第199話 熟練度カンストの合流者4

「灰王様だ!」

「灰王様がお越しになったぞ!」

「火の巫女様もご一緒だ!」

「風と水の巫女様も!」


 俺が火竜山の麓までやってくると、どこで見つけられたものか、リザードマンと遊牧民たちがわーっと集まってきた。

 ヴァレーリアは、駆け寄ってくるリザードマンを見て、咄嗟に剣を抜きかけた。


「まあ待て待て。リザードマンは話せば分かる連中だぞ」


 俺はその手を押し留めた。


「……抜く瞬間を止められた……!」


「殺気が漏れすぎだ。手を掛ける前から分かるぞ」


 そんな俺の足元に、ちっちゃいのが二人駆け寄ってきた。

 遊牧民の幼女、アイとリザードマンの幼女、マルマルである。


「灰王さまー!」

「灰王さマー!」


「おー、二人とも元気だったかー」


 俺は二人を抱き上げた。

 ともに、サマラの身の回りの世話を役割としていた娘たちだ。

 灰王の館がある、エルフの森にいたと思ったが、火竜の山に帰ってきていたのか。


「灰王様帰ってきた! ずっとここにいる?」


「ちょっとしたらまた出て行くのだ」


「えー」

「エー」


 アイがむくれたので、マルマルも真似をして頬っぺたを膨らませた。

 相変わらず仲が良いのだ。

 彼女たちをみて、ヴァレーリアはすっかり、警戒心がどこかに行ってしまったようだ。


「ユーマ様! 次アタシ! アタシにパスして!」


 サマラも幼女たちを抱っこしたいらしくて、手を広げている。


「よし、では二人とも、火の巫女に手渡すぞー」


「わーいサマラ様!」

「サマラさマー」


「うふふふ、ちっちゃい子はぷにぷにしてて気持ちいいー」


 幼女たちとしても、サマラは大柄で出るところがよく出て引っ込むところが引っ込んでいる娘なので、しがみついていると心地良いようである。

 winwinの関係だな。


「灰王さマ」


 リザードマンの中で、一際大柄な者が進み出た。

 長である。


「おう、元気だったか?」


「は。一族も、遊牧民も、ドワーフたちも健勝でス」


「そうか、それは良かった。今夜一晩、お前たちのところに泊まる。それから、アルマース帝国まで顔を出す」


「いよいよ決戦ですカ」


 長が鼻息を荒くした。

 リザードマンの戦士たちが、尻尾を振りたてて高揚する。


「いや、人間との決戦じゃない。空から、リザードマンも人間も、みんな滅ぼしかねないのが来る。そいつと戦うために、アルマースの親玉に協力要請……っつーか、一時的に軍門に下らせる」


「ほォ……! 規模の大きな話ですナ」


「そういう訳だ、ヴァレーリア。それから魔王も同行してもらうぞ」


「私は構わないが……。君は、魔王に自分たちの軍勢を見せるのではなかったのか? これが君の軍勢なのか?」


「ああ。彼らは俺の傘下たる、灰王の軍の一角。他に、水と森と土の仲間がいるぞ。それぞれの距離が離れているから、顔出しがてら近隣の国の管理者にも話を通しておこうって訳だ」


「だが、アルマース帝国と言えば西方諸国の大国ではないか」


「国がでかかろうと、トップは一人だ。そうじゃない国もあるだろうが、この世界じゃそういう国は大して発展して無い」


「そう……なのか?」


「技術が発展しないからだろうな。社会構造を変化させる必要が無いから、永遠に続く中世時代みたいになってやがる。まあ、俺はそれで構わんのだが」


『異世界から来た者は面白い物の見方をする』


 魔王は、俺の言葉に概ね賛同のようだ。

 彼は精霊王。

 この世界を支配し、管理する側だから、世の中の本質がよく分かっているんだろう。


 まあ、何事も明日だ明日。

 この日は、リザードマンと遊牧民、ドワーフたちの居住地に世話になることになった。


 山側がドワーフの地区、湧き出ている温泉に近いのがリザードマンたちの地区。

 そして、草が茂る草原側が遊牧民たちの地区である。

 今は、遊牧民たちは別の地域を巡っているようだ。


 俺は、サマラやアンブロシアに襲われないよう、リュカと一緒のテントで寝た。

 リュカがいれば、彼女たちは俺を狙って入り込んでこないのである。

 これがヒエラルキーの力だ。


「ユーマはあれよね。そうゆうとこ真面目よね」


「真面目と言うか、結婚もしてないのにいかんだろうそういう、ふしだらなだな」


「それはラグナ教の教えと似てるねえ? サマラもアンブロシアも、ユーマのこと好きなのに」


「いや、あのさ、分かっちゃいる。分かっちゃいるんだけどさ。ほら、戦力が落ちてしまっては困ると申しましょうか」


「うふふ、ひどい人。でも、ちゃんと全部終わったら……ね?」


「はっ」


 かなわぬ。

 ということで、眠れたような眠れないような夜が明けて、いざアルマース帝国へ向かう日となったのである。


 後ろに、リザードマンと遊牧民の戦士たちを従え、俺たちは大集団である。

 これだけの人数で動けば目立つわけで、当然ながら途中で、アルマース帝国側の迎撃があった。


 帝都前の砦に、ずらり並ぶアルマースの兵士たちである。


「おーい。ちょっと通るだけだ。通せ」


 俺がリュカの魔法で声を砦まで届ける。


「だ、誰が通せるかっ!? 蛮族と怪物どもを引き連れおって!」


「亜竜を連れて来てないだけ有情なんだがな。仕方ない。押し通る」


 俺たちは悠然と進撃を開始した。

 向からは矢が飛んでくるのだが、これは全て、リュカの風、サマラの炎、アンブロシアの水しぶきに弾かれ、焼かれ、流される。


「門を開けるぞ」


 俺は一人突出し、砦の門の前に立った。

 バルゴーンを大剣の形で呼び出すと、そのまま門を袈裟懸けに断つ。

 切断と同時に、大きな門はガラガラと崩れ落ちて行った。


「ば、馬鹿な……!」

「鋼鉄の門を、剣で斬った……!?」

「に、虹色の剣! 奴は、奴はまさか!!」


「おう、俺が灰王だ。俺の前に立ち塞がるなら、片っ端から斬るぞ」


 悠然と前に出て告げる。

 俺の言葉は、リュカの魔法によって常に拡声されているから、砦の隅々にまで行き届いたはずだ。

 あちこちから、アルマース帝国の兵士が顔を出す。


 俺の噂は知っているはずである。

 エルフの森に篭城し、ディアマンテ、アルマース、ネフリティスの連合軍を相手取って互角に戦い、果ては自ら戦線に飛び込み、連合軍を瓦解させた男。

 灰王と言うよりは、この土地での俺のイメージは魔王であろう。


「あ、あれが魔王ユーマ……!?」


「一見、普通の人間に見えるが……」


 俺はあちらこちらから漏れる声を拾いつつ、周囲に視線を巡らせる。

 俺の全身から、剣気とでも言うべきものが漏れる……らしい。

 魔王曰く、『うぬの気迫は、既に確たる現象の域にある。うぬが意識を込めて目を合わせれば、生半可な者であれば立ち上がることも出来なくなろうよ』とか。


 話半分に聞きつつ、それが本当なら俺は戦術兵器ではないか。

 ということで、眼光に斬る、という気持ちを込めながら目線を巡らせた。

 なるほど……。


 俺と目を合わせた瞬間、その兵士は目を見開き、青ざめ、ぶるぶると震えながら崩れ落ちる。

 ただ一人の例外も無く、そうして戦意を失っていく。

 これは本当に魔王のようではないか。


『うぬの気迫によって、心を斬られたのだ。既に、うぬの剣は手にする得物のみにあらず。うぬの動作、挙動全てが剣となる。剣を手にしたうぬは、何者にも敗れまい』


「とんでもないことになっているのだな……。だが、ここは便利に使わせてもらおう」


 いつの間にか、俺の横まで進み出てきていたストリボーグが囁く。

 この男も、精霊王でありながら剣の使い手。

 俺が知る限りにおいて、この世界最強の剣士だ。剣士は剣士を知る、という事であろう。


 俺は砦を、嫌がらせのように隅々まで隈なく歩いた。

 結果、アルマース帝都へと繋がる砦は、無血にて我が軍の手に落ちたのである。


「……ユーマ、あんたとんでもない事になってるねえ……」


 呆れ顔なのはアンブロシアだ。

 砦に築かれた、最も高き城壁にて、俺たちは作戦会議をしていた。


 遠く、帝都の明かりが見える。

 あれが、明日俺たちが攻め入る都だ。


「でも、そんなユーマ様も素敵です! にっくきアルマース帝国をまるで赤子の手を捻るように……! ぐふふふ」


 サマラが怪しげに笑った。

 ヴァレーリアは、この場にいる女たちで唯一、笑みが無い。


「君は一体なんなのだ……。リュカの話でさえ、話半分に聞いていたのだが、あれは謙遜でしかなかったではないか。魔法を破り、魔王を下し、その手すら振るわずに人の心を従わせる。それはまるで……」


「でしょ? ユーマは凄いんだから。でも、私が会った頃から、どんどん強くなってるもんね。頼りになる!」


 リュカはニッコニコである。

 うちの女性陣で、もっとも人の血が流されることを悲しむ娘だ。


 彼女からすると、俺が身につけていた、気配やら視線を剣にして相手の心を斬る、みたいなよく分からんサムシングは、大歓迎なのだろう。

 リュカが喜ぶならばどんどん使ってやろうではないか。


「そういうことでだな。この砦を拠点として、リザードマンの長に亜竜たちを呼び寄せてもらっている。俺たちは帝都を恫喝した後、その足でネフリティスへと抜ける。その後のことは、全部リザードマンの長に任せるつもりだ」


「内心また置いていかれるかと思ってたので安心しました!!」


 サマラがあからさまにホッとする。

 彼女の能力があれば、アルマース帝国の一軍とも楽に渡り合えるだろう。


 だが、乙女心的に考えて、流石にサマラにそういうのを頼り続けるのも申し訳ないと思った俺である。

 今回は全員引き連れていく……!


 別の意味で覚悟を決め、帝都を見据える俺。

 視界の端を、見覚えがあるUFOが横切ったのである。

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