第172話 熟練度カンストの再会者

 さて、常上へと続く大橋というのは、確かに大きな橋だった。

 俺としては、過去にネットで見た事がある京都の五条大橋の絵を連想していたのだが、現物は実に無骨な外見の、黒ずんだ木造の橋だった。


「よし、行くとしよう」


 俺の宣言に合わせて、船長と異人たちがぞろぞろと後ろをついてくる。

 竜胆は隣だ。


「何やら、物々しい雰囲気じゃのう……。妾としては、仇の土地に乗り込むのだからそうであっても一向に構わぬが」


 鼻息も荒く、彼女はやる気満々。

 ここに来るまでに、異人たちも交えて軽く白兵戦のレクチャーをしてきた。

 と言っても、俺ができるのは剣を用いた話のみだ。


 一応、最近では長柄の武器や斧、メイスなども多少は扱えるようになって来ているが、これらの腕前は凡百がいいところである。

 このレクチャーで、俺を化け物扱いしていた異人たちだが、俺のやった芸当があくまで、武術とか武芸の延長線上にあるモノだと理解してくれたようだ。

 すっかり、俺を尊敬するような眼差しで見てくる。


 船長はまた別で、彼は「武術なんぞやるくらいなら、銃で一発撃った方が話がはええだろ。いまどき剣なんざ時代遅れだぜ」と言ってはばからぬ人物である。

 ちなみにこの言説において、俺は例外なんだそうだ。


 そんなわけで、竜胆も異人たちと一緒にレクチャーしたので、それなりに腕は上がっているものと思う。

 圧倒的に経験が足りないが、実戦なら海の上と森の中で二回やった。

 幾度も練習をするよりは、命をかけた実戦を数回やった方が身につくものと言うものもある。


 俺の剣なんかが正にそれで、実戦のみで鍛え上げた代物だ。

 ゲーム内だがな。


 それで、竜胆は今、自らの腕前にちょっとは自信がついてきたらしく、二度の戦いにおける成功体験も手伝って、初めて会ったときとは見違えるようだ。

 あとはこう……、彼女の荒業にはリミッターが掛かっている気がするので、それを解放したいなと思うばかりだ。


「なんじゃユーマ。黙ってしまって」


「うむ、ちょっと考え事だったのだ。ほら、もうすぐ渡り終わるぞ」


 橋を渡り終える。

 何も起こりはしない。

 不気味なくらい静かである。


 目の前には、内海に面した漁村が広がっており、さほど栄えている印象は無い。

 橋が掛かっている村と言っても、異人が住まう連なり島へ掛かった橋だ。

 商売になるものではないから、栄えていないんだろうな。


 どれ、新しい町や村に来て最初の恒例だとばかりに、飯でも食おうとする。だが。


「おーい」


「…………」


「ここらで飯を」


「……」


 なんだか、誰もが俺が声をかけると、そそくさと立ち去ってしまう。


「なんだかとても感じが悪いところだな」


「ユーマ、それは仕方ないのじゃ」


「なにっ、もしや、俺のこう、イケてないオーラみたいなのを感じ取って避けられてるんだろうか」


 別段ショックではないが、それはそれでちょっと腹が立つ。


「いや、お主が言ってることの意味が分からぬのはいつものことじゃが、見てみよ。我らは異人たちを引き連れておろうが」


「おお!」


 俺はぽんと手を打った。

 答えは実に明快だった。


 村人は、俺たち一行の姿を見て、逃げてしまっていたのだ。

 まあ、田舎の村なんてものは基本的に排他的だったりするものである。俺が過去に読んだ創作だとそんな感じだった。


「だが、異人だって肌の色が違うだけ普通の人間だろう。これで俺の友達のギューンとかゲイルとかが来たら、こいつら絶対目を回すぞ」


「ユーマは変わった友人が多いらしいのう……。妾も会って見たいものじゃ。じゃが、村人はほれ、日々を生きるので精一杯故な。責めてはならぬ。罪があるのは常上の者どもだけ。民草に罪はない」


「なるほど……」


 竜胆がお姫様っぽいことを言ったので、俺は彼女を見直した。

 食いしん坊で好戦的なだけの姫武者ではなかったのだな。

 しかし、そうなれば困ってくるのは食事事情である。


「おい船長、どうしようか」


「この村の連中とは、時々魚と小麦をやりとりしてたんだがな。おおっぴらに俺たちと関わると、国の偉いさんに目を付けられるんだろう。仕方ねえさ」


「では、ここらで魚でも獲るか?」


「そうするか」


 そういうことになった。

 ここも漁村のようだったが、どうも寂れており、そもそも船の数が少なければ、漁師らしき男衆の姿もない。


「寂しい村だなあ」


「うむ……いくらなんでも、ちょっと異常じゃな」


 村の後ろには、小山が広がっており、そこを棚のように切り出して畑にしているようだ。

 あそこで小麦を育てているのだな。


 見る限り……小山の畑で働いているのは、女ばかりだ。

 気になるところではある。

 だが、


「おーい、この村ってなんだか人の数が」


「…………」


 逃げた!

 これだ。これだよもう。


 そもそも、俺は警戒されないように声をかけるなどという器用な真似はできない。

 竜胆は正面突破主義だし、船長や異人たちはそもそも言葉が通じない。


 これはいかん。

 情報を収集できんぞ。


 仕方が無いので、俺たちは浜辺にやってきて魚を獲る事にした。

 異人たちは先を削って尖らせた棒を持って水に入り、狙いを定めてざくっと、魚を貫いて捕獲する。

 なかなかいい腕だ。


 俺もいっちょやってやろう。

 海にざぶざぶと入っていくと、突然向こうから大きい波が来た。


「うわーっ」


 俺は波に飲まれた。


「たすけてーっ」


 流された。

 慌てて、異人たちと竜胆がざぶざぶと泳いできて、俺を救出する。

 助かった……。


「ふう、死ぬかと思った……!!」


「お前、あんなに強いのに、全く泳げんのか!」


「ユーマは明らかに水が弱点じゃのう」


 なんか船長と竜胆に、しみじみと呆れられてしまった。

 二人とも言葉は通じないなりに、なんとなく互いが言っている事は分かったらしい。

 向き合ってうんうんと頷いている。


「ユーマの旦那、あんたは海に入らない方がいいぜ」


「ああ。俺たちの仕事が増えちまう」


 ベンとジョンにも言われたので、俺は大人しく浜辺で体育座りして待つことになった。


「どれ、妾も行って来るかの!」


 竜胆はそう言うなり、着物のもんぺみたいなのを脱ぎ捨てて、裾をまくって入っていく。

 おおっ、むき出しになった白い足が眩しい。

 むっちりしていて、ほどよく筋肉がつき、細からず、太すぎず。


 異人たちと船長もスッと作業を停止し、みんなで竜胆の足を見ている。


「こりゃあいけねえ。仕事にならんぞ」


 船長の呟きは、とりあえずこの場にいる男たちの総意であった。



 しばらくして、それなりに魚が獲れた。


「こりゃあいよいよおかしいぜ。漁村だってのに、こんな出来合いの銛で魚が入れ食いだ。随分漁がされてねえようだぜ」


 積み上がった魚を見て、船長が顔をしかめた。

 異人たちはテキパキと、放置されている鍋みたいなのを見つけてきて、それに水を入れて火をつけて……と料理の準備をしている。


 一部の連中は魚を捌き始めたのだが、これがまた大雑把である。

 頭を落として内臓を抜いて……。一応血は抜いているようだが、魚がびたびた暴れたりもしているな。


 それに……いかん、猫が寄ってきたぞ!

 魚が狙われている。


「ええい、俺に任せろ」


 見ていられず、俺がしゃしゃり出た。

 みんなをどかせると、腰に手を当ててバルゴーンを召喚。


「”ソニック・三枚おろし”……!!」


 俺は言葉と共に、虹色の刃を放った。

 巻き起こる剣風。舞い上がる魚。

 空中で、幾重もの虹色の軌跡が描かれる。


 正確に魚の神経を殺し、血を抜き、身を三枚に卸し……!

 落下地点は鍋の中。


 魚にまとわり付いた砂は、刃で正確にそぎ落としておく。

 バルゴーンが削いだ鱗が、光を受けてキラキラ輝きながら舞い散る。


「幻想的な光景じゃのう……。魚をおろしているだけじゃというのに」


「さすがユーマの旦那だぜ」

「旦那、大道芸で食っていけるよな」


 うむ。やはり調理とはかくありたい。味付けとかてんでダメな俺だが、刃物を扱えるシーンではこのように大活躍だぞ。

 あまりにド派手に魚をおろしていたので、ちらちらとこちらを見ていた村人たちも度肝を抜かれたらしい。


 次々に集まってくる。

 一人の子供が耐え切れず、駆け寄ってきた。


「しゅ、しゅげー」

「これ、勘太かんた!」

「おっちゃん、魚おろすのすげー! とうちゃんよりうめー」


「おっ、そうか」


 俺は気をよくして、次の魚の小山も高速でさばく。

 勘太とかいうガキンチョが大喜びだ。

 それを見て、他のガキどもも集まってきた。


 こうなると、親たちも子供を放っては置けまい。

 恐る恐る近づいてきて、異人たちが何もしないのを見ると、安心したようにその場に留まった。


 やがて鍋がいっぱいになる。

 すると、村人が新しい鍋を貸してくれた。

 こうして……。


 浜辺にずらりと並ぶ、鍋、鍋、鍋である。

 味噌の類は村人から借りて、異人たちが料理している。

 味噌味のブイヤベースみたいなものが出来そうだ。いや、普通にあら汁だろうか。


 竜胆が汁のより分けを担当し、異人たちと村人が行儀よく並ぶ。

 俺は鍋の横で、一足先にいただいているところである。

 うむ、新鮮な魚のあら汁は美味いのう。


『あぁ、すみません、ワタクシにもいただけますかな』


「うむ、構わぬぞ。おや、お主、風体は異人よりも黒いのに、言葉が達者じゃのう」


 おや?

 ちょうど最後の一人に竜胆がよそうところである。

 その男、椀を手にして入るが、椀以外の姿が真っ黒に塗りつぶされていて、よく姿が分からない。


 竜胆は平然と対応をしているが、その男を眼にした異人たちは、目を丸くして硬直しているではないか。

 つまり、尋常な存在ではない。


「竜胆、そいつさ」


「おうユーマ。こやつ、異人よりも黒くて目も鼻もはっきりとせぬぞ。世の中には変わった奴がおるなあ」


 おお、なんと大らかな。

 竜胆は良い子だな。


 それはそうとして、俺はこの黒いのに見覚えがあるぞ。

 真っ黒で影のような……慇懃の言葉遣いの男……。


『おお、灰王陛下。やはり灰王陛下ではございませんか』


 あら汁を盛ってもらい、魚の頭をついでに所望していた黒い男。

 俺に気付くと、大仰に手を上げて見せた。


「あれっ、じゃあやっぱりお前って……シャドウジャック?」


『然様にございます。お館様から陛下をお探しする命を受け、央原を伝って船に忍び込み、蓬莱京に辿り着き、そこで陛下らしきお噂を耳にしましてな』


 土の大精霊シャドウジャック。

 ローザリンデの使い魔みたいな奴であり、このように人間のような判断力と意識を持った存在だ。

 こいつ、はるばる旅をしながら俺を探していたようだ。


『ですが、この地は大陸と、精霊の力において隔絶しております。地脈を伝って戻ることは叶いませんな。お館様にすぐにでもご報告差し上げたいのですが』


「そうか。俺はほれ、一応船長と船員を確保してある。あとは船があれば帰れるぞ」


『ほう、さすがにございますな。では、これからの予定についてお話を……と、その前に』


「うむ、あら汁をいただくとしよう」


 ということで、元の場所に戻る手がかりと遭遇した俺である。

 唖然とする周囲の目を余所に、シャドウジャックと並んで汁を啜るのであった。

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