第182話 熟練度カンストの対峙者

 俺は、女子二人からの視線を逃れるように扉をくぐったのである。

 蓬莱帝の間に続く扉であった。


 相変わらず、自動ドア的なもので閉ざされていたので、切った。

 ドアは斜めに裂かれ、ずれ落ちていく。


「よし、中に行くぞ中に。俺が先に行くぞ」


「お、おう、そうじゃった!! ここは帝の御前ぞ……!」


 さしもの竜胆も、緊張の面持ちになる。

 見渡す屋内は薄暗く、天井には弱い照明が掲げられている。

 かなりの広さがある部屋で、総畳敷であった。


「な……なんじゃ、あれは」


 竜胆が立ち止まり、呆然とした横顔を晒す。

 彼女の視線の先には、恐らくこの世界の人間には理解できないであろうものが存在していた。


 天井から無数に伸びる、太い半透明のチューブ。

 それらに繋がれた、巨大なガラスの容器。

 容器の中には、一抱えもあるような雲丹の可食部みたいなのが浮かんでいた。


 脳みそだな。


「おい僧侶、僧侶」


 俺が袖に入れた腕輪をぺちぺち叩くと、僧侶が喋りだした。


『やめてくださいユーマ殿! いいですか、そうやって叩かれるとこちら側のスピーカーが変なノイズを発して大変耳に悪い……おや、第一総督の間までたどり着いたようですな』


「むう、また通信装置から怪しげな男の声がしてるっすな……。ちょっとユーマ、こういう喋りの奴は悪党に決まってるっすよ。信用してはならんっす!」


「悪党だということは知っているが、俺が勝ったので俺の側についたのだ」


『そういう事ですよ。それにあなただって後ろ暗い事はたくさんやっているでしょう、ブラックラクーン』


「うっ、そ、そう言われると」


 蓬莱帝の間にいるというのに、恐るべきリラックスぶりの我らである。

 俺達の様子見をしていたのか、流石にしびれを切らして脳みそが話しかけてきた。


『うぬら、朕を前にして雑談をするとは、良い度胸よな……!』


「あ、やっぱりこの脳みそが蓬莱帝だった」


 お約束ながら、驚く俺である。


『私も驚きましたよ。私の他の総督には、この惑星への上陸以来一度も会っていないからね。ユーマ殿、第一総督殿は、どうやら自らの脳を制御装置に用いてこの国家全体に障壁を設けているようです。それこそ、ポータルの力でも使わぬ限りは超えられないような障壁を、ですよ』


 僧侶が語りだした。

 こいつもいい性格をしている。蓬莱帝は自分の同類のはずだが、平気でこっち側についてるもんな。


「シャドウジャックは普通に来てたが」


『かの精霊も、より上位の眷属や巫女に連絡を取れなかったでしょう。彼は唯一開かれた港より、正規の手段を使って入国してきたのですよ』


「そのしゃどうじゃっくがおらぬではないか!」


 竜胆が今気づいた、という顔をする。

 彼女はこの蓬莱亭の間が不安なのか、俺の後ろにぴったりくっついてきている。

 ここに来る前の威勢の良さはどうしたのか。


『ちなみに私の通信は、通常空間を通していませんので通じるのですよ。これは各総督にのみ許された技術で……』


『黙らぬかたわけが!! 我らが民族の宿願も忘れ、世界破壊者におもねった裏切り者め!! 既に移民船団はすぐ近くまでやって来ているのだぞ!? それが故に、西方の女神は焦り、その男を呼んだのであろう!』


「ほう……」


 初耳だった俺、顎を撫でる。

 で、予想外に俺が暴れるので対抗するために、女神……つまり精霊女王はデスブリンガーを呼び出した、と。


 スッと亜由美を見る。

 すると、彼女は会話の内容を全く理解していなかったようで、あくびなんかしながらこっちを見返した。

 慌てて口を閉じて、


「おっ、ど、どうしたっすか?」


 とか言ってくるのだ。

 この女、平常心である。


「話は分かったが、とりあえず俺はお前を殴りに来たのだ。脳みその辺りを一発ガツンとやらせろ」


 俺がじりり、と近づく。

 すると、ガラス管の中に浮かんだ巨大な脳みそが、紫色に発光した。

 キモい。


『愚かなり、愚かなり世界破壊者よ!! 朕がうぬを招き入れたこの間に、何の仕掛けもしておらぬと思ったか! そら、宇宙まで放り出してくれる!!』


 突然、俺と竜胆を囲むように光が発生した。

 それは俺達の周囲で高速で回転を始め……。


「ポータルだな。ていっ」


 俺は光を切り捨てた。

 まるで何事も無かったかのように、光が消え失せる。


『な、なにっ』


「俺がここにやって来たのが、そもそも同じような効果を持つ魔法だったのだ。原理は違えど同じ手にはかからんぞ」


『うぬっ、だが、朕の手駒はまだまだあるぞ……! 勝ったなどとは思うな……! 出合え、出会えーっ!』


 蓬莱帝の言葉に応じて、畳が展開する。

 現れるのは、白い甲冑のロボットたちだ。


 極限まで人間を置いてないんだな。

 あの右大臣くらいしか、生きている人間を見ていない……おっと。


「危ない危ない」


 俺は冷や汗をかきながら、バルゴーンを前方に突き出していた。


「えっ!?」


「は!?」


 竜胆が、亜由美が、唖然とした声を漏らす。

 船長と異人たちも、驚きで固まっている。

 突き出した俺のバルゴーンに、突然一人の男が出現して、自ら突き刺さったのだ。


「ぐ、ぐはあああっ」


「会話とロボットで俺の意識を誤魔化して、大方、左大臣で決着をつけに来たんだろう。この時間隔離障壁とでも言う代物、本当に厄介だな」


「な、何故……! 時間を止めて近づいていたはずだったのに……!」


 左大臣が口から夥しい量の血を吐きながら、状況を理解できない顔で呟く。


「そりゃあ勿論。俺はおたくらの技の原理を理解したからだよ。二度目はそうそう通じんぞ。何より」


 俺は剣を払った。

 左大臣の胴が真っ二つになり、左右に転がる。


「俺の得意技は、初見殺し殺しでな」


 そう言うと、俺は背後の異人たちに指先で指示を下した。

 指し示すのは、ロボットたち。


 異人たちはすぐに理解したようだ。

 めいめいに、銃を構え始める。


「撃て」


 銃撃音が響いた。

 出現したロボットたちが、次々に打ち倒されていく。

 蓬莱帝が作り出した機械じかけのガーディアンと、エルド教が作り上げた、携帯型レールガンとのぶつかり合いだ。


 この勝負は、破壊するという行為に特化したレールガンに分がある。

 しかし、あの銃の動力源はどこにあるんだろうな。


『ぬうううううっ……!! ぐうううううっ……!!』


 まるで歯ぎしりでもするような声を漏らしながら、脳みそが紫に明滅を繰り返す。


『諦めたまえ、第一総督殿。この御仁は規格外ですぞ。私が作り上げた機械神を、生身で打ち破ったのですからね。彼という一人の剣士が、それだけで我ら本船のサポートを受けた総督に匹敵、あるいは凌駕する。実に荒唐無稽な事実ですが、彼はそれを己の実力で示し続けています。私のように大人しく、軍門に降るのが良いですぞ』


 僧侶が俺を持ち上げてくる。

 まあ、こいつの場合、俺が寿命で死ぬまでは恭順して、その後にまた好き放題やるのだろう。

 だが利害だけを見て俺についているから、ある意味とても信用できる。


『うぬは……うぬの手に、我が同胞一千万の命がかかっている事を自覚せよ……! 遠き星辰を数千年の時を超えて、最後の希望をこの星に繋ぎに来るのだぞ!』


「うむ、大変だったな。だが俺には関係ない」


 俺は残る白いロボットたちを打払いながら、蓬莱帝へと接近していく。


『やめよ……やめよ……!!』


 ガラスの容器がピカピカと光って、稲妻のようなものが俺に向かって放たれる。

 俺はそういう攻撃に慣れているので、剣でパッパと打ち払う。


「自衛能力は一応あるのか。だが、右大臣と左大臣が時間を止めるんだから、お前ももうちょっと変わったことをやるのかと思ってたが……」


 切っ先の届く間合い。

 紫色に輝く脳からは、感情は読み取れない。

 だがまあ、感情が読めてもやることは変わらない。


「よし、今だ、竜胆ちゃん!」


 俺の声と同時に、背中に隠れていた竜胆が飛び出してきた。


「帝! 御身は我ら蓬莱の民ではなく、別の同胞のために荒神憑きの民を滅ぼすことを決められたのか!」


 今までずっと、胸の内に溜め込んでいた疑問を放つ。


『朕は二千年の間待ったのだ……! うぬらの生を認め、荒御魂が暴れ、国土が荒れぬよう取り計らった……! このまま大人しく時が過ぎれば、荒御魂を抑えたまま、我が同胞が蓬莱へ降り立ったことだろう! だが! そこな男が……世界破壊者が、時の針をあまりにも早く回しすぎた! 否、人の世界を築き上げようとしていた、我らの計画を破壊したのだ!』


「俺のせいらしい」


 俺は、バルゴーンをガラスの管にあてがう。

 竜胆は怖い目をして、じっとガラスの中の蓬莱帝を睨んでいる。


「ユーマが来なくとも……帝は妾たちではなく、星から来るという同胞を取ったのじゃろう……! そうであれば、蓬莱という国にとって、帝は頂くべき主ではない! 国は、民の手に!」


 竜胆の手が、俺の手にかかった。

 彼女の指先に力が篭もる。

 少し震えているが、決意したようだ。


 オーケー。

 それじゃあ、蓬莱の歴史を変えようではないか。


『やめっ……』


 恐らくは、極めて強固に作られているであろうガラスに、バルゴーンがするりと潜り込んだ。

 切っ先が、紫の脳髄に到達し、手応えもなくそれを2つに断ち割る。


『~~~~~~~~っ!!』


 絶叫が響いた。

 そして、沈黙。

 蓬莱帝の死である。


 ガラス管につながっていたチューブが、ぶるぶると震え始めた。

 それらは一つ一つが、千切れるように管から外れると、液体を吐き出しながらのたうつ。

 脳髄は輝きを失い、灰色にくすんでいった。


『後悔……せよ……、我が、船……は管理者……を、失い、暴走……星を焼き焦がす……ゴボ……』


 あ、まだ生きてた。

 しかも何やらとんでもなく、洒落にならない話をしたぞ。


『ユーマ殿、これはまずいですよ。いや、本当にまずい。第一総督殿は本当に性根が腐った御仁だったようです』


「どうしたのだ僧侶」


『第一総督殿は、己が死ねば船が暴走するように仕掛けていたということです。恐らくは、それを切り札にしてユーマ殿と交渉するつもりだったのでしょうな。ですが、ユーマ殿は基本的に交渉が通じませんからね。いや困ったものです』


 はっはっは、と笑う僧侶。


「まあ、次は気をつけるとしよう。で、どうすればいい?」


『宇宙に上がる他ありませんな。空気はこちらでどうにかしましょう。上昇手段はユーマ殿で確保してください。なにせ、私の宇宙船はあなたに壊されたままですからね』


「ふむ、仕方あるまい……。とうとう宇宙に出るのか……」


「うちゅう……? 空の上にあるというところか? 聞いたことはあるが……」


「竜胆ちゃんは宇宙に出たら命が危ないからな」


「あっしも応援してるっすぞ……!」


「亜由美ちゃんはいけるだろう。来い」


「ぎえーっ! は、離せーっ!? 襟首を掴むなあああああ!?」


「そうこう話をしていたら、来たぞ来たぞ」


 物音がする。

 何というか、重く大きなものが空気を切り裂く音だ。

 言うなれば、巨大な飛行物体が近づいてくるような。


 蓬莱帝は死んだ。

 これによって、蓬莱に張り巡らされていた、外の世界と通信などができない障壁が失われた。


 シャドウジャックは、土を媒介にした瞬間移動のようなものが出来る存在である。

 俺はあらかじめ、こいつを大陸側に向けて配置していたのだ。


 蓬莱帝の死と同時に、シャドウジャックは大陸へ跳んだ。

 そして、大陸には、ローザと、緑竜がいるのだ。

 つまりだ。


『見事ですよ、ユーマ。ええと、この天井が邪魔ですね。よっこらしょっと』


 べりべりべりっと、紫階殿の天井が引剥される。

 異人たちが絶叫しながら腰を抜かし、船長は空を見上げたまま硬直した。

 竜胆はと言うと、俺にぎゅっとしがみついたまま固まっている。


「ぎょ、ぎょえええええ!? ど、ど、ドラゴンっすー!? うべっ」


 あっ、亜由美が落ちてきた天井の梁に潰されたぞ。

 まあいつもの事だ。


 さて、ということで、天井を剥がして登場したのは、大陸から飛翔してきた緑竜。

 そして……。


「久しいな、ユーマ! 生きていると思っていたぞ……!」


 あの、黒いチャイナドレスのスレンダーな美女は!


「込み入った状況のようだな。このローザリンデが知恵を貸してやろう!」


 土の巫女、ローザ参戦なのである。

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