第206話 熟練度カンストの上陸者

 機動船が行なう停船方法は、実にダイナミックなものだった。

 猛烈な速度で新大陸に突っ込んだ船は、ちょうどいい塩梅のところでクラーケンの触手をいっぱいに広げる。

 これで、海底の岩場に引っ掛けたり、船の空気抵抗を増やしたりして勢いを殺すのだ。


 そして、最後の仕上げ。


「ガルーダさん、風を吹かせて!」


 リュカが風の大精霊を呼ぶ。

 鳥の頭をした巨漢の精霊が出現し、強烈な向かい風を吹かせた。


 帆がパンパンに張る。

 目に見えて、船の速度が落ちた。


「ぐわーっ!?」


 おっ、亜由美ちゃんが反動で海に投げ出された。

 まあ無事だろう。

 船に急制動がかかると、見張り台は影響が大きくて大変だな。


「私はどちらかというと肉体派ではないのだが……! こ、こんな乱暴な停船とは聞いていないっ……」


 アブラヒムは真っ青な顔をしながら、船べりにしがみついていた。

 自ら制御できるUFOとは違うから、不安で仕方ないのだろう。


「さっきの亜由美ちゃんみたいにぶっ飛ぶことは多分無いだろうから、安心しろよ。ほら、陸が目の前だぞ」


 機動船は座礁することなく、大陸とほどよい距離で停止した。

 クラーケンたちがいっぱいに触手を突っ張って保持しており、船が安定したと見るや、この二杯の大イカどもはやれやれ、とばかりに離れていく。

 しばし、この辺りの海域で羽を……じゃない、触手を伸ばすのであろう。


「あたしはここで、プリムと一緒に待機だね。頑張っておいでよユーマ!」


 アンブロシアが、上陸へ向かう俺の背中をばしーっと叩いた。


「おう、いい感じでやってくる」


「近くの森にパスを繋いでおきます。また何かあったら、戻ってきて私が指示を出しますね」


「ほいさ」


 アリエルとアンブロシアは簡単な打ち合わせをして、それで終わりだ。

 俺たちは小舟を下ろし、乗り込んだ。

 上陸班は、俺、リュカ、ストリボーグ、アブラヒム、アリエルの五人。

 途中で水に沈んでいた亜由美を回収したので結果的に六人か。


「ひいー、海面がまるでコンクリートのようだったっす……!! いや、あっし、コンクリに打ち付けられた経験は流石に無いっすが!!」


 回収した亜由美はとても元気だった。

 こいつはちょっとやそっとでは死なないな。


 リュカがひょいっと亜由美を引っ張り上げ、彼女を掴まえた状態で猛烈な風を吹かせる。

 亜由美が「あばばばばばば」とか言っているが、これは風を当てて乾かしているのである。

 あっという間に、濡れ鼠だったタヌキ娘がパリッとした。


「海水の塩だけはどうしようもないから、後で真水で洗ってね」


「ははーっ、ありがてえありがてえ、姐さんは神っすわー」


 亜由美がリュカを拝んでいる。

 どんどんリュカに対するリスペクトが深まっていくな。

 明らかにリュカより年上であろうに、サッとプライドを捨ててヒエラルキーに準じる辺りは流石である。


「面白い人ですねえ……。それと、ユーマさんの趣味って広いんですねえ……」


 しみじみとアリエルが呟いた。




 小舟は、オールも使わずにするすると進んでいく。

 これは、リュカとアリエルが使う風の魔法で、ゆっくりと小舟を押しているのだ。

 すぐに、浜辺に到着した。


 すると、繁みからわいわいと人が現われる。

 原住民である。


「遠くから大きなものに乗って人がやってきた」

「あれは船か? 我らが知る船とは大きさが違う」


 鮮やかな色の毛皮を着込み、羽や花で作られた飾りを頭に被った人々である。

 顔は顔料で、カラフルに染められている。


「そう、俺たちは海の向こうから来たのだ。こんにちは」


 俺は早速交渉を開始した。

 彼らが話す言葉の響きは、俺が知るどんな国のものとも違う。

 現に、リュカもアリエルも亜由美も理解できないようだ。


 アブラヒムはドヤ顔をしているので、翻訳装置みたいなものを持っているのだろう。

 ストリボーグは直接喋らず、テレパシーみたいな事が可能だから問題ない。


「こんにちは」

「こんにちは」


 彼らも挨拶してきた。

 彼らは頭の上に手を翳して、ひらひらと振る。

 これが挨拶なのだろう。俺も同じ動作をした。


「おー」

「おー」


 彼らはこれをみて安堵したらしい。

 背後で亜由美が、「傍から見てると間抜けっすなあ」なんて言って、リュカに小突かれたり、アリエルに後頭部をはたかれたりしているが。


「我々は翼の部族。雷の祖霊を頂き、翼を印とする一族なり」

「海より来た人よ。君はいかなる祖霊を頂く者か」


「ふむ」


 俺は彼らの言葉を聞き、考えた。

 彼らは、俺たちの世界で言う、新大陸発見当初のネイティブアメリカンに近い存在だろう。


 彼らの文化で言えば、全ての人間は何らかの祖霊を頂いていて当然なのだ。

 郷に入れば郷に従えとも言うな。


「俺は剣の祖霊を頂いている。ちなみにこの祖霊は俺専用だ」


「おおー」

「な、なんと」


 彼らは驚いた。

 だが、俺がバルゴーンを抜き放って、この虹色に輝く刀身を見せると納得したようだ。


「あなたはシャーマンであったか。我らの非礼を許して欲しい。そしてあなたの偉大なる剣の祖霊に繁栄があらんことを」


「ありがとう。ちなみに後ろにいるのが、風の祖霊の巫女……シャーマネスな。そして船には、水の祖霊のシャーマネスが乗ってる」


「おおおー!!」


 二人は驚きの余り、ひれ伏さんばかりである。

 この土地の人々にとって、巫女という存在は大変特別なようだ。

 そして、シャーマンと言う言葉があることから、精霊王に仕える男がいる事が分かる。


「ユーマ、どうしたの? なんだかみんな畏まったみたいだけど……って、きゃっ、いきなり膝をついた!」


「うむ。リュカが風の精霊王の巫女だと話したら、このような態度になった。リュカやアンブロシアは、この世界ではかなりの地位を持った人間という事になるな。あと俺もか」


 ストリボーグは背後で、あまり表情は変えないながらも、状況を楽しんでいる雰囲気を漂わせている。

 こいつが氷の精霊王だと打ち明けたら、この土地の人々はどんな反応を返すだろうな。


 ちなみに彼らは、アリエルの姿を見ても慌てなかった。

 アリエルは人によく似た、エルフという種族だ。

 だが、よくよく見ると色々人間とは違う。


 髪色は、金色に緑の光沢があり、どうやらベースが緑なのだと分かる。

 瞳の色、肌色にも、どこか木々の緑を感じさせる色合いが混じっている。

 耳は先端が尖り、人よりも長い。

 体格は華奢だが、骨格そのものが違うので脆弱というわけではない。


「森の部族と同じだな」

「肌がちょっと白い」


 つまり、この大陸にはエルフが住んでいるというわけだ。


「へえ、こっちにもエルフがいるんですね……それじゃあ、私は勝手にパスを繋いだりできないですね。彼らに話を通さないと」


 アリエルが神妙な口調で言うので、俺は聞いてみた。


「エルフにもそういう、仁義みたいなものがあるの?」


「はい。彼らは雷の精霊王に従うエルフ族でしょう。恐らくは黒エルフだと思いますが……あっ、そちらの氷の精霊王様にも眷属であるエルフがおられて、それが私たちをアウシュニヤに飛ばしてくれた方々です」


「ええっ、そうだったのか。意外なところで繋がるなあ」


 ストリボーグ、俺たちの話を聞いてふふん、と鼻を鳴らす。

 知っていて喋らなかったな、こいつ。


「そう言う事で、私はちょっとこっちの亜由美さんとエルフを探してきますので別行動に」


「えっ、あっしっすか!?」


 青天の霹靂とばかりに、亜由美ちゃんが飛び上がった。

 助けを求めるようにリュカをチラチラ見る。

 リュカ、哀れみを誘うのは亜由美のやり方だぞ。騙されてはいけない。


「うーん、なんか、亜由美はユーマと一緒がいいみたいだから、アリエルとは私が一緒に行くよ」


「リュカさんが!? い、いいんですか?」


 今度は俺にお伺いを立てるアリエル。

 俺はちょっと考える。

 リュカであれば、極めて応用性の高い風の魔法で、距離が離れていてもこちらに連絡を取ったり、居場所を示す事が可能だろう。


「よし、符丁を決めておこう。うちはストリボーグが空に向かって氷の矢を放つから」


『なに、余がやるのか』


「そうだぞ。お前も働かなきゃだめだぞ」


『ぐぬぬ』


「そうしたら、矢の方向に来るといい。精霊王が放つ矢だから分かるだろう」


「分かった!」


 そのような事になった。

 こうして、リュカ、アリエルと一時的に別れる。

 二人は手を振りながら、森に消えていった。


 彼らが他のエルフに仁義を立てに行くのだろうと、現地の人々も分かったようだ。

 彼らも手を振って見送っている。


「よし、それでは案内してくれ。俺たちは、あんたたちの祖霊に用があるんだ」


 そう言うと、地元の人々はそうであろうとばかりに頷いた。


「我々のシャーマンも、海の向こうから来たシャーマンに会いたがるだろう。ついてくるとよい。食べ物も分け与えよう」


 早速地元民と接触した俺たちは、新大陸奥地へと入り込んでいくのであった。

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