第174話 熟練度カンストの地下侵攻者

 梯子が立てかけてある、お社の中の穴。

 これを降りていくわけなのだが、マンホールに降りるのはこういう感覚だろうかと考えてしまう。


 地下からは、土のにおいと、微かな水音が伝わってくる。

 天然の洞穴と繋がっているのかもしれない。


 シャドウジャックが先に降り、竜胆、最後に俺の順である。

 追っ手の気配は無かった。


 地下に降り立ってみると、なるほど、暗い。

 シャドウジャックがどこからかランタンを取り出し、火をつけた。


『あちらから持って来たものでして。いやあ、長持ちいたします』


 この土の大精霊は、本来であれば明かりなど必要ない。

 これは俺たち向けの配慮なんである。


「思ったよりも、天井が低いのう。これでは、異人たちには辛かろう」


「横幅も剣を振り回せる程度だな。竜胆ちゃん、棒は基本、突きで運用しよう」


「心得たぞ。いや、なんとも厄介な通路じゃ。この狭さだけで防備となっておるわ」


 シャドウジャックを先導に、道を行く俺たちである。

 ところどころに、補強の為のいかだと呼ばれる支え部分が施されている。

 通れるスペースを最小限にしているのは、筏の負担を軽くするためだろうな。


 間違ってこいつを斬ってしまったら、俺たちは生き埋めである。

 そうなれば俺だけなら助かるだろうが、竜胆を無事に帰してやるのは少々難しくなる。

 気をつけて進まねばな。


 しばし行くと、突然視界が開けた。

 いや、暗闇の中なのは変わらない。

 だが、今まで狭いトンネルを通っていたのが、突然開けた空間に掛かった天然の橋を歩くようになったのだ。


 シャドウジャックが翳したランタンが、周囲をぼんやりと照らし出す。

 天井から壁面までが遠く、照らしきれないほど広い。


 さらに、橋の下から水音が聞こえてくる。落ちたら危なそうだな。

 ちなみに欄干が無いから大変危ない。


「竜胆ちゃん、手、手」


「お、おう!」


 ぎゅっと握ってきた。

 棒を扱う際にこしらえたタコはあるが、基本的にふわふわしてて柔らかい手のひらである。

 この辺、庶民であったリュカとお姫様である竜胆では、手のひらのさわり心地が違う。


「ユーマが落ちそうになったら、妾が支えるからの……! じゃから」


「竜胆ちゃんが落ちそうになったら俺が支えるのだな。ではその時の掛け声は俺がファイトーと言うから」


「な、なんじゃそれは?」


 欄干が無い橋というのは、大変恐ろしい。

 俺としては、吊り橋ほどぐらぐら揺れないから気持ち的には余裕なのだが、竜胆はとても不安らしい。

 手を繋ぐだけならず、俺の肩にぎゅっと寄ってきている。


 ほぼ密着して歩いている。

 地下はひんやりした空気が漂っており、肌寒いくらいだ。

 だが、竜胆は体温がほかほかでこれが大変よろしい。


「シャドウジャック。俺が敵なら、この逃げ場が無い空間で空を飛びながら攻撃してくるんだが、そういうのは来ないのか? ここ、絶好の必殺ポイントだと思うんだが」


『おお、さすがは陛下、お考えが悪辣ですなあ』


「ユーマ、空を飛べる荒神憑きはそうそうおらぬのじゃ。空を飛べれば、京をも天から見下ろせよう。帝の下へも易々と向かうことができるというので、遠い昔に滅ぼされたと聞いたことがある」


「やはり空を飛ぶのはチートか。……おや? だがあのくノ一は飛んでいたような……。まあくノ一だもんな」


 では襲撃の心配はあるまい。

 俺は安心しきって、まったりとこの欄干の無い橋を進んでいった。


「はーっはっはっはっは!! 油断したようっすね!! あっしがこの逃げ場が無い空間で空を飛びながら攻撃してくるとは夢にも思うまい!! 死ねえ!!」


「来たあ。しかも割りと俺が言ったままの内容だぞ」


 とても聞き覚えがある高笑いが響き、パッと壁面の一部が光に照らし出された。

 そこには、手足の間にムササビのような格好の布を張った、見覚えのあるくノ一がいるではないか。


「行くっすよ! 忍法ムササビの術!! これであっしは風に乗り、お前たちを攻撃するっす!!」


 バッと空中に飛び出すくノ一。

 俺もちょっと身構えるのだが、ふと気付く。


「この地下空間、無風じゃないか?」


「えっ」


 空中で、くノ一は真顔になった。

 そして無表情なままに手足をばたばたと羽ばたかせると、悲しそうな顔をした。


「ば、ばかなあ!?」


 落ちていく。


「……ユーマ、あやつは一体なんなのじゃろうなあ……」


「愛すべきおバカだな」


 かくして、襲撃だったのか襲撃じゃなかったのか分からない刺客は自滅した。

 俺たちは何の問題も無く、橋を渡りきるのである。


『いや、驚きましたぞ。まさか待ち伏せをする頭がある相手がいるとは。ここは常上の地下に通じる通路ゆえ、正規の兵でなくば存在を知りません。あの女性が正規の常上の兵とは思えませんが、しかもあのような大胆な方法で襲撃を企てるとは……』


「うむ。多分、あいつは常上とは命令系統が異なってるんだろう。ひょっとすると……蓬莱帝の直属だな」


「あんな間の抜けた直属の者が……!?」


 竜胆は驚き半分、呆れ半分の顔になる。

 気持ちはよく分かるが、あのくノ一はおバカなだけで、能力自体は並みの荒神憑きでは相手にならないレベルの強さだ。

 俺がかつて戦ってきたデスブリンガーのメンバーの中でも、最上位に入る一人だろう。


 あの応用力と、多彩な攻撃。

 使いこなせれば、正に万能の戦士になれるだろう。

 問題は使い手がおバカすぎて、最強に近い能力を完全に持て余しているのだ。


「まあ、あれでは死ぬまい。また俺たちの前に立ちふさがるだろう。余り怖くは無いが」


「うむ……妾もなんと言うか、毒気を抜かれたぞ」


 すっかり緊張の糸が途切れてしまった風になって、俺たちは常上の領域へと入り込んでいくのだ。

 この緊張感を削ぐ事が奴の狙いならば、なるほど有能な敵であるといわざるを得まい。

 だがそんな事は無いだろうな。


「よし、ここからはちょっと気合入れていこう」


 未だに繋いだままだった手を離して、竜胆の両肩をポンッと叩くと、彼女はびっくりして飛び上がりかけた。


「きゃっ!? お、おう、そ、そうじゃったな! 妾の目的は、仇討ちなのであった!」


 ふーむ。

 俺はちょっと疑念を抱いたのだが、この竜胆ちゃんの口調、わざと威厳を出すために作ってるんじゃないか? 時々素みたいなのが出るぞ。

 だがまあ、妾っ娘は大変貴重なので、できればこのままでいていただきたい。


「この先には、間違いなく出口を塞いでいる連中がいるはずだ。なぜなら、家の勝手口を開けっ放しにする馬鹿はいないからだ。で、橋で守るには少々危ない。常上の連中も人間だからな。真っ暗闇を見通すなんて、野生動物でも不可能だし、狐の荒御魂が憑いてるわけだから、見えなくても構わないソナー……音響による知覚を使えるわけでもない。かと言って、明かりを手にしていては幻術使いとして片手落ちにもほどがある」


「なるほどの……。では、この先こそが彼奴らが待ち受ける、絶好の場所であるとユーマは言うのじゃな」


「そういうことだ。ということで竜胆ちゃん、棒を前に突き出して。そう、そう。それで、ぺちぺち壁とか天井とか床を叩きながら行こう」


「?」


 竜胆は理解できない顔だったが、俺の指示には従うらしい。

 棒を出来るだけ長く持って、それであちこちをぺちぺち叩きながら進んでいく。


 ふむ、案の定だ。

 地面を何かが擦った跡が、あちこちに見えるようになった。


 これは、比較的近い距離にいる姿を隠した連中が、棒で触れられることを避けようと、摺り足で後退していることを意味している。

 つまり、既に常上の刺客は近くにいるわけだ。


「次は飛び道具が来るな。よし、竜胆ちゃんちょっとこっちへ」


「へ? 何を……って、きゃああ!?」


 俺は竜胆を抱き寄せながら、前方にバルゴーンを構えた。

 虹色の刃に、飛来する小柄の刃が反射して見える。

 これを、的確に撃ち返す。


「ぎゃっ」

「ウグワーッ!!」


「ほい、竜胆ちゃん続き行ってみよう」


「わ、分かったのじゃ! 分かったから妾のお腹を抱いたままにするでない! ユーマ最近、妾との距離がすっごく近いぞ!!」


 何やら竜胆は早口でまくし立てると、めちゃめちゃに棒を振り回す。

 それがどうやら、近くまで接近してきていた常上の幻術使いに当たったらしく、


「おうふ」

「ウグワーッ!!」


 とか呻きながらぶっ飛ばされたり、倒される奴が出てくる。

 気絶すると幻術が解けるのだな。

 頭を殴られたり、腕やら肋やらを折られたりした幻術使いどもが姿を現す。

 ちょっと先では通路が行き止まりになっており、頭上には登るための縄梯子がある。

 梯子の周りでは、俺が打ち返した小柄に射抜かれ、悶絶する幻術使いが複数名。

 毒を塗っていたようで、段々動きが緩慢になる。


「ユーマ、放置していって良いのかや?」


「構わんだろ。この体で縄梯子を満足に昇ってこれるとも思わんしな。念のために」


 俺は縄梯子を登り、竜胆を上に上げた後、剣で梯子を切断しておいた。


「こうすればちょっとは時間稼ぎになる。さあ、行こう」


「随分急ぐのじゃな!」


 動き出した俺の後を、驚いた顔をしながら竜胆がついてくる。


「そりゃそうだ。シャドウジャックがわざわざ俺たちを案内してきたってことは……それなりに緊急事態が城の中で発生してるんだろう。だが、それは俺たちにとってはどうでもいいことだ。じゃなきゃ、シャドウジャックはあそこまで悠長にしてないからな」


「……ということは、漁村の民たちに関わることじゃな?」


『その通りでございます。常上のご領主はどうやら、帝に対抗するためにとんでもないことをやらかすお積もりのようで……。陛下、つかぬことを伺いますが、スナック感覚で神殺しは問題ございませんか?』


「いけるいける」


『流石は陛下です! まあ、行けば分かるでしょう。こちらです』


 シャドウジャックがどんどんと突き進んでいく。

 こいつは実体があったりなかったりするから、まあ先に行ってザクザクやられてもそれはそれだ。


『ささ、こちらでございます! 御覧ください……オウフ』


 早速、でかい声を張り上げたシャドウジャックに、サクサクと小柄が突き刺さった。

 まあ腐っても大精霊。死にはすまい。


 さて、そこは恐らく城の地下。

 だが、妙に明るく、頭上から光が差し込む吹き抜けの空間だ。


 シャドウジャックが道を開けた先には、巨大な取っ手がついた横向きの舵輪が存在し、これを複数の男たちがひいひい言いながら回している。

 そして、漂う気配は……。


 おお、俺はこの感覚を知っているぞ。

 これは、アータルやオケアノスと言った精霊王に似た気配だ。

 どうやら、常上という国は、とんでもないものを呼び出そうとしているらしい。

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