第161話 熟練度カンストの巡礼者

 ここは、大國寺と言うお寺である。

 竜胆が住んでいたここは、四州という大きな島で、四つの国があるのだとか。

 で、嗣子上の国には大國寺と、幾つかの有名な寺がある。


「願を掛けるためにお寺を巡礼するのじゃ!」


 いきなり竜胆がそんなことを言ったのだ。

 俺はびっくりして、


「そんな事をしたら刺客とかが色々襲ってくるのではないか」


 と危惧を口にした。

 すると、竜胆は口をへの字に曲げて、


「だってだって、妾はこれから大きな宿願を果たそうというのに、神にそれを報告しなくてどうするのじゃ。誓い無き願いなどありえぬのじゃぞ!」


「えっ、お寺には仏様じゃなくて神様がいるのか!」


「ホトケ……? よく分からぬが、寺ならば神がおわすのは当然じゃろ?」


 日本によく似た世界だけに、色々と常識が食い違うと戸惑うな。

 ともかく、竜胆がやりたいと言っているのである。

 俺としてもお寺を巡礼するとか経験が無いので、興味があるといえばある。


「途中には巡礼者目当てのお店がたくさんあっての。お寺を巡る旅路は聖なる道となっておるから、帝であっても手出しはせぬはずじゃ。美味しいものがたくさんあるぞ」


「行こう」


 わあい、美味しいもの大好き。

 かくして俺たちは、竜胆の願掛けのため、お寺を巡る旅に出た。


 最初の寺は大國寺。

 嗣子上にごく近いお寺で、山の上にある。

 石段が百段以上積み上がっているところを、一つ一つ飛ばさずに昇っていくのだとか。


「おお、なんとも風情のある……」


 苔むした石段、頭上まで張り出した松の木。


「さ、行くぞ。上には冷えた茶を出す店があっての。妾はあそこの餅が大好きで……」


「餅ですって」


 俄然やる気が湧いてきた俺である。

 二人縦に並び、意気揚々と階段を上がっていく。

 日差しも晴れて、空気は清らか。


 気候はちょっとだけ、俺が知る日本よりも温暖だろうか。

 ……あ、このあたりは四国かな? だとしたら、関東圏にいた俺にとっては暖かい地方かも知れん。

 いやあ、黙々と階段を上がるのも良いものですなあ。


「待て! 待て待て!! ぬしら、嗣子上の竜胆姫とその従僕であろう!!」


 いきなり邪魔が入った。

 石段の途中である。


 横合いの松の木の影から、一人の男が現れたのだ。

 手には馬鹿でかい十字槍を持っている。


「うぬっ、貴様は何者じゃ!!」


 竜胆が声音も鋭く誰何すいかする。

 すると男は、かっかっか、とかそれっぽい笑い声を立てた。


「わしは世に名高き十字槍の使い手、魔神峠の甚三じゃ!」


「誰だか知らんけど、語尾にじゃをつける人が二人いるのはややこしいから退場願おう」


 俺はすいっと進み出た。

 俺にだって許せないものはある。

 例えば、せっかく妾っ娘の竜胆ちゃんがいるのに、男のくせに語尾が被るような奴が出てきた時だ。


「ほう、お主は何者じゃ? まさか無手で、わしの十字槍とやり合おうというのかな? わははは! 槍とやり合う! こりゃ傑作じゃ!」


「うむ、ユーマ、やってしまえ」


 竜胆のこめかみに青筋が立っている。

 今、彼女と俺の気持ちは一つになったぞ。

 俺は無言でバルゴーンを召喚すると、槍を持った奴に駆け寄る。


「ふははは! 不用意に槍の間合いに入るとは素人め! そうれ!」


 槍を突き出してきた。


「そおい」


 俺は槍を縦に真っ二つに割った。


「ほぎゃあ」


 槍が壊れて、悲鳴を上げる男を、俺は石段の上から蹴り落とした。


「ほぎゃあああああ」


 転げ落ちていく。

 ふう……。悪は滅びた。


「なんだったんだろうな、あれ」


「恐らく……常上の者が、妾の首に懸賞金でもかけておるのじゃろう。そして、妾を仕留めたら仕官できるという話が、ああいった奴原やつばらに知れ渡っているはずじゃ」


「そうか。だがあんなレベルなら問題ないだろう。あれ、大道芸に毛が生えたようなもんだ」


「うむ、口先だけの男じゃったのう」


 かくして俺たちは、刺客? らしき者をちょろっと倒して大國寺に入ったのである。




 ちょっと騒がしかった外とは売って変わり、寺の中は静かなものである。

 竜胆いわく。


「蓬莱では、寺の中には神がおわすからの。刃傷沙汰などもってのほかなのじゃ。神々は言うなれば、帝と並ぶ格を持つ存在。怒らせればその地に害や祟をもたらすからのう」


「帝と言う人も手出しをできんのだな」


「そういうことじゃ。これから宿泊には、寺を使うのが良いじゃろう」


 なるほど、そういう意味も込めての巡礼だったか。

 確かに、野宿は手慣れたものだが、いつまでもお姫様である竜胆を野宿させておくのも忍びない。

 お風呂にも入れてあげたいしな。


 寺門は朱塗り、ところどころ赤い色がはげかかっているが、これはこれで味がある。

 門をくぐると、ちょっとした庭園のようになっている。

 そこでは、先達の巡礼者たちが俺たちの様子を伺っていた。


 外でどんぱちやったからな。

 だが、深いことは詮索しないのがここのルールなのだろう。

 何も聞いては来ない。

 いや、紳士危うきに近寄らずというやつか。


 俺たちは庭園を抜けると、参拝所に向かった。

 がっしりとした本堂の奥に、歪な形をした大きな石が鎮座している。

 あれが御神体か。


 竜胆は石に向かって柏手を打ち、何事かをもごもご口の中でつぶやいている。

 願をかけているのだ。

 よし、俺も。


(リュカが怒っていませんように)


「ユーマも熱心に拝んでいるな。よいか、ここでは己の決意を神に伝えるのじゃ。神とは見守ってくれる存在じゃが、願いを叶える者ではない」


「えっ、そうなの」


「願っても良いが、神々は聞き流すぞ。生暖かい顔をして見ているだけじゃ。もっとも……生贄を捧げたり、決まった段取りで願を掛ける儀式を行えば、その限りではないが」


 竜胆の話が長くなりそうだったので、揃って茶屋に移動した。

 お寺が経営しているのだそうで、石段を昇って汗をかいた巡礼者から、ここでちょっとお高い冷茶でもてなしつつ、お金を落としていってもらうのだそうだ。


 世俗に塗れておるな。

 だが、粒あんたっぷりのお餅は大変美味しかった。


「つまりじゃのう。冬に井戸で水を浴びて願をかけたり、夜に生贄を捧げながら呪う相手の人型に釘を打ち込んだりじゃな」


「こわい」


 俺もよく知っているスタイルの儀式だった。

 だが、こっちの世界は普通に神様がいるっぽく、効果もそれなりにあるそうだ。

 そして同時に、願掛けでも呪いでも、決まったパターンをずれてしまうと、願掛けなら不幸が、呪いなら自分に呪いが降りかかると。


「俺だって呪い返しくらいはするしなあ」


「お主、そんなことまでできるのか……」


「うむ。呪いの気配を感じたら、こう、剣で切り払うのだ。そうやって呪い返しされても呪われるだろ? やっぱり呪いをかけたらいけないんだな」


 当たり前の結論に達した。

 のんびりしていると、向こうからお寺の尼さんだという妙齢の女性がやってきて、竜胆とおしゃべりを始めた。


「ユーマ、今日はあと一つ先の寺まで行けそうじゃ。そこに連絡を取ってくれるそうじゃからな、次の寺……熊谷ゆうこく寺で宿を取るとしよう」


「通信手段があるのか……」


「鳩じゃな」


「伝書鳩!!」


 曲がりなりにも、このあたりを治める国の姫であった竜胆。

 なかなか顔が利く。

 持つべきものはコネだなあ、などと俺が感心していると、門の近くにいた巡礼者たちがざわざわし始めた。


 何だか騒がしい者がそこにやって来ている。


「はー、はー、はー……み、み、見つけたぞ、竜胆姫! それから、そこ! お前!」


 あ、さっきの槍使いだ。

 名前はなんだったっけ……。忘れた。


「お前はなかなかの使い手! さぞや名のある剣士と見た!」


「ここではない場所ではそこそこ知られているな」


「やはり……!! お前を倒せば、我ら・・の名も上がるというものよ! 行くぞ、魔神峠十七人衆!」


「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」


「うわーっ、ぞろぞろ出てきたぞ」


 一見してクローン人間みたいなのが十七人並んでいる。

 いや、顔立ちも体格も得物も違うんだが、纏っている雰囲気が恐ろしくそっくりなのだ。

 こう……沸き立つようなへっぽこ臭というか。


「寺院の中で荒事を起こそうとは……!」


 尼さんが顔をしかめた。

 竜胆も奮然と鼻息を荒らげる。


「うむ、けしからん!! ユーマ、ちょっと懲らしめてやるのじゃ」


「えっ、俺?」


「……わ、妾が行ってもいいのじゃが、さすがにあの人数は……」


 あ、竜胆が弱気になった。

 確かに、彼女の能力らしきものは効果も地味だしな。魔法っていうわけでもない。

 多勢に無勢では相性が悪かろう。


「分かった。では、さっさと片付けてこよう」


「寺の外でな!」


「誘導しないといけないのかー……」


 ちょっと面倒くさい。

 俺は記憶を呼び起こす。

 確か、昔の時代劇で戦場を変える時は……。


「よし、こっちだ!」


 俺はバルゴーンを抜くと、十七人衆とやらの中に飛び込み、おざなりに奴らと剣を合わせて無駄にチャンバラしつつ、寺の門の外へ出ていく。


「ええい、追え、追えー!」


 本当に追ってきた。

 お約束の世界である。

 そして、門の外からはもうお約束終了だ。


 出て来る端からぶん殴って、石段を蹴り落としてやる。

 最初の槍使いも、転げ落ちていったのにピンピンしてるから、これくらいじゃ死にはしないだろう。


「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」「ぐわーっ」

「ば、馬鹿な! 魔神峠の十七人衆がこうも呆気なく!!」


「お前で最後な。そいっ」


「ぐわーっ」


 最後に残った手ぶらになっている槍使いは、普通に後ろから蹴落とした。

 片付けてから気づく。

 こいつら、竜胆が言うところの荒神憑きでは無かったな。


 明らかにただの人間で、ちょっとだけ武器を使える程度だった。

 これがもし、あの幻術を使う連中だったらもうちょっと厄介だった。


 奴らがこの世界のルールを無視して、寺の巡礼者に化けて襲い掛かってきたら、俺と竜胆はともかく、他の人間に被害が出ただろうな。

 その辺も想定して対策を立てねばなるまい。


 門の向こうで、竜胆が手を振っている。


「厚意で、茶と餅をくれるそうだぞ! はようこちらに来い、ユーマ」


 うむ。

 対策を考えるという頭脳労働には、甘いものが必要なのだ。

 今度の餅には、あんこを倍もかけてやろうと思いつつ、俺は寺の中に戻っていった。

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