第155話 熟練度カンストのデート者2
「お久しぶりです灰王様ー。ついに覚悟を決められたとか。お后様になられるリュカ様はご機嫌うるわしゅうー」
真っ先に表れたのはプリムである。
森を掻き分けて、甲冑を着込んだ大柄な男を乗り物に、堂々たる登場だ。
頭足類から進化したマーメイドである彼女は、髪の毛が触手で、肌はぬるぬるネトネトしていてひんやりしている。
そんな訳で、長い時間人間の肌に触れていると低温火傷を起こすとかで、乗り物になっている男の甲冑は、特殊な石が座席の形になっている。
ちなみにこの甲冑の男、元は俺の敵だった集団の一人で、盾使いのフトシという男だ。
すっかりプリムに気に入られ、彼女のペットみたいな扱いになってる。
「なんだか、デートなるものをされるとか。面白そうなので後のことは秘書のパラムに全部任せて来ちゃいました」
パラムというのは、水の精霊王に囚われたプリムを助ける時、協力してくれたマーメイドのことだ。上司が奔放だと大変そうだなあ。
「うんうん、なんかそういうことになったんでよろしく頼む。アリエルが怖くて大変なんだ」
「お任せですよ!」
プリムがドーンと胸を叩いてみせると、イカっぽい肌がプリンと揺れた。
胸とかあるんだよな。どういう構造なんだろうなあ、本当に。
次にやってきたのは、上空だった。
プリムの登場にざわざわとざわめきつつ動揺する村人たちが、恐慌状態に陥る。
というのも、
「あっ、ゲイルちゃんだ!」
リュカが走り出す。
空を飛んでいるのは、懐かしき有翼の亜竜ゲイルではないか。
ゲイルはドワーフの女族長と、なぜかリザードマンの長を乗せてやってきたのだった。
グオーンとか鳴きながら、俺に突撃してくるゲイル。
うおー、顔をぺろぺろ舐めるんじゃない。
そうすると、俺の懐に入っていたアイラーヴァタが対抗意識を燃やして、飛び出して巨大化して俺を鼻でなでなでし始める。
「あはははは、ユーマ、もてもてだね」
「いや、これはこれで大変なのだリュカさん」
鼻水とよだれでべとべとになってしまった。
「やあ灰王殿。どうやら覚悟を決めたそうじゃないかい? あたしも旦那がいる身だからね。先輩として助言してあげようじゃないか」
「灰王様が巫女様がたと結ばれれば、もはや灰王の軍勢は磐石。我らリザードマン喜びに耐えません」
「あ、お、おう。よろしくね」
ドワーフの女族長は経験者だし、リザードマンは今回の話を慶事だと言って、いても立ってもいられなくなって駆けつけたらしい。
ありがたいんだが、色々重いぞ。
そして最後に、村の真ん中の広場が真っ二つに割れた。
村人たちはもう恐怖のあまり固まり、誰もが地に伏してなんか祈っている。
その中央から出現するのは、巨大な緑色の竜だ。
緑竜が大変派手な登場をしたのである。
そして、周囲を睥睨して、ひれ伏す村人たちを見てちょっと気分がよくなったらしい。
しゅるしゅると小さくなって、人間の女性の姿になった。
『ついこの間別ればかりですが、健勝ですか灰王よ』
「なんで竜であるあなたが直接来ちゃったの」
『面白そうではありませんか。それに、この事を好ましく思っているのは私ばかりではありませんよ』
「おう! 俺も来たぞユーマ! なんだお前、とうとう男になるのか! がっはっは!」
緑竜の後から地面を割って飛び出してきたのは、見上げるような身の丈の鬼である。
オーガのギューンと言って、俺と仲が良い土の種族の青年だ。
「うむ……。なんか、あけすけにあちこちにその事を祝われてとても恥ずかちい」
「誇れ! お前の色恋は、俺たち精霊界の種族全てにとっての祝い事なんだぞ! お前たちが成したガキが、将来俺たちの世界を背負って立つんだからな! そうだな、後で良いからお前、土の巫女とも子供を作れ」
『それはいいですね。ローザと言うあの娘の子なら、利発な子に育つでしょう。生まれたら私が教育してあげましょう』
「あの、まだその話題は早いんで……」
向こう側でローザがこの会話を聞いて、目を白黒させている。
あいつ、色恋沙汰には疎いらしいし、こと自分にそれが降りかかってくるとパニックになるタイプかもしれん。
「皆さん、よくぞお集まりくださいました! これは、灰王ことユーマさんの今後を決める上で大変重要な案件を話し合うためです!」
集まったとんでもない面子を前に、堂々と口上を述べるアリエル。
初めて出会った頃に比べて、肝が据わったなあ。
「お二人とも前に来てください。お二人の意見も聞きながらデートコースを決めていきます」
「ゲイルちゃん連れてきていい?」
「……じゃあ外でやりましょう」
俺たちは広場を借りて、話し合いをすることにした。
とりあえず、村の長には俺が頭を下げて、悪い事はしないんでちょっと貸して、と話を通しておく。
「あんな恐ろしいものを引き連れてるなんて……あんた、一体何者なんだい」
「うむ。戦士ユーマだ」
説明になっていない。
だが、詳しい話などそれこそぶっ飛んだ内容ばかりで理解できまい。
ということで、適当にお茶を濁し、プリムが持って来た珍しい海産物などで買収しておく。
「よし、村人はどうにかなった。続けてくれ」
「あっ、すみません。私ったら、ついカッとなって動いちゃって……。村の方々にはご迷惑を。それはともかく、プランの草案は私のほうで作っておきました」
広場で車座になった俺たち。
プリムにフトシ、ドワーフにリザードマンに緑竜、そして見上げるようなオーガと、そのオーガよりも二周り以上大きな有翼の亜竜、そして小山のようなゾウ。
おお、これは大変な騒ぎだな。
とりあえず、アイちゃん2は小さくしておく。
アイちゃん2はまた俺の膝をよじ登り、懐に納まると、ご機嫌でパオーンと鳴いた。
ゲイルが羨ましそうに見ている気がする。
何だお前、小さくなりたい願望があったのか。
「デートのポイントは、このムーバーンでいいと思います。この町は、崩れた巨大な洞穴に作られた観光地にもなっており、アウシュニヤや東のほうの国からも、旅人がやってくるとのことです。特に、洞穴だった天蓋にはヒカリゴケが密生しており、夜になると幻想的な輝く空を見ることができるということで、お二人の雰囲気を盛り上げるにはうってつけではないかと」
「いいんじゃないでしょうか。近くには小川しかないんですねえ、残念。マーメイドたちを連れて灰王様のいいところを見に行こうと思ってたのに」
『崩れたと言いますが、洞穴に危険は無いのですか? それと、宿泊する宿は夜景を眺められる場所が良いのではありませんか』
「雰囲気を盛り上げるなら、まずは酒だね。いい酒があるところなのかい? ことは酒の勢いでやっちまうのが一番いいのさ」
「穴ぐらか……落ち着く場所のようだな……」
「なんだユーマ! こういうお仕着せの逢い引きじゃなくてだな、男ならドーンと行けドーンと!!」
「ごほん、皆さん、貴重なご意見ありがとうございます」
アリエルが意見を受けて、紙上のプランを修正していく。
植物の精霊を使った魔法で、インクのように紙の上に染みを作るものがあるのだそうだ。
これによって、染みの形を自在に操る事ができるので、一旦書いた文書も修正が効く。
「では、このように修正を」
「では私はこういうアイディアを」
『これでどうかしら』
「なんだい弱い酒じゃないとだめなのかい?」
「穴ぐら」
「ガハハ」
俺はポカーンとして見ているだけである。
隣でリュカは、ゲイルの鼻先を撫でている。
他の巫女たちはというと、サマラとアンブロシアは真剣に会議に耳を傾けている。
ローザは……あ、寝ている。
最近だらけてきたな、この元女辺境伯。
少し時間が経って、村人たちからおやつが差し入れられた。
そいつをみんなで食べながら、一休みだ。
……しかし、なんでデートプランなんかにここまで真剣になってるんだ。
俺は他人事みたいな気しかせず、再開する会議を眺めている。
すると、そこへ村の長がやって来るではないか。
「ああ、すまんな。もうすぐ終わってみんな帰るから」
「いや、そうではないのです。あなたがた、もしやムーバーンへ行かれるのですか」
「うむ、そういうことになっているらしい……」
「悪い事は言わぬ。おやめなさい」
とても真剣な表情である。
何事だろう。
「もしかして、噂ほど大したことないとか」
「とんでもない! ムーバーンはこの地域最高の旅の名所です。この地を旅するなら、必ず立ち寄るべき場所です」
「ならどうしてか」
「それは……」
長はきょろきょろすると、急にささやき声になった。
「最近、ムーバーン周辺に、出るのです……」
なんか、怪談を話すみたいな感じでとても怖い。
「出るって……何が」
「あの町を狙って、奇妙な賊が」
「なーんだ」
俺は大変リラックスした。
そしてよく考えてみると、例え幽霊みたいなものが出たとしてもそんなに怖くないことに気付く。
「まあ問題ないよ。なんとかする」
「しかし……、噂によると恐ろしく強いとか。ターマイヴ王国の兵士も、今ではムーバーンに寄り付きません。いや、ターマイヴ王国自体がその賊と関わっているという話も……」
「ははあ」
面倒な話になってきた。
そんなによろしくないところなら、あれだな。
デートプラン変更だな。
「なあリュカ」
「ん? なあに?」
返事は高いところから降ってきた。
いつの間にかゲイルの首に乗っている。
「なんかさ、ムーバーンは色々厄介なことになってるってさ。どうする?」
「んー」
顎に指を当てて、考えるリュカ。
「それって、いつも通りってことだよね。私たちが来たところ、全部今まで、平和だったところなんて無かったでしょ」
そう言えばそうだ。
「それにさ、色々あったら色々あったで……ユーマは助けちゃうでしょ」
「助けないかもしれん」
「えー」
厄介事に巻き込まれると、今回のアウシュニヤのように大変なことになるしな……。
あれはあれで、とても疲れるのだ。
この世界に来てから、どうもおかしな事ばかりに巻き込まれている気がする。
「巻き込まれたら放っておけば良かったんじゃないの? 私のことだって、みんなのことだって、素通りできたでしょ」
「いや、リュカをスルーしたら俺は野垂れ死ぬじゃないか。……ハッ」
俺はその瞬間理解した。
あれだ。
リュカを助けねば俺は死んでいて、リュカを助けて俺が生きててこうなっているということは、これは天命ではあるまいか。
なんか覚悟が決まってきたぞ。
即ちこれは俺が選んだ運命なのだ。
「よし、じゃあ、物騒な町でデートをしようではないか……!」
「うん、行こう!」
そういうことになったのだった。
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