第198話 熟練度カンストの合流者3

 山向こうから、凄まじい勢いでやって来る者がいる。

 サマラとアンブロシアであろうなあ、と思ってみていると、その通りだった。

 肢が六本ついた亜竜に乗り、彼女たちは山の斜面を駆け下りてくる。


「ユーマ様ぁー!!」


「ユーマ! 無事だったのかい! 流石はあたしが見込んだ男だよ!」


「アンブロシアっ! ユーマ様はアタシが二番目に会ったのよ!」


「順番は重要じゃないだろっ!」


 あっ、亜竜の上でもみ合い始めたぞ。

 危ない危ない。


 それでも亜竜は慣れたもので、全く動じずにこちらに走ってくる。

 どうやら二人のやり取りは日常茶飯事のようだ。


「彼女たちが、リュカの話していた火と水の巫女か? 随分その、仲が険悪なような……」


「あれでふたりともいいコンビなのだ。大丈夫大丈夫」


 ヴァレーリアの心配も分かる。

 だが、本当に彼女たちは大体いつもああなのだ。

 やがて、俺たちに近づいてくると、二人はパッと離れて左右から身を乗り出して手を振る。


「ユーマ様お久しぶりですーっ!!」


「心配していたんだよ! さあ、あたしの腕に飛び込んで来て! 再会のキス!」


 元気だなあ。

 飛び降りた二人はダダダッと駆け寄ってきた。

 うーむ、どうしたものか。


「ええいアンブロシア! アタシが先にユーマ様とハグするの! あんたはキスだってしたでしょ! アタシまだなんだからねっ!!」


「はっはぁー! 海賊の掟ではね、勝者が全てを得るのさ! つまりあたしが勝者ってわけよ!」


「キィー!」


「よし! じゃあ今回はサマラで」


「ええっ!?」


 俺の宣言に対して、アンブロシアが愕然とした顔をしてずっこけた。

 そのまま、雪の残る斜面でステーンと転んでしまう。

 サマラは一瞬、訳が分からないという顔をしたが、徐々に表情がにやけてくる。


「や、やったー! ユーマ様はアタシのもの! アタシ優先! ユーマ様ぁー!」


 大柄な彼女の肢体が、跳躍する。

 なんか空から降ってくる。

 おいおいおい。


 だが、避けるのも悪いので、俺は腰を据えてどっしりと構えた。

 そこに落下するサマラ。

 受け止める俺。


 そうか、サマラとはまだキスしてなかったのか。

 何度かしてきて、こう、俺の中にも耐性みたいなものが出来ているぞ。

 ここはフェアに行かねばな。


「うひゃー! 久しぶりのユーマ様のにおい! ああ、もう、アタシ幸せ……!」


「うむ。ついでに目を閉じるが良い」


「ほえ? えっ? そ、それってまさか」


「その通りだ」


「は、はいっ」


 サマラがギュッと力いっぱい目を瞑る。

 そんなに力まなくても、と思ったが、俺は彼女と適正な距離を測ると、唇を重ねた。


「~~~~~~~!!」


 触れていて分かるほど、サマラの体温が上がる。

 あっち!?


 火の巫女だけあって、体温が上がると熱いお湯のような体温になる。

 うーむ、唇に残る感触も、熱のイメージが強いな。


「ああ、アタシ、もう、もう……ふにゃー」


 サマラがふにゃふにゃになった。


「ユーマ、パスー。次はアンブロシアをぎゅってしてあげて?」


 リュカが横からやって来て、俺からサマラを受け取った。

 頭一つ分以上の体格差があるのだが、実は大変パワフルな女子であるリュカさんは、サマラの長身をひょいっと米俵のように担ぎ上げた。

 頼りになる女子である。


「ヴァレーリア、この娘を寝かせるから、布を敷いてもらっていい?」


「あ、ああ、分かった!」


 魔導騎士もすっかりリュカの妹分のようになっている。

 魔王はこれを、興味深げに見守っているようだ。


『巫女たちは、余が知るものとは随分存在が異なっているようだな。肉体の半ばが属性と化しているではないか。あれはかつて、半神と呼ばれたものだ』


「ああ、なるほどな。確かにちょっと普通じゃなくなってるよな。だが可愛いもんだぞ」


 俺はパッと手を広げて、次なる相手の襲来を待つ。

 程なくして、アンブロシアがずどーんっとぶちかましをして来た。

 無言でぎゅーっと抱きしめてくる。


 彼女の腕力は、比較的女性らしいものに留まっている気がする。

 いや、リュカやサマラと比べるのは酷か。

 男性並の力があるサマラと、そのサマラを赤ちゃん扱いする馬力のリュカ。

 うむ、アンブロシアも充分にパワフルな女子であろう。


「ああ、落ち着いた……。もう、本当にあんたはあちこちフラフラいなくなっちまうんだから」


 ちょっと涙目になったアンブロシアが言うので、俺は彼女の頭を撫でてやった。


「すまんな。あの時は気が抜けてたので、ポータルに飛ばされてしまった。次はない」


「うん、ユーマを信じてるよ。それじゃあ、さ、ほら」


 アンブロシアが目を閉じる。

 俺はちらっと横目で魔王を見た。


「じっと見てるなよ、恥ずかしいだろ」


『気にするな。それは人の営みぞ』


 何だか非常に器の大きな事を言われてしまった。

 俺は大人しく、アンブロシアに口付けることにした。

 彼女の感触はひんやりとして、濡れた心地だ。


 火の巫女と水の巫女。

 それぞれで大きく違うのである。

 キスは終わったものの、アンブロシアがくっついたまま離れないので、俺は仕方なく彼女をおんぶの体勢に持っていくこととする。


 うむむ、背中で柔らかな感触が潰れているのが分かる。

 気づけば胸元のボリュームだけならうちの女子たちの中で最大だな。

 明らかに育ってるよね?


「とまあ、これで火と水の巫女と合流したわけだ。ヴァレーリア。こう見えて彼女たちは、その身の内に魔王と同質の存在をそれぞれ宿しているぞ。なんとなく分かるだろう?」


「ああ。髪の艶が、まるで炎のように揺らめく人間などいるはずがない。そしてこうしてあるだけで放つ気配……。魔王だけが特別ではないのだな。他にも、このような女たちが何人も……」


 ヴァレーリアは落ち着いた様子で呟くが、その表情には余裕がない。

 俺が言っていた意味を、今になって噛み締めているらしい。


「ユーマ、君が魔王にこだわらなかった理由はこれか? これほどの力を持っているであろう人々を、君は従えている。だが、それを以ってしても抗うのが難しい何かが、空からやってくると?」


「そう言う事だ。そもそも魔王がずっと言ってただろうに」


「理性では分かっても、感情では納得できるものではない……!」


 ヴァレーリアは真面目だなあ。

 いや、うちの女子たちは、全員がとても真面目なのだ。


 リュカは精霊王が下した決断どおり、自ら犠牲となって処刑されようとしていた。リュカの死と共に、世界は人と精霊の時代から、人の時代へと移り変わる。

 サマラは滅ぼされた自分の村の復讐をしようとしていたし、アンブロシアは迫害される仲間たちを別の島へ逃がそうとしていた。


 彼女たちに任せていては、身を削ってでも己の本懐を成し遂げようとするだろう。

 それは、身内になった俺としては気分が良いものではない。


 なので、俺は手出しをするのだ。

 そう言えば、サマラの復讐の件はずっと棚上げになっていたなあ。


「それじゃあ、サマラが目覚めたら行くとするか。アンブロシア、この速い亜竜はなんなんだ? チェア君やゲイルとは違うみたいだが」


「ああ、この子かい? この子はあたしたちが旅立った後に生まれたんだよ。こんなんでも、まだ子供なのさ」


「このでかさで一歳未満なのか……!」


 俺の見立てでは、クロサイほどの大きさがある亜竜は、ごろごろと喉を鳴らしながら俺に鼻先を擦り付けてくる。


「ユーマから火竜の加護のにおいを感じるってさ。この子たちは火竜の眷属だから、加護を得てる者はみんな家族ってわけさ」


「なるほどなあ。よろしくな。えーと……」


「ビート。アイとマルマルが名づけたんだってさ」


「そうか。よろしくな、ビート」


 亜竜は応えるように、ぐおん、と鳴いた。




 亜竜と氷の山羊が牽く車という、尋常ではない見た目の一団になった。

 サマラがようやく目を覚ましたが、俺にくっついているアンブロシアを見て対抗心を燃やし始めてしまった。


 お陰で二人が俺から離れなくなったので、車の方は俺と二人、そして魔王と言う組み合わせに。

 ビートは余り重いものを乗せられないらしいので、リュカとヴァレーリアの二人が亜竜の側に移った。


「こ、こ、こんなものに乗るのは初めてだぞ……!? これはしかも、竜ではないのか!? のって良い物なのか……」


「平気平気。ユーマといるとね、いつものことだよ? それにこの子ってとっても大人しいから」


 二人の声が聞こえてくる。

 サマラとアンブロシアは、俺の両腕を抱きしめる権利を分け合い、一時休戦のようだ。

 その代わり、俺は自由を失っている。


 そんな俺の姿を見て、魔王が笑っている。

 嵐の前の静けさとは言え、比較的平和な時間が流れていると言えよう。


 やがて、一行は山間の遺跡を抜け、見覚えのあるステップ地帯に出る。

 遠目に見えるのは火竜の山であろう。

 ワイルドファイアは今日もあの山で、下界を睥睨しているのだろうか。


「さて、まずはどうしたものか。アブラヒムにでも話を通すかな……」


 これから待っているのは、油断ならない連中との交渉である。

 俺は早速思案を始めるのだった。

 それはそうと、両腕に当たる柔らかい感触で、大変集中力が削がれる……!!

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