第178話 熟練度カンストの脱出者2

 常上の城下町を後にするのである。

 天守閣も町も、どれもこれも落下してきた山の下敷きだ。


 そして、その山も目の前で徐々に薄れていく。

 山を召喚した荒御魂が滅ぼされたから、呼び出されたものも戻っていくのか、それとも本当にこいつはただの実態を持った幻だったのか。


「なんと無残な……。このような幼い童まで、荒御魂は殺してしもうたのか……」


「うむ、大変だなあ」


 竜胆が鎮痛そうな顔をしているので、彼女に同意しながら先に進ませる。

 終わってしまったものは仕方ないのだ。


 逃げられなかったとは運のない人々である。

 それに、この国はもはや竜胆と関わりがある場所ではなくなったのだから、俺たちは一直線に蓬莱京なんかを目指して突き進むべきなのだ。


「ってことで、先に行こう、先に。死んだ奴は死んだ。こいつらはここで終わりだ。だが、俺たちが来たことで助かった連中がいる。そいつらを、待っている家族なんかのところに届けるんだろ」


「うむ、そうじゃった……! なんじゃ、ユーマ、なかなか前向きじゃのう?」


「俺は基本的に、前進する事しかせんからな」


 竜胆に答えてみて、なんとなく自分のスタンスを、初めて理解した。

 俺が行き急ぐように様々な厄介事に首を突っ込み、ドンパチを繰り返すのは、俺のスタンス故だったか。


 かくして、俺たちは地上の道を、まったりと漁村まで戻っていった。

 おおよそ三日かかっただろうか。


 常上の脅威は排除しているし、蓬莱帝の宇宙船は一時的にせよ反撃で黙らせている。

 妨害は来ない。


「拍子抜けじゃのう……。旅程で、ここまで何も無いとなると」


「ほへ? 安全なのは良いことじゃないっすか! ま、ここはあっしがいるからドーンと泥舟に乗ったつもりでいて欲しいっすな」


「ブラックラクーンは元々襲撃側ではないか」


 俺が突っ込むと、タヌキっぽいこのくノ一は、フヘヘ、と笑って誤魔化した。


「そもそも、ブラックラクーンは」


「あ、ストップっす。そろそろその呼び名がムズムズしてくる……。こう、もっとかっこいい略称を考えるので待って欲しいっす!」


「じゃあ亜由美ちゃん」


 俺が呼ぶと、くノ一は物凄く面白い顔をして、その場にぶっ倒れて悶え苦しみだす。


「ぐえええっ、な、なぜ秘められたあっしの真の名を……!」


「亜由美ちゃんが荒御魂に向かって飛んでいく時に口走ったではないか。ちなみに俺の、ユーマというのは本名である。お互い本名で行こうではないか。キャラクターネームなどしゃらくさい」


「ぬうう、お、恐ろしい男……。さてはゲームを遊ぶ際のキャラネーム実名原理主義者っすな!?」


「ほう、お主、亜由美と言うのか! 蓬莱の民の如き名じゃのう。親近感が湧いて来るぞ」


 俺たちが変なやりとりをしていると、会話の合間に竜胆がぎゅっと亜由美の手を握り、助け起こした。


「う、ういっす!」


 何やら、亜由美が目を白黒させている。

 なんだろう。同性が親しみを込めて話しかけているというのに、あのガチガチに緊張した様子は。

 さては……。


「友達いない族だな」


「な、なぜそれを!!」


 亜由美が驚愕に目を見開いた。

 俺は不敵に笑む。


「俺も同類だったからだ。同族の臭いがしたぞ」


「な、なんと……!!」


 この瞬間、俺と亜由美は強いシンパシーで繋がれた。

 互いに現実世界ではダメダメだった仲である。

 亜由美的には、同性できちんと目線を合わせて話してくれる相手、というのがレアすぎて、挙動不審になっているのだろう。


 しかも、あのブラックラクーン時の奇行と三下セリフを聞いた後でこの振る舞い。

 さては竜胆ちゃん、女神であったか。

 リュカも割りと女神だから良い勝負だな。


「何を気持ち悪い笑顔を浮かべてこちらを見ておるのじゃ」


「なんでもござらん」


 思わずござる口調が出た。




 三日目くらい。

 本当に何事もなく、漁村が見えた。

 今日も、魚を焼く煙が上がっている。


 俺が率いている男たちは、村が焼かれてるのかと思ってギョッとし、慌てて駆け出した。

 すると、向こう側からも大きな声があがる。


「あっ! あんたー!」

「父ちゃん!」

「お前ら、無事だったのかあ!!」


 漁村の入り口辺りで、家族の集団再会シーンだ。

 感動的な場面に、竜胆や、家族の後ろにいた異人たちも貰い泣きである。


 異人たちは、故郷に家族を置いてきた連中もいるだろう。

 ちなみに、俺と亜由美は真顔でこれを眺めていたりする。


「いやあ……あっし、こういうお涙頂戴とか見ると白けちゃうたちで……」


「わかる。俺たちは割りと人間性みたいなのをどっかに置いてきたよな」


 だが、白けた態度などとっていては、竜胆に怒られてしまいそうだ。

 ということで、二人で並んで真面目っぽい顔をしておく。


 うむむ、真面目に、真面目にと思っていると……こう、なんだか大声で叫んで場の空気を破壊したい衝動に駆られるな。

 こいつもそうかな、と思って横のくノ一を見ると、ちょうど大きく息を吸い込むところだった。

 このやろう、やる気だな!?


「ていっ!」


「げぼあっ」


 俺は奴の頭頂にチョップを叩き込んで、暴挙を止めた。

 恐ろしい女だ。

 俺がやろうやろうと思ってもやれないことを、平然とやりやがる。


 いや、こいつは俺よりもリミッターが弱いんだな。

 とても危険な奴だ。


 放置していると大変な事になりそうな気がする。

 具体的には、こいつが恥ずかしい事をすると、共感性羞恥的な感じで俺がとてもいたたまれなくなるのだ。


「……? また、亜由美がおかしなことをしようとしたのか?」


「うむ。止めておいた……」


「流石ユーマじゃのう……。やはり同類の気持ちはよく分かるのかの」


「ああ。これは教育が必要だな」


「熱心じゃの。ユーマ、この娘も、お主の後宮に迎える気かや?」


「後宮……つまりハーレムですかな……?」


 振り向くと、竜胆が何やらジト目で俺を見ている。

 な、な、何だと言うのだ。


「ま、まあ、妾としては、ユーマが蓬莱京までの道のりを手伝ってくれるだけでも助かるし、それ以降はユーマの人生じゃし? 別に、何をどうしようと構わんのじゃ」


「あんた、いや、ユーマ、これは……これはまさか、ツンデレというやつでは無いっすか……!?」


 そっぽを向いて石を蹴り出した竜胆である。

 彼女を指差して、亜由美が驚愕にぶるぶる震えているのだが、この女、危険だ。俺とあまりにも専門用語が通じすぎる。


 だが、竜胆の態度は問題だな。どう対処したものか全く分からんぞ。

 すると、シャドウジャックが助け舟を出してきた。


『ハハハ、問題はございませんぞ陛下。竜胆様もお迎えしてしまえばいいのです。いずれにせよ、国の王たる蓬莱帝に喧嘩を売るのでしょう? では、結果がどう転ぼうと、竜胆様は蓬莱にい辛くなる事でしょう。灰王の軍はいいですぞ……! 身分どころか、種族の違いを超えて結びつく共同体です』


 うむ、そこはシャドウジャックが言うとおりにしておくのがいいかもしれん。

 とりあえず、女の子関連の問題は、俺は大変苦手だ。

 俺の唯一の弱点と言えよう。


「よし、シャドウジャック、任せた」


『御意に』


「ううむ、何やら難しい事を言われて誤魔化された気がするぞ、妾は……」


 不得意な分野はアウトソーシング。

 これに限る。竜胆ちゃんも煙に巻けたしな。

 さて、では得意分野の話をしよう。


「竜胆ちゃん、いつ頃出る? 常上から邪魔は入らないから、蓬莱京まで一直線に向かうだけだろ」


「おお、そうじゃったのう。船長、船長ー」


「おうよ、無事だったかお前ら!」


 向こうでハンカチで目頭を拭っていた船長が、それを隠すようにドカドカと足音を立ててやって来た。

 船長に指揮されていたお陰か、異人たちも村の奥さんがたに手出しはしてなかったようだ。


「まあ、合意の上でのチョメチョメはあったがな……」


「いかんな。その辺は内密にしておいてやらんとな」


「そうだな、俺たちゃ、ただでさえこの国じゃ肩身が狭いからな」


「何の話をしておるのじゃ、二人とも? ともかく、蓬莱京へは常上の大通りを抜ければすぐじゃ。七日ほどの旅路になろう」


 ここにくるまでに、金毛からは蓬莱京や蓬莱帝情報を、あるだけ吐き出させている。

 道行きの警備は、ほとんど常上の兵……それも、幻術を使えない下級の兵が担当していたと言う。

 だが、どこで観察しているのか、蓬莱帝はどこにでもすぐ、私兵を差し向けてきたとか。


 私兵は鎧に身を包み、物も喋らず、仕事が終わるとどこかに消えてしまうらしい。

 うむ、間違いなく宇宙船に搭載されているロボットか何かだな。

 で、今は金毛は扱いに困ったので、ぐるぐる巻きにしてその辺に転がしてある。


「おいユーマ。こいつぁなんだ?」


 船長の疑問も最もである。

 頭には布をぐるぐる巻きにされて、雑に血止めされている。

 荒業を失い、覇気の無い瞳でじっと地面を見ているこの中年が、まさか常上の領主だとは思うまい。


「色々やった後、常上を立て直すならこいつが必要だろう。殺したら、次の領主を狙ってここが戦場になるぞ」


「なるほどなあ。じゃあ、こいつを許してやるわけか。俺としては、副船長の仇とも言える男だからな。首を括れるものなら括ってやりたいところだぜ」


「妾もはらわたが煮えくり返る思いじゃ。じゃが、荒御魂を失ったこやつは、ただの人に過ぎぬ。それでも、常上の兵たちは金毛を主と仰ぐであろうよ。荒業無き常上は、指導者がいなくばたちまち、他国に食い尽くされてしまうじゃろう。無論……ここにおる、村人たちも、戦に巻き込まれる」


「そりゃ……もっとクソな話だな……。分かった。ここは、ユーマの旦那が俺たちを元の国に返してくれるってことに免じて、見逃すとしよう」


「よし、じゃあ、こいつはこのまま蓬莱京まで引っ張っていこう。放置しててもアレだしな」


 俺の提案で、金毛は縄を解かれ、監視下に置かれる事になった。

 だが、すっかり覇気を失い、しおしおになったこの男が逃げるとも思えない。

 荒御魂を失っただけではなく、蓬莱帝の力を見せ付けられもしたからな。大気圏外からの艦砲射撃はこたえたか。


 こいつを引っ張っていくのは面倒だということで、漁村で車を用意してもらうことにした。

 人力車である。


 異人はこれを引くのを嫌がったので、シャドウジャックが土の精霊を呼び出し、これに引かせる。

 かくして、一路、蓬莱京へ向かうのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る