第185話 熟練度カンストの敵対者

 率直に言って、満漢全席ではなかった。

 満漢全席とは、まあ古代中国の、贅を尽くした料理の数々を片っ端から出して何日もかけて食べるような、そういう食の享楽を極め尽くしたようなものである。

 だが、宮殿で俺たちに出された食事は、普通の豪華な料理だった。


 水餃子っぽいものを主食に、肉と野菜の炒め物と、海産物と野菜の炒め物と、魚を油で煮たものと、まあ水餃子以外は大体が油を使った料理である。


 ちなみに、船の上ではなかなか油を摂取できない。

 火を使った料理が難しいからだ。

 普通に豪華な料理と言えど、豪華であることに違いがないのだ。


「うめえうめえ」


「むっ、堪らぬ! 妾、幸せっ」


「うまいっすーっ! うーまーいーっすーっ!!」


 お上品に食事をするローザの横で、俺と竜胆と亜由美が並んで猛烈に料理を平らげていく。

 そして平らげた端から新しい料理が補充されていく。


 船長と異人たちは外で食事になるが、そこにも座席と円卓が出されて、同じような大量の料理が運ばれたようである。

 外から陽気に酒盛りする声が聞こえてくる。


 俺達は、長い長いテーブルの末席辺りに配置され、そこで飯を食っている。

 対して、上座と思しき遠くの方に、豪奢な着物と冠を被った男がいる。

 そしてたくさんの大臣たち。


 大臣たちは眉を顰めて俺たちを見ている。

 うむ、こういう視線にはもう慣れっこだな。


「皇帝陛下、このような下賤の者共を宮殿に招き入れてはなりません! 宮殿の品位が下がります!」


「よいよい。語ったところで貴様らには理解できまい。それに、まだ来るぞ。仰天するような客がな」


 皇帝が、臣下の不満を一笑に付す。

 懐の大きい男のようだ。


『ええ、第二総督は細かいことを気にされません。その分、執政は色々穴があり、官僚による腐敗が横行し、ちょこちょこと彼の帝国は倒されているのですよ。ですが、毎度毎度ちゃっかりと、新しい国の皇帝に収まっています』


「うむ。第三総督も健勝のようであるな。やはり、国家というものはいつか滅びるものでなくてはならん。その儚さが良い。政治もまた不完全であるのが良い。完全なものなど、いつかは腐り果て、根本から何もかもを巻き込んで消えてなくなってしまおう。そうなれば、もはや新たな国を興すことも出来まい。蓬莱帝めとは、ここで意見を違えたな」


 代わった御仁である。

 だが、俺はこういう刹那的な男は嫌いではない。


「して、戦士ユーマとやら。我輩は貴様に、この軌道エレベーターを使わせる事に異議はない。だがな、貴様、これで上に上がってみろ。第一総督の船がこいつを敵視することになれば、徹底的にここを狙ってくるぞ。そりゃあ困る。何故困るかって言うと、我輩の国が危ない。国が滅びる時は、戦や内乱で滅びねばならん。衛星軌道上からの砲撃で滅びるとか、全くロマンが無いわ」


「ほうほう」


 ようやくお腹がいっぱいになってきた俺、聞き役に回る。


「で、俺達に何か付け加える制限があるのか?」


「ある。短時間で仕留めよ。奴がこちらに目をつけるまで、およそ貴様の世界で言えば五分間というところであろう。五分以内に仕留めるのだ」


「ふむふむ」


『ユーマ。敵の力が分かりませんし、宇宙では私もどれだけの力を発揮できるか分かりません。厳しい申し出ですよ』


 緑竜が口を挟んできた。

 彼女は慎重派だな。

 不確定要素が発生する可能性もあるし、宇宙は広大だ。飛び出て、敵の船に突撃して五分で沈めるというのは、なるほど難しいのかもしれない。


「で、あろう。ということで助っ人を呼んである。隠密に使者を出して話したら、すぐに乗ってきたぞ」


「ほう、助っ人とな」


 皇帝は立ち上がると、パンパンと手を打ち鳴らした。

 すると、右側にある扉が開かれた。


 現れるのは、ぐったりと疲れた顔をした兵士たちだ。

 こいつらが助っ人?


「待ちかねたぞ……! この時を……!!」


 すると、扉の奥の暗がりから、何やら芝居がかった言葉が放たれた。


「とうっ!!」


 現れたのは、黒いコートみたいなものを着た何者かである。

 あ、いや、もう何者かは分かってるんだけどな。


「なっ、何奴じゃあ!?」


 竜胆が驚き、翡翠国の大臣たちも驚愕のあまり、立ち上がったり、転げながら逃げ出そうとしたりする。

 出会え出会え、なんて声も聞こえて、後ろの扉から兵士たちが大量に入り込んできた。

 そして、


「げえっ、クラウド!?」


 驚きのあまり椅子ごと転倒したのは亜由美である。


「おっ、知っていたのか亜由美ちゃん」


「い、一応あっしもクラウドが在籍してた頃にデスブリンガーに加入したっすからね……。あの男、生きていたっすか」


 そう。

 現れたのは、エルフェンバインで俺と巫女たちを相手取り、デスブリンガーの面々を率いて戦った男、クラウドであった。


 先代のデスブリンガーギルドマスターである。

 彼は、黒いコートに編み上げのブーツ、そして穴開き手袋をしたいつもの姿で、スッと立ち上がると、わざとらしくカツカツと足音を立てながら食卓に歩んできた。


「そう……俺の名はクラウド……! 闇を舞う一筋の閃光……!!」


「相変わらずだな」


 ローザが呆れて呟いた。

 すると、クラウドはハッとして顔を上げ、今までかっこよさげに決めていた相好を崩した。


「あ、貴女は……! 我が愛しのロリババァ……!!」


「誰がロリババァか。失礼な男め。それに私は貴様に愛しいなどと言われる筋合いはないぞ。なあ、ユーマよ」


 なんかローザが椅子を持ってこっちにやってきて、竜胆と俺の間に入り込んでギュッとくっついてきた。


「お、おう」


「ギギギギギ」


 あっ、クラウドが俺を凄い顔で睨みつけている。


「ずるいぞユーマ。なぜお前ばかりがモテるのだ……!!」


「うわ、クラウド今、素になっただろ。まあいいからそこ座って飯食おうぜ」


「いや、許す事は出来ん。俺の中の熱い部分が、悪を倒せと疼いているのだ。吼えよ、ケルベロス!! フェイタリティシューッ!!」


 クラウドは叫ぶなり、金色の銃を召喚してぶっ放してきた。

 俺はその瞬間、既にバルゴーンを抜いている。


「‘ディメンジョン’」


 銃口の先の空間を、切り開いた。

 異空間が生まれ、射出された弾丸が飲み込まれていく。

 空間は周囲の皿や料理を吸い込むと、スッと閉じて行った。


「お前ならそう来ると思っていたのだ」


「腕を上げたな、ユーマ」


 何故かクラウドはスッキリした風で、爽やかに微笑むと銃を消し去った。

 あいつの銃も、俺のバルゴーンと同じように、自在に収納できるのだ。


 ちなみに、凄まじい銃撃音に、大臣たちは皆腰を抜かして椅子ごと倒れている。

 皇帝はご満悦らしく、ニヤニヤ笑っている。


「わはははは! まさか助っ人として、敵対している国家の軍師をそのまま呼ぶとは誰も思っていなかっただろう。この不確定要素を見よ! 我が国は内部からこやつに食い荒らされてしまうかもしれぬぞ! おお、国の安寧を揺るがす不安要素……!」


「この皇帝も大分、頭がおかしい人だな」


 俺の呟きに、ローザは深く頷いたのである。




 さて、食事が終わった後、長机は片付けられていた。

 用意されたのは、豪華な円卓である。

 無駄に金張りの屏風みたいなものが用意され、席に着いた俺たちには茶が差し入れられる。


「では会議と参ろう」


 議長となった皇帝が告げた。

 こいつ、僧侶と同じくらいフランクな奴だ。

 聞けば、央原というこの地方、常に戦乱が起こり続けており、長い国でも二百年ほどで滅ぶと言う。

 どれだけ善政を敷いても、必ず国家は時間と共に腐敗し、不満分子が地方で動き出し、乱を起こして国を倒す。

 そして彼らが国を興し、また時間が経って同じような事が起こるというのだ。


「人の本質とは戦。安寧は動かぬ水のようなもの。いつかは腐れて消えてしまうわ。ならば、常に揺り動かしておればよい」


 とは皇帝の持論。

 僧侶が、アウシュニヤの王を常に殺し合いで決めさせるのに近いのかもしれない。

 この辺り、俺とローザがいた西方の、宗教によって人を平和に統治するという考え方とは全く違う。


「だが、聞くが良い。第一総督は己の死を以ってこの世界を終わらせる腹積もりだったのだろう。あ奴の船はこの天高くを舞い、戦力に劣る地域から滅ぼしていっておる。これはいかん。その地の民も、どのような戦をするか分からぬからだ。戦が失われてはならん」


「斬新な意見だ。だが、多様性を重んじるってのは分かった」


「ふむ、俺もこの世界が失われてしまっては、仲間たちが帰る場所も用意出来なくなる。この二つの銃に誓い、力を貸す事を約束しよう」


 クラウドはさっき一発ぶっ放して、すっかり憑き物が落ちたかのような顔である。


「何せ、世界が残っていなければ、ローザリンデ嬢を俺に振り向かせることも出来んからな」


「私は振り向かないぞ」


 ローザにウィンクを送るクラウドだが、土の巫女はそっけなく彼のアプローチを切って捨てた。


 だが、クラウド的にはローザと会話できたのが嬉しかったらしい。

 ニヤニヤしている。

 前向きである。


「まあ、俺もクラウドの意見には半分賛成だ。そもそも蓬莱帝は俺と竜胆ちゃんで倒したからな。後始末をするのもやぶさかではない」


「うむ、頼りにしているぞユーマ。そしてどうやら、貴様たちの帰還にはナビゲートというものが必要らしい。私が緑竜と意思を繋ぎ、貴様たちが帰るしるべとなろう」


「ローザリンデ嬢が、俺の帰る港か……!」


 クラウドがとても嬉しそうだ。

 俺は奴をちょっと威嚇しておく。ここはゴリラに倣いドラミングである。


 争いにならぬうちにローザから手を引くのだ。

 すると俺の意思を汲み取ったらしいクラウドは、ニホンザルが威嚇するみたいな動作でウキーッとかやってきた。


「……何をやっておるのじゃお主らは……」


 呆れたのは竜胆である。

 そしてちょっと寂しそうに、


「可能なら、妾も手伝いに行きたかったのう……。じゃが、妾では力が足りぬ……!」


 しょぼーんとしている。

 俺は彼女の肩をぽふぽふ叩いて慰めた。

 それに対して、


「ウヒヒ、行ってらっしゃいっすよ! いやー、残念だなー! 宇宙服が二着しかないから、あっしは一緒に行けないなー!」


「おっ、亜由美ちゃん幾らなんでも露骨過ぎるだろお前」


 亜由美は大変いい性格である。

 自分が宇宙に出るメンバーから外れたので、それが嬉しくて堪らないらしい。


「いやあー、残念っすよー! あっしもちょーっと世界を救う気になってたっすけどねー! だけど宇宙服がないんだもんなー! かーっ、こりゃ仕方ないっすなー!! あっしがやる気でも、宇宙服がねーっ!」


『あ、簡易宇宙服なら私が作るけど?』


 俺の袖に収まった腕輪から、僧侶の声がした。

 亜由美の顔が、サーッと青くなる。


「ううううっ、あっし、急に持病の結膜炎で腹が痛くなってきたっす……! こ、これでは戦えないっすよ! あっしは戦力外っす……! みんな、あっしを置いて宇宙に戦いに行くっす……!!」


「この娘、面白いな……。ユーマ、この娘を寄越せ」


 ローザはすっかり亜由美が気に入ったようである。


「あげる」


 ということで俺も亜由美の譲渡に同意した。


「こらーっ!? あっしは物じゃなーいっ!?」


 とまあ、そういう訳で、宇宙に出るメンバーは確定したのであった。

 で、俺はこの時、竜胆がアウシュニヤの僧侶と、ひそひそ内緒話をしていた事に気付いていなかったのである。

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