第156話 熟練度カンストの来訪者
ムーバーンという町は、実に奇妙な姿をしていた。
大きな洞穴が崩れたあとに作られた町だというから、さぞやひんやりと涼しく、薄暗い狭苦しい町を想像していたのだが、その話をしたらリュカが否定してきた。
「へんなことを言うユーマね。だって、そんな暗くていやーなところだったら、誰も観光になんていかないでしょ」
「それもそうか」
なるほどと頷いた。
そして、綿密に時間単位で建てられたデートプランを持って、町に赴いたらだ。
そこは、壮観な光景が広がっていた。
熱帯雨林と思われる木々の群れが、パッと開ける場所がある。
そこには、山の中ほどまでがえぐりとられた場所があり、それこそが崩れた洞穴なのだという。
奥は緩やかな下り坂になっており、恐らくは大きなビルが悠々と収まってしまいそうなほど、天井が高い。
周囲には洞穴跡まで入り込んできた木々が生い茂り、驚くことに小川まで流れていた。
そう言えば、プリムが小川があるとか言ってたっけ。
「これはこれは、なかなか凄いところじゃないか」
うぬー、と俺が唸ると、リュカもうんうんと頷いた。
「あちこち穴が空いてて、光が入ってくるのね。すごく変わったところだと思う。ね、行こ、ユーマ!」
最初はちょっと恐る恐る。
そして、意を決したかのように、俺の腕を取るリュカ。
ぎゅっと、腕を抱きしめられた。
「お、おう、行こうか」
「いやちょっと待てよお前ら!? いきなり出てきてなんでそんなのどかな会話をしてやがる!?」
突然声がかかった。
おや……?
囲まれている。
物騒な格好をした、山賊のような連中だ。
「あのな、リュカ」
「なあに?」
「おっ、おい俺たちを無視するな!!」
「俺はな、こいつらがもしかして、デスブリンガーの一味じゃないかと睨んでいたんだ。いや、展開的にそうなるのがお約束ってやつだろ?」
「またユーマのよく分からない話が始まったのね。うんうん。そうだね、ユーマはおかしいと思ったんだよね」
「うむ、おかしいと思ったのだ。だが、ここにいるのは、見ろ。冴えない普通の山賊じゃないか。どこにでもいる山賊だ」
「おおおおおおお前らあああああ!? ばかにするのもいい加減にしろぉぉ!! ええい、てめえらかかれーっ!! この頭おかしい二人をやっちまえー!!」
ということで、何やら挑発みたいになってしまったようで、町の入口で戦うことになってしまった。
実に不思議である。
俺はリュカをエスコートするような姿勢のまま、バルゴーンを空いた右腕に召喚する。
リュカは左手を宙にかざし、そこにシルフを呼び集めた。
突き掛かってくる山賊。
俺はこいつを、バルゴーンで受け流す。
「うおおっ!?」
「デートの前に流血はよろしくないよね」
「うん、シルフさんが嫌がるから」
「よし、全員峰打ちで行こう」
二人で町の入口に向かって歩きだす。
左側方から襲いかかろうとしていた山賊たちが、突然生まれた突風に煽られて吹き飛んだ。
あるいは、竜巻が発生して吹き上げられていく。
対して、右から襲い掛かってくる連中を、俺は後方に受け流しながら、剣の腹で頭をぶん殴っていく。ちょうどいい角度で殴ると、こいつらの脳が揺れて失神するのだ。
顎を殴るのがてこの原理的には楽なのだが、まあ同じ効果を与えるように調整して頭を殴ってやっても問題は無い。
前に転がすと進む邪魔なので、なるべく右脇か後ろに受け流す。
「うおわーっ!?」
「こ、こいつら強いぞ!!」
「まだ腕組みなんかしやがって! 余裕か!!」
「ええい、矢で射ろ! 矢で!」
今度は矢が飛んできた。
しかし、狙いがひどいひどい。
俺が戦った相手の中で、一番狙いがひどいんじゃないだろうか。
俺たちが適当に歩いているだけで、勝手に狙いが逸れていく。
「ユーマ、それはシルフさんたちが頑張ってるのよ」
「あっ、そうでしたかすみません」
俺、リュカとシルフたちに謝る。
謝りながらも、まとめて掛かってきた山賊を三人ほどなぎ倒す。蹴倒す。
「よし、リュカ、左右交代だ」
「おっけ!」
俺たちはダンスをするみたいにくるりとポジションを交代して、別方向の山賊たちを撃退する。
リュカが呼び出したガルーダが、右翼側の山賊たちをまとめて吹き飛ばした。
俺はちまちまと左翼側の山賊たちをあしらい、受け流し、リュカの仕事が片付いたと見るや、彼女を抱き上げた。
「きゃっ! ……あれ、これってもしかして」
「うむ……ギュッとしててください」
「うんっ!」
むぎゅっとリュカが俺に抱きついてくる。
そのまま俺は、得物を大剣に変えた。
スイングは横ぶりで、インパクトの瞬間で軸をずらして面で打つ。
一人、二人、また一人。
山賊たちが吹き飛んでは、仰向けになって気絶する。
「おお、お前ら、一体ーっ!!」
「お前で最後だな。おりゃあ」
ごいん、と鈍い音がして、山賊のボスらしき男の目玉がひっくり返った。
膝から崩れ落ちる山賊のボス。
放っておけば、そのうち誰かがふん縛るだろう。
俺は剣を消すと、リュカをお姫様抱っこの体勢に持ち上げた。
「むふふ……なんか、運動しちゃった」
「うむ、俺もあったまってきた。テンション上がったし、観光していこうか」
「うん!」
そしておかしなテンションになった俺たちは、この姿勢のまま町に入ったのである。
「おお、山賊を倒してくれたのですね……エエーッ!? なんでお姫様抱っこーっ!?」
門番が目を回しているのをよそに、身体検査をしてもらう。
危ないものは一切持っていないので、そのまま通れるわけである。
とは言っても、門と町を包み込む塀はさほど高くない。
何せ、外から町の様子がしっかりと伺えるくらいだ。
門番に聞いてみたら、
「いやあ、あまりに高い塀は、町の中からの景観が悪くなるんですよ。ここは旅人たちが落としていくお金で潤っている町ですから、守りよりも見た目重視で……」
「そこを山賊に狙われたと」
「ええ。本当に助かりました」
そんなことになっていたらしい。
「あの程度の規模なら、我々でも問題ないのですが……実は、この辺りにいた食い詰めものの傭兵や無職の連中をかき集めている勢力がいまして。そいつらが、この町を欲しがっているようで。詳しくは町長が知っていますが」
「うん、そうか。頑張ってくれよ……!」
俺はリュカを地面に下ろした。手が疲れたのだ。
そして、門番の肩を力強く叩き、この話はここでおしまいにする。
俺たちはデートにやって来たのだ。
山賊だって倒したのだ。
既に、デートプランのスケジュールからちょっと外れかけている。
これから急いでこのプランを消化せねばならないのである。
山賊の影に謎の組織が……みたいな話に関わっていられるか!!
俺たちは町の中でいちゃつくぞ!!
そんなホラーものならフラグみたいなことを考えつつ、俺とリュカはもりもりとムーバーンへ入っていった。
「きゃっ! ふえー、ここから川になってるんだねー」
リュカが小川に踏み入れて、冷たさにびっくりしたようだ。
ここは、遊べる場所になっていて、どうやら洞窟の奥底から湧き上がっているらしい水が、外に向かって流れ出している。
小川の始まりというわけだ。
とても冷たくて、出始めのあたりはとても透き通っている。
これが町から出ていく頃には、生活排水なんかが混じって、俺たちがよく知るばっちい川になると。
「おお! お客さんかい? こんな物騒な時期なのによく来てくれたねえ。たっぷり楽しんで、お金を落としていっておくれよ!」
どうやら水汲みに来たらしいおばさんが、俺たちに声をかけていった。
水が湧く、一番水がきれいなところで汲むわけだな。
「はい、お世話になりますー」
リュカがにっこり笑って手を振る。
俺たちは水遊びのために、小川に浮かせて遊ぶおもちゃなどをレンタルする。
ちなみに。
デートプランには『ちょっとロマンチックな小川沿いを歩きながら、さりげなくリュカと手を繋ぐ』とかある。
実際には。
「あはははは! あははははは!」
「ふはははは!」
共に上着を脱いで小川に入り込み、水にあひる型のおもちゃを浮かせて、二人でそれに水をかけて進ませているところである。
あひるの尾翼の辺りが水を受ける形になっており、そこに水をかけると、勢い良く進んでいく。
基本的に水の抵抗が大きい形をしており、簡単には流れていかないようになっているらしい。
下流に行っても塀の辺りで引っかかるので、回収も簡単と。
そして、これがまたシンプルな遊びにも関わらず楽しいのだ。
何せ、この世界は娯楽らしきものが殆ど無いからな。
水をかけられて、あひるのおもちゃが『ぶっぶー』とか鳴いた。鳴きながらぴゅーっと進む。
「それーっ!」
リュカが追いかけていって、水をかける。
するとまたあひるが、『ぶっぶー』とか鳴きながら進んでいった。
「あはははは! 進んだー!」
「うむ、リュカの水掛けは命中率が高いな……! 俺も負けんぞ! おりゃあーっ」
気合を入れて水を跳ね上げようとしたらだ。
俺は川底のつるつるっとした石の上で、足を滑らせてしまったわけである。
「うーわー」
流されていく。
「ユーマ!? またユーマが流されてるー!!」
リュカがびっくりして、文字通り水面に飛び上がる。
そして、風の精霊を使ってか、川の上を走ってきた。
彼女の力強い腕が、俺の手をがっしりと掴んで引き上げる。
「大丈夫!?」
「うひいー、死ぬかと思った……! 俺はちょくちょく、泳げないことを忘れてしまうな……! ……むっ!?」
俺はハッとした。
水辺にて、リュカと手を繋いでいる。
よし、これはノルマ達成だな。
この後は、美味しいものを食べるとか、夜景の綺麗な宿を取ってロマンチックな気分になるとか、そういう感じだ。
よし、この流れでやっていこう。
恐らく、状況を監視しているシャドウジャックあたりがいる気がするのだが、俺とリュカがプランどおりに動くと思ったら大間違いだ。
大体どんぶり勘定になり、プランに似て異なる動きをするようになるのだ。
「次はご飯だな」
「ご飯!? 行こう!」
リュカのテンションも最高潮。
いいじゃないか、いいじゃないか。
これは、もしかして、俺って初デートできっちりエスコートできているってことは、才能があるんじゃないのか……!?
はしゃぐ俺たちを、水を汲み終わったおばさんが微笑ましげに眺めていた。
「若い人はいいわねえ。こうやって、前みたいにお客さんたちもやって来てくれるようになればいいけど。でも……なんだって、ムーバーンを狙って三つ巴の組織が山賊を率いて争うような状況になっているのかしらねえ……」
説明的なセリフで物騒なことを言うのはやめるんだ……!!
フラグと言う奴ではないのか。
俺は、とにかく事が終わるまで何も起こらぬまま過ぎることを祈るのであった。
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