第187話 熟練度カンストの宇宙人
「さて、随分とでかいが……どう見る、ユーマ」
クラウドは実に楽しげである。
目の前には第一総督の宇宙船。
小惑星のようなサイズで、球形をしている。そこに無数の砲台付き触手が生えているわけで、これって俺が現代世界で知ってた、妖怪のバックベアードという奴によく似ている。
ということで、ベアードと呼称する事にした。
「そうだな。あれだけでかいと、外側から壊すのはきついよな。俺は内部構造が分かればいけるが」
「お前もそう思ったか。やはり、デカブツをやるには中に飛び込まないとならんよな」
飛来して来るのは、宇宙船ベアードから放たれるビームやらミサイルやら。
これを俺が受け流し、弾き、緑竜は見事な動きでミサイルを躱しながら突き進む。
敵の大きさは、一つの街ほどもある。
緑竜はせいぜい全長二十五メートルほどなので、中身に入り込めてしまうだろう。
「なにっ!? どうやってあの中に入るのじゃ? 見たところ、入り口らしきものは無いが」
竜胆は俺の横で、ツインビームサーベルを構えているが、彼女の技量ではビームを弾き返すなどは出来ないので、ポーズを決めて立っているだけだ。
「うむ。外壁に穴を開けて突っ込むしかないだろうな。竜胆ちゃんの出番はそこからだ」
「心得たぞ! 妾に任せておけ!」
「では、突破口は俺が開こう……! “吼えろケルベロス”!! “猛れオルトロス”!!」
今までずっとかっこいいポーズをしたまま仕事をしていなかったクラウドだが、ようやく動き出した。
こいつ、いいシチュエーションが来るまで機をうかがってやがったな?
勘弁して欲しい。
運が悪いと普通に死ぬだろう。
で、クラウドの手の中に、金と赤の二丁拳銃が出現した。
「よし、緑竜、突っ込んでくれ」
俺は竜に次の行動を伝えながら、彼女の背中から首の上を走る。
五メートルも走れば、緑竜の角の間だ。
そこで剣を構えて、
『次の攻撃が来ますよ!』
「おうよ。“リバース”!」
バルゴーンを大剣へ変え、襲い掛かってくるレーザーを受け止めて跳ね返す。
どうやら、宇宙船ベアードは俺たちの意図を理解したようだ。
触手型砲台がこぞって、集中砲撃を加えてくる。
降りかかるビームを、俺は、弾き、受け止め、跳ね返し、受け流し、叩き落とす。
「やれ、クラウド!」
「ふははははは!! 行くぞ宇宙船ベアード! これが! 俺の! 力だ!! “デッドエンド・シューッ”!!」
クラウドは何を考えたのか、かっこよく緑竜の背中から飛び上がり、回転しながら二丁拳銃を同時に発射した。
そして、その勢いで吹っ飛んでいく。
そりゃあ、宇宙空間でそんな動きをしたらなあ。
だがしかし、クラウドが発した射撃は正確無比だった。
襲い来るビームの雨を真っ向から粉砕し、弾丸は金色に輝きながら突き進む。
それはベアードの正面に生まれた光の壁に衝突し、これを瞬時に爆散させる。そしてさらに勢いを失わずに突き進み、宇宙船の正面装甲を穿ったのだ。
「バリアに穴が開いた! 行くぞ!」
俺の掛け声に合わせて、緑竜が飛び込んでいく。
「ユーマ! あの男がいなくなってしまったぞ!? いいのか!?」
「大丈夫だ竜胆ちゃん。クラウドは宇宙空間に放り出された程度では死なない」
多分。
なんとなくの感覚だが、それは間違っていないだろうと断言できる。
俺ですら、あの男を容易に下せるビジョンは浮かんでこない。
かと言って負けるビジョンも浮かんで来ないがな。俺とあいつはどうも、常に互角という気がする。
だから、奴はまあ死なんだろう。
今は突入が大事だ。
「“ビッグ・アクセル”!」
大剣を担ぎ、俺は緑竜の鼻先から跳んだ。
無重力空間を飛ぶというのは、ふわふわっと突撃していくようなイメージがあったのだが、何だろう。
俺の意思に合わせて、周囲の空間が加速したように思った。
緑竜の鼻先を蹴った俺の体は、意図したとおりの強烈な速度で、クラウドが開けた外壁の穴に突っ込んでいく。
俺は全身を使って回転し、大剣を叩き付ける。
未知の金属で作られた宇宙船の装甲。それが、ずぶりと切っ先を飲み込んだ。飲み込んだ先から亀裂が広がり、果実の皮が剥がれるようにしてめくれて行く。
非常に柔軟な装甲のようだ。だが、決定的なダメージを受けると破壊されてしまうらしい。
すぐに、俺が切り拓いた空間は人間一人が通り抜けられるほどになった。
「竜胆ちゃん!」
俺はめくれた装甲を掴むと、手を伸ばした。
「うむ、行くぞユーマ!」
竜胆は俺の言葉を信じて跳ぶ。
すぐに、俺の手指を彼女の手のひらが包み込んだ。
俺よりも少しだけ嵩張る、旧式っぽい宇宙服に身を包んだ彼女。
それを、引き寄せる。
ここは無重力っぽく、力は何もいらなかった。
竜胆の背後で、緑竜も人の姿になり、翼だけを展開してこちらにやって来る。
「あんたもこっちに来い!」
竜胆を中に送り込むと、緑竜の手もとり、招き入れた。
『きちんと女性として扱われると、嬉しいものですね』
彼女は何やらニッコリ微笑みながら通り過ぎる。
あー、土属性の一族の支配者だし、ふだんはドラゴンの姿だしなあ。
そんな訳で、三人で踏み込んだ宇宙船。
装甲の裂け目から、無数のパイプが繋がった内部構造へと分け入っていく。
下手にパイプを切り裂いたら大爆発! なんてことにならないように、慎重に慎重に。
『ユーマ。この壁の内側は空洞のようです』
壁面の音を聞いて歩いていたらしい緑竜が告げた。
ありがたい。侵入経路だ。
俺はバルゴーンを走らせ、壁面を切り取った。
「よしっ、妾が先陣を切るぞっ!!」
竜胆はそう叫ぶなり、打ち破った壁の中へと飛び込んでいく。
中からは光が漏れてきており、かなりの明るさだ。
間違いなく、通路になっているのだろう。
竜胆一人を先に行かせていられないので、俺も保護者気分で後を追う。
すると、早速彼女が何者かと打ち合っているところである。
「なんじゃこやつは!? 妙な人形が動きおって!」
そう言いながら、竜胆は棒術の要領で、ツインビームサーベルをくるくる回転させながら扱う。
持ち手が棒よりも少ないだけで、突き、払い、叩き付け、と同じ要領で扱えるようだ。
今の竜胆は、どうやら元の世界から離れたせいで、完全に荒業を使えなくなっている。ごく普通の、人よりも武術が得意なだけの娘さんだ。
それだけに、一切筋力を必要としないビームサーベルは相性が良かったようだ。
相対するのは、宇宙船の防御機構だろう。
四本の腕を持った筒状の物体が、それぞれの腕からビームサーベルを生やして竜胆に襲い掛かる。
これを、竜胆はツインビームサーベルで受け、反動で回転させて攻撃し、なかなか良い勝負をしているのだ。
おっ、今腕を一本切り落とした。
いいぞいいぞ。
『助けに入らないのですか』
「あれなら竜胆ちゃんに任せておいて問題ないだろう。あの子は正々堂々戦える状況ならかなり強いんだぞ」
荒業が使えない今、弱点はそのパワーの無さだけなのだが、それもツインビームサーベルが補う。
竜胆は何気にセンスがいい。
このトリッキーな武器の扱い方を、戦いながら掴んでいっているようだ。
なんと、徐々に敵の防御機構を圧倒し始めた。
相手も竜胆の動きを分析しているのだろうが、分析しきるよりも彼女が敵の手数を減らしていく方が早い。
また一本、腕を切り落とした。
もはや、防御機構はジリ貧だ。
円筒形の胴体に何度も深く傷をつけられ、火花と黒煙を漏らしながら動きを鈍くしていく。
……と、俺は気付いた。
防御機構の背面側がちょっと開いたな。これは来るぞ。
「失敬」
「あっ、ユーマ!?」
竜胆の脇から飛び出して、ビームサーベルに重ねるようにバルゴーンを突き出す。
その切っ先が、今正に防御機構の背部、死角から放たれたビームガンを切り飛ばした。
「!?」
「隠し腕だ。恐らく連発は出来ないんだろうが、こんなものまで隠してやがったな。だが次からは通じないだろう」
「うむ! 感謝する! そら、とどめじゃ!!」
竜胆が深く踏み込むと、残る防御機構の腕二本を切断しながら、胴体を回転するビーム刃で切り刻む。
やがて防御機構は小さな爆発をあげながら停止した。
『お見事です。貴女の力を見くびっていたことを謝罪します。貴女は立派な戦士なのですね』
「あ、い、いや、そんな妾はユーマに比べたら」
『この人と比べられて、立派な戦士と呼べるレベルになる人間を、私は長い人生で一人も見たことがないというレベルです。比べてはいけない相手です』
「な、なるほどのう」
「褒められているのか、けなされているのか」
俺は複雑な気分になった。
ところで、破壊された防御機構を調べてみるとだ。
随分起こった爆発が小さくて気になっていたのだが、どうやらこれは有線で、船内のどこからか電力を受け取っている端末に過ぎないらしい。
本体は動作するための仕組みと、最低限の判断をする知能に絞られている。
バッテリーらしきものも見当たらない。
船内警備を専門にしているから、不要なのだろう。
「よし、どんどん行くぞ。俺はさる事情があって、この船を使って宇宙船の構造を把握せねばならん」
バルゴーンでもって、壁面をコンコン叩いたり、操作パネルみたいなものがあったら一度破壊してみたり、船の強度や構造を、剣を通して把握しながら進んでいく。
「ユーマ。事情というのは……帝……いや、第一総督とやらが話しておった、さらにあやつの仲間が天から来るという話かや?」
「そういうことだ。これは前哨戦ってわけだな。ここで船の構造を理解しておかなきゃ、こんなのが幾つも来た日には大混乱だ。人類の叡智が詰まってるこういうSFチックなのは厄介でな。自然物よりもよほど相手がしづらい」
会話をしていると、防御機構の連中が次々にやって来た。
奴らは、接近戦では竜胆に勝てないと学んだのか、いきなり隠し腕を展開してビームガンを乱射して来る。
「よーし竜胆ちゃん、次のレクチャーだ。ビームサーベルなら、こういう実体のない攻撃は跳ね返せるはずだ。そのやり方を教えよう」
俺は前に進み出ると、バルゴーンを振りながら、襲い来るビームの雨を弾き始める。
「恐らくこういう相手は今後増えてくるかもしれないが、俺以外がこの技を使えれば、戦況は随分楽になるだろう。責任重大だぞ」
「うむっ!! 妾も覚えるぞ! がんばる!」
竜胆が前に出て、見よう見まねでビームにビーム刃を当て始める。
放たれてくるのはビームなのだが、レーザー光線というわけではない。
何かの粒子を加速して放ってきているので、視認できる速度ではあるのだ。
竜胆はもともと、戦うセンスがある。
棒の扱い方からして、凡人のそれではない。ということで、ビームの軌道を捉えることができれば……。
「ほっ! とっ! やあっ!」
収束して放たれてきた三連射を、竜胆が立て続けに弾いた。
よしよし、行けるな。
この調子で竜胆に戦い方を教えながら、宇宙船の制御室を目指すのである。
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