第202話 熟練度カンストの準備人
「ギエーッ、おたすけーっ」
森の奥深くである、俺の住まいまでとんでもない悲鳴が聞こえてきた。
近日の新大陸へ向けた出航のため、色々準備している最中である。
あんな叫び声をあげる奴は、そうおるまい。
しかも女子の、女子力をかなぐり捨てた叫び声である。
俺が知る中では、一人しかいない。
「そう言えば忘れてたな」
「ユーマ、知り合いの人?」
「ああ。大方森に侵入しようとして捕まったんだろう。おばかだからな」
俺はリュカと共に、声がした森の入り口まで向かった。
果たして、そこではアルケニーが放った糸でぐるぐる巻きになり、顔だけ出したタヌキっぽい顔の娘がじたばたとのた打ち回っていた。
「ぐわーっ、やめろ、やめろっすー!! あっしは美味くない! 食べても美味くないっすぞー! はっ、もしやあっしのこの豊満なバデーを狙ってあんなことやこんなことを!? ってあんたたちよく見たら全員蜘蛛女じゃないっすかー!! あああ、あっしはノーマルっすよ! 新しい世界に目覚めたくなーいっ」
「賑やかな人だねえ」
リュカが目を丸くする。
彼女は興味を惹かれたようで、てくてくとぐるぐる巻きタヌキ娘に近寄ると、上からつっついた。
「あふん」
タヌキ娘が変な声を漏らす。
「みんな、この人はユーマの知り合いなのよ。だから大丈夫」
ついさっきまで、おかしな妄言を撒き散らすタヌキ娘に困惑していたアルケニーたち。
リュカの言葉を聞くと、全員が納得の表情になった。
「灰王様のお知り合いなら不思議はありませんね。風の巫女様、それではこの者をお任せしても?」
「うん、引き受けるね。みんなご苦労様」
アルケニーたちは解散して行った。
「はっ、あっしを助けて下さったあなたは! ははーっ、救い主の少女様ーっ! 竜宮城へは連れて行けないっすが、あっしを犬と呼びこきつかってくださいっす~」
タヌキ娘はぐるぐる巻きのくせに、器用にシュシュシュッとリュカの足元まで這い拠ると、むき出しの足に頬ずりをした。
「きゃっ、くすぐったーい! ねえ、あなた、ユーマのお友達でしょ?」
「……な、何故その名を?」
タヌキ娘……亜由美が真顔になった。
「説明しよう。それは彼女が俺の嫁だからだ」
俺登場である。
亜由美はハッとして俺を見ると、そのどんぐり眼からどばーっと目の幅の涙を流した。
「あああああっ、知っている人がいたああああ! なんかやって来たら、見たことも無いようなモンスターが規律だった行動であっしを無力化してくるのでもう終わりかと!! ひいいい、良かったー! 場所間違いじゃなかったっすー!!」
ひいいいい、と泣くので、俺もちょっと対処に困った。
リュカが俺の裾を引っ張り、剣を使えとジェスチャーしてくる。
ああ、拘束を解かねばなるまい。
俺はバルゴーンを抜くと、糸だけを切り離した。
「助かったっすー!!」
すると、亜由美は無駄な元気を発揮し、びよーんと飛び上がる。
そのまま俺に飛び掛ってきた。
「うおわーっ」
「お二人はあっしの命の恩人っす……!! もう、この恩を返すまで離れないっすよー!!」
この言葉に、リュカの目がきらーんと輝いた。
「それじゃあね。ユーマ、この娘も連れてっちゃお? ユーマと仲良しで、ここまで一人で来れて無事なら、普通の女の子じゃないんでしょ? 役に立つと思うなあ」
「……へっ?」
亜由美がアホ面をした。
彼女を連れて家に帰ると、翡翠国の皇帝と、アウシュニヤを支配する僧侶が、二人肩を並べて酒盛りをしていた。
「わっはっは! エルフの森の酒と言うから、我輩正直、全く期待はしておらなんだが、なんともまあ珍味では無いか! 少々薬臭いが、慣れればこれもまたオツなものよ!」
「いやあ全くですねえ。アウシュニヤでは保存が難しいので、醸造酒の類は作ってすぐ飲むものばかりなのですが、やはりこの程よい気候が、これほど豊かな香りと風味を持つ酒を作り出すのですね。ああ、エルフの人、これはなんと言うハーブを使って? え? 秘密? そんな事仰らず教えてもらえませんかね」
どう見ても、酔っ払ったおっさん二人である。
共に、異星より降り立って、この星の文化、文明を進展させてきた神にも等しい存在には見えない。
「おお! ユーマ! 灰王殿ではないか! 貴様もこちらに来て共に酒を飲め!」
「ああいけませんよ第二の方。ユーマ殿はお酒に弱いのです」
「弱くても良かろう。飲めぬわけではないなら、ここに来て酒宴に参加するべきだ! うむ、我輩がそう決めた!」
「あっし、皇帝のあのノリが苦手っすなあ……。こう……親戚のおっさんを思い出すっす……」
亜由美がリアルな事を言ってくる。
俺と同じ異世界人で、日本人なので、彼女の言わんとすることはよく分かる。
とりあえず、こいつらに管を巻いていられては話にならない。
「おい酔っ払いども。計画の話をするからちょっとそこ座れ」
「我輩はもう座っておろうー。うーむ、草を枕に酔夢としゃれ込みたい気分ー」
「ていっ」
「ウグワーッ」
俺は皇帝の後頭部にチョップを叩き込んだ。
皇帝がのた打ち回る。
これはただのチョップではない。
感覚的には、相手の酩酊感を叩き斬る気つけの一撃だ。
頭を抑えながら起き上がった皇帝は、しらふの顔をしていた。
「もうー。たまには我輩だってぐでんぐでんに酔っ払っても良かろうに。いつも暗殺の危機と戦っておるのだぞ? ほれ、第三のもそこまでにしておけ」
「仕方ありませんねえ。まあ、ユーマ殿が旅立たれたら、我らは国に戻る前にまたやりましょう!」
「良いな!」
ダメな大人である。
ちなみに、彼らとの相談とは、今後の国防計画……もっと正確に表現するならば、宇宙から来るヤオロ星系の移民船団を、どう撃退するかの話である。
話によれば、彼ら、皇帝や僧侶、そして蓬莱帝と言った連中はヤオロ星系の先遣隊。
一方で、西方の管理官たち、フランチェスコとマリアとアブラヒムは、ゴドー星系の先遣隊。
それぞれ二千年前にこの星に降り立ち、その土地の文化を発展させて、本隊である移民船団が到達する為の足がかりを作っていたということだ。
だが、先遣隊はこの星で長く生きるうちに、自らが築き上げたものにただ乗りしにくる本隊を疎ましく思うようになった。
真面目であった蓬莱帝のみが、ヤオロ星系の移民船団を迎え入れる準備をしており、皇帝と僧侶は全くそんな気がなくなっている訳である。
「まあ、ほら。私たちの母星は、自ら築き上げた文明によって滅びたどうしようもない連中ですから。これはゴドー星系も同じはずですよ。互いに祖を同じくし、反目していたものの、滅びたタイミングは休戦中の長い平和な時代と言う。文明は進みすぎれば、自家中毒で滅びる自壊装置がついているのかもしれませんね」
「うむ。我輩も今更、彼奴らが我が物顔でこの星に降り立つなど、許す気にはなれんな! 全力で追い返す次第だ!」
「そこでだな。お前たちの国の森にパスを作らせてもらって、うちからの増援を送り込めるようにしたい」
「戦後に貴様の軍勢が寝首を掻きに来ないとも限るまい? いや、我輩それはそれでちっとも構わんのだが」
「ユーマ殿に野心が無いのが分かっている以上、繋がったところでさしたる脅威でもありませんね。そして、ユーマ殿の死後に統制を離れた灰王の軍が攻めてくることを想定しても……まあ、ユーマ殿がいなければ烏合の衆でしょう」
「うむ、そうであるな。我輩もそう思う。ということで、構わんぞ!」
恐ろしく物分りがいい。
管理官たちは宗教的なトップと言う立場である以上、なかなか物分りがよくなってくれないのだが、彼らは政治的なトップでもある。
大変合理的な連中なのだ。
「ひー、ユーマがなんだか頭の良いことを言ってるっす……!!」
「だめよ亜由美、ユーマは大切な会議をしてるんだから。ほら、このお菓子運んで行ってね。途中で食べちゃだめよ」
「はっ、かしこまりっすリュカ姐さん!」
既にヒエラルキーが決されてしまった二人が、お茶と茶菓子を持ってくる。
皇帝は、亜由美のことはよく知っていたが、リュカとは初対面である。
どうやら彼女の中にいるゼフィロスを感じ取ったらしい。
「おほー」
とか変な声をあげた。
何だその声は。
「これは……ユーマ、貴様の軍勢はあれだな。こんな娘が何人もいるのか。一人で一国を滅ぼせるような存在ではないか。それを制御下に? ははー。これは楽しい事になっておるのう」
ぐふぐふ笑いながら、茶を啜る皇帝。
熱かったらしくて、舌を出してひいひい言い始めた。
「それでも、私が恐ろしいのはユーマ殿一人ですがね。だが、そんなユーマ殿も一人しかいないことに替わりは無い。世界を繋いだとして、どこに移民船団の主力が降りて来るかは分かりません。そこにユーマ殿を投入する必要がありますから、ポータル……いや、エルフの用語ではパスでしたか。これをしっかりと、世界の支配者たちに理解させたうえで設置せねばならない」
「管理官どもは頭が固いからのう。おいタヌキ娘、茶を冷まして来るのだ」
「ええーっ!? あっしっすか!? あんた、年頃の女子にふーふーさせて冷まさせようとか、なかなかマニアックっすなあ」
「ぐふふ、何か失礼な事を言われているような気がするが、我輩は寛大ゆえ許すぞ」
なんだこいつら。
「ともかくだ。俺は新大陸へ、他の精霊王の説得に行ってくるので、その間は色々頼む。特に僧侶、他の管理官を見張っててくれ。奴らが悪さするかもしれないしな」
「心得ました。私も、ゴドー星系の方々とは一度、じっくり語り合いたかったのですよ」
今後の方針について、協力者二名との大まかな了解は取り付けた。
後は船の到着を待つばかりである。
やがて、日が傾き始めた頃合に、ローザとアリエルが駆け込んできた。
「ユーマ! 来たぞ、機動船だ! アンブロシアと水の者たちも一緒だぞ」
「よし、迎えに行くとするか」
浜辺へと向かうことにするのである。
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