第186話 熟練度カンストの発進者

「これが万里の長塔である」


 俺たちを自ら案内した皇帝が、ドヤ顔を向けてくる。

 この男、一見して皇帝といわれればなるほどと言える程度に、威厳があり整った顔のモンゴロイド系なのだが、ドヤ顔をすると随分若く感じる。


 精神的には若々しいのかもしれんな。

 で、こいつがここまで得意げになる理由は実によく分かった。


「ひええ……なんという高さじゃ……! 噂以上じゃのう。全く頂上が伺えぬ!」


 上を見上げすぎて、竜胆が転びそうになる。

 彼女を支えながら、俺も竜胆の感想に同意するのである。

 それほどに、目の前にあるものはとんでもない。


 言うなれば、モノレールのレール部分を太くしたようなもので、それがどこまでもどこまでも空高く伸びている。

 これは二本あり、並び立っている。


「貴様らの考えたように、長塔は二つの運用方法がある。一つは、軌道エレベーターだ。こいつは起動させると浮遊し、自らラグランジュポイントまで動く。そこから宇宙に向かって飛び出すことができる。もう一つはマスドライバー。貴様らが持っている、エルド教のレールガンがあるだろう。あれを拡大化して強化したものだ」


「……ユーマ、ちなみに……きどうえれべーた、とか、ますどらいばーとは何なのだ?」


 ローザが小声で聞いてきた。


 そうだな。

 ファンタジー世界にいきなり、SF用語が出現したわけだから、理解できないのも仕方ないだろう。

 竜胆も全く分かっていないようだったので、俺は簡単な説明を始めた。


「軌道エレベーターというのは、この場所から、宇宙……言うなれば空の果てを付きぬけた場所まで、物を運ぶ魔法の道みたいなものな。マスドライバーは、これと同じ事を、運ぶんじゃなくて矢を撃ち出すようにして実現するものだ。前者の方が確実だが、後者はとにかく速い」


「要約すればその通りであるな」


 皇帝が満足げである。


「それで……俺たちはどちらを使えばいいのかな? 話は聞いているが、とても軌道エレベーターを起動してラグランジュポイントまで行ける余裕があるとは思えないな」


 クラウドは腕組みしながらそこまで言い、ハッとした顔でローザをチラ見した。


「ちなみにローザリンデ嬢。ラグランジュポイントとは、この世界が物を引き付けようとする力をもっており、世界の外には、世界から物を引っ張り出そうとする力があり、これらが拮抗する場所ということだ。大体、目では見えないほど高い場所にそれは設置されているのだが、なるべく世界が自転している回転軸に近しいほどいい……分かります?」


「うむ。難しい概念だが、ユーマもクラウドも理解しやすいように説明してくれるな」


 ローザが表情を綻ばせたので、クラウドもウキウキになったようだ。


「クラウド、言っておくが売約済みなので手出しはするなよ」


「ふっ、俺が彼女に思いを告げるのは、ユーマ、貴様を倒してからと決めている」


 なんかビシッと指先を突きつけられた。

 こいつはこういう奴だから、ローザを無理やり掻っ攫ったりは……まあしないだろう。一応注意しておかねばな。


「話は終わったかね? 想像の通り、軌道エレベーターを使用している間に、第一総督の船はこちらを狙い撃ってくることだろう。ならば回答は一つ。貴様らを第一総督の船目掛けて撃ち出す! そして、船を撃滅し、自力で帰還してくるのだ。ちなみにその際に掛かるGは第三総督の宇宙服で相殺できるから安心せよ」


「なるほど、無茶苦茶だ」


 俺は率直に感想を述べた。

 だが、確かにそれが最も手っ取り早かろう。


 既に、アウシュニヤから宇宙服は届けられていた。

 それなりの厚みがある、だが俺が現実世界で知っている宇宙服よりはスリムなものである。


「これはパイロットスーツだな」


 クラウドの感想が、一番この宇宙服のイメージに近いか。

 そして、その他にも色々便利アイテムじみたものが、コンテナのようなものに詰め込まれて運び込まれている。


『では、私がお二人を乗せて打ち出されましょう』


 宇宙船代わりとなるのは緑竜。

 彼女は宇宙服はいらず、宇宙空間でも平気なようだ。


『何度か外に行ったことはありますからね』


「真空中でよく平気だな」


『真空……? 世界の外は、魔素エーテルで満たされているのですよ?』


 緑竜が何だか不思議なことを言ってきた。

 こっちの世界の宇宙は、真空ではないらしい。

 謎である。


「さあ、既に第一総督の船の座標計算は終わっておる。むしろこちらに呼び寄せた。貴様らが宇宙に飛び出して戦わねば、翡翠は灰燼に帰すかも知れんぞ! まあ貴様らが構った事ではないかもしれんがな! わっはっは!」


 皇帝、手が早い。

 既にお膳立ては整ったということだろう。

 俺とクラウドはサッサと宇宙服に着替えた。


「ほう、甲冑よりも余程動き易そうだな。今度私も同じようなものを作ってみたい。壊さずに戻って来いよ」


 ローザは笑みを浮かべながら俺の肩をポンと叩くと、不意に近づいてきて、何やらギュッと抱きしめられた。


「待っている者たちがいるのだぞ。必ず帰って来い。貴様は放っておくと、どこまでも飛んでいってしまう男だからな」


「善処する」


 俺は玉虫色の答えを返す。

 そんな俺たちを、クラウドが実に羨ましそうに文字通り指をくわえて見ている。

 あいつは美形だがそういう仕草をすると台無しになるのでいかがなものか。


「ほほう! クラウドもハグして欲しいっすか? ふっふっふ、仕方ないっすなあ。あっしは安い女じゃないっすが、どうしても、どうしてもと泣いて頼むならば別れの抱擁をしてやらぬこともないっす!!」


「いらんぞ!!」


「な、なにぃっ!?」


 亜由美とクラウドが漫才みたいなやり取りを始めたぞ。

 拒否された亜由美が、捨てられた子犬みたいな顔でこっちを見た。


 そして、急にドヤ顔に変わると、バッと手を広げて見せた。

 ほう、俺に別れの抱擁をしようと?


「さあ来るっす!」


「うーむ」


「来るっす!」


「うーむ」


「き、来て欲しいっす」


「仕方あるまい」


 何だか必死すぎてかわいそうになってきたので、近づいてギュッとしてやった。


 何だろう。

 ハグしたらこいつ、びくびくっと動きやがった。

 釣り立ての魚みたいな奴だ。


「ふうーっ! こ、これが抱擁……!! なんという破壊力っすか。あっしでなかったら即死だった……!」


 耳を赤くして汗を拭う亜由美。

 即死なら、今もここでピンピンしてるローザはどうなるのだ。


『準備は整ったようですね。では行きますよ』


 緑竜からの声がかかった。

 彼女はその姿を、女性のものから本来の巨大な竜へと戻して行き、万里の長塔に向かって歩み出た。


 塔の最下部には、明らかにカタパルトみたいなものが用意されている。

 ここに緑竜を設置し、俺たちごと撃ち出すというわけだ。


「よし、では行くかクラウド」


「いいだろう。だが戻ったらお前は殺すぞユーマッ!!」


「凄い敵意だ。そうか、羨ましかったか……」


「うううう、羨ましくなんか、羨ましいッ!!」


 緑竜の首には、金属のリングがかけられ、そこに繋がるように俺たちの座席が設置された。

 うむ、予備人員も乗れるようにか、四つある。


 俺は必要そうな荷物を一つに設置して、前の席に腰掛けた。天を仰ぐような体勢になる。

 隣はクラウドだ。


「ユーマ、君は気に入らんが、だが生身一つで宇宙船と戦うというこのシチュエーション……燃えて来ないか」


「分かる。これは燃えてしまうよな」


 男同士の会話をしつつ、発進を待つのだ。

 皇帝が、じきじきにカウントダウンを開始する。


 というかこの男、立場もあるはずなのに恐ろしくフットワークが軽い。

 自ら第一総督の船の座標を調べ、カタパルトの設置を手伝い、そして今はカウントダウンとマスドライバーのコントロールを行なっている。


「暇なんだろうなあ」


 口ぶりからして、退屈が嫌いな男っぽいしな。

 今回の出来事は、一つ間違えば世界が滅びてしまうような状況なのだが、皇帝にとっては素晴らしい娯楽なのだろう。


「カウント・ゼロ! 発射!」


 皇帝は叫ぶなり、ポチッとな、と赤いボタンを押した。


 ボタンは無駄にプラスチックのような透明カバーで包まれており、そこを拳で砕きながら押すのだ。

 ロマンを感じる。

 皇帝とは分かり合えるかもしれない。


 そう思いながら、俺はマスドライバーが光り輝きだすのを感じる。

 そして直後。

 俺たちは凄まじい速度で射出された。


 超高速でジェットコースターを駆け抜けるような光景。

 側方のマスドライバー部分が、どんどんと後ろへ過ぎ去っていく。

 一瞬で街並みが後方へ遠ざかり、山が見えた。


 山すらもすぐさま遥か下方へ消え、やがてマスドライバーのレールが消えた。

 緑竜は凄まじい勢いを宿したまま、上空へと飛んでいく。


 雲を付きぬける。

 周囲の青空が、徐々に紫色に染まっていく。

 やがて。


『到着しました』


 緑竜の声が響くと、彼女は翼を広げ、一気に減速をかけた。

 恐らくは凄まじいGが掛かっていたと思うのだが、全く感じなかった。

 宇宙服さまさまである。


「いやあ、あっとういう間だったな」


 俺は呟きながら、座席から身を起こした。

 足元がふわりとする。

 重力から解放されているのだ。


 振り返ると、俺たちがいた世界……地球に良く似た星と、宇宙服越しにこっちをじっと見ている竜胆が見えた。

 …………。


「え?」


 見間違いかと思い、前を見てからもう一度振り返った。


「ユーマ! わ、妾はとても怖かったのじゃ!!」


 ひしっと抱きつかれた。

 間違いなく竜胆である。


「えええええっ、な、なんで竜胆ちゃんがいるの」


「う、うむ、ユーマだけに任せておくのも忍びないと思ってな。妾も一国の姫であった女。縁もゆかりも無いとは言え、罪も無い民草がいたずらに蓬莱帝の呪いのようなものに晒されるのは許してはおけぬ!」


 俺に抱き付きながら力強く解説する。

 ノブレス・オブリージュ的な精神だなあ。

 この辺り、竜胆は高潔で、俺的にはかなり好感度が高い。


 だが、問題は彼女は長物を扱う武闘派の娘さんであり、ここは重力が存在しない宇宙である点だ。

 果たして役立つかと言われると……。


「ふっ、女に追いかけられるとは、男冥利に尽きるなユーマ。それ、これを彼女に使わせればいい」


 クラウドが荷物の中から、何かを俺に向かって投げてきた。

 それを見て、俺もピンと来る。


「ビームサーベルか……! しかもこれ、右大臣のと左大臣のビームサーベルで、底を繋げるな」


「ビームナギナタだな。あるいはツインライトセイバー……!」


「おお……!!」


 俺とクラウドが分かり合った。

 きょとんとする竜胆に、俺はビームサーベルを繋げて手渡した。


「よし、では竜胆ちゃん、このツインビームサーベルを使って、共に戦おうではないか」


 俺の言葉に、竜胆の表情がパッと明るくなる。


「うむ! 妾も役に立つぞ!」


 横では、クラウドがいつでも虚空から銃を召喚できるカッコイイポーズを取っている。

 俺もまた、バルゴーンを呼び出した。


『来ましたよ』


 緑竜が告げる。

 それと同時に、太い光の束が俺たち目掛けて叩きつけられた。

 俺はこれを、バルゴーンにて受け止めながら反射する。


 少し向こうで、金色に輝くバリアのようなものが反射した光を弾いた。

 それは、紫色に輝く宇宙船。

 まるでボーリング玉のような外見に、触手に繋がれた砲塔が幾つも飛び出した異形。


 蓬莱帝が残した最後っ屁……いやいや、竜胆風に言うなら、蓬莱帝の呪いが姿を現したのである。

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