第200話 熟練度カンストの集結者
翌朝である。
既に、砦には亜竜たちも集まっていた。
俺は彼らを率い、一路帝都へ向かう。
アルマース帝国とは言うが、実質、ザクサーン教が支配する宗教国家である。
皇帝は象徴でしかなく、法学者が治世を行い、宗教的に国家を運営する。
「待ち伏せられてるねえ」
リュカが目の前の空気を圧縮し、レンズのようにして遠景を見る。
風の巫女である彼女には、空気を使ったことで出来ないことは無いと言っていい。
「うーん、そいつはあれだなあ。ザクサーンの狂戦士だな」
パッと見、連中の立ち居振る舞いに意思が感じられない。
あいつらは生ける死体で、首を飛ばしても平気で動く。
俺の剣気とやらは通用しないだろう。
だが……俺の中に一つ疑問があるのだ。
いかに生ける死体であろうと、人体である以上は体を動かすコア、脊椎が存在する。
その脊椎に、何らかの仕掛けがされているのではないだろうか。
そうでなければアブラヒムの指令に従って、狂戦士に変化はしないし、首を飛ばされても動き回ったりしないだろう。
「そうだなあ、ユーマ。奴らの弱点がわかりゃ、俺たち一般人にだって奴らを相手取れると思うぜ。それで、ザクサーン教側の戦力的な優位が消えてなくなるって訳さ」
「あー」
真横にやって来て、空気のレンズを覗き込んだ男がいる。
誰だったっけ。
とても見覚えがあるんだが……。
「ユーマ……。お前、すっかり俺のこと忘れてるだろう」
「うむ、済まん。ここの所、すげえ数の人と会っててな……」
「ヨハンだよ! お前がエルド教の連中と事を構えるから、巻き込まれてここまでやって来て、ついにここで嫁さんを見つけて落ち着いた俺だ!」
「えっ、遊牧民の彼女と結婚したのか。おめでとう」
「そりゃどうも。まあ、俺はあんたのやろうとしてる事は嫌いじゃないぜ。世の中でひでえ目に遭ってる連中をまとめて救おうっていうんだろ? ガキが見る夢みたいな話だが……今のあんたにはその力がある。まさか、本当に剣の腕前一つで世界を相手に渡り合うとは思わなかったぜ……」
「それしか取り柄がないからな。だが、その取り柄が誰にも負けなきゃ一点突破できる」
俺は笑ってみせた。
ヨハンも唇の端を吊り上げる。
「じゃあ、聞かせてもらいましょうか、灰王さん。あの狂戦士どもの弱点は一体どこで?」
「ついてきてくれ。実戦で解明して、伝授しよう」
ヨハンがヒュウッ、と口笛を吹いた。
俺は彼と、そしてリザードマンの戦士たちを従えて歩き出した。
一定の距離まで近づいていくと、狂戦士どもが反応した。
一斉にこちらに近づいてくる。
「俺が先に行く。対処方法を見せるから、見て覚えてくれ。お前たちがこいつらを自力で倒せるようになれば、ザクサーンの戦力的優位を崩せる」
まあ、こちらは亜竜を使える以上、UFOでも出されなければ敗れはしないのだが。
それでも、ここでザクサーンが言うところの聖戦士が、絶対ではないというところを見せておく事は有益だ。
俺が一人突出すると、生ける屍たちはその速度を増した。
奴らの動きが、俺を狙うものに変わる。
「見て判断していない。こいつらは、自動的に最も近い標的を狙うんだ」
突き出されてきた槍。
これを、俺は剣でいなす。いなしながら内側に巻き込む。剣を捻る軌道で、引きずり込んだ。
狂戦士の体が泳ぎ、前へと踏み出してくる。
素早くバルゴーンを振る。
肩、首、腹、背中。違う。
剣に伝わる響きは普通の人体のものだ。
ではどこか?
ついに、体勢を崩した狂戦士が俺に背中を見せた。
腰骨を背後から叩く。
ここだ。
俺は、力を込めずに切っ先を差し込んだ。
ほんの数センチだろう。
だが、それで狂戦士の動きは、操り人形の糸が切れたように止まった。
ばたり、と崩れ落ちる。
「目標、背面の腰骨だ! 尾てい骨の上!」
俺は高らかに宣言する。
空いた手で、俺の尻のあたりをトントンと叩き、難しい言葉が分からないリザードマンたちに見せる。
背後で咆哮があがった。
リザードマンたちが、疾走を開始したのだ。
そして、ヨハンは正確に俺のメッセージを受け取っている。
「なるほどな。奴らはバカみたいなパワーだが、動きは単純だ。やり過ごして一撃ね。そういうのは得意だ」
「任せた」
「あいよ。灰王陛下」
ぶつかり合いが始まる。
俺は、再び突出した。
バルゴーンを振る。それは大剣となり、俺は右側へと構えを取る。
「押し通る。“スピン”」
踏み出すと同時に、俺は剣を振り回した。
軌道は正確。
襲い掛かってきた狂戦士三名を、まとめて腰骨から真っ二つに切断する。
数歩、ステップを踏むたびに回転する。
俺が切り裂き突き進む場所が、道となる。
二の太刀は無い。
全ての狂戦士を一刀で倒す。
掛かった時間は、およそ五分ほどか。
二百人ばかりを斬り捨てる最中、城門からは無数の矢が降り注いでくる。
弓兵たちも優秀なようだ。
俺はそちらに一瞥。剣気を飛ばす。
射撃の一部が減った。
なるほど、剣気の射程はこの辺りか。
「一人でやるにはいささか面倒であろう? 王たるものは妻であろうと、使えるものは使うものだ」
聞き覚えのある声がした。
大地が爆発する。
そこから、黒いドレス姿の細身の女と、光の双刃を構えた少女が飛び出してきた。
「ローザと竜胆ちゃんか!」
「そうとも。土の連中も連れてきているぞ」
「ユーマ、詳しくは聞かぬが、加勢するぞ! 妾も腕をあげているのじゃ!!」
竜胆が狂戦士たちに切りかかって行く。
ローザの周囲には、オーガやトロル、アルケミーが現れ、彼女の指揮に従って戦闘を開始する。
「じゃあ、頼む」
「任せるのじゃ!!」
何かどんどん集まってきたぞ、なんて思いつつ、城門までたどり着く俺である。
ここに来るまでで、弓兵はあらかた剣気で心をへし折った。
さて、このでかい扉を剣で斬るか。
「ユーマさん、そこはスマートに入ったほうが、後々対処しやすいですよ」
響いた声と同時に、俺の足元から太い蔦が盛り上がった。
蔦に掴まりながら、耳の尖った娘が上昇してくる。
「アリエルも来たの」
「シャドウジャックさんが駆け回ってくれたんです。それに、パスだってあるんですから、ユーマさんがどこにいるか分かればすぐ駆けつけますよ」
「助かる」
「それで、その……この間は、私がユーマさんとリュカさんの仲をせっついてしまったから、ああやって敵の罠に嵌ってみんなを不安がらせてしまって……ごめんなさい」
「俺は生きてる。結果オーライ。今は前に進もう」
彼女の華奢な背中をポンポン叩く。
蔦はみるみると盛り上がっていき、やがて城門の高さに達した。
俺とアリエルは、城壁に立つ。
「わかりましたっ! ここからは油断ならないですもんね!」
「うむ。ほら、アルマース帝国の真の盟主がついに出てきたぞ」
城壁に立ち、帝都を見下ろす俺たちに向かって、空の彼方から出現したUFOが近づいてくる。
上に立つのは、ゆったりとした衣装に身を包む、髭を蓄えた濃口顔の美形である。
「よう、アブラヒム」
いつでも余裕のある笑みを浮かべていた彼の顔は、だが、今は引きつっている。
「一体……なんだというんだ。なぜこの国を攻めてくる……!」
「俺に従ってもらおうと思ってな」
「何を……!!」
「空から、来るんだろう? 総督さんとやらの国の移民船団が。この星を、自分たちに都合がいいようにされるかも知れんぞ」
「…………。それを、どこで知ったのだ?」
「宇宙で船を一隻落としてな」
「……剣で船を落としたのか!?」
「まあ、それに近い。あの爆発には参ったぜ。あれ、縮退炉かなんかだろ? 地上で爆発させたら終わりだな。だから、地上で相手をしてやろうと思ってな。だが、おたくら、面子が邪魔をして俺たちと協力しないだろ?」
アブラヒムは青筋を浮かべた。
「ならば、先にそう伝えてくれれば……!!」
「おたくさ、俺を何度殺そうとした? 日頃の行いってのは大事なんだ。そういう訳で、あんたを人質に取らせてもらう」
「させるものだと思うかね……!? たかが、剣を振るう事しか出来ぬ男が! 技術のレベルが違うのだよ!!」
アブラヒムの怒声と共に、UFOが飛翔した。
輝きを強くしながら、その周囲から砲口が出現する。
「光を反射できるのだろうが、あなただけではない! 横にいる女性を狙われればどうかな? いや、あなたの大切に思う巫女たち全てに、この砲の照準は合っている!」
俺は、バルゴーンを片手剣に変えた。
鞘を呼び出し、収める。
「観念したかね? だが、もはや遅い! 私に敵対したことを悔やむといい!!」
アブラヒムは、全ての砲口から一斉にビームを放とうとし……。
「“ソニック・ディメンジョン”」
俺は抜き打ちざまに次元を断った。
そして、剣が収まる。
その微かな金属音と同時に、アブラヒムの足下が砕け散った。
「へ……?」
UFOがバラバラになり、その力を失う。
だが、動力炉だけは残してある。
砲を失い、飛行装置を失い、UFOであったものが帝都へと落下を始めた。
「アリエル、確保!」
「はい! 木々の精霊よ!」
蔦が伸びた。
それが、アブラヒムをぐるぐると巻いて拘束する。
「まさか……そんなまさか……!? 私は、二千年もの間、この国を守って……!」
「ちゃんと、連中を撃退したら返してやるよ。こうしてあんたを叩くことで、他の管理官たちへのアピールになる」
「ぬぐうううっ、生き恥……!!」
アブラヒムが涙ぐんでいる。
気持ちは分かる気がする。だが、今は分かるわけにはいかんのであった。
「よし、撤収!!」
俺は空に向けて叫んだ。
どこからか、リュカの声が返ってきた。
「りょうかーい!」
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