第173話 熟練度カンストの侵攻者

「竜胆ちゃん、目星が付いてきたぞ」


 俺の言葉に、あら汁七杯目のお代わりを食べていた竜胆が、首を傾げた。


「何のことじゃ?」


「いやあ、よく食うなあ。……じゃなくてだな。これからどうするかって目星が付いてきたってことだ」


『然様。ワタクシ、お館様からこれからの動きに関する勘案をまとめたものを預かってきておりまして』


 あら汁を三杯おかわりしたシャドウジャックが、懐から巻物を取り出す。

 おや、それは羊皮紙とも和紙とも違う質感の紙。


『央原の翡翠という帝国にて、紙を得ましてな。お館様は今、緑竜様とそちらに逗留されているはずです』


 紙を広げると、そこにはローザの筆跡で、色々書いてある。

 なになに。


「ええと、翡翠と交流がある港が蓬莱の西方にあり。蓬莱にユーマがいるなら、西を目指すべし、とな」


「ふむ、西に行けば、ユーマは元の国に帰れるというわけじゃな。だが、その前に帝のもとに付き合ってもらわねばならん」


「そうそう、そうなんだよ。で、このシャドウジャックは、俺たちに足りなかった部分を補ってくれるわけだ。例えば情報収集」


『お手の物ですな』


 シャドウジャックが、流暢な蓬莱語を口にした。

 主であるローザ同様、語学に堪能なようだ。


『まず、皆様が疑問を抱いているのは、この村における男性人口の異様な少なさでしょう。これの理由をワタクシは既に聞きだしております』


 蓬莱語と、ネフリティス語で二回言った。

 おおーっと異人たちがどよめく。


『端的に述べましょう。この国、常上が男たちを狩り集めて、城に閉じ込めておるのです』


「ええっ、女じゃなくて男をか。なんでなんだ?」


『ワタクシが見る限り、この国の一部の人間たちが使える荒業という特殊能力ですが、これは即ち土地固有の魔法です。魔力の大部分をその土地に頼っており、土地を離れると能力が大きく減退するようですな』


「へえ。そうだったのか。だが、常上の奴らは竜胆ちゃんの国に攻めてきたとき、おっそろしい幻術を使ったぜ」


『その鍵がこれでしょう。途中、常上の荒神憑きとやらからり取って参りましたが』


「お前すごく器用なんだなあ……。戦闘以外なんでもいけるじゃないか」


『お褒めに預かり恐悦至極にございます。それで、これはなんだと思いますか? 地脈から溢れ出る魔力を石に閉じ込めたものです』


 そいつは、一見すると何の変哲も無い石だった。

 だが、バルゴーンでつんつんしてみると、突然もわーっと煙みたいなのが吹き上がってきた。


『あっ、あっ、陛下いけません! あーっ、石が死んでしまった』


「えっ、そうなの? ごめん」


「そう言えば……尾長めも、小石を弄ぶ癖があった。あれは即ち、この石じゃったのか?」


『そうでしょうな。これを懐に忍ばせておけば、常上の土地と繋がっているも同然。かの国の荒業は強力なる幻術でございますから、これをどこでも振るえるということでしょう。ですが、その利便性ゆえか、数を作る事は困難なようです。何せ、これの精製には男手を必要としますから』


「どういうこと?」


『案内しましょう』


 既にシャドウジャックは、男たちが集められている場所を突き止めていたのだった。

 有能すぎる。

 

『お館様からお聞きした限りでは、武闘派の極北に存在する、戦闘以外の頭を使うという行為が極めて苦手な人種だと陛下を認識しておりますので、念のために可能な限りの情報は収集してあります』


「すごい」


 俺は幼児退行したみたいな感想を口にした。


「しかし、しゃどうじゃっくとやら。お主、ここにユーマがおらなんだらどうするつもりだったのじゃ?」


『常上が嗣子上という地に攻め込んだ情報は入っておりました。それと同時に、帝近辺では常上による謀反を警戒していたようで、彼らの情報を集めていました。その中で、蓬莱帝自身が常上に通じる土地で、災厄の化身めいた修羅なるものと会話したそうで。蓬莱帝と言えば、超常的な力を持つこの国の絶対権力者。かの人物が間接的にとは言え、敵対的意思を持って相対してなお倒せなかった者。それは陛下以外の何者でありましょうか』


「すごい」


 俺はシャドウジャックの分析力に舌を巻いてまた単純な感想を口にした。


『そういうことですので、お膳立てはワタクシの仕事でございます。竜胆姫様も、ご一緒に存分に仇を討たれなさいませ。その後、お館様方は姫様を暖かく迎えることでしょう』


「むっ、迎えるってなんじゃ!?」


 なんだか俺の感知しないところで話が続いているぞ。


『では、準備が整いましたらそこの浜辺の隅に立っているワタクシに声をかけてください。案内しましょう』


 うわあ、そういうNPCみたいだな。

 シャドウジャックは言葉の通り、浜辺の隅まで歩いていくと、ボーっとし始めた。

 子供たちがわーっと集まってきて、シャドウジャックを棒で突き始める。


 それでもシャドウジャックは動じていなかったのだが、一人の子供が貝殻を拾って投げつけてきた。

 これがサザエほどのサイズがある貝で、シャドウジャックの顔面の辺りに炸裂した。

 これにはシャドウジャック怒った。


 真っ黒な顔から真っ黒な怒りのマンガ表現的ケムリをプンスカ吹きながら、子供たちを追い掛け回す。

 微笑ましい光景である。

 土の大精霊だというのに、やけに人間的だ。


「ユーマ、どうするのじゃ? 妾なら……常上の者たちの元へ乗り込むのは願ってもない! いつでも行けるぞ!」


「おっ、そうか。じゃあ行くか」


 俺はまあ、常在戦場なので問題ない。

 竜胆もやる気充分という感じだったので、二人で早速シャドウジャックの元へ行った。


「では早速行くということで」


『なんと!! 決断が早くありませんかな』


「即断即決即実行が俺のモットーなのだ」


『あっ、確かにお館様からお聞きしていた陛下の特徴通りですな』


「……先刻から、しゃどうじゃっくとやらは、何をユーマに向かって陛下陛下と言っておるのじゃ?」


『おや? ご存知でない? 陛下も竜胆様にご説明なされていない? ははあ……。よろしいですかな? こちらにおわすお方は、西方にて人間たちの四国を相手取り戦った、魔なるものの軍勢、灰王の軍、それを築き上げた初代灰王陛下であらせられるのですぞ』


「……?」


 竜胆が困った顔をして首を傾げた。

 よく理解できなかったらしい。


『つまり、彼は、異国の王であらせられるのです』


「…………はあ!?」


 竜胆は、隣に立つ俺を見上げて、目を見開いた。

 呆然として、立ち尽くす。


 何やら動かなくなってしまった。

 俺が彼女のむにっとしたほっぺたをつんつんと突付いたり、両手でぶにっとしたりしてみると、やっと動き出した。


「な、何をするのじゃー!」


 じたばた暴れる。


「うむ、動かなくなってたので。どうしたどうした」


「ふ、普通、一緒に旅をしていた男が実は異国の王じゃったなんて聞いて、冷静でいられるわけがなかろう!? お、お主つまり、帝であったということなのか……!」


「どうだろうなあ。違う気もするなあ」


『違いませんぞ。さあ、ともかく目的地へ参りましょう』


 シャドウジャックがバッサリと、俺の身分を証明した。

 まあ口先だけだし、竜胆もそれほど信じてはおるまい。

 ……と思ったのだが。


「なんか、ちょっと遅れてついてくるのはなんで?」


「おおお、異国の人間とは言え、帝にあたる方とは露知らず、妾はなんという無礼を……! せめて三歩離れてついていきまする」


「いや、離れるとむしろ不用心だから、隣来て!」


 変なことを言い出した竜胆であるが、俺としてもそういう変な動きをされると都合が悪い。

 なるべく近いほうが彼女を守れるし、連携して戦う際も楽なのだ。少なくとも、俺はそういうスタイル。


 竜胆の手を握って引き寄せると、なんか「あわわわわ」とか言っている。

 なんだなんだ。

 権威とか権力に弱いタイプなのか。


「竜胆ちゃん、一つ言っておくが、俺は別に素性を隠して間抜けな男を演じていたわけではないのだ。基本的に間抜けなのだ……!」


 ゆえに、俺は力強く彼女に語る。

 この力ある言葉で、竜胆はハッとした。


「そ……そうじゃったのか!! では、ユーマはユーマのままなのじゃな!? そ、それでは、妾がユーマへの接し方を変えるほうが無礼に当たる……う、うむうむ、無礼というものじゃな」


 何やら自己解決したようであった。

 そして、俺の手を握り返してくる。


「じゃから、こうしてユーマの手をにぎるのも、ごく自然なことなのじゃ。うん、そうじゃ。そうに違いない」


 えっ、手を握ったりとかあんまりしてなかったと思うんですけど!

 俺たちの様子を、シャドウジャックは何やらうんうんと満足気に頷きながら見ていた。


 こいつ、精霊のくせに爺やとか執事感があるよな。

 表情は真っ黒なので全くわからないのだが、ともかく奴の中でも納得感を得たようである。


『それでは案内致しましょう。船員の皆様方はこの村に残っていてくだされ。大人数が忍び込めるほど、常上の守りは甘くありませんでな』


「おう、わかってるぜ。あの魔法使いどもの本拠地で戦うなんざ、ゾッとしねえからな。いざとなりゃ古巣に逃げ込めるこの村で待たせてもらうぜ」


 船長はシャドウジャックの言葉を了承した。

 まあ、ここで魚を釣りながら、漁村の連中の厄介になることであろう。


「さあ、俺たちはどうすればいい?」


『はい。お二人だけに突入の面子を絞ったのには理由がございましてな。こちらへ』


 シャドウジャックが案内したのは、漁村の外れにあるお社であった。

 なるほど、狐が祀られている。

 この国の荒御魂は狐だからな。


 よく手入れされてはいたが、お供え物は置かれていなかった。

 近くに住む動物たちが持っていってしまうのかもしれない。


『この扉を開けましてな』


「おいばか、やめるのじゃ!? 祟りがあるぞ!!」


 竜胆が途端に慌てだした。

 何事かと思って見てみれば、シャドウジャックが社の扉を堂々と開け放とうとしているではないか。


 まあこいつ、土の精霊女王の眷属だし、別の神に従う存在だから荒御魂のことなんか気にしてもいないんだろう。

 で、竜胆の静止をスルーして、シャドウジャックは扉を開いた。


『こちらにやって来るときも、この通路を通ってまいりましたからな。言うなれば、各地にこういった社がありますが、全ては荒御魂の本体が鎮座する、常上の城に通じておりますな』


 そこには……大きな穴が口を開けていた。

 大きなと言っても、異人たちほど体がでかければ、かなり窮屈なことだろう。

 蓬莱人サイズだから、俺や竜胆ならばちょうどいいくらいか。


「こ……ここを行くのかや」


「行くんでしょうなあ」


 俺は呑気なことを言いつつ、一歩目を踏み出した。


「竜胆ちゃんは常上のことだけを気にしていればいい。祟りやら何やらは、俺がぶった切ってやろう」


 竜胆はまだ不安げだったが、俺の言葉を受けて深く頷くと、城へと続くであろう大穴に向け、一歩目を踏み出したのであった。

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