第203話 熟練度カンストの準備人2
エルフの森から、桟橋が突き出ている。
一見すると、生きたままの木が平たく変形し、森から大きくせり出しているようだ。
蔦が絡まり、そいつを補強している。
そこに、エルフの森には不似合いな、異形の巨船が横付けられていた。
海藻やフジツボがこびりつき、張られた帆は紫に輝き、意思があるかのように蠢く。
水面からは、無数の青白い触手が突き出し、船を覆っていた。
つまり、俺の船だ。
「よう、戻ってきたな! すげえ見た目になったなあ……」
「だろう? これで遠洋航海とやらにも耐えられるって寸法さね」
船上に立つアンブロシアは、懐かしい海賊姿だ。
と言っても、男物を着崩していた、過去の大仰なものではない。
帽子だけがド派手で、衣装は襟を立てた白いシャツと黒のパンツ。
腰からは、エルド教の産物である銃をぶら下げている。
「お久しぶりです灰王様! プリムですー!」
のっしのっしと、甲冑姿の男が歩いてきた。
こいつがプリムなのではなく、この男が抱えている桶に、真珠色の肌をした女が浸かっている。
彼女は触手状にまとまった髪を揺らしながら、ふわりと桶から跳躍してみせた。
腰から太ももに掛けてのラインが続き、膝のあたりで一つにまとまって、人魚のようなシルエットを見せる。
これが、こっちの世界のマーメイド。
種類としては頭足類なのだ。イカだな。
プリムは、水の属性種を束ねる長でもある。
そして、彼女の乗り物は、元異世界からの侵略者、デスブリンガーだった盾持ち、フトシである。
仲良くやっているようだ。
「この度は、灰王様の旅行きに同行させていただきますね。この世界の海は、ネフリティスの南海やこの辺りの内海ばかりでしたから、西の外海は楽しみで仕方がありません。ああ、他の者たちは残してきています。後の指揮はパラムに預けてありますね」
パラムというのは、プリムの補佐をするマーメイド。
プリムが水の精霊王に囚われた時、俺に協力して彼女を救出した女性だ。
なるほど、彼女であればしっかりしていそうだし、安心であろう。
ちなみに、プリムは俺が不在の状況では、灰王の軍を指揮する役割を与えている。
頭の中身がぽわぽわしたマーメイドに見えるが、なかなか優れた戦術眼を持っている。
「はーい、みんな荷物を運び込んでー」
「皆さん、こっちです、こっち。足下が滑りますから気をつけて下さい!」
リュカとプリムに先導されて、船旅のための荷物を土の種族たちが運び込んでくる。
彼らはでかかったり、足の数が多かったりと、大変体格的な安定度が高い。荷物運びに向いているのだ。
「いいなあ……ユーマ、俺も行きてえなあ」
オーガのギューンが、羨ましそうに言う。
「お前、ただでさえ大飯ぐらいだしでかいからなあ。スペース的に長旅だときついんだ」
「分かってるよ。ああ、でもなあ……そのうち、内海くらいは旅行させて欲しいぜ……」
「ギューンさんは、私たちをペロッと食べてしまいそうですからねえ……」
プリムが難色を示す。
確かにな。三メートル近いオーガで、しかも人間の世界の伝承では、人食いという謂れを持つ連中だ。
「いやいやいや。あんたら黙って食われるわけじゃなく、魔法で反抗してくるだろ!? 俺ぁ魔法はてんでダメなんだ! だから手は出さねえよ!」
つまり魔法がなければ食べるかもしれないわけだ。
正直というのも困りものである。
「ユーマさん、運び終わりましたよー! あと、何だか知らない人が乗り込んでるんですけど!!」
アリエルが船の上から叫んでいる。
俺は、ほいほいと彼女の呼びかけに応じ、船に乗り込んでいった。
「じゃあな、ギューン! 留守の間の事は任せるぜ」
「おう! せいぜいまた暴れて来いよユーマ!」
さて、俺が走る桟橋は、まさに生きた木である。
植物の精霊が操作しているらしいこれは、甲板の高さに合わせて、乗り口を調整してくれる。
「灰王様、ご健闘を!」
「後のことはまた任せて下さいよ!」
「おう」
荷運びから戻る途中の、アルケニーやアンドロスコルピオたちとハイタッチしつつ、俺は船に乗り込んだ。
さて、アリエルが言う知らない人とは……と思ってちらりと甲板を見ると。
「グエーッ! おた、おた、おたすけーっ」
おっ、のたうち回っているタヌキ娘が蔦でぐるぐる巻きにされている。
心和むいつもの光景である。
リュカが彼女を知っているはずだが、どうやらマストの上まで登っており、帆を担当するマーマンに扱い方のレクチャーを受けているようだ。
「アリエル、一見して怪しい奴に見えるだろうが、こいつは亜由美ちゃんと言ってな。一応俺たちの仲間なのだ」
「えっ!? そうだったんですか! 甲板と同じ色になった布をかぶってもぞもぞ侵入してきたので、思わず拘束しちゃいましたよ」
「亜由美ちゃん、そんな怪しいことをしたのか」
「あっし、最近くノ一というアイデンティティが薄れてきているような気がして……。で、出来心だったっす!! 申し訳ねえーっ」
「まあ、このように、大変おばかな娘なのだが悪人ではない。多分。……多分?」
「ユーマーっ! おま、お前、ここで言葉を濁すんじゃあ無いっすーっ!?」
「はあ、分かりました。ユーマさんの同類ですね?」
アリエルは溜息をつくと、魔法を解除した。
亜由美がごろんと甲板に投げ出される。
頭を打ったらしく、「おごーっ」とか叫びながらのたうち回っている。
まあ、いつも目を離すとひどい目にあってのたうち回っている娘だから今更気にはしない。
かくして、出港となるわけである。
最終的に決定した面子は以下のようになる。
全面的な責任者であり、今回の、全世界を束ねて、襲来する移民船団を撃退する作戦、通称……うーん、考えていなかったな。
今回の作戦の立案者でもある俺、ユーマ。
そして、俺の相方であり、正妻として内定しているリュカ。風の巫女でもあるな。
次に、船のコントロール責任者である水の巫女、アンブロシア。
新大陸にパスをつなげるための担当者、エルフのアリエル。
船の動力であるクラーケンを手懐ける、マーメイドのプリム。別に彼女でなくてもいいんだが、多分興味本位で今回の旅に参加することになった。
プリムの護衛フトシ。こいつの盾は、俺のバルゴーンでも打ち破ることが極めて困難だ。つまり、単純な防御力ならば最強と言っていい。
アブラヒムは、他の管理官たちに状況を中継するために連れて行く。本人はとても嫌がっているが、便利なんだから仕方がない。
氷の精霊王ストリボーグ。魔王であり、今回の旅の切っ掛けを作った奴だ。こいつが新大陸の精霊王に、俺を取り次いでくれる。
最後に、なんかついてきたくノ一の亜由美ちゃん。
この娘、一応デスブリンガー四天王とやらの一人らしいのだが、全くそれらしい凄みを感じさせないところが凄い。
「それじゃあ、風を吹かせるよ!」
リュカが宣言した。
帆から垂れ下がっているのは、一見して尻尾のように見える。
「これは何かな」
「それはマンタの尻尾ですよ。これを引っ張って、担当しているマンタに帆の張り具合を指示するんです」
プリムの説明で、なるほどと納得する。
あの帆は生きていたのか。
そして、一定時間ごとに新しいマンタに交代すると。
マンタと言っても、俺が地球で知っていたエイとは違い、より精霊的な力を宿した、モンスターの一種だ。
だから、風に長時間吹かれても乾いたりしづらい。
リュカが天を仰ぐ。
彼女の足下から、風が生まれた。
巻き上がり、拡大しながら空に上っていく。
それらは、鳥の頭と翼を持つ巨人の姿を取った。
風の大精霊ガルーダ。
それが一瞬にして猛烈な風となり、帆に向かって吹き付けた。
「一応ね、あの帆も水の大精霊なんだけどね。これは言わば、水と風の巫女の共同作業ってやつさね」
アンブロシアは、浮かんでくる笑みをこらえきれないようだ。
「ワクワクしてるんだろ?」
「そりゃ当たり前さ! あたしは一度も、外海になんか出たことが無かったし、外海の向こうに大陸があるだなんて、誰からも聞いたことが無かったんだからね。そんな、誰も知らない所目掛けて漕ぎ出すんだ。船乗りなら誰だってワクワクするもんだろ?」
「俺も船乗りじゃないが、同じ気分だ」
すると、アンブロシアは微笑みながら、俺の肩にぎゅっとくっついてきた。
俺は一瞬挙動不審になり、リュカとアリエルをチェック。
よし、二人とも、帆や周囲の風景に集中しているな。
「あーっ!! アンブロシア、あんた抜け駆けーっ!!」
船の下から、サマラの叫び声が聞こえてきた。
うおお、余計なことを。
ローザは余裕の笑みで、こちらに向けて手を振っている。
彼女に率いられて、見送り連中が駆けつけたのだ。
森のあちこちから、うちの軍勢が顔を出して手を振り回す。
サマラは今にもこっちに飛び移ってきそうな勢い。だが、森にはワイルドファイアがいる以上、ストッパーとしてサマラは残らねばならない。
それと、竜胆もこっちを見ながら頬を膨らませている。
彼女は割りと限りなく普通の女子なので、何があるか分からない新大陸に連れていくには危険である。
エルフの森では、荒業も使えないようだしな。
僧侶と皇帝は赤ら顔をして、へらへらしつつこちらを見送る。また飲んでいやがったな。
そして、何やら呆然とした顔のヴァレーリア。
ここ数日、ずっと大量の情報を頭に叩き込まれ、茫然自失状態らしい。
流石に新大陸に連れて行くと、彼女の頭がパンクするだろうということで残していく。
「ぐははは、もう片腕がお留守っすよ!!」
ぬうっ、見送りの人々を眺めていたら、空いていた腕を亜由美にキャッチされた。
図らずして両手に花になってしまう。
「ライバルが増えたみたいだね……!」
「おっ? おっ? あっしとやる気っすか? フヒヒ、いつでも来るっすよ」
「やめろ、俺を挟んで火花を散らすんじゃない」
色々騒がしくなる予感を孕みつつ、航海が始まるのだ。
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