第197話 熟練度カンストの連行者

「私も同行する!!」


 ヴァレーリアが強硬に宣言するので、連れて行くことになった。

 ええ……。魔王と、魔王に恨みを持つ魔導騎士が一緒に……?

 明らかに波乱が起きるじゃないですか。


「そこは私が見てるからだいじょうぶ」


 ここで、心強い味方、リュカさんの登場である。

 ヴァレーリアは実に不満そうな顔をする。


「リュカ、あれはなんだ! 私は魔王を退治する手伝いをしてくれと言ったはずだ! だが、どうして、魔王が……あいつがあんな表情をしてユーマと話しているんだ!? まさか、最初から組んでいた……?」


「知り合い同士だったら、ああいう勝負したりする? ヴァレーリアも騎士さんたちも、ユーマと魔王さんのやり取りに割り込めた?」


「……! い、いや。だ、だが」


「ユーマは、魔王さんがこんなことをした理由が分かってるのよ。世界が危ないんだって」


「そういうこと。人死は出たが、決着をつけるならこれからやってくる大事の後にしてくれ」


 俺が口出しをしたら、ヴァレーリアが爆発した。


「なんだと!? こちらは仲間が死んでいるのだぞ!? 国が脅かされ、民が脅かされた! だと言うのに、この魔王を野放しにしろというのか!」


「うへえ、こういうタイプの女は苦手だ」


 ちょっと引く俺だが、リュカがにっこり笑って割って入った。


「いい、ヴァレーリア? ユーマだって、私たちだって、誰も失わなかっただけじゃないよ。ううん、たくさん仲間も知り合いも死んだの。それを盾にするんじゃないけど、一人ひとりに仕返ししてたら何も終わらないでしょ。だから……今はユーマにしたがって」


 最後の言葉は真顔で言った。

 こええ。

 こんなリュカ初めて見た。


 ヴァレーリアも、唇の端が引きつっている。

 気圧されているのだろう。


「……す、少しでも魔王がおかしな動きをしたら、黙ってはいないからな」


 捨て台詞を口にしたヴァレーリアだったが、今明確に女子の間でヒエラルキーが生まれたな。


『大義を考えるか。うぬは人よりも、余に近いな』


 無表情な魔王である。

 気が遠くなるような時間、人間を守護してきた氷の精霊王でもある。


「そんな大したもんじゃない。やっちまったもんは仕方ないだろう。先のことを考えているだけだ。それに俺もまあ、死ぬほど斬ってきたからな」


『うぬは確かに、より多くの人間を救うことになるだろう。小を殺し、大を活かすのだ。それは、かつて神と呼ばれた我らの所業に近い』


「思考はシンプルにするようにしてる。切っ先が届く範囲の仲間を助ける。ただな、ちょっと俺の剣が届くところが広くなっただけだ」


『面白い』


 魔王は肩をすくめて笑った。

 おいおい、なんか随分感情が豊かになってないかこいつ。


 そんな会話をする俺たちの道行きであるが、これは魔王が呼び出した氷の獣に牽かれた車に乗っている。

 これが驚くべきことに、とんでもなく速い。

 雪原を、まるで舗装された道路のように駆け抜けていくのだ。


 高速道路を走る自動車の速さと言えば分かるだろうか。

 いやあ、こんな速さで陸を走ったのは久々だ。


「この車を牽いている動物は?」


『タングリスニル。氷の山羊だ。うぬら人間には食用にもなり、また朝になれば蘇るぞ』


「そりゃ便利だ」


 この場で捌いて食うというなら、幾らでもこの剣を振るう。

 だが生憎、きちんとした食料はしっかり積んでいるのだ。


「……私は御者台に行く」


『必要がない』


「お前と同じ空間にいると息が詰まるのだ!」


 ヴァレーリアが肩を怒らせて外に出ていってしまった。


「ユーマ、あの子見てくるね。風で寒くないようにしてあげるの」


「おう、行ってらっしゃい」


 リュカが魔導騎士の後を追う。

 明らかに彼女の方が年下だろうに、まるでお姉さんである。

 まあ、リュカはどの巫女たちやアリエルに対しても、姉みたいなポジションであるとは思う。


『うぬはどうする積もりだ』


「今後のプラン? 決まってる。世界中の国の代表者を集めて意思を統合する」


『随分と大きな物の考え方だ』


「いいか? あんた、それから西方諸国の管理官たち、アウシュニヤの僧侶、それから東南側の諸国の諸王とだな、ああ、こいつらの面子みたいなものがあるなら、それを一度横に置いておいてもらわんとダメだな。で、極東の大国と、蓬莱」


『片手落ちぞ。海を超えよ。蓬莱を名乗る島国の遥か東に大陸がある』


「アメリカ大陸の位置か……! 考えたことも無かった」


『雷槌の精霊王が治める北の大地と、森林の精霊王が治める南の大地。こやつらはしきたりに煩く面倒だが、物分りはいい』


「それで終わりか? まだいる?」


『遥か南に亜大陸がある。虹の精霊女王エインガナが住まう大地だ』


「ええと、じゃあ名前を教えてくれ。その北の雷の精霊王と、南の大陸に森の精霊王で……それと、あんた」


『余の名が仮のものだと?』


「悪魔の名前なんだろ? わざとらしすぎる」


『察しておったか。余は、氷の精霊王ストリボーグ。北の大陸にあるは、雷槌の精霊王ワカンタンカ。南の大陸が精霊王は、森と太陽のビラコチャ』


「ちょっとまって覚えきれない。分かった。あんたはストリボーグ。外であんたの名前を呼んでもいいのか?」


『構わぬ。だが、グラナートにいる間は余は魔王でよい。それが通りが最も良いのでな』


「合計八柱の精霊王か……。うち四柱は俺がぶっ倒したんだが」


『うぬが斬ったのは、精霊王が宿した心に過ぎぬ。精霊王はこの星が持つ自然の働きそのもの。それを殺すことは出来ぬ。また千年も経てば、精霊王は新に心を得るであろう』


「それは復活というよりは、新生って感じだな」


『然り』


 面白いな。

 魔王……いや、ストリボーグは、この世界の事を次々に教えてくれる。

 どうやら、この国が言うことを効けば外から来る敵と戦えると思っていたが、まだまだ早かったようだ。


 少なくとも、後三つの大陸で精霊王と話さないといけない。

 それぞれの精霊王には、俺か話が分かる仲間を行かせなきゃならない。


 つまり、ローザか俺かアリエルだ。

 だがアリエルでは力不足だ。


 ヴァレーリアはこれから懐柔しないといけないが、それが出来れば彼女はローザに並ぶうちの理論派になってくれるだろう。

 うーむ。

 サマラにアンブロシアに竜胆ちゃん、三人共脳筋だ。だめだ。


『面白いな』


 ストリボーグが笑った。


『我らは永く、この星を管理するだけの存在であった。だが、うぬら人の感覚で二千年ほどか。この短き時は、実に変化に富み退屈させてくれぬ。少々忙しくはあるが……』


「まあ、おたくらの時間感覚からすると、人間の変化は早すぎるだろうな。だから対応できなくて強硬策をしたんだろ?」


『全く、人にしておくには惜しい。うぬも神の片割れであればな』


「ああ、いや、神様は難しそうだ。遠慮しておく」


『ははははは』


 和気藹々と言葉を交わし合い、俺とストリボーグは仲良くなった。

 そしてはたと気づく。


 あれっ、対等に会話する男友達って初じゃないか?

 まあ、年も取らないし飯も食わない超常的な友達だがな。


 タングリスニルが引っ張る車は、凄まじい速度で道を駆けた。

 一昼夜ほどで、グラナート帝国の領土を脱する。

 そして連なる山々を超えてしまえば、そこは見覚えのある場所だ。


「ほう、ここに出るのか……」


 そこは、峻嶺に囲まれた環境の中、突然出現した古代の神殿だった。

 つまりは、西方を支配していた四大精霊王の神殿。

 俺がレイアに一杯食わされ、元の世界に戻された神殿だ。


「あまりいい思い出が無い場所だな」


「そお?」


 外に出て歩いてみる。

 ついてきたリュカには記憶が無いらしく、首を傾げるばかりだ。


「あー、まあ、あまりよろしくない思い出なので、気にせんでよろしい」


「そお?」


「そう」


 誤魔化すためにリュカを抱っこした。


「きゃあ」


 彼女がはしゃぎながら、手をばたつかせる。

 うむうむ、癒されるなあ。


 さて、ここまで来たら、俺たちの家がある森まですぐだ。

 距離的には遠くても、近くの森からパスが繋がっている。


『……気配がする。これは……』


 ヴァレーリアの鋭い視線を受けながら、ストリボーグがごく近い山を振り仰いだ。


『アータルか』


「えっ、サマラがいるのか!?」


 俺はびっくりした。


『山を挟んで向こうだ。向こうは余の気配に感づいてはおらぬ。余は凍てついた氷を通して、その上にあるもの全てを知覚することが出来るのだ。おお、これは……もう一つ、オケアノスも近づいてくるぞ』


「あー、あの二人がいるのか。賑やかになるなあ」


 サマラとアンブロシア。

 ひと月ちょっと離れていただけだが、懐かしい。

 早く会いたいものだ。


『本当に精霊王を味方につけていたのだとはな。これは巫女が持っていて良い魔力ではないぞ』


 ストリボーグはご機嫌だ。

 指先を空に向けて、突如、凄まじい輝きを空にはなった。


『合図だ。これで、巫女たちもうぬを見つけられよう』


「……信じられない。なんで魔王があんなにユーマと仲良く喋ってるの」


「ね? ユーマの言うとおりにするとこうなるの。ユーマって凄いのよ」


「は、はあ……」


 大変な葛藤を感じられる、ヴァレーリアの顔なのであった。

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