第177話 熟練度カンストの脱出者

「おーい、竜胆ちゃん無事かー」


 ブラックラクーンの凧に乗り、ふわりふわりと常上の城まで戻ってきた俺である。

 天守閣は、降り注いだ山の欠片によって崩壊している。

 運よく、本丸に空いた大穴には欠片は落ちてこなかったらしい。


 降りていくと、地面に突きたてた棒に縋るようにして、竜胆が青息吐息でようやく立っている状態だった。

 下の方には、常上の領主、金毛の護衛だった連中が墜落死して転がっている。


 高いところから竜胆に突き落とされたからな。

 そして、竜胆の前では、金毛が頭を割られて倒れていた。


「おっ、勝ったか。でかした」


「ユーマ、か……! うむ、突然、こやつらの幻術が消えてな。慌てふためく奴ばらを、下に突き落としてやったわ。そして一人残った金毛も、この有様よ」


 全身傷だらけで憔悴しきっていたが、竜胆は大変満足そうだ。

 そして、よくよく見ると竜胆の後ろで、シャドウジャックもへばってぶっ倒れている。


「おーい、お前までなぜ倒れているのか」


『へ、陛下、ワタクシがどれほど竜胆様をサポート差し上げたかをお考えください! それはもう、陛下の新たな奥方になられる方ですからこのシャドウジャック必死でしたぞ!』


 これはエルフェンバイン語の会話なので、竜胆もブラックラクーンも理解できてはいない。

 だが、なるほどなあ。

 竜胆はそういうポジションだとこのシャドウジャックは考えたのだろうな。


「何を訳の分からんことを喋ってるっすか! ええい、あっしの上から降りるっすー!」


 ブラックラクーンが暴れるので、仕方なく俺は地面に降りた。

 ここは、シャドウジャックの魔法で隆起している足場になっているから、ちょっと足を踏み外すと遥か下までまっさかさまだ。


「よし、シャドウジャック。こいつを元に戻してくれ。帰還と行こう」


『御意にございます』


 シャドウジャックが何やら、地面に向かってボソボソと話しかけると、隆起した地面が徐々に縮み始める。

 俺は忘れずに、頭を割られた金毛を引っつかんだ。


 こいつ、まだ息があるな。

 色々聞いておくことがある。


 地面に降り立つと、ポカーンとして俺たちを見上げていた男たちが、ハッと我に返った。

 漁村やら、あちこちから集められてきて、舵輪を回したり、あの大狐の生贄にされるところだった男たちである。


「よし、お前らは自由だ。戻るのだ」


 俺が宣言すると、そいつらは一瞬何を言われたか分からない、と言う顔をして、徐々に、その表情に笑顔が広がってきた。


「や、やった! 自由だ!」

「うちのかかあと息子に会える!」

「まさか生きて帰れるとは!!」

「あ、あんた様! ありがとう! ありがとうごぜえます!!」

「ありがとうごぜえますだ!!」


 大の男たちがおんおんと泣き、抱き合い、みんなでもって俺に頭を下げた。

 おっ、これはこれでなんだか気分がいいぞ。


「はーっはっはっはっは!! ひれ伏せえ! あっしを崇めたてまつ」


「ていっ」


 またくノ一が変な事を言い始めたので、喉に地獄突きを打ち込んでおいた。

 ブラックラクーンが「オゴーッ」とか言いながらのた打ち回っている。


「ユーマ、そやつとは和解したのかや?」


「うむ。まあこいつ、実は俺と同郷で色々話が通じるので、便利に使わせてもらった」


『ははあ。噂に聞くデスブリンガーとやらの一味でしょうが、なんとも憎めぬ間抜け面ですなあ』


「タヌキっぽいよな」


「待て二人とも。ユーマの役に立ってくれたのであろう? では、感謝すべきじゃ」


 俺とシャドウジャックでくノ一を話のタネにしていたら、竜胆にたしなめられた。

 おお、言われて見れば確かに。

 今回のブラックラクーンの働き、見事だった。


「悪かったなブラックラクーン。お前がチャンピオンだ」


 俺は何か思いついたそんなセリフを言いつつ、彼女を助け起こした。

 うーむ、こいつ、本当にくノ一らしからぬ恐ろしくプニプニした体をしている。


 このプニプニりょくは巫女たちの追随を許さんな。竜胆がもうちょっと肉をつけるといい勝負になるかもしれん。

 この体であの動きをするのか。にわかには信じられん。


「ふ、ふふふ、分かればいいっすよ。……っていうかなんかあんたがいきなり褒めて来るとか気持ち悪いっすね!? なにか企んでいるのでは!?」

 

「不屈の心を持った娘じゃのう……」


 竜胆も呆れた。



 かくして、漁村の男たちと、他のところから連れて来られたらしい男たちを従えて脱出する事にする。

 とは言っても、そう難しくは無い。

 シャドウジャックが再び地面を隆起させて、階段を造る。


 螺旋階段の形に盛り上がった地面を、みんなで登っていくのだ。

 ただし、手すりは無いし転げ落ちたら死、である。

 男たちは慎重に慎重に登って行く。


 横からくノ一がふわふわ飛んで、落ちそうになった男衆を元の階段に戻す仕事をしている。

 やはりあのくノ一、便利だ。便利すぎる。


 俺はと言うと、竜胆をおぶって階段を上がる。

 後ろから、シャドウジャックが土の精霊を呼び出して、棒と金毛を運搬している。

 そこで、こう、俺の感覚がピリピリっと来る。


「なあ竜胆ちゃん。俺が思うに、常上の国は蓬莱帝に対して、面従腹背ってスタイルだったっぽいよな?」


「面従……うむ、表向きは言うことを聞いていたようじゃが、裏ではこうして荒御魂を召喚する儀式を行っておったようじゃな。帝は、己と同じ神の力を持つ荒御魂を恐れていたはずじゃ」


「やはりな。では、この金毛が倒れて、荒御魂も滅ぼされて邪魔するものが何もいなくなった絶好のタイミングを、あれが見逃すと思うか?」


 背後で、竜胆ちゃんがビクッとした。


「そ、そう言えばその通りじゃ。まさかここまでやっては来るまい……とは思いはするが……」


「奴は多分、蓬莱全土に端末みたいな人間がいて、そいつらに自在に乗り移るぞ」


「そうか……! 尾長も確か、兵に帝の力をもらったと言っておった」


「ってことで、来るぞ! みんな、走れ!」


 俺は叫んだ。

 あまり叫ぶのは好きでは無いのだが、せっかく助けた男どもが徒にやられるのを見ているのは気分が悪い。


「者共、従うのじゃ! この男の言う言葉は正しい! お主たちの妻や、子に会いたいならば階段を駆け上がれ!!」


 竜胆が俺の言葉に次いで、声を上げた。

 竜胆姫ってのはそれなりに、こっちの国でも有名だったようで、みんな彼女を知っていた。

 そりゃあ、本来は常上の血族を婿に取って、姻戚関係になるはずの国だから当たり前か。


「ひ、姫様が仰るなら!」

「よく分からんが、うちのかかあとガキどもに会わずに死ねるかよお!」

「せっかく助かった命だ! やってみる価値ありますぜ!」


 わーっと男たちが駆け上がっていく。


「足元に気をつけろよー」


 俺の声も届いているのかどうか。

 だが、俺は直感的に「あ、こりゃ間に合わんな」と思った。

 穴の空いた空間から見える、晴れ渡った空。


 そこの、太陽ではあり得ない一角がキラリと輝いた。

 俺は竜胆を降ろすと、男たちを追い越して駆け上がった。


『手助けしますぞ! 補助階段よ、いでよ!』


 シャドウジャックの命令に合わせて、男たちを回避するように、別の階段が出現した。

 こりゃいい。

 俺はそこをひた走る。


 そしてバルゴーンを抜きながら、一気にサイズを大剣並に。


「来るぞ来るぞ。お前ら、空を見るな! 目が潰れるぞ」


 恐らく穴から脱出できる辺りで、俺は跳躍しながら大剣を振った。

 それと同時に、空から強烈な光の束が降り注いでくる。

 極太レーザーだ。


 やっぱり蓬莱帝の奴、宇宙船を持ってやがったな。

 大気圏外からの狙撃って奴だ。


「ユーマ!!」


「ぎえーっ、目が、目がぁーっ!!」


 竜胆の心配そうな声と、俺の話を聞いてなかったブラックラクーンの叫びが聞こえた。


「大丈夫だ。慣れてるからな。ほれ、反射だ」


 俺はレーザーを刀身に受け切ると、そのまま天空目掛けて跳ね返した。

 飛び道具関連への対応は、俺の十八番なのだ。

 だがまあ、一瞬知覚が遅れていたら、もろともに穴の底で焼け焦げていたな。


 跳ね返したレーザーは、大気やらで減衰したようだ。

 空のどこかで、何かに当たって飛び散る輝きが見えた。爆発は無い。

 以前にレーザーを反射した時は、こっちまで宇宙船がやって来ていたからかなりのダメージを与えられたがな。


「ここで俺が防ぐ。その間にお前らは脱出だ。あ、金毛と竜胆ちゃんはどうも標的にされてるから俺の後ろな」


 指示を加えながら、俺は穴の入口で次の砲撃に備える。

 ほら、来た。

 再びの大気圏外からの狙撃を、受け止めて反射する。


 その後ろを、悲鳴をあげながら男たちが逃げていく。

 逃げろ逃げろ。

 お前らがいると身動きが取れないのだ。


「ウグワーッ!! またもあっしの目が、目があああ!!」


「あっ、バカモノ。俺にしがみつくんじゃない」


 ブラックラクーンである。

 こいつもいたのを忘れていた。ふらふらと上がってきて、俺の腰のあたりにひしっとしがみつく。

 逃げればいいものを、二回ともまともにレーザーを直視しているようだ。


 それでも目が無事な辺り、こいつはとことん頑丈なやつだな。

 おっと、三発目が来た。


「グワワーッ!! 目が、目がァーッ」


「だから目を閉じろぉ」


 俺はやる気ない忠告をしながら、レーザーを反射する。

 しかし、これだけ連続して撃ってくるとは、本気だな蓬莱帝。


 後ろから、どうにかこうにか竜胆も登ってきて、シャドウジャックは金毛をその辺に転がした。

 金毛は意識が戻っていて、


「ひっ、ひぃぃぃぃ!! こ、殺される! 帝に殺されるぅ!」


「いつもの幻で誤魔化して逃げれば良かろう」


「な、何を言うのだ! お前が荒御魂を殺してしまったから、常上の荒業は消えてしまったのだぞ!? わ、わしはただの人じゃあ」


「あ、そっか」


 ここで四発目のレーザーをよそ見しながら防ぐ。

 移動せずに定点からの狙撃を連続してくるので、大変防ぎやすい。


 今回の反射は、ちょっと工夫してやろう。

 こう、受け流しながら収束させて……。


 すると、跳ね返した先の空で、小さな爆発が起こった。

 恐らく、これはバリアらしきものを打ち破ったな。


 だが、宇宙船対策も考えておかねばならんな。

 撃たれてから反射するだけでは、どうにも具合が悪い。


 目には目を、歯には歯をとは言うが、俺は目をやられる前に斬れ、というスタイルなのだ。

 先制最高。

 可能であれば先制確殺。これ。


 これは今後の課題としておこう。

 何か対策が見つかるかもしれないし……場合によっては、また現実世界に戻ってアルフォンスの手を借りるべきかも知れん。

 ……と、どうやら攻撃が止まったようだな。


「よし、じゃあまたいつ攻撃が来るか分からないので、みんな俺の後ろに続いてくれ。出発ー」


 そんなわけで、異人たちの待つ漁村へと戻ることになったのである。

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