第160話 熟練度カンストの団子者
燃え盛る城下町と森を抜けて、俺と姫武者は歩いていくのである。
竜胆は強硬に、
「この鎧は父上から頂戴したものじゃ! だから捨てていくわけにはいかん!」
とか言うので、ほうほうと思い、そのまま燃える森の中を抜けたのだが、やっぱり鎧は暑苦しくて重くて嵩張って、彼女は炎と煙の中でダウンした。
俺はバルゴーンを使って、煙や炎をバッサバッサと切り払っていたのだが、振り返ったら姫武者がぶっ倒れているではないか。
スッと近づいて、
「これは断じていやらしい気持ちではない。人助けである」
と念仏のように唱えながら彼女を武装解除した。
そして、着物姿になった彼女を背負って燃える森を抜けたのである。
振り返ると、見渡す限りの森が燃え上がっている。
枝も葉もしなびていたので、もともと燃え上がり易い状況になっていたのだろう。
「そう言えば……。飛ばされたときは夜だった気がするのだが、こっちは昼だな」
はたと気付く。
そして感じるのは眠気である。
俺はどこか眠れそうな場所を探して、道なき道を歩いた。
小腹もすいているが、俺は基本的に食に関するサバイバル能力が皆無である。
その辺のものを拾い食いすると死ぬ自信があったので、ひとまず我慢して燃えてない森の辺りまでやってきた。
どういうわけか、この辺りは木々も青々としている。
一見すると広葉樹なのだが、大きな木が多い。
根っこが深くまで張っていて、地下水なんかを吸い上げているのかもしれない。
この辺りだな、と目星をつけて、根本で休憩することにした。
竜胆を適当なところに降ろして、俺はぐうぐうと寝始める。
ぽかりと頭を叩かれて目覚めた。
「いたい!」
「こら! ようやく目覚めたか!」
目を開けると、青ざめた竜胆の顔がすぐ近くにある。
うわあ、近い近い。いい匂いがする。
「お、お、お前! 妾の鎧はどうしたのじゃ!」
「うむ、脱がせて置いてきたでござる」
「ぬ、脱がせて!!」
今度は赤くなった。
「いかがわしい事はしてないぞ。何せ、俺にはそういうことをする度胸はないからな……!」
そこだけは自信を持っていえる。
「ううう……そ、それならば……。というか、あの鎧は代々、嗣子上に伝わるものだったのだ……! あれを捨て置くなど、とんでもない!」
「しかしあれでは目立つし嵩張るし、常に私はここにいますって主張しているようなものだ。お腹すいた」
「ぐぬぬ……」
竜胆は、理性では理解できても、感情では納得できないようだ。
多分頭はいい娘なのだろうな。
そして、俺が空腹を訴えたので、
「ちょっと待っておれ」
彼女は立ち上がり、その辺りの繁みに顔を突っ込んだ。
何やらくんくん嗅いでいる音がする。
臭いで食べ物を探すのかしら。
「ほれ、これじゃ。この茸は生で食える。それからこの瑞葉という山菜も、若い茎の皮を剥けば食えるぞ」
あっという間に、山の幸をどっさりと持って来た。
すごい。
リュカ並のサバイバル能力だ。
俺はまず、茸を裂いて食ってみた。
味があまりしないが、香りがいい。うむ、生でも食えるな。
次に山菜。皮を剥くとトロリとした汁が出てきて、甘みがある。水気も多くてこれも美味しい。
「瑞葉の数は限られておっての。飢えている民が取り尽くしてしまえば、二度と生えてはくるまい。これを多く作る事ができれば、餓える者は減ったであろうにの……」
遠い目をして言う。
対して、俺は食べるのに夢中であった。
何せ、竜胆が採って来た山の幸が、どれもこれも美味い。
茸はシャキシャキとした食感で、後味さっぱり。山菜はトロトロでなんか食べた感が凄い。他にも木の実や木苺などが様々。
うん、サバイバル勝負、竜胆の勝ちだ。
彼女は美味しくて安全な食べ物を知っているから、これはリュカより上だな。
リュカは知識として知っているが、竜胆は臭いを嗅ぐ事で、その植物なんかの性質が分かるらしい。
便利だが、姫武者らしからぬ能力である。
むしゃむしゃと食べ続ける俺を、竜胆は呆れ顔で見ていたが、すぐに彼女のお腹もぐう、と鳴った。
竜胆はちょっと頬を赤くして、山菜を食べ始める。
しばし無言である。
ともにお腹がくちくなった頃合で、周囲はとっぷりと日が暮れた。
「普段なら寝る頃合なのじゃ。油が勿体無いからのう。じゃが……妾は全く眠くない」
「竜胆ちゃん気絶してたからね」
「ちゃん!?」
「様」
「……い、いや、お主は妾の家臣でもないわけだから、ちゃん、で良い」
おお、寛大な措置。
「俺も、夜だった世界から飛んできたから、さっき昼寝して全く眠くないのだ。では夜に動くか」
「うむ。妾は夜目と鼻が利く。色々あったが、お主に救われた身じゃ。今度は妾がお主を先導しよう」
竜胆は立ち上がると、「荒業」と呟いた。
なんとなく、彼女のおかっぱ髪がちょっとだけ逆立った気がする。
空は満点の星空。
星明りを受けて、竜胆の目が光っている。
唇から牙が伸びてる気がするな。
「ついて参れ」
竜胆はのしのしと歩き出した。
繁みを掻き分け、木々の間を抜ける。
完全に周囲が見えているようで、足元に突き出した硬い盛り上がりなどをひょい、と越える。
「そこ、竹の子が生えておるぞ」
「ほんと!? そいっ」
竹の子と聞いては黙っておられぬ。
俺は硬い盛り上がりを剣で斬った。
すると、断面も瑞々しい竹の子ではないか。
うおお、山の幸バンザイ!!
今までいた世界は、どことなく欧州っぽくて、食べ物もそれなりに美味いし物珍しくてよかったのだが、やっぱり和食的な食材は懐かしくなるものだ。
「呆れた刀の切れ味よな……。その大きさなら、灰汁を抜かずとも食べられよう。……一人で食うでないぞ」
「うむ……竜胆ちゃんと山分けだな」
「ちゃん……。う、うむ」
その辺りで腰を下ろして、竹の子の刺身としゃれ込む。
塩も醤油も無いのだが、また竜胆が辺りから、香りを付けられる生薬みたいな草を見つけてきたので、美味しく頂く事ができた。
竜胆、便利すぎる。
森の中を踏破しているというのに、食生活が大変充実しているぞ……!
「風のにおいが変わったの。森を抜けるぞ」
竜胆が、顔をやや上向きにさせて鼻をくんくんする。
可愛い。
そして、ぎゅっと鼻筋にしわを寄せた。
「これは……。常上の馬鹿者どもが、街道にまで火を掛けおったか……!! 人が住めぬ地になってしまうぞ……!!」
怒ってる。
「なるほどなるほど、では行ってみよう」
俺は、推測や予想を立ててあれこれ言う主義ではない。
とりあえず動いてみるタイプである。
立ち止まった竜胆の横を抜けて、真っ直ぐに歩いてみた。
数歩進んだかと思うと、いきなり視界が開ける。
そこは、踏み固められた道になっていた。
「あっ」
「おっ」
俺が顔を出したら、ちょうどどこかの兵らしき男がいて、びっくりしているではないか。
奴の手元には松明みたいなものがあって、カチカチと石を弾いているところだった。
「く、くせもの」
「せいっ」
バルゴーンでぶん殴る。
男は白目を剥くと、ばたんと倒れてしまった。
「……この辺りを見回っている者がいるようじゃな……」
竜胆も続いて現れた。
声を潜めている。
「こいつら、竜胆ちゃんの国に結構たくさん来てたのか?」
「いや、尾長が連れている人数は、百名より少なかったはずじゃ。お主……ユーマが斬った数を考えると、もう半分も残ってはおらぬじゃろう」
「それじゃ、こいつは最初に言いつけられた命令に従ってただけかね」
「尾長はユーマが斬ってしまったからのう」
おや、名前呼びになった。
ちょっとは親しみを感じてくれたのだろうか。
とりあえず、ちょっと連帯感が出てきた俺たちは、倒した兵をふん縛り転がしておいた。
「殺さなくていいのか?」
「……無駄に、命を奪う事はあるまい。妾とて、本当はこのようなこともしとうない」
「そうか。そこは竜胆ちゃんの選択を尊重しておく。ただ、今は戦時みたいなもんだし、敵の数は少ないほうが後々楽になるんだがな」
「……お主、随分と荒んだものの考え方をするのじゃな……」
「そうかなあ……?」
「そもそも、そうみだりに命を奪うということはじゃな……!」
「うむうむ」
なんか竜胆の中のスイッチが入ったらしくて、色々言ってくる。
うむ、綺麗ごとではあるが、そういうの大事だよね。
「ま、汚れ仕事は慣れているからな。どうしても無理になったら、俺に振ればいい。俺はとりあえず、竜胆ちゃんのやり方に合わせるよ」
相手を立てて、心象を良くする俺の作戦である。
郷に入らば郷に従えって言うしね。それに俺が帰るためのヒントは、竜胆ちゃんが握っているかもしれないのだ。
良い関係を築いておくに越した事は無い。
ということで、しばらくの間、遭遇する兵たちは片っ端から気絶させて、森の中に放り込んで行った。
森に程近い、街道脇を進んでいく俺たち。
時折、宿場みたいなものがあるのだが、例外なく焼き払われていた。
徹底している。
「……おいしそうな匂いがするんだけど」
「なんじゃ。ユーマ、また腹が減ったのか!?」
だって、焼けた家から甘く香ばしい香りが漂ってくるのだ。
この辺りに住んでいた人間は、みんな外に引きずり出されて殺されたようで、決して人が焼けた臭いなどではない。
なんというか……これは……そう、炭水化物が焼ける匂いだ。
放置されている死体を、とりあえず穴を掘って埋めて、拝んでおく。
これは二人がかりの作業だったが、竜胆はパワフルに地面を掘り起こすことができるので、スムーズに進んだ。
事が終わってから、焼けた家の中を探る。
どうやら茶屋だったようである。
作りかけだったらしい団子が見つかった。
よく焼けている。
「おお……団子だ……」
俺はそいつを手に取ると、周囲を見回した。
このままでは、ただの焼き団子に過ぎない。
何か味を付けられるもの……。
そして見つかるのは、朱塗りの
開けてみれば、なんとも豊かな醤油の香りがする。醤油タレだ。
俺は団子にたっぷりとタレをつけて、みたらし団子の完成だ。俺はこいつを一息に頬張った。
うん。
うん、うん、これ、これ。
現代世界にいたころは、みたらし団子は好きじゃなかったんだが、長く離れていると味覚と言うのは変わるものだ。
実に美味い。
多分、米じゃなくて米粉や、別の穀物を混ぜて使っているのかもしれないが、間違いなくこれは団子だった。
いやあ……、これだけでも、この世界に来て良かったと思える。
リュカたちにも食べさせてやりたいなあ。
「ユーマ! 何をしておる! 火事場泥棒などするものではないぞ、みっともない!」
顔を突き出してきた竜胆がうるさい事を言い始めた。
潔癖な娘である。
「だが竜胆ちゃん、団子が美味いのだ」
「むっ」
俺は彼女の唇の端から、涎がこぼれかけたのを見逃さなかった。
「それに、作られた団子を無駄にするのはそれこそ勿体無いだろう。ここは俺たちが処分してやることが供養になるのだ」
「くよう、とはよく分からんが、い、言われて見ればそうじゃのう。妾も団子を処分する手伝いをしてやろう……」
かくして、二人並んで山ほど団子を食う俺たちなのであった。
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