第179話 熟練度カンストの開門者

「ほう、これが……」


「うむ、蓬莱京の門じゃ」


 目の前にどどんと聳え立っているのは、赤く塗られた鋼の門だった。

 大きい。

 ひたすらに大きい。そして明らかにオーバーテクノロジー。


 俺は近づいて、カンカン、と拳で扉を叩いてみた。

 フーム。

 鉄ではない。


「どうだ、亜由美ちゃん」


「本名で呼ぶの止めて……。マジやめて……」


 くノ一がとても辛そうな顔をしながら、俺と同じように扉を叩く。


「これ、チタンとかそういう感じの金属っすな」


「やはりか。では、蓬莱京そのものが、蓬莱帝の作り上げた規格外の都市ってことだな」


「何やら分からぬが……お主ら、頼もしいぞ」


 目をキラキラさせる竜胆。

 任せておいて欲しい。

 ここには、現代人が二人いるのだ。


「まあ、竜胆ちゃんも船長も、俺たちに任せておけ。で、亜由美ちゃん、どうする」


「ふーむ。チタンだったら、鉄よりもちょいちょい頑丈だったりしそうっすな。錆びないし、厄介は厄介。とりあえず……」


 亜由美は俺を横目で見た。


「いつも通りあんたの剣で斬ったらいいんじゃないっすかね?」


「そうなるか」


 俺はバルゴーンを抜いた。

 いつも通りの展開というやつである。


「何が出てくるか分からん。みんな、俺の後ろに並べ」


「分かった。お主ら! 後ろに並ぶのじゃ!」


「なんだなんだ」

「またユーマの旦那が無茶苦茶やるのか」

「ひえー、おっかねえ」

「巻き込まれないように言うこと聞こうぜ」


 ぞろぞろと俺の後ろに並んだ。

 竜胆も勝手が分かっているから、俺の真後ろだ。

 一人だけ勝手が分かっていない奴がいるな。


「ん? なんすか?」


 亜由美だからいいか。

 こいつならレーザーが直撃しても死なないだろう。


「よし、行くぞ。“ソニック”」


 腰に納めたバルゴーンを、抜刀。

 虹色の輝きが、赤い門を逆袈裟に走る。


「亜由美ちゃん、壁出して」


「ほいほーい」


 俺の指示に疑問も感じず、ノータイムで従う亜由美。

 懐から取り出した金色の巻物が、ドンッと大きくなる。それは、壁に擬態して姿を隠すためのアレだ。

 壁の色の布。


 これを亜由美が展開すると同時に、眼前の赤い門がズルリとずれた。

 うむ、かなりの厚みかとは思ったが、門扉の部分はそうでもなかったようだ。完全に切断できている。


 門が切り口からスライドしつつ、崩れ落ちた。

 その瞬間、爆音が轟く。

 俺たちが門の向こうにいることを知っている何者かが、攻撃を開始したのだ。


「ギヒェーッ!?」


 多分、砲弾だと思うが、これを真っ向から食らうことになった亜由美が、女子らしからぬ悲鳴をあげた。

 だが、奴が張った身を隠すための布は、意外な頑丈さを発揮して弾丸を食い止める。


 それはそうだ。

 こいつは絶対物質で形作られた、不壊の布だ。

 ピンと張っていれば、どんなものでもぶち抜くことはできまい。


 亜由美の体力が持てばだが。


「も、もうだめだあーっ!!」


 ああ、ダメだったか。

 亜由美が砲撃の連打を受けて、ふっ飛ばされていった。


 いや、いい仕事をした。

 竜胆を始め、船長、異人たち、そして金毛は、俺の後ろに一直線に並んでいる。

 つまり、絶対に安全な位置へと移動箇所の調整を終えたというわけだ。


「“リバース”!! 片っ端からお返しだ」


 構えられた大剣が、飛来してくる砲弾を受け流し、その勢いのままに撃ち返す。

 一発目、二発目、三発目。


 砲弾を放っているのは、門の向こうに構えられた何基もの砲塔だった。

 こいつに砲弾を打ち返して、破壊していくわけだが……。


「うーむ、思ったよりも頑丈だな。こいつ……俺のやり方をメタってきてるんじゃないか?」

 

 砲弾よりも頑丈な砲塔。

 なるほど、ならばどれだけ反射されても破壊は出来まい。


「ど、どうするのじゃユーマ! 全く攻撃が止まんぞ! うわああ、うるさいっ! まるで、稲妻が次々に放たれているようじゃ!!」


「うむ、計算外だったな。これから修正する。ちょっと前に出て砲塔を全部壊してくるから、堪えていてくれ」


「はあ!?」


 竜胆と船長が目を剥いた。

 俺は二人に構わず、砲弾を弾きながら前進していく。


 徐々に足を進めながら、砲塔の照準を俺に向け、後ろに行かないように。

 距離の半ばも進むと、俺が弾ききれない砲弾も出てきた。

 幾つかの砲塔は後ろを狙っているようだ。


「亜由美ちゃん! そろそろ復活して防衛に回って!」


 俺は精一杯大声を張り上げて指示を出す。

 その声をかけた主はさっき砲弾でぶっ飛ばされていったわけだが、大丈夫、あの女のタフネスは異常だから、そろそろ復活してるはず。


「ひいーっ、蓬莱帝よりも人使いが荒いっすー」


 泣き言が聞こえてきた。

 よし。

 人間的にはアレだが、頼りになる奴だ。


 俺はこれを機に、一気に間合いを詰める事にした。

 砲弾を弾きながら、砲塔に駆け寄る。


 距離はおよそ、百メートルくらいか。以前であればこの距離を駆け抜ければ、息切れして立っていられなかっただろう。

 今は鼻歌交じりで走れるな。


 十秒ほどで駆け寄ると、目の前の砲塔を真っ向から叩き切った。

 これは、地面から生えているタイプだな。地下から砲弾の供給を受けていたようだ。

 俺はバルゴーンを大剣に変え、周囲の砲塔を次々なぎ払っていく。


 破壊された砲は、どうやら精密な電子機器が詰め込まれていたようで、あちこちで小爆発を起こしている。

 全ての砲が沈黙した。


 俺は背後を振り返る。

 おっ、亜由美がぶっ倒れている。

 竜胆が介抱していて、異人たちは腰を抜かしているな。金毛は唖然とした顔でこっちを見ていて、船長はやせ我慢か、青い顔をしながらも堂々と立っている。


「よし、クリアだ。行くぞ」


「おめえといると、命が幾らあっても足りねえ……」


 やって来た船長が、かすれ声で愚痴った。




 蓬莱京の構造は分かり易い。

 碁盤目状に整備されており、どの通りからも、都の隅から隅まで見通す事ができる。


 そして、門から中央に伸びる大通り。

 これは真っ直ぐ先にまた門があり、あれが蓬莱帝の住まう屋敷であろう。


「紫階殿じゃ。あの一帯全てが、帝のいる場所じゃ」


「なるほど、高さは無いがやたらと広いな。……竜胆ちゃん、最初は一人でここに物申しに来ようとしてたのか。無茶だろう」


「むむっ……。わ、妾とて、無理を通さねばならぬ時があるのじゃ! それに、今はユーマが来てくれている。何も問題はあるまい!」


「それはそうなんだが、今回のこれはある意味全面戦争だからなあ」


 俺の呟きに応えてか、懐に仕舞ってあった腕輪が振動した。こいつは、アウシュニヤの僧侶からもらった通信機器なのである。


『やあ、やっと繋がった。蓬莱は妨害電波がひどいね』


「久しぶりだな。なかなか繋がらないのか」


『まあね。そちらは蓬莱帝こと、第一総督殿が管理していてましてね。これがまた、大変自己顕示欲の強い御仁で参った参った』


「ゆゆゆ、ユーマ、誰と話をしておるのじゃ!?」


 いきなり二人の声で会話し始めた俺を見て、竜胆が大変驚愕した。

 そう言えば、あの遊郭の町で僧侶が喋っていた時、竜胆はハッキリした意識が無かったんだったっけ。


「これはな、一応俺の補助をしてくれる奴が、声を届けてくれるものなのだ。これを通して、そいつもこちらの状況を把握できるようなんだが、たまにしか繋がらん」


『やあ、これは可愛らしいお姫様ですな。アウシュニヤ王国の僧侶でございます。お見知りおきを……って声しか聞こえませんか』


 ハハハ、と僧侶が笑う。


『それはともかくですよ、ユーマ殿。蓬莱帝が強硬な動きにでているのは、こちらでも察知できています。これは……私は大変嫌な予感がしていましてね』


「嫌な予感?」


『蓬莱帝が、‘我らが本隊’とか言っていたのを覚えておいでで? 覚えてない? でしょうな。私もユーマ殿が覚えているとは思っていませんでした』


 失敬な奴だな。

 俺に対する評価は的確だと思うが。


『いいですか。我らは本来、外なる星よりやってきた侵略者です。この先遣隊として、私を初めとして、三人の総督、三人の管理官が派遣されました。大まかに分けてですね、ヤオロ星系とゴドー星系。反目しあう仲だったんですが、元をただせば同じ民族です。まあ、人間、同類ほど争いあうもんですからね、救いがたい』


「面倒な事になってるんだなあ」


『そして、星系間の争いはエスカレートしましてね。ついに互いを滅ぼすところまで来てしまいました』


「滅んだのか」


『滅びましたな。なので、生き残った僅かな民が、宇宙を放浪してこちらに向かっております。我らはその先遣隊。千五百年程前にこの惑星を発見し、順次総督と管理官が上陸しましてね。こうしてかの地の人々に、文化や技術を与えて管理してきた次第です……と、お話どころではなくなって来ましたよ』


「おう、お出迎えが来たな。あっ、竜胆ちゃん何を俺から距離をとっているのだ。別に怪しいものじゃないから! この中に人がいるとかそういうわけでもないから! 離れてたら危ないだろ」


「ううっ、人の声がする腕輪なぞ、気味が悪くて仕方ないわ。妖術の類かのう……」


 渋々とこっちにやって来る竜胆。

 その頃には、復活したらしい亜由美も駆け寄ってきた。


「おっ、なんか腕輪型の通信装置っすな! ファンタジーっすなあ。マジックアイテムっすなあ」


「亜由美ちゃんは話が早くていいなあ。だが互いに会話すると内容がメタに寄り過ぎるな。……さて、襲撃だぞ」


 俺たちの前に、一陣の風が吹いた。

 次の瞬間である。

 忽然と、白い甲冑に身を包んだ一団が出現した。


 一見してそれは和風の武者鎧に見える。

 だが、兜の下に面があり、目元が緑色の光を放っている。


 ロボかサイボーグかなんかだろう、あれは。

 そして、彼らの先頭に立っているのは、珍しく生身の男。


「嗣子上の竜胆姫か。帝の御前である。控えよ」


「むっ……! 右大臣の破穿はばき様か……!? いや、ならぬ! 例え破穿様のお言葉でも、妾は下がるわけにはいかんぞ!」


「知り合い?」


 俺が尋ねると、竜胆は頷いて見せた。


「帝の懐刀といわれるお方じゃ! 本来なら、妾が嗣子上の当主にならねば目通し叶わぬ方なのじゃが」


「このわしを前にして、余所見とは舐められたもの。この身は帝から賜った追儺の技を体現するもの。貴様ら如き木っ端、帝が直々にお相手されるまでもない」


 破穿という男は、袖から筒を取り出した。

 巻物にしては細く、そして硬質な輝きを放つ紫色の、ちょうど両手で握れる程度の筒……。

 おっ、これって。


「焼滅刃にて、貴様らを切り伏せる! いざ!」


 筒から、桃色に輝く光の刃が飛び出す。

 ビームサーベルですなこれ。


「まずは……嗣子上の姫、そなたからだ!!」


「いかん」


 そいつが一歩踏み出した瞬間、俺は今まで感じたことが無い気配を覚えた。

 ちょっと雑に竜胆を突き飛ばしながら、俺はバルゴーンを構える。

 サイズは片手剣。


 竜胆と居場所を変えた瞬間、この刃に、何か不可思議な手応えを感じた。

 目に見えないものを斬ったような。

 そして同時にだ。


「っ……!!」


 目の前に、破穿がいた。

 俺は、こいつが移動する姿を見ていない。

 まるで、移動するという時間を吹き飛ばしたかのように、こいつはここにいたのだ。


 そして、剣は正に、竜胆がいた場所に振り下ろされるところである。

 俺の意識は追いつかない。

 だが、ここまで俺に付き合ってきた剣の技が反応した。


 ビームサーベルの一撃を、持ち上げられた虹色の刃が受け止める。

 中途半端な体勢で受けたものだから、衝撃が殺せない。


 俺は破穿の勢いに負けて、吹っ飛ばされた。

 ……初めての経験だ。

 そのまま宙で一回転すると、俺は膝から着地した。


「ふむ」


「くっ……! 何故、追儺の技を遮る事ができたのだ!?」


 俺を吹っ飛ばしたのだ。

 なかなかの成果だと思うのだが、破穿はまるで、想定外の状況が発生したのだとでも言いたげな様子で、焦りの表情を浮かべている。

 これは、決まれば否応無く、一撃で相手を屠れる類の技だな。


 俺は移動を感知できなかった。

 攻撃の挙動も見えていない。

 だが、先ほどの見えないものを斬った手応えと、破穿の反応。


「ゆ、ユーマ!!」


 竜胆が真っ青になって、こちらを見つめている。

 大丈夫、と俺は手のひらで彼女を制する。

 相手が何をしてきたのか。


 予想はついた。

 そろそろ、出てくると思っていたんだ。

 そして対策も練ってある。


「お前、時間を止めて攻撃してくるタイプだな? ……一度戦ってみたいと思っていたんだ」


 俺は、笑みが浮かんでくるのを止められない。

 時間停止能力者か。

 攻略してやるとしよう。

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