第175話 熟練度カンストの地下侵攻者2

「なんじゃ、この気配は……。妾は、なんだか恐ろしいぞ……!」


『ワタクシもこの空間に侵入する事だけは出来ませんでしたな。今は滅びた我らが精霊女王、レイアと近しいものがここにいるからでしょう』


 竜胆は荒神憑きだから、シャドウジャック同様にこの空間を満たす存在を知覚できているのかもしれん。

 有り体に言うなら、ここには荒御魂そのものが満ちている。


 つまり、常上つねじょうの土地に存在している、神そのものが顕現しようとしているのだ。

 奴隷労働みたいに、舵輪みたいなものをぐるぐる回してる男衆は、そのための生贄とか労働力とかだろうか。


「つまり、これが常上にとって一番重要なポイントってことだろう。蓬莱帝もおいそれと手出しできないとか。なら、何もかもこの空間で片付くだろう」


 俺は判断を口にしながら、この異様な空間に踏み込んでいった。

 おお、なるほど、空気が重い気がする。


「来おったか……!」


 頭上から声がした。

 見上げてみると、吹き抜けになったこの空間で、天井付近に横穴が空いている。

 そこから常上の城に繋がっているようで、俺たちを見下ろしている男と目が合った。


「常上の領主、金毛こんもうじゃ! 尾長の兄に当たる」


「尾長っていうと、俺が斬った幻術使いか」


 金毛というらしい男は、俺の言葉に反応した。

 怒りに声を震わせながら、


「貴様が、弟を斬った男か……!! 帝やわしが放った刺客を、単身で退け続けた剣士……! よくぞ、ここまでやって来たものだ!! 我が血族の兵どもを悉く殺し、今また常上が生き残る最後の術を断とうと言うのか!」


「そもそも、おたくが竜胆ちゃんとこに手を出したのがいかんのだろう」


「帝に恭順せねば消されるのだ! 他に選択肢はなかろう! 蓬莱の民でも無い部外者が、偉そうに口を利く……!!」


 一々語気が強い。

 大変俺に対してお怒りのようだが、金毛とやらは俺に部下をけしかけることはしなかった。

 どうやら、俺の実力を理解しているらしい。


 俺も、姿を消すばかりの幻術使いには慣れきっていたので、今更襲ってこられたところで脅威でもなんでもない。

 この旅の間に、姿が見えない相手を斬る方法を何十通りか編み出したぞ。


「なあ、あんた。幻術に自信があるのはいいが……ワンパターンばかりじゃ対策されて当然だ。姿を消して相手を倒すなら必殺だ。そうじゃなきゃ、二回目からは陳腐化するぜ。俺が一番脅威だったのは、あのデスブリンガーのくノ一くらいだな」


「貴様……わしの一族を愚弄するか……!! それに、なんだそのくノ一とやらは! 常上の兵は全て幻術使い。よく分からぬよそ者など入れぬぞ!」


「えっ!? じゃああのくノ一は一体なんなんだよ」


 俺、ここに来て初めて困惑する。

 あのくノ一、帝の直轄で勝手に動いてて、それで地下までやって来ていたのか……?

 分からん。考えるだけ負けのような気もする。


「訳のわからぬ事を言う輩め! だが、貴様が来たのは遅すぎたな! 既に我らが荒御魂が、この男たちの肉体を伝って顕現する……!!」


 金毛は大仰な仕草をしながら、天を仰いで見せた。

 ふむ、高度に差があるから、なかなか話しづらいな。それに敵もここまで距離があると、精神的優位で話を進めてくる。


「シャドウジャック、足場をいじれないか?」


『ここは別の神の力が強いので、大きな変化は難しいですな。限定的にでも神の力を切り離す事ができれば』


「よしきた」


 俺はバルゴーンでもって、周囲の空間を抜刀、一閃した。

 突然、空間を満たしていた圧迫感が消滅する。

 舵輪を回していた男たちが、いきなり肩の重みが無くなったようで、勢い余ってつんのめり、転倒した。


「な、何っ!?」


 金毛が驚く声が聞こえる。


「さあやってくれ、シャドウジャック。なんか分からん、神気的なものは今斬って捨てた」


『流石ですな陛下! では参りましょうぞ。”大地よ我が命に従え、隆起せよ”』


 シャドウジャックの言葉に合わせて、俺と竜胆の下にある地面が、まるでシリンダーのように円柱形に押し上げられていく。


「うわっ!? な、なんじゃこの妖術は!」


「ほい、竜胆ちゃん俺の手をとって。大丈夫、こういう魔法はよくあるから」


 俺の言葉を聞いて、竜胆は不安げな顔ながらも頷く。

 信頼関係があると、この辺り楽だな。

 彼女を引き寄せながら、俺は近づいてくる金毛の顔を見やった。


「まあ、おたくがやった事は理解できるが、自分に返って来るってことだ。仇討ちされる覚悟はあっただろ?」


「ぬうっ……!! 仇討ちだと? やれるものならやってみよ! 簡単にやられるわしではないわ!」


 金毛としては、俺が神気みたいなものを斬って見せたことや、この隆起する地面の理由など知りたい事はたくさんあるようだった。

 だが、とりあえず眼前に、敵である俺たちが迫っていることから思考を切り替えてきた。

 奴を取り巻く護衛たちが武器を抜く。


 さすがに屋内だけあって、得物は刀だな。

 対する竜胆は棒である。

 俺が背中を押すと、竜胆も覚悟が決まったようだ。


「金毛! ここで会ったが百年目! 妾は嗣子上が一子、竜胆! 国を裏切られ、国を焼かれ、民を殺され! この仇、ここで取らせてもらうぞ!!」


「嗣子上の小娘が!」


 おお、盛り上がってきたじゃないか。

 なので、ここは竜胆ちゃんに任せておこう。

 俺は俺で、対処しなければならん相手がいる。


 さきほど、俺が中途半端に神気をぶった切ったので、どうやら荒御魂とやら言う神様はえらくご立腹のようだ。

 吹き抜けになった天井付近に、目視できるほど濃厚な、怪しい気配が集まりつつある。


 俺が、その集まってきた気配を振り向いて剣を構えたら、背後で金毛が慌てた声をあげた。


「き、貴様! 見えるのか!! その剣を構え、顕現しようとなさっているあの御方と、やり合おうというのか! 正気か!? 帝ですら直接には手出ししようとしない荒御魂を相手に、剣の一振りで向き合うだと!?」


「金毛さんとやら。おたくの相手は竜胆ちゃん。舐めてると足を掬われるぞ」


 俺はそれだけ言って、奴の発言を切り捨てた。

 まあ、実体化しようとしているこいつは、なかなかの化け物なんだろう。

 密集した気配は黄金の色に染まっていき、一つの形をとっていく。


 これは、うむ、想像通り。

 幾本もの尻尾を持った狐だ。

 金色の体毛を持つ、半透明の巨大な狐。


 そいつが燃えるような色の瞳で俺を睨み付けると、ケーン、とかいう声で鳴いた。

 声色は、多重にビブラートがかかって聞こえる。

 鳴き声と同時に、天井が割れた。


 狐が発した鳴き声が、物理的なパワーを持って天井を砕いたのだ。

 鳴き声は俺たちの方にも襲い掛かってきたので、


「本邦初公開。”ビッグ・ソニック”……!」


 俺は大剣に変えたバルゴーンを背に回し、背負いからの大剣抜刀を放つ。

 鳴き声を斬り裂く……いや、滅ぼす一撃。


 俺の斬撃と同時に、ビブラートが金切り声に変わった。切っ先に触れる端から、消滅していく。

 鳴き声は天井のみを引き裂き、他には何の影響も与えない。


 顕になった空は、いつの間にやら暗雲に覆われていた。

 この荒御魂が呼んだのか。


 真っ黒な雲から、稲光が走る。

 轟音。

 荒御魂は風に乗り、空へと飛び出していった。


「わはははは!! 見よ! 荒御魂は不完全なままで復活した! 今や、その肉を確かなものとするために、人を襲い、喰らい、血肉に変えていくことだろう! 荒御魂さえあれば、帝といえど我ら荒神憑きを滅ぼす事はでき……ぬうっ」


 金毛は最後まで言い切ることが出来なかった。

 竜胆が棒で持って、奴を突いたのである。


 守ろうと立ちふさがった護衛は、棒の先端で足を掬われ、遥か下方の地面に転げ落ちていく。

 この狭い空間で、リーチに優れた棒術である。幻術を使う暇もあるまい。


「さて、俺はあの狐を追わねばな。ふーむ」


 俺は常上の連中を竜胆に任せつつ、飛翔する狐を追うべく対策を練る。

 そこにである。


「は、はーっはっはっは!! あっしをあの程度で倒したと思ったっすか! は、は、はーっくしょん!! 倒されはしなかったっすが、風邪を引きそうになったっす!! 訴訟!!」


 くノ一が出現なんである。

 律儀に、俺たちが通ってきた道からやって来た。

 服などがびしょびしょになっており、でかいクシャミを繰り返している。


「おお、いいところに。おいくノ一、お前飛べるか」


「は? いきなり何すか。飛ぶ? ははは、並の人間なら飛ぶことも不可能っすな。だが、あっしは違う……! あっしはスペシャル! ゆえにこうして! はあーっ!」


 くノ一が懐から取り出したのは、金色に輝く巻物である。

 それが、何やら形を変えていく。

 その姿は、巨大な凧だ。


 金色に輝く凧は、風も無いのにふわりふわりと宙に舞い始める。


「とおりゃあー!!」


 くノ一は何やら気勢をあげながら凧に張り付き、飛び始めた。


「おっ、サンクス」


 俺はその上にどーんと飛び乗った。


「ぐえーっ!!」


 あ、くノ一の頭を踏んだ。まあいいか。


「よしくノ一、外に出てくれ。ちょっと化け物みたいな狐を退治しなきゃならん」


「ぐおーっ!? 年頃の女子の頭を踏んづけたのみならず、図々しい頼みごとまでしてくるとはーっ! それにあっしはくノ一だがくノ一という名ではないっす!! デスブリンガー四天王の一人、ブラックラクーンとはあっしのことよーっ!! ふわーっはっはっはっはっは!」


「そうか、じゃあ頼むぞラクーン。ちょうどタヌキみたいな奴なんだし、狐はライバルだろう」


「な、なにぃ!? 年頃の女子を捕まえてタヌキだとう!!」


 文句を言いながらも、ブラックラクーンとやらは俺を乗せたまま、黄金の凧を高く舞い上げていく。

 これは風に乗って飛ぶのではなく、凧そのものが飛行する能力を有しているのだろう。


「一つ言っておくっす! あっしは凧を出している間は武器を使えないっす! その理由は詳しくは語るまい……!!」


「あの巻物がおたくの能力なんだろ。で、いろいろな形にできるが同時に複数の形にできない」


「げげえーっ!? な、なぜそれをーっ!! お、恐ろしい男っす!!」


 一々オーバーアクションで大変うるさい。

 だがまあ、今はこいつに乗るのが一番有用である。

 俺は竜胆に向かって手を振る。


「ちょっと行ってくる。そんなにかからんと思うが、その間一人で持ちこたえてくれ。基本、間合いを取りながら相手に幻術の隙を与えない戦いだぞ」


「分かったのじゃ! ユーマは一人で荒御魂を?」


「うむ、ああいうのは俺の専門だ」


 俺は乗り物にしているブラックラクーンを、ぺちぺち叩いた。


「痛い痛い! わかったっす! 上昇するっす!」


 凧が破れた天井を越えて、外の世界に飛び出していく。

 そうして分かるのは、ここは常上の城の本丸みたいなところにあったのだなという事だ。

 真横に平屋のでかい屋敷があり、そのまん前の空間が丸ごと、巨大な穴になっている。


 さて、上空では、やたらと目立つ金色の大狐。

 大型トレーラーくらいのサイズはあるだろう。


 で、常上の城下町では、豆粒みたいに見える人間たちがそいつを指差してわあわあ言っている。

 半分は、狐が何者なのか気付いてひれ伏しているようだ。


「ああ、こりゃ間に合わんな。幾らか死ぬぞ」


「は? 死ぬって何が……げえっ!」


 ブラックラクーンが目を見開いたようである。

 彼女の見る先で、狐がその尻尾を広げる。

 まるで扇子のように展開した尻尾が、白い光を放ち、光はまるで触手のように伸びて地上に降り注ぐ。


 それが、常上の民を捕まえては、空に掬い上げていくのだ。

 こいつを、狐はもりもりと食べる。


 食べるたびに、どんどんと狐の輪郭がハッキリしてくる。

 実体化してきているのだ。


「じ、自分の信者みたいなものっすよね!? なんであいつ食ってるっすか!」


「神様ってのは基本的に身勝手なもんだからな。勝手に試練を与えて、勝手に滅ぼして、気に入らなければ祟って災害を起こして、生贄を要求したりとかな。まああの狐は一般的な神だろ」


 俺はブラックラクーンに進行するように急かす。


「正気っすか!? あんな化け物と、あんた何でやり合おうって言うっすか! そ、その剣? 剣一本? ははー? あんた馬鹿っすね? 剣一本で神様と戦おうとか、もうへそが茶を沸かしてぽっぽこぴーっすよ!」


「大丈夫、経験者だ」


 俺は力強く、ブラックラクーンの肩を叩いた。


「なのでゴー」


「ああああ、あっしはどうなっても知らないっすよおおおおっ!?」


 やけくそのような速度で、大狐目掛けてぶっ飛んでいく凧。

 速い速い。俺の乗り物である飛竜のゲイルほどではなくても、それに近い速度だ。

 で、飛びながらブラックラクーンは泣き言を口にしている。


「うひー!? お父さんお母さんっ、亜由美は一足先にあの世に旅立ちますーっ! 大学の単位落として留年してごめんなさーいっ!! 全部、全部ゲームが悪いっすううううっ!」


「リアルな叫びはやめて欲しいのう……」


 ブラックラクーンのやけくそ突撃は、ブレーキなどかけずに大狐の顔面に突っ込んだ。

 狐もまさかそのまま飛んでくるとは思っていなかったようで、びっくりした顔のまま、鼻っ柱に凧の先端が突き刺さる。


 ケーンッ、と凄まじい悲鳴があがった。

 狐の尻尾から漏れ出る白い光が止まる。

 大狐は、凧をぺしっと前足で払いのけると、俺たちを怒りに燃えた目で睨み付けた。


「よし、それじゃあ狐狩りと行こうか」


 俺は悠然と、凧の背に足を掛けて立ち上がる。

 さあ、空中戦だ。

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