第167話 熟練度カンストの反逆者

 太夫に別れを告げて、身無上を旅立つのである。


「此方は、お前様のような、底知れぬ強さを持った殿方に憧れを抱きはしますが……たくさんおいででしょう?」


「俺の交友関係について、透視能力でもあるかのように見通してくる。この人こわい」


「ユーマ、なんだかすっかりこやつに好かれておるのう……」


「されど、此方は身無の土地を預かる身。そして、帝には逆らえや致しません。もし、お前様……ユーマ様が此方にかけられた帝の術を解いて下されば……極上の一夜をお約束しましょう」


 うふふ、と笑う太夫であった。

 俺はそういう女性から迫ってくるのがとても苦手なので、曖昧な顔をしておいた。

 隣で竜胆が赤くなっている。


「お、おいユーマ! なんじゃお主! あれか! あの女と、そ、その、し、し、しとねをともにするのかっ」


「ははは、ご冗談を。俺にそんな度胸はないこっちが食べられてしまいます」


 軽口を叩きながら、旅立ちの時だ。

 とりあえず、本格的に帝……蓬莱帝が敵に回ったわけだが、まあ竜胆に話すと絶対この子は失神したりしそうなので、そのうちちょっとずつ伝えようと思う。


 それに、向こうからどんどん刺客がやってくるのだ。

 あの幻術使いとは違う相手なら、竜胆の鍛錬にもなるだろう。


「ユーマ、今度は本物の武器を買うのかや?」


「うむ。ここから先は木刀ではきついだろうな。殺傷力があるやつにしよう」


「こ、こ、殺すのか」


「そうなるだろうな。何、最初は緊張するが、慣れてしまえば大根を切るようなものだ。あ、この棒ください」


 購入したのは、先端に金属の輪が幾重にも嵌まった棒である。

 金属部分で殴ると、相当なダメージを与えられるだろう。さらに、ここなら刃物などの武器を受けることもできる。


「それに、棒だから手加減もできるだろう。竜胆ちゃんも長物のほうが慣れてるだろうし」


「う、うむ、確かにのう。じゃが……まだ妾は自信がないぞ……!」


「そこは手取り足取り教えよう」


 そう言う事になったのだ。

 俺たちは連れ立って、身無上から少し離れたところにある船着場に向かう。

 手漕ぎの小舟で、ここから連なり島へ渡るのだ。


 連なり島はその名の通り、小さな島が幾つも連なっている。

 一度渡ってしまえば、吊り橋やら渡れる浅瀬やらがあって、本土まで向かうことができるそうだ。

 だが、いかんせん道が狭い。


 大勢の人間が移動するには不向きな土地だった。

 普通に岬から見える程度の距離だが、泳いでいくには流れがきついらしい。

 島と島の間を流れる水流が、渦を巻いているのだとか。


「おうおう、揺れおる」


 俺はぐらぐらと揺れる船にしがみついている。

 竜胆は慣れているようで、ケロッとしたものである。


「ひどい揺れはいつものことじゃな。わらべであったころはきつかったが、今はどうということはない」


「なるほど。では俺が海に投げ出されたら助けてちょうだい。俺は泳げないのだ」


「なんと!! ユーマの弱みを始めて知ったのじゃ!!」


 目をキラキラ輝かせる竜胆である。


「ほれほれ」


「ぐわーっ、やめろう、つっつくなー」


 ぐらぐら揺れる船の上で、俺のわき腹をつんつんする竜胆である。

 大変くすぐったいので、俺の腕の力が緩んでしまいそうになる。


 だが、年相応の顔も見せるのであるな。

 まあ、こうやって遊んでいる時に刺客なんかが襲い掛かってくると大変面倒くさいことになる。


「ありゃ。船が進まなくなっちまった」


 船頭さんが首を捻った。

 来たわー。

 フラグだったわー。


「どうしたのかや? まだここは渦潮の近くではないか。このまま止まっていたら、渦に引っ張られてしまうぞ!」


「竜胆ちゃんおっそろしいことを言うなあ」


 俺は船の縁から手を離すと、立ち上がった。


「およ!? ユーマ、お主ぐらぐら揺れて怖いのじゃなかったのか。それに泳げぬとも」


「うむ。生身では泳げんな」


 既に、俺の腰にはバルゴーンがある。

 俺が臨戦態勢になったのを見て、竜胆も顔を引き締めた。

 買ってきた棒を手繰り寄せる。


 いやあ、その武器いいチョイスだったなあ。

 まさに今の状況にぴったりだ。


「竜胆ちゃん、ちょっとその棒で、船の下辺りを突っついてみてくれ」


「ふむ? どうしてじゃ? まあ、よいが」


 竜胆が棒を構える。

 みるみる、その髪が逆立って犬歯が伸びる。

 あの荒業を使うモード、多分中途半端なんじゃないかと思うんだよな。もっと、獣人みたいになって本来のフルパワーを発揮できるはずだ。


 他の荒神憑きたちの能力を見てると、竜胆の能力はちょっと中途半端すぎる気がするな。

 だが、それでもこの大きな棒を扱うには充分な膂力を彼女に与えるようだ。

 軽々と振るった棒が、水面を打ち、ついで水中に突きいれられていく。


「ぬっ……! おおおおっ!!」


 一瞬、潮の流れに引っ張られたようだが、そこはパワーに長けた猪の荒神憑き。

 竜胆は歯を食いしばると、流れに逆らいながら棒で船底をつつく。


「あっ、何かに当たったぞ!」


「よし、そのまま押すんだ」


「そーれっ」


 竜胆が力を込めて、船底を突っつく。

 身を乗り出す姿勢になっているから、後ろから俺が帯の辺りを支えている。

 お尻を支えると、後で竜胆が怒るのだ。


「ユーマ、下からぶくぶくと泡が出てきたぞ。それに船も揺れておるようじゃ」


「しがみ付いてる奴が苦しんでるんだろう。もっとつついてやれ」


「とりゃっ」


 ボグッ、という鈍い音がした。

 だがまだ浮いてこない。


「おおー、船、ゆっくり動くようになったぞ!」


 船頭が驚きの声をあげた。

 恐らく、この渦潮の中に棒を突っ込んで、どかどか突いてくるとは思ってもいなかったのだろう。

 船底にへばり付いている奴が必死だ。


「何か、こう、おるのじゃがっ! こやつっ! この、このっ!」


「竜胆ちゃん! 乗り出しすぎ!! もっとこう、半身は船に残して! うおーっ、帯を押さえるのでは限界だ! しつれい!」


 俺はがっしりと彼女のお尻をホールドした。

 一瞬竜胆の動きが止まり、


「ぎゃーっ!!」


 乙女らしからぬ悲鳴があがった。

 だが、半分船の外に乗り出しているから、竜胆は俺が手を離すと荒れた海の中に落っこちてしまうのである。


「ユ、ユ、ユーマーっ!! そんな、何を妾の尻を鷲掴みにしておるのか!? あ、や、離さないで、離したら落ちちゃう、だけど手を離すのじゃーっ!?」


「どうしろと言うのだ」


 どったんばったん騒いでいる。

 小舟のバランスも大変崩れているのだが、不思議と均衡が取れているではないか。

 きっと船底のやつが頑張っているのだ。


 ……おや?

 俺は、船底の継ぎ目から突き出している、ストローみたいなものを見つけた。

 竜胆を押さえる手を片方放して、


「ぎゃーっ! 落ちる、落ちる!」


 うるさいので、竜胆の腰を抱えるようにしながら、空いた方の手でストローをペコッと二つに折ってみた。

 すると、その瞬間、ビクッとストローが震えて、しばらくするとぶるぶると痙攣し始めた。

 その直後、竜胆がつんのめった。


「うわっ!? 手応えが消えたのじゃ!」


「くるぞ」


 俺は竜胆を船の中に戻しながら告げる。

 彼女が完全に、俺の腕の中に納まってしまう体勢になるのだが、それは無視しておく。

 後ろから抱き締められた形になり、竜胆が徐々に赤くなってきて、何か騒ぎ出そうとした瞬間だ。


「ぶはあーっ!? な、な、なんなんすか! あんたたち、あっしを殺す気っすか!!」


 なんか、ぷにっとした印象の女が真っ赤な顔をして水面から飛び出してきた。

 船べりにしがみ付いて、ぜーはー言っている。

 こいつが船の底に張り付いて、動きを止めていたのだろう。


 一見すると、とても忍者っぽい格好をしている。

 間違いない、忍者だ。

 しかもくノ一か。ロマンがあるなあ。


「恥を知るっすよ!! 溺死はとても苦しいんだからそんな死に方をさせてはいけないっす!! だから死ねえ!」


「おっ、理論が飛躍したな」


 俺は竜胆を抱きとめたまま、バルゴーンを出現させる。

 くノ一が放ったのは、手裏剣である。

 これを、かんかんと剣で弾く。


 ふむ。

 この手裏剣、金色に光っている。

 忍者がこんなド派手な武器を使うはずが無い。幼い頃、忍者大図鑑を愛読していた俺は忍者に詳しいんだ。


「この金色の手裏剣。お前はこの世界の人間ではないな。具体的には、デスブリンガーとか」


「ギクッ!? な、なんのことっすかね!? そのお喋りな口を黙らせてやるっすよ!! チョエーッ!!」


 くノ一は水上にズバーンっと飛び上がり、回転しながら四方八方に手裏剣を撒き散らし始める。

 後ろとかに撒いても意味が無いんじゃないか。

 俺は竜胆を腕の中に収めたまま、手裏剣を弾き続ける。


 敵からの攻撃は、言うなれば無差別で全方向にガトリングガンをぶっ放しているような状況だ。

 迂闊には動けんな。


 俺の守りが通じない船の縁が、ガリガリと削られていく。

 うむ、竜胆はびっくりして、俺にぎゅっとしがみついている。大変柔らかい。こう、リュカよりも重量感があって、アンブロシアより小柄なので、サイズ的にはちょうどいい……。


「ウグワーッ!!」


 あっ!!

 船頭が死んだ!!


 すっかり船頭を守るのを忘れていたようだ。

 これは仕方ない。

 誰にでも誤りと言うものはあるのだ。


「ふわーっはっはっはっはっは!! 船頭が死んだ今、泳げないあんたに生き残る術は無いっす!!」


「なにい。お前、俺が泳げないと知っているのか」


「あっしはずっと船底に張り付いていたっす! そして盗み聞きしたっすよ! このまま海の藻屑になって死ねーい!!」


「では仕方ないな」


 俺は竜胆を背中側に回して、全身でくノ一に向かい合う。

 こいつ、喋ってると手裏剣が止まるんだよな。


 お陰で両手をフリーにする余裕ができた。

 それを見て、くノ一は露骨に焦った表情を浮かべる。


「げ、げげえっ!? あんた、あっしを巧みなトークで誘導しつつ、攻撃を止めさせたっすね!? もしや天才……!?」


「くくく、もしかしてそうかもしれないって俺も思った」


 くノ一は水面に落下してくると、足元に金色のビート板・・・・・・・みたいなものを展開して浮かび上がった。

 俺もまた、手にしたバルゴーンを大剣に変える。


「水上で大剣……? 確かにリーチは伸びるっすが、その分、体が振り回されるはず……! はっはっは! あんた……えーっと、えーっと、あんた、名前なんすか?」


「戦士ユーマです」


「おお! ありがとうっす!! ……ごほん。はーっはっはっは!! 戦士ユーマ、敗れたりっす!!」


「な、なにい!?」


 俺が付き合ってやると、くノ一はとても嬉しそうな顔をした。

 ちょっと可愛い。たぬきに似てる女子だな。


「何故なら、大剣を船の上で振るえば、確かにリーチは伸びるっすが、その分、体が振り回されるはず!!」


「それさっき言ったよね」


「う、う、うるさいっす!! ええい、お前たち、やってしまえーっ!!」


 くノ一が手を振り上げると、今まで水中に隠れていたらしい忍者らしき連中が、次々と浮かび上がってくる。

 うち半分がぷかぁ、っと浮かんできて死んだ。

 ……額に金色の手裏剣が刺さってますなあ。


「あっ」


「無差別に手裏剣をばらまいてたからなあ」


「は、半分生き残っていれば問題ないっす! 第一、戦士ユーマ! お前は船の上から動けまい!」


「動ける!!」


「な、なにぃっ!?」


 くノ一が目を剥いて物凄くびっくりした顔をした。

 竜胆が俺の服の裾を引っ張ってくる。


「な、なあユーマ。あやつ、なんじゃろうな……。すごく……残念な奴なのじゃ」


「うむ。俺もとてもやりやすい。よし竜胆ちゃん、ちょっと力を抜いていてくれ」


「? なんなのじゃ……って、ひゃああああ!?」


 俺は竜胆をお姫様抱っこで抱え上げる。

 既に、大剣はその手には無い。

 剣は宙を舞い、水面に落ちた。


 俺は船を後にして跳躍。

 大剣の上に着地する。


 久々の大剣サーフィンである。

 これには、くノ一のみならず、出現した忍者たち全員が度肝を抜かれたようだ。


「ば、ばかなーっ!!」


「ふふふ、俺は泳げないとは言った。だが、水上を大剣で疾走できないとは言っていない……!!」


 かくして、潮の渦巻く海の上、忍者軍団を相手取っての戦いが始まるのである。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る