第163話 熟練度カンストの寄り道者

 旅を続け、無事に熊野上に到着した。

 途中、刺客らしき者に襲われること七度。

 面倒な事この上なかった。


 だからルートを変更して、森の中を行こうと俺は進言するのだが、竜胆がとにかく頑固なのである。

 神様がたに直接願を掛け、報告せねばならないから正規の街道を使うべきである、と。


 俺としては、土地に明るくて頼れるのが彼女しかいないので、そう言われたら従う他ないのである。

 それに、正規の街道には利点もいくつかあった。

 それは、美味い飯を食えることである。


 寺によって名物料理が違っていて、どれも美味かったなあと思う。

 塩! 肉! 煮物! のエルフェンバインや、

 香辛料! 肉! 豆! のアルマースとは違う。


 アウシュニヤも使われている材料の制限があったのと、非常に暑い気候で食べ物が傷み易いため、たっぷりの香辛料を使っていた。

 美味いことは美味かったんだが、こう、胃袋にドシンとくる重さなんだよなあ。

 あと、コクが足りなかった。


 今、俺たちは熊野上の入り口で、手近なうどん屋に入ったところだ。

 入り口から見渡すだけで、うどんの店が三つあった。

 どれも立ち食いやら、狭い軒先で食うような簡易な店だが、どこからもうどんを茹でる湯煙が上がっている。


「妾もよく、お忍びでこの国のうどん屋には通ったものじゃ。店主もまさか、一国の姫がうどんを食べに来ているとは思ってもいるまい」


 得意げに笑いながら竜胆は言うが、さっき通過してきたこの国の関所。

 明らかに竜胆は顔パスだった。


 これ、下々の連中が竜胆のことを一目見れば分かるレベルで知ってるんじゃないか。

 帝が荒神憑きを討伐する命を出したというが、それは一般レベルまでは知れ渡っていないようだ。


 というか、それを伝えて魔女狩りみたいな状況になることを、帝とやらは恐れているのかもしれない。

 幾つもの小国を束ねたようなこの国は、俺が見る限りは平和だからな。

 竜胆が遭遇した、あの国攻めみたいなのがそもそもイレギュラーなのだ。


「来たぞ。基本はこの素うどんでな。これに用意された薬味を好きにかけて食らうのじゃ。わらわは別に掻き揚げを乗せるのが好みでの。この、始めサクサク、汁を吸ってふんわりとなった掻き揚げもまた乙で……」


「くそう!! 俺も掻き揚げを所望する!」


 なんて美味しそうに解説しやがる!!

 一つ、竜胆について言えることがある。

 この姫武者、食の好みが恐らく俺とバッチリマッチしている。


 彼女が美味いっていうものは俺もすこぶる美味いし、俺が大変酒に弱いように、彼女も酒をちょっと舐めただけで顔が真っ赤になる。

 魂の双子かもしれぬ……。


 二人並んで、ずるずるとうどんを食うのだ。

 ネギや鰹節、しょうがはゴロゴロと用意されているものを、自分で好きな具合に卸してうどんに掛ける。


 つゆは薄口だが、魚介だしがよく効いている。

 うむ、美味い。

 しみじみ美味い。


 そんな俺たちの背後を、何やら物々しい格好の男たちが走り回っている。

 奴らは俺たちに気付かないが、恐らくは竜胆を探しているのだろう。

 関所を通ったという情報が伝わっただろうからな。


 町の民衆は、不思議そうな顔をして、竜胆を探す男たちを見ている。

 町民にはやはり、詳しい事情が伝えられていない。


「騒がしいのう……。あ奴らは、熊野上の兵どもじゃな。熊野上も帝についたか。連なり島の道のりを選んで正解だったようじゃの」


 食事を終えた竜胆は、茶を啜りながら呟いた。

 ここに来るまでに、俺たちは服装を着替えている。

 竜胆は男物の旅装だし、俺もちょうど良いサイズの和装である。


 この国だと、俺くらいの身長は平均よりちょっと高いくらいになる。

 なので、幾らでも着られる服があるのだ。

 今までいた国は、でかい奴らばかりだったからなあ。


「どうする?」


「熊野上の者は、熊の荒御魂を宿しておる。奴らも嗣子上と同様、腕力に優れおるが、荒業を使うと体が大きくなるゆえ、ああやって鎧を身につけずにおるのじゃ」


「防御力は竜胆ちゃんとこが強いのか」


「鎧を着られる分、そうなるな。大きい事は強さではあるが、不便も色々あるゆえな」


 さて、と一服終えた俺たちは、店を出ることにした。

 そ知らぬ顔で町を抜け、街道へ向かう。

 また関所である。


「おっ、こちらに来られるとは珍しいですな。そちらはお供で? 良い旅を」


「うむ。……なんで、こうも関所の者たちは気さくなのだろうのう……」


 竜胆が考え込んでいる。

 それは間違いなく、みんな竜胆がお姫様だと知っているからではないかね。


 関所と、さっき竜胆を探していた兵たちとは命令系統が違うんだろうか。

 フレンドリーさに差があるな。


「まあよい。ユーマ、連なり島へは小舟が出ておるのじゃが、まだまだ遠い。その間、道すがらにでも、妾に剣の手ほどきをしてくれぬか?」


「ほう、竜胆ちゃんがついに剣を使うか。もっとも俺は剣以外からきしだから、それしか教えられないんだが」


 俺はその辺りの森に入り、ちょうど良い長さの枝を切り落とした。

 これをさっさと削って、持ち易いようにして……。


「木刀かや?」


「木刀の破壊力は馬鹿にできないぞ。まあ、こいつは針葉樹の枝だから弱いっちゃあ弱いが」


 かくして、剣の扱い方に関する講義を行いつつの道行きとなった。


 俺は以前、自らの経験と感覚のみで剣を振るい続けてきた。

 当時は剣を覚えたいという者に、見て覚えろと伝えていたものである。

 いわゆる武道についてある程度心得があるものは、それでもいい。だが、問題はスラッジのような素人や、竜胆のようなお座敷剣法みたいなものしか知らない人間相手だ。


「剣はな、基本的に扱いにくい武器だ。槍のように使うには短く、斧や矛のように斬るには力が入りづらい。独特の重心に慣れるのが大事だな。ってことで、素振りだ」


「ふむ……。面白くない話をするのう」


「基礎が面白いわけないだろう。いいか、ひたすらマシンのように死んだ目になって、便所にも行かずボトルに用を足しながら雑魚を狩り続けて肉体の奥底に剣ってものを叩き込むのが普通なんだぞ。数千、数万、数百万、経験点にしておよそ億を超える数字を叩き出して初めて、剣という道の入口に立てると言って過言じゃない。摩耗した精神、退行したコミュ力、衰えた体力、そしてそれだけが天井知らずに突出した剣術スキル……! ああ、俺は何やら時間をドブに捨ていていたような気もする」


「い、言っている内容は分からんが、お主、何か凄まじい経験をしてきたようじゃな……? 分かった。大人しく地道な訓練をするとしよう」


 竜胆は納得したようである。

 俺だって、VRMMOゲーム『ジ・アライメント』を遊びだしたころはへっぽこだった。

 それを、ひたすら剣術スキルを上げたことでそれなりの腕前になったのだ。


 いや、ある瞬間から他人との比較に意味が見いだせなくなり、ただただスキルを上げていたな。

 気がついたらこの有様だ。


 人生を捨ててゲームにつぎ込んだ結果の剣術スキルが、今の俺を形作っている。

 人生何が役に立つか分からんものだ。

 俺から剣術スキルを取ったら、服がパサッと落ちる。


 そんなわけで、道すがら、俺は竜胆に剣の稽古をつけることにした。

 基礎の剣の振り方を覚え込ませる。

 だが、これの基本は、今手にしている木刀という得物の性質を覚えることだ。


 俺の感覚だが、蓬莱というこの国は平和な国だ。

 戦いと言っても、奇襲で一国を焼く程度。奇襲だから大きな争いも起きず、一方的な殺戮となる。


 戦場は狭く、兵器もさして出てこない。

 つまり、木刀という武器を限界まで使いこなすことができるならば、この国ならいいところまでいけるだろうと俺は考えているのだ。


 だが、案の定素振りをする竜胆の顔がつまらなそうだ。


「竜胆ちゃん。その木刀の先にあの狐みたいなやつの頭があると思って振るのだ」


「尾長ッ!? ぬぬぬぬぬーっ!! ううう、うりゃああああ!!」


 木刀が空気を裂いて、凄まじい音を立てた。

 竜胆は怒りとともにパワーを増すタイプだな。だが案の定、狙いが甘い。


「その大振りでは当たらないんじゃないかしら」


 俺が言うと、キッと睨んだ。


「そんなことは無いぞ! 妾はこの一撃でうち殺すつもりでやったのじゃ! これが当たらないなどということは」


「殺気を込めるのは良いことだ。だが、込め方がな。こう」


 俺は竜胆の木刀を借り受けると、直前を見据えながらそいつを振りかぶった。

 息を吐きながら、まっすぐに剣を振る。

 風が吹いた。俺の木刀の切っ先から、我先に逃げるように。


 振ったと思った瞬間には、切っ先は地面すれすれで停止している。

 木刀の先では、羽虫が一匹死んでいた。

 当ててはいないんだが、俺の剣の気みたいなのに当てられて死んだようだ。


 真横で、ドサッという音が聞こえる。


「はわ……はわわわわ……」


 竜胆が腰を抜かしてへたり込んでいた。


「大振りは別に悪くはないんだけどな。殺気を込めて放つなら、そいつで相手の動きを止める。これ基本。俺は相手の虚をついて仕留める方が楽だからそうやってるけど、剣術って戦い方のアプローチは色々あるのよ」


 竜胆を助け起こしたら、足腰がふにゃふにゃだ。

 なんかしがみついてきたので、支えてあげた。うひょー、柔らかい!


「あぷろおち、と言われても……。なんじゃ、ユーマの言葉はわかりづらい!」


「うーむ。実践するとさらに分かりづらいと言われるしなあ。……ここは、ちょっと基礎の基礎、精神論的なところから一緒に実践していくしかないかあ」


 人に物を教えるとは、とても難しいことである。

 俺と竜胆とで、実戦形式の稽古をやってもいいのだが、実力が離れすぎているとそもそも学ぶ側が学び取る事も難しかろう。


 ここは、竜胆にクリアできる程度の試練を与えて、俺が補助しながらその状況を突破する。

 そういう成功体験が良いのではないかと思う。

 ちょうど、アウシュニヤでスラッジに、ライバルである兄王子を手にかけさせたのと一緒だ。


「竜胆ちゃん、連なり島に行く前に、聞きたいことがあるんだけど」


「聞きたいこと? なんじゃ?」


「あのさ、評判の悪い荒神憑きとかいたりしない? こう、人を取って食うとか、そういう噂のあるような」


 竜胆がいやそうな顔をした。


「なんじゃ、お主、知っておったのか。連なり島に面するところに古い砦があっての。そこら一帯はそやつの領地なのじゃ。確か、身無上みなしがみと言ったかの。旅人は迎え入れるが、時折帰ってこなくなるという……」


「そこに行こう」


 寄り道決定なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る