第166話 熟練度カンストの逗留者2
「ひとまずだな、その、なんか魅了っぽい荒業を止めさせてもらう」
俺は宣言すると、腰からバルゴーンを抜いた。
太夫と俺たちの間の、一見して何も無い空間を斬る。
すると、思いのほか剣に手応えがあった。
太夫が衝撃を食らったように、一瞬ふらりとよろける。
そして、振り返った。
「……驚いた。お前様の力は、その剣だったのですね。まさか、此方から漏れ出る荒業そのものを斬られるとは思ってもおりやせんでしたわ」
相変わらず、その白い美貌は微笑をたたえているが、ちょっとこめかみに汗が浮いている。
本当に驚いたようだ。
ちなみにこれをやったのは、竜胆を太夫の荒業から解放するためである。
だって竜胆ちゃんを鍛えようっていうのに、彼女がずっとぐったりとしたままでは仕方なかろう。
案の定、背中でしんなりと伸びていた竜胆が、もぞもぞ動き出す気配がした。
「むむっ、こ、これは一体!? むうーっ! こ、こりゃユーマ、何をしておるのじゃ! そこは妾のおしり……!」
「あっ、ごめんむちむちでした!!」
「むきー!!」
竜胆が俺の頭をぽかぽか叩いてきた。
あいたたた。
「ふーむ、此方はますます、お前様のことが気に入ってしまいましたわ」
あっ、太夫まで寄ってきたぞ!!
俺は竜胆を降ろすと、凄い勢いで逃げた。
結構距離を離してから振り返る。
「そもそも俺たちを連れてく前に、こんなふうに油を売ってていいのか」
「ああ、それは、もうつきましたえ?」
「なにっ」
太夫が振袖の下から、白い腕を伸ばして指し示す。
すると、何も無かったと思われる場所が、突然ぱっと光り輝いた。
そこには、日本式の楼閣が佇んでいた。
大きさはかなりのもの。ぶっちゃけ、嗣子上の城より大きい。
だが、城と言う印象がないのは、その楼閣のあちこちが、無数に突き出た灯篭や明かりに照らし出され、柱や屋根も赤く塗られていたり……とにかく、大変混沌とした見た目だったためだ。
「皆も、お前様方を出迎えておりますなあ」
太夫は目を細めて笑うのだった。
かくして、楼閣の中に招かれた俺たちだ。
太夫の部屋だという、最上階の座敷に通された。
竜胆が落ち着かない風に、きょろきょろしている。
俺は俺で、なんかこういう作りの建物、アニメ映画であったなあ、などと考えていた。
そしてお茶が出てきたところでハッと我に返る。
「そういえば、竜胆ちゃんの鍛錬のために、おたくらに喧嘩を売ったんだった。そうしたら想定外の状況になってちょっとびっくりしているのだが」
「まあまあ。やっぱり、そうだったんで? お前様方、ほんに命知らずやわ。だけど、お前様ほどの力があれば、此方の国が一丸となっても、鎧袖一触。歯も立たんと思いますけど」
「うむ……。割と今までずっと、俺が一人でやってきたのだが、そうすると俺が帰って竜胆ちゃんが一人残った時が大変だろう。鍛えねばなのだ」
俺の言葉に、竜胆がハッとした顔をした。
そして、咄嗟に俺の袖を掴んでくる。
「ユ、ユーマは行ってしまうのか!? 妾を置いて!」
「あ、いや、帝に会っていろいろやったら、ほら、俺は元のところに帰るでしょ」
「そ、そうじゃったな……! ……どうしても帰ってしまうのか!?」
「むむうっ」
俺たちのやりとりをみて、太夫がころころと笑った。
「お前様……そういう面倒な
「買い被りだろう。俺は平々凡々と、思うままに生きてきたぞ」
「あら、天然……。ちょっと嗣子上の姫。これはなかなかの難物ですえ」
「何を言っておるのじゃ!?」
「あら、こちらも気付いてないわ。天然が二人……」
太夫はさっきから一体何を言っているのか。
そもそも、俺たちをここに連れてきたのは、茶を出すためなのか。
茶菓子がないぞ。
と思ったら出てきた。
黒い饅頭である。この色合いは黒砂糖であろうか。
俺と竜胆、真夜中だというのに物も言わず、饅頭をむしゃむしゃ貪る。
うめえうめえ。
「そも、お前様方をこちらにお呼びしたんは、決めていただきたいからやわ」
「決める? 何をだ。太夫の味方になるかどうかってことか?」
「そないなもの、敵に回られたら此方は破滅ですわ。だから、こうして穏便に茶をお出ししてますの」
「戦わないでよくそんなことが分かるな。あ、お饅頭おかわりください。お茶も」
「此方は色々な殿方を見て参りましたゆえ。此方の荒業が効かず、かと言って実力行使も通じそうに無い。敵に回したら終わりやと思うたのは、帝に続いて二人目ですわ」
饅頭とお茶が出てきた。
また、俺と竜胆はむしゃむしゃと食らう。
竜胆のいいところはこの食いっぷりだな。
お姫様とは思えないくらいに惚れ惚れとする食べっぷりだ。
この辺りは、うちの巫女たちの追随を許さん彼女の美点である。
「ううむ、腹がくちくなってきたら眠くなってきたのじゃ」
食って眠くなって寝る。
野生である。
明らかに油断ならぬ荒神憑きの居城だというのに、普通にうとうとし始める竜胆。
ハッ、もしや眠り薬が!?
「入ってやせんって。そもそも、お前様は寝とっても、此方にはその素っ首を落とせる気がしやせん。ですからな。決めていただきたいのやわ。お前様が帝の敵になるのか、それとも、この四州に留まって大人しくしてくれるのか……」
「聞くほどのことでも無かろう。敵ってわけじゃないが、竜胆ちゃんが帝に問いただしたいらしいからな。俺は一緒についていって、元のところに戻る方法を探すぞ」
「うむ……ユーマがいてくれたら、百人力じゃ」
「ああ……返答はそうなるやろうと思っておりましたけど……此方は、恐ろしく思いますわ。帝に遭って術を仕掛けた此方は、逆にあのお方に術を掛けられました。此方がこうして、人の命や財を弄び、吸血するが如き色町を作っておらりょるのも、全てはそのため」
じいっと、太夫が俺を見つめた。
その目の色が、変わる。
黒い瞳が金色に染まったのだ。
あ、これは何か降りてきたな。
『うぬの判断はとくと聞いた。世界破壊者、灰王ユーマよ』
「あっ、おたくが帝?」
『蓬莱帝なり。うぬの理解が及ぶように伝うるなら、朕はヤオロ星系第一移民団総督』
「やっぱSF世界の人たちだったか。お前ら、UFOとか呼ぶから絶対怪しいと思ってたんだよな」
『朕はこの地の管理システムと契約を結び、神々の管理を行なう者。ゴドー星系の管理官どもの情報は伝わってきておる』
「??? ??????」
竜胆が訳が分からない、と言う顔をした。
そりゃあ分からないだろう。
これはこっちの事情なのだ。
そんな会話をしていたら、俺の袖に入っていた、僧侶からもらった腕輪が勝手に外に飛び出してきた。
『やあやあ、蓬莱帝。お久しぶりですな』
『うぬか、第三総督。何ゆえ、世界秩序の破壊者に従っておるのか? 恥を知れ』
『こてんぱんにやられましてね。私は現実主義者なもので、世界が望む流れに身を委ねようかと思っていますよ』
『裏切り者め……! 我らが本隊到着の暁には、うぬへ厳正な処断が下されることであろう……!』
『長旅でボロボロになった移民団が、この星で力をつけた私を処断? ご冗談を』
「すごく仲が悪そう」
『仲が悪いのですよ、ユーマ殿。管理官たちも、互いにいがみあっていたでしょう』
詳しい事は分からんが、まあ、色々あるのだろう。
で、俺の思考はシンプルな答えに辿りつく。
「じゃあ、帝は俺たちの敵に回ると?」
『朕は蓬莱にある全ての
「全面戦争じゃないか。では……俺は全力で行くがいいか?」
俺もその気になった。
その瞬間、隣にいた竜胆が真っ青な顔になって倒れた。
帝とやらを降ろしている太夫も、顔が真っ白を超えて真っ青だ。
蓬莱帝が一瞬、押し黙る。
『後悔しますよ、第一総督殿。我ら来訪者を、実質一人で相手取ってここまで生き残っている男が、一介の戦士だなどとは考えないほうがいい。……もっとも、私としてはあなたがユーマ殿にひっどい目に遭って泣きそうな顔になるのを見たくてたまらないのですがね』
僧侶が、それはもう、性格の悪そうな物言いをした。
いや、こいつ性格悪いしな。
そして、蓬莱帝も性格は良くないと見た。
あっちの世界でも、フランチェスコは朴念仁でひたすら俺に敵対的だし、アブラヒムはニコニコ笑いながら俺を暗殺しようとするし、マリアは俺を見下そうとしてる態度を隠さなかったな。
うむ、なんかこいつら全員性格が最悪だな。
「よし、とりあえずよく分かったから、一旦通信は切るからな」
『切る? うぬは何を言って……』
「はい、どーん!」
俺は腰に召喚したバルゴーンを抜き放ち、太夫の周囲をなぎ払った。
その瞬間、太夫に降りてきていた何者かの気配が消え去る。
確かに手応えはあった。
『いやあ……ユーマ殿がずっと茶番をしているので、私としては退屈で仕方なかったのですが。いやいや、面白くなってきましたよ。第一総督め、こんな世界を作っていたのだなあ』
「どゆこと?」
『ユーマ殿は、大陸にて精霊王を復権させ、管理官たちを弱体化させたのですよ。そしてその精霊王が世界の実権を握ろうとしたところを、恐らくは彼らも世界の表舞台から放逐した。今、この世界は初めて、主無き状態に陥っているのです』
「俺のせいか」
『ユーマ殿のせいでしょうな』
「そうかそうか」
俺は僧侶の話を軽く聞き流す事にした。
そして、ぶっ倒れている竜胆と太夫を起こす。
帝を降ろしたというので、太夫は随分精神的に疲労したようだ。
竜胆は失神から、ぐうぐうと爆睡する状態に移行していた。
俺も面倒なので、そこで寝ることにしたのである。
なかなか大変な状況になってきたように思うが、まあいつものことなのだ。
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