第183話 熟練度カンストの作戦者

 蓬莱帝を倒した俺たちであるが、ローザと緑竜を仲間に迎え、とりあえずは港に向かうことになった。

 西方の港町が、唯一、大陸との貿易を行う為の船を出しているのである。


 少人数ならば緑竜に乗っていけばいいのだが、異人たちがたくさんいるし、船長と彼らだけで旅をさせるには、厳しい。蓬莱は非常に外見が似通っている人種のみで構成されており、船長と異人は大変目立つ。宿を取ることすらままならないだろうし、場合によってはその国の荒神憑きに攻撃されてしまうだろう。


 ということで、歩きで旅をするのである。

 緑竜も、上品な感じの女性の姿になって、物珍しげに周囲を見回しながら歩いている。

 この人、四竜の中では一番温和だからな。


『ユーマ殿。第一総督殿の船は、今のところ力を溜めているようですね。まだ猶予は数日あるかと』


 袖口に収めて腕輪から、僧侶の声がした。

 こいつはアウシュニヤを管理している、蓬莱帝の同類だ。


 だが、俺がこいつとの対決で勝ったので、今は俺の軍門に下っている。

 俺が無体な事をするのが楽しいらしく、こうして色々と情報を伝えてきたりして手伝ってくれるのだ。

 蓬莱帝が死に、奴が張っていた障壁が無くなったせいか、僧侶は前よりも饒舌になっている気がする。


『ですがまあ、私も宇宙に出る手段などとんと検討も付かないのですがね! はっはっは!』


「役に立つのか役に立たんのか微妙なところだな、おたくは」


「ふむ。宇宙か。私も翡翠帝国にいる間、かの国の文献を読み漁る機会に恵まれてな。この世界の外側に、宇宙なる空間が広がっていると書いてあったが、真だったか」


 隣を歩くローザがふむふむと頷く。

 土の巫女である彼女は、腕輪が喋るくらいでは動じない。

 アウシュニヤの僧侶とも面識があるしな。


「その空間では呼吸が出来ぬというから、海の中のようなものなのであろう。だが、そこは僧侶殿がやってくれるのであろう?」


『いかにも。宇宙服と言いましてね。私用だったのですが、ユーマ殿は私と体格も近い。問題なく使えるでしょう。あとは』


「宇宙に上がる手段と言うわけか。そこは万事抜かりは無い。そうだな、緑竜殿」


『ええ。翡翠帝国にある、万里の尖塔を用いましょう』


「万里の尖塔とな?」


 長城ではないのか、と俺は首を傾げた。

 ローザと緑竜が、二人して微笑む。


「これより翡翠に渡るが、流石の貴様も腰を抜かすぞ。あれはなかなか壮観なものだ」


「聞いたことがあるのう。あれは確か、国に来た商人だったか、翡翠には雲を貫き、天まで延びる塔があるという」


 話に竜胆が加わってきた。

 チラチラとローザを見ている。


 ここまでの会話は、翡翠とやら言う国の言葉で行なわれている。

 ローザはその国の言葉をマスターしてこちらに来たらしいが、竜胆も一国の姫の教養として、翡翠語はそれなりに使えるらしい。


「あれは真じゃったのか!」


「うむ。蓬莱は閉じられた国ゆえ、隣国といえど海の向こうの事情は詳しくは分かるまい。あれは人のわざで築き上げられるものではない」


『ええ、その通り。あれは第二総督殿……今は皇帝陛下でしたかね。彼が宇宙から降ろしたものですよ。本来であれば、ラグランジュ・ポイントに設置して用いる軌道エレベーターのはずなのですが、この二千年で増改築を進め、今ではマスドライバーキャノンのような有様に』


「僧侶、SF用語はよすんだ。みんな理解できてないぞ」


「まるでアニメのような単語が飛び出してきたっすなあ」


『おっと、失敬しました。なるほど、どうにかして第二総督殿の許可をもらえれば、アレを使って宇宙へ上がる事もできるでしょう。段取りはやっておきましょう。皆さんが翡翠国へ渡ったころに、宇宙服もお届けしましょう』


 そういうことになった。

 俺たちはスピーディーに旅路を行く。

 三日ほどでくだんの港へ到着し、ローザが大陸製の金子きんすを叩き付けて一隻チャーターし、異人たちを船員として乗り込んだ。

 そして、波に揺られながらまた四日間ほどの船旅を……。


「って、随分余裕があるな? 僧侶。僧侶ー」


『今お風呂入ってたんですよ。なんですか』


「俺たちは急いではいるが、割と優雅な旅をしていると思うのだが。蓬莱帝の船はまだ何もやってこないのか?」


『あ、いえ、南方大陸の文明が一つ、焼き尽くされて滅びましたね。大陸ごと沈んだようです』


「おいおい」


 今、とんでもないことをサラッと言ったな。


『ですが、そこでまたエネルギーを使い果たしたようです。西方と、大陸中央はあの管理官たちと我々二名の総督がいますから、おいそれと攻撃はできないのでしょう。北方と南方は、我々は居住困難な土地として降り立ちませんでしたから、そこが狙われましたね』


「ではまた猶予ができたのか」


『また一週間ほどでしょうか。アウシュニヤは、二度攻撃されたら危ないでしょうね。同じように、ディアマンテ帝国の宇宙船も、あなたによって故障させられていたはずです』


「そう言う事もあったな」


 エルフの森攻防戦の時だな。

 雲間から表れたUFOのビームを反射してやっつけた記憶がある。

 あれが、フランチェスコの船だったんだろう。


『我々の能力は、あの船を介したものが大部分です。管理官たちは、その土地の神々……あなたたちが精霊王と呼ぶ存在と取引をし、その土地の力を行使していたようですが。故に、船が故障してしまうと、我々は大半の力を失ってしまう』


「ほう……。いいことを聞いた」


『もうやらないでくださいね!?』


 とりあえず、情報は集めた。

 つまり、俺たちがのんびりしていると、今度は北の大地が焼かれるかもしれないし、あるいはアウシュニヤやディアマンテが危ないということだ。


 アウシュニヤには、なんか俺の弟子っぽい国王のスラッジがいるし、エルフの森には身内ばっかりである。

 これは本腰を入れねばなるまい。

 だが……。


「おほー! 釣れたっすー! まさに爆釣っすなあ」


「亜由美め、やるな! 妾も負けてはおられぬのじゃ!」


「貴様ら、もう少し静かに出来んのか? 釣りとはこうして、ゆったりと糸を垂らして楽しむものであろう……おおっ? 何かが糸を引いているな。どれ」


 亜由美と竜胆とローザが三人並んで、釣りなどしている。

 暢気のんきな事この上ない。


 そうそう。結局、竜胆もついてくることになった。

 国に戻っても何も残っていないし、彼女曰く、「ユーマは強いが、生存能力が低そうじゃからの」ということである。


 その通りだ。

 それから、竜胆はやたらとローザと亜由美を意識しているようである。

 ローザはローザで年の功というやつか、竜胆からの視線を軽く躱している。


「むっ、糸が重いぞ。これは……これは大物……うわあああ」


 おっ、ローザが獲物に引っ張られて海に落ちそうになった。


「まてまて」


 俺は慌てて駆けつけて、後ろからローザをガッチリホールドする。

 おっ、一見してスレンダーなローザだが、やはり女子だな。大変柔らかである。


「くっ、ユーマ、離すなよ! おい、竜胆、手を貸すのだ!」


「なっ!? 妾がか!? 仕方ないのう」


 竜胆が立ち上がり、俺の後ろからガシッと組み付く。

 その腕が、力を込められて膨れ上がる。荒業を使っているな。


 俺ごと、ローザの体が引き寄せられる。

 すると、彼女が釣った獲物が、宙に踊りあがった。


「おお、でかい!」


「マンボウっすか!?」


「いや、違うな」


 俺はローザを小脇に抱きかかえて、バルゴーンを召喚した。

 腰には竜胆をくっつけたままだ。


「こ、これは魚の頭じゃ! 大きな魚の頭が、何かに食いちぎられておるぞ!」


「なんと! 釣り上げたと思ったら頭だけとは……」


「うむ、ローザ、とりあえず俺にしがみついていてくれ」


 俺は船べりに足を掛けた。

 すると、水面がもりもりと盛り上がる。


 水の中に、何か巨大な生き物が蠢いている。

 魚を食いちぎって頭だけにしたのは、こいつであろう。


 ローザがひしっと抱きついてきたのを確認すると、俺は剣を海に向かって投げた。

 バルゴーンが大剣となり、水面に浮かぶ。

 その上に飛び乗ると、


「竜胆ちゃんまでなんでくっついて来ているのだ」


「あっ!? 妾は離れねばならんかったのか!?」


「仕方あるまい。二人を乗せたままやるぞ」


 次の瞬間である。

 水中の巨大生物が船底に体当たりをしてきた。


 真っ黒なその姿があらわになる。

 こいつは……、海坊主か。


「聞いたことがあるぞ……! 蓬莱を囲む海にも、かつて荒御魂が住んでいたと」


「案外、こいつも蓬莱帝が押さえ込んでいたのかもしれんな。さて、船がひっくり返されそうだ。さっさと片付けるぞ」


「ほうほう、このような連中とユーマは戦っていたのだな。なるほど、大陸の者たちとは毛色が違って、また刺激的だな。どれ、私も協力するとしよう」


 ローザは俺に掴まったまま、


「シャドウジャック! 浮石を出せ」


 従える大精霊に指示を下した。


『御意』


 すると、ローザの影が伸び上がり、シャドウジャックになるではないか。

 シャドウジャックは何やら土の精霊たちに呼びかけると、水底からフワフワと白い石が浮かび上がってきた。


 水の中でも土の精霊の力を行使できるのか。

 ローザはシャドウジャックとともに、その白い石に乗り移る。


「石であれの動きを妨げる。ユーマはこの石を足場に使え」


「おお、これは楽ちん」


 俺はお言葉に甘えて、シャドウジャックが新たに呼び出した石に飛び乗った。

 あたかも、海の上に石畳が展開していくようである。

 海坊主もこれには驚いたか、船を無視してこちらに向き直ると、何やら叫びをあげて威嚇してくる。


 叫びと同時に、周囲の水面が泡立った。

 そして間欠泉のように吹き上がり、頂点辺りで吹き上がった水が、ぐねりと蠢いた。

 それらがまるで蛇のように、俺に向けて襲い掛かってくる。


「実に海らしい攻撃だ」


 俺はシャドウジャックが作り出す足場を進みつつ、襲い来る水流を剣で弾き、さらに俺を抜けてローザを狙う水流を、横から引っ張り出してきた亜由美で受け止めた。


「ギニャーッ!?」


 さすが亜由美だ。直撃してもなんともないぜ。


「お、鬼ーっ! あくまーっ! ジゴローッ!」


「ほう! ユーマ。その娘、恐ろしく頑丈なのだな。亜竜の類よりも丈夫かも知れんぞ。よし、亜由美、私の元に来るのだ。盾になれ」


「ひいっ!? ユーマの仲間は女まで外道っすか!?」


 ローザが亜由美を確保し、盾として運用し始めた。

 これで安心である。

 俺は一直線に海坊主に駆け寄る。


 真っ黒なそいつは、目ばかりを爛々と輝かせて、もがーっと俺に飛び掛ってきた。

 おお、でかい。

 クラーケンくらいのサイズがあるな。


「大剣で代用だ。‘ビッグ・アクセル’」


 俺は大剣化したバルゴーンを肩に担ぐ。

 低く低く体勢を構え、石畳を蹴り出した。

 襲い掛かる海坊主に、自ら飛び込んでいく。


 そして、互いがぶつかりあうインパクトの瞬間、俺は肩の刃を奴に叩きつけながら、石畳を蹴って跳躍、空中で回転しながら大剣を全身でスイングした。

 長大な剣は俺の体をも、反動で強く回転させる。


 空中で三回転だ。

 まるで回転のこぎりのように、海坊主の頭から目玉の間、そして胴体までをも大剣が切り裂いていく。


 海坊主は断末魔の叫びをあげた。

 こいつは図体こそでかいが、常上の荒御魂と比べれば随分と小物だった。もっと野生の獣っぽかったというか。

 俺はバルゴーンを片手剣に戻しながら、石畳に着地する……。


『あっ、陛下、魔力切れです。石畳はもうありません』


「なにい」


 俺の足元は真っ青な海である。

 慌てて剣をサーフボードに……あかん、間に合わん。


「あーれえー」


 俺は哀れな悲鳴をあげながら、水中に没した。

 すると、その背中に何かが引っ掛かったではないか。


「全く、ユーマは妾がおらんとダメじゃな!」


 恐らくは、ドヤ顔で微笑んでいるであろう竜胆の声。

 彼女が投げ落とした釣り針が、俺の襟を引っ掛けたのだ。


「妾の釣果もなかなかのものであろう? んん?」


 釣り上げられる俺の頭上、他の女子たちに自慢をする竜胆の声がした。

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