとうもろこしが実る原へ、秋になると立ち寄る。

 そこで多くの実を収穫し、あるいはばら撒いてから旅立つ。


 限りがある実りであるとうもろこしは、彼らにとって貴重な食べ物なのだ。

 それを俺たちに振る舞うことで、歓待の意思を見せている。

 ちなみに、ストリボーグは俺の近くで無言で座っているが、彼が発する異常な気配は凡人なみびとにも分かるようで、誰も近寄ろうとはしない。


 しばらくまったりやっていると、シャーマンの老人が近づいてきた。


「いかがかな、剣のシャーマンよ。楽しんでいるか」


「ああ、貴重な食べ物なんだろ? ありがたいな」


「粗末なものかもしれぬが、我らはネイチャーと共に生きる者。南の国を成す者たちとは違い、財を持たず、執着せず。ゆえ、常に身軽なのだ。自然がもたらす恵みは、素朴にして豊かであり、それを我らが口にして、また死した我らも土に帰り、自然と一体となる。レッドグラウンドの円環なり」


「そういう哲学なのね。……で、俺に話に来たのは、おたくらの哲学の話じゃないだろ?」


「然り。ここで一つ、遠き海の向こうから来た人に、力比べを挑みたいという者がおりましてな」


 シャーマンの背後で、上半身裸の大柄な若者が立ち上がった。

 肩から胸にかけて、翼を広げた猛禽の入れ墨がなされている。

 腰には、手斧が一つ。


 だが、俺はそいつから、強烈な強さに対する自負を感じ取った。

 俺は彼に向かって、それとなく剣気を飛ばしてみる。


 若者は、これを真っ向から受けて一瞬目を見開いたものの、次には眉を寄せてこちらを睨み返した。

 おお、耐えるか。


「よし、余興というやつだな。全部亜由美ちゃんに任せてても申し訳ないしな。俺も食べ物の礼に、一つ楽しいものを見せてやろう」


 立ち上がった俺に向かって、若者は歩み寄ってきた。


「異邦より来たシャーマン。ワカンタンカは変化を望まぬ。ウルガルがお前を叩きのめす」


 溢れ出る敵愾心。

 隠しもしないが、その真っ直ぐさがなかなか心地良い。


 こいつはきっと強いぞ。

 俺は楽しみになってきた。


「変化せにゃならん時代が来てる。あんたにも分かってもらうとしよう」


 俺たちは肩を並べ、篝火の前へと進み出た。

 鼓と笛の音が奏でる、部族の音楽がボルテージを上げる。

 さあ、楽しい余興の始まりだ。

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