第168話 熟練度カンストの反逆者2

「お前はデスブリンガーのようだが、するとこいつらもそうか? いや、違うな」


 俺はくノ一と周囲の忍者たちを見回しながら分析する。

 くノ一は忍術ではなく、明らかに金色に光る忍具的なアイテムのパワーを使っている。


 だが、忍者たちは普通に足で浮いている。

 くノ一以外は、全員荒神憑きと見たほうがいいだろう。


「ふははは! 万が一あっしに勝てたら教えてやろうっす! そらいけ! 水棲昆虫の荒神憑きどもよ!!」


「おっ、早速ばらしたぞこいつ」


「し、しまったあっ」


 漫才めいたやりとりをしつつも、忍者どもが水上をすいすいと滑りながら襲い掛かってくる。


「竜胆ちゃん、しっかり掴まっているのだ。照れて緩く掴まってると落ちるぞ」


「う、うむ!」


 むぎゅっと来た。

 うーむ。うむむ。うむうむ……。

 俺はなんとなく満足しながら、大剣を水の上で滑らせる。


 忍者どもは早速、棒手裏剣らしきものを放ってきた。

 俺はこれを、大剣の側面を立てながら飛び上がり、刃裏で受け止めながら……。


「ほっ!」


 足先の操作で刃の方向を操作し、受け止めた手裏剣を打ち返す。

 足でやるものだから、少々狙いは荒くなるのはご愛嬌だ。


「ぐわーっ!?」

「う、腕が!!」

「奴め、手裏剣を跳ね返した!」


 やはり急所に当てるのは難しいようだな。

 俺は高らかに跳ね上がりながら、眼下を睥睨する。


 数は十人少々。

 そして、奥では何を考えているのか、偉そうにくノ一がふんぞり返っている。


「ゆ、ユーマ! 高い、高いから!」


「あっ、竜胆ちゃん高いところは苦手だったのか!」


「い、いや、妾はこう、ふわふわっと地に足がついていないこの感じがもう、苦手みたいで……」


「よし、ではすぐに着水しよう」


 落下に入った大剣を、俺は剣の腹から着水するようにする。

 ここぞとばかりに投擲されてくる棒手裏剣だが、俺は剣の腹を見せるように落ちて行くから、これで弾ける。

 さらに、それを潜り抜けて迫る何本かを身を捩って回避し、他は竜胆の足を横から当てて逸らす。


「あいた!? 今、妾の足の裏で手裏剣を弾き飛ばしおったなユーマ!」


「竜胆ちゃんは大変頑丈で助かる」


「わっ、妾をなんだと思っておるのじゃ! ばかー!」


 ぽかぽか叩いてくる。

 痛くは無いがバランスが崩れそうで大変である。

 俺はなんとか、大量の水を跳ね上げながら着水すると、水しぶきを目くらましに、ある方向へ向かって疾走し始めた。


「むっ、水しぶきで姿が見えない……ぎゃー!? め、目の前にーっ!?」


 そう、くノ一目掛けて一直線だ。

 たかが十人そこそこの忍者では、包囲網も作れまい。

 しかも半分は俺が跳ね返した棒手裏剣で手負いである。


 俺は一直線にくノ一に突っ込み、そのまま轢いてしまおうとする。

 だが、さすがはデスブリンガーの構成員だった女だ。


 奴は足場の金色の水蜘蛛を捨てると、そのまま水中に飛び込んだ。

 いや、比重が軽いのか尻がぷかあっと浮いてきたので、そこを剣の腹で乗り上げながら、通過してやった。


「むぎゃーっ!! あっしの尻がー!!」


 すごい悲鳴が聞こえた。

 年頃の女子が出すものではないな。


「竜胆ちゃん、このまま直進するぞ」


「じゃが、買ったばかりの棒が……!」


「あ、そっか。勿体無いな」


 俺はUターンした。

 そして、ぷかあっと浮きつつあったくノ一の尻を、また剣の腹で蹴っ飛ばしていった。


「おぎゃーっ!! また尻がーっ!!」


 すごい悲鳴が聞こえた。

 やっぱり年頃の女子が出す悲鳴ではないな。


 俺の迅速な動きに、忍者たちは明らかに戸惑っているようだ。

 というか、追いかけようと思ったところに俺が戻ってきたらしく、連中は追撃の体勢になっていない。


 俺はそこで、剣で水を跳ね飛ばしながら低く跳躍した。

 俺たちごと、大剣が中空で回転する。


 そいつはまるでミキサーのように、周囲にいた忍者たちを巻き込んでバラバラに斬り裂く。

 そのまま、血しぶきの中を通過して、ボロボロになった船に到着。

 これを剣で叩き割ると、水中から竜胆が手放していた棒が起き上がってきた。


「今だ竜胆ちゃん!」


「うむ!!」


 竜胆が見事にキャッチする。

 これで、足元は俺、上は竜胆ちゃんで担当できるぞ。


「ユーマ、妾も剣の上に立つぞ! さもないと、棒を振れまい!」


「後ろから俺が支えるわけか。えーと、変なところ触っても怒らない?」


「……こ、今回は許す!」


「よし」


 俺は竜胆を降ろすと、彼女の胸の下辺りをがしっと抱きとめる形に。

 際どい位置である。


 だが、この辺が一番安定する。

 ホールドはあえて緩めに、彼女が動けるようにする。


「ま、まあよい! 行くぞユーマ!」


 竜胆ちゃんの掛け声とともに、大剣のサーフボードが出撃である。

 残る忍者たちは、馬鹿の一つ覚え的に棒手裏剣を投げてくる。

 気持ちは分かる。水上で距離が離れてるし、嵩張らない武器じゃないと攻撃が難しかろう。


 これを、竜胆が振り回した棒が叩き落していく。

 おお、長物を使うと、剣よりも様になっているな。


 俺たちが忍者の脇を通過すると、奴ら、攻撃を警戒して距離を空けた。

 しかも、どうやらそろそろ手裏剣が尽きたようだ。

 刀などを腰から抜いているが……。


「とう!!」


 竜胆の棒が、強烈な突きを忍者の一人に叩き込んだ。

 そいつは胸の中央を打たれて、白目を剥くとそのまま水中に没していく。


「そりゃあ!」


 竜胆が棒を振り回す。

 棒を振り回す竜胆を、俺が剣の上で上手いことコントロールする。

 なんというか、ペアのアイススケートみたいな感じだな。


 忍者の振るう刀は、所詮小太刀とか、そういうレベルの短さだ。

 対して、竜胆の棒はリーチが全然違う。しかも先端には金属の輪を幾重にも通し、刀と打ち合えるようにしてあるから、忍者たちはこいつをなんとかやり過ごす以外にないのだ。

 また一人、棒を受け流し損ねて頭を打たれ、水中に没した。


「いいぞいいぞ。竜胆ちゃん、広い空間だと強いな」


「妾の得意なのは長い武器だからの。薙刀ならば、こやつらめをやっつけてやれたものを」


「いや、むしろ棒の方が相手に刺さらない分、引き戻しが早い。攻撃の速度が上がるから、竜胆ちゃんはそっちのが合ってるぜ」


「そ、そうかの? おっ、ユーマ、こいつらで終わりじゃぞ!」


 大剣が進む先には、忍者二人である。

 奴らは必死に、刀の間合いに入ろうとしてくる。

 これを竜胆は棒で弾きながら、リーチを生かして一方的に押していく。


「そおれ! まとめていくぞ!!」


 大きく振り回された棒が、忍者二人を纏めて弾き飛ばした。

 よく見ると、竜胆ちゃん荒業発動モードになっておるな。

 凄まじいパワーだ。


 棒は長いぶん、先端になるほど速度が上がる。竜胆に欠けている、速さという要素をこれで補えるわけだ。

 さて、これで忍者は全滅だが……。


 ホッと一息。

 ……つく暇も無く、突然金色の鎖が伸びてきた。

 それは、竜胆の棒に絡みつく。


「くくくく!! どうやらあっしのことを失念していたようっすね!!」


「あっ、お前まだ動けたのか」


「さすがに尻が痛いっすが、ま、まだまだぁ! こうして、あっしの鎖鎌で手繰り寄せて攻撃してやるっす! これなら、あんたの棒術も無力に……」


「ぬぬぬぬぬっ!! ううううっ、りゃあああああ!!」


 くノ一のセリフが終わる前に、竜胆が満身の力を込めて棒を引き上げた。

 棒は、鎖を巻き上げながら真上に向かって跳ね上がる。

 くノ一ごと跳ね上がる。


「おわああああああっ!?」


 くノ一はそのまま跳ね上げられて、どんどん遠くまで飛んでいく。

 しばらく彼女は空を飛んでいて、少ししてから落下を開始した。

 そして、かなり遠くのほうで、ボチャーンっと着水した音がした。


「よし、行くか」


「うむ! 妾、こんなにやれたのは初めてじゃ……!」


「竜胆ちゃんはそっちの方向で鍛えていくのが良いんだな。よし、鍛錬は方向転換だ。連なり島に上陸したら考えよう。だが、その前に……」


「腹ごしらえじゃろう? 妾もお腹がすいた……。さ、行こうぞ!」


 俺たちは、波乱の海峡を後にして渦潮の間を抜けていく。

 目指すは連なり島である。


「のう、ユーマ」


「どうした」


 疾走する大剣の上で、竜胆を背後から抑える形になっている俺である。

 こういうスタイルの映画のシーンを見た事がある気がする。


 ただ、映画では船の舳先だったが、今は剣の上である。

 いかに大剣の幅があるとは言え、竜胆も振り返ったりなどの動きはできないようである。


「ユーマは、さきほどの女と喋っておったが、知り合いだったりするのかや? あの女、ユーマに感じているのと同じように、言葉は通じるのじゃが同じ言葉を話しているような気がせぬ」


「えっ、俺とは同じ言葉話してない風に思ってたのか」


「いや、なんとなくじゃ! 現にこうして、お主と言葉は通じておるぞ!」


 ふむ、どうやら、蓬莱は日本っぽい国だったから意識していなかったが、厳密には言語が違っているようだ。そういえば、文字なんかは読んでなかったなあ。


「そう、それでじゃ。あの女と、どういう繋がりがあるのじゃ? あやつ、荒神憑きでは無いが、おかしな武器と技を使っておったように思うが……」


「おう、あれはな、俺と同類だろう。デスブリンガーと言う一派の片割れだ」


「ですぶりんがあ、じゃと? そやつらは一体何者なんじゃ? ユーマもその一人なのか?」


「かつてはギルド対抗戦の時、雇われていたこともあったな。だが、今は敵同士と言っていい。俺が最近旅をしていた理由も、このデスブリンガーの連中を討伐することだったしな」


 すると、竜胆は俺に背中を預けてきた。

 おっ、そんなに密着していいのですか。

 彼女はぐりっと首だけ動かして、俺を見上げてくる。この体勢をするために、俺にくっついてきたようだ。


「信じて……いいの……? 妾は、もう、裏切られるのはいや」


 竜胆が見上げてくる目線は、ちょっと潤んでいる気がした。

 こういう目をした女たちは、世界中で見てきたな。

 まあ、世界ってのは非情さに満ち満ちているというわけだ。いつも裏切られて傷ついたりするやつがいる。


「俺は信頼を裏切らない事だけは定評がある」


 なので、俺はそう告げてやった。

 事実、俺はこの世界に来てから、誰かを裏切ったりしたことはない。


「ふふ……。おかしな奴じゃ。こんな世の中で、そんなに自信があるみたいにして……。じゃが、妾はなんだか、安心したぞ」


 竜胆が預けてくる体重を感じながら、俺は見えてきた連なり島へと、大剣を急がせるのであった。

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