第二部 和の国の魔剣士編
第154話 熟練度カンストのデート者
アウシュニヤを出て、アイちゃん2こと巨象アイラーヴァタに揺られながら旅を再開なのである。
アウシュニヤ王国から東は、徐々に湿気が増し、熱帯雨林的な気候になってくる。
今まで日差しを避けるために、ちょっと布地多めの格好をしていた俺たちも、自然と解放的にならざるを得ない。
「見て! みてみてユーマ様! ほらっ」
「ウワーッ! サマラやめろー際どい姿で迫るんじゃなーいっ」
なんかもう、サマラが胸元を放り出してるんじゃないかくらい際どい姿を見せてくるので、驚きのあまりアイちゃん2から転げ落ちそうになった俺である。
今のところ、巫女たちの中で最も積極的に迫ってくるのが彼女。
露出多めでボディータッチを狙ってくるので、俺は大変分が悪い。
次いでアンブロシアで、彼女は一言で言うならキス魔だ。
酔っ払うとキスしてくるし、普段もちょっと何かあるとチュッとしてくるので、大変俺は分が悪い。
つまり、俺はどのような状況でも大体分が悪いのだ。
「ええいっ、抜け駆けは許さないよサマラッ!」
「またアンブロシア! あんたごときのパワーでアタシは止まらないんだからっ」
「こ、このバカ力女ーっ!」
アンブロシアに羽交い絞めにされながら、彼女を背負ったまま近づくサマラ。
奴め、明らかに馬力が増している……!!
俺にとって最大のピンチが訪れようとして……。
「はい、そこまでよ」
「うわーっ」
「きゃーっ」
横合いから出てきたリュカが、サマラとアンブロシアをちょいっとひっくり返した。
あれ知ってる!
フライングメイヤーっていうプロレス技だ。
二人あわせて百キロは越えているはずだが、それを受け止めた上に、サマラの首に腕を掛けながらもろともに投げてしまう膂力。
「うおー、リュカかっこいいー」
「えっへん」
俺が投げかけた賞賛に、彼女は力こぶを作ってアピールして見せた。
「それ、女子に投げる褒め言葉じゃないですよね? ですけれど、リュカさんみたいな小柄な方がよくぞ、一回り以上大きなサマラさんをアンブロシアさんごと投げ飛ばせるものです」
「リュカのあの力は、腕力だけでなく体幹が優れているのだろうな。力だけでなく、相手の重心を崩す方法を身につけているのだろう」
アリエルとローザが解説の人みたいである。
サマラはアイラーヴァタの尻の上辺りで目を回しているし、途中で吹っ飛んだアンブロシアは今まさにゾウから落下するところ……あかん!
「やべえっ」
俺はバルゴーンを手に取ると、それを大剣に変化させた。
「あぁっ、ごめん! シルフさんお願い!」
リュカが俺の意図を読み取って、強い風を吹かせる。
巨大化させた剣の腹で風を受け、俺は宙に踊った。
シルフが局地的に吹かせた突風に乗り、俺はすぐさまアンブロシアに追いつき、キャッチ。
「!? あ、ゆ、ユーマ! 一体あたしはどうなってるんだい……!?」
「まあ結果オーライということで」
アイちゃん2が降り立った俺に気付いて、パオーンと鳴きながら立ち止まった。
このゾウさん、どうも俺に懐いているようなのである。
振り返ってのっしのっしと歩いてくると、俺とアンブロシアを鼻で摘み上げて、背中の上に乗せた。
「アンブロシア、ごめんなさい! 思わずぽいっと投げちゃった」
「あー、いや、リュカは悪くないさね。あたしの力じゃサマラを抑え切れなかったのが悪いんだよ」
「そんな! 人をまるで馬鹿力みたいに」
「馬鹿力じゃないのさ?」
「なにおう!」
「なにさ!」
二人がムキーッとか言いながら掴み合いになった。
こいつら、こう見えていざとなるとコンビネーション抜群だったりするからな。
これもじゃれ合いみたいなものだろう。
だが、最近妙に二人の激突が頻繁な気がする。
「なんでだろうなあ」
「なんでだろうねえ」
俺とリュカで並んで首をかしげていると、アリエルがガクッとうなだれた。
「決まってるじゃないですか。ユーマさんがいつまでも彼女たちにお預けを食らわしてるからですよ。きちんと気持ちに応えてあげなくちゃ……」
「気持ちに……応えるですって」
「そうです。気持ちに応えるんです。つまるところ……ユーマさんは彼女たちとデートして、ちゃんと行くところまで行ってください」
「なっ……なんだってえ!?」
道沿いに村があったので、立ち寄って一休みする。
アイラーヴァタでのっしのっしと近づいたら、村中がパニックになった。
ということでゾウさんをポケットサイズにしておく。
俺の懐から、アイちゃん2が顔と前足をだしてご機嫌でパオーンとか言っている。
「ここは食事をできるところはあるのか?」
現地の言語はアウシュニヤ語に近いということで、ローザが大活躍だ。
地元民と会話し、食事を分けてもらえることになった。
小さな村なので、商売などはしていないらしい。
みんな農耕と採集、狩猟を行い、取れたものを加工して、アウシュニヤやこの奥にあるムーバーンという大きな町に売りに行くのだとか。
ちなみに、俺はこの世界に来たときに得たらしい能力で、あらゆる言語をニュアンスで理解して、それっぽい感じで会話できるようになっている。
なので俺が通訳をやってもいいのだが……。
「ユーマに通訳をやらせると、何故かとても不安でな」
ということでローザにやらせてもらえない。
かくして、俺たちは旅人用だという家に案内された。
代金として、途中で俺たちがとった獲物を渡しておく。貨幣はあるものの、村の中ではあまり使われていないようだ。
「さて、それでは、これから重要な案件に対して会議を開きます」
車座になった俺たち。
目の前には、煮たタイ米みたいなものに野菜や鶏肉が入って、香草で味付けしたものが用意されている。
これをパクパク食べながら談笑しようとした矢先だ。
アリエルが上座に陣取り、突然会議なんていう事を言い始めた。
「会議ってなんだい? 何を話そうっていうんだい?」
鶏肉をもぐもぐやりながらアンブロシア。
香草が合わないらしく、摘まんで外に置いている。
「それは、アンブロシアさん、それからサマラさん。お二人ならばよく分かっている案件です。最近、お二人ともぶつかる事が増えていると思いませんか?」
「……そう言えば……。アタシ、アンブロシアに止められないためにちょっと筋肉つけたのよね」
「サマラ、あんた隠れてそんな事を……! こうなったら精霊を使うしかないみたいだね……」
「うぬぬ、そうなったら戦争よ……! アタシの火の精霊の全力でお相手を……!」
「まさにそれです!!」
ビシィッと二人を指差すアリエル。
ドーンッて感じの迫力で指し示されたものだから、サマラもアンブロシアも目を丸くして固まった。
エルフってクールでいつもスカしているいような印象があったが、アリエルは基本的に熱い人だ。
学級委員長タイプだな。
「お二人がそうやって争う原因があるんです! それはなんだと思いますか! はいサマラさん!」
「あ、アタシ!? え、えっと……その……そもそも、アンブロシアが止めてくるから悪いので……。アンブロシアだって、ユーマ様にしょっちゅうキスしようとしてるから」
「きっ、キスくらいいいだろう!? あんたなんてユーマの貞操を狙ってるじゃないのさ!」
「じゃあアンブロシアはユーマ様と、その、もっとこう、深い感じでいろいろしたくないの!?」
「……し、したくない、わけじゃないけど」
おっ、アンブロシアが赤くなってもじもじし始めた。
これはサマラが一本取ったな。
「何を他人事みたいに構えてるんですかユーマさんッ」
「は、はいっ!?」
俺はビクッとして、米を掬っていた匙を落としてしまった。
「あー。ユーマったら仕方ないんだからー」
リュカが布で、俺の膝の上にこぼれた米や汁をぬぐってくれる。
「事の原因はあなたです、ユーマさん。さっきも話したとおり、ユーマさんが態度をキッチリと決めてですね。きちんと彼女たちの気持ちに応えてあげる事で、状況は解決するのです」
「解決って」
「そ、そうよ。アリエルはそう言うけどさ。アタシはほら、その、リュカ様を差し置いてってのはちょっと気が引けるっていうか……」
「何を今更言ってるのさ? ま、まああたしも、納得できないのはこう……順番みたいなのが大事かなって」
「?」
リュカが場の注目を浴びる。
彼女は首を傾げていて、何も理解していない顔だ。
俺は何となく、彼女たちが言わんとしていることを察してはいる。
だが、基本的にそういう経験が全く無い俺である。
もし口出しをしてそれが間違っていたら多大なダメージを受けるので、じっと静かにしておく。
「では、お二人もご納得の上ですね。……リュカさん!」
「!? はいっ!?」
リュカはいきなり呼ばれたから、驚いて座ったままの姿勢で飛び上がった。
あれはどういう原理なんだ。
座禅を組みながらジャンプする要領かな……?
「リュカさん、あなたは誰よりも一番、ユーマさんとの付き合いが長いですよね」
「うん、そうだよ」
「ですが、リュカさんとユーマさんの関係は、その割には全く進んでいません」
「う、うん、そうだね」
「ここは、お二人の関係を進めましょう」
「う、うん……って、え、えええええええ!?」
「ごふっ」
今まで状況を見守りながら、黙々と食事をしていたローザが吹き出した。
鼻に入ったらしく、咳き込んでいる。
「遠からずそうなるのですから、早急に男女の関係になってください!!」
「ふえええええええっ!?」
「おお……」
いつの間にか、俺とリュカがアリエルに詰め寄られる形である。
「これから私たちは、精霊女王レイアが呼び出してしまった異世界の者たちと戦わねばならないというのに、こうして色恋沙汰でどたばたやっている暇なんて無いんですから! それにほら! 空に開いた穴もそのままですから! ユーマさんの世界と繋がりっぱなしなんですよ!? 絶対近いうちにとんでもない事が起きます! その時に、柔軟にみんなで動けるようになっていなくてどうするんですか!」
「おお……言われて見ればそうかなって気がしてきた」
俺、納得。
リュカもアリエルの迫力に押されて、頷いている。
「ということで、次の町ではお二人にデートしてもらいます。きちんと二人きりで楽しんで、遊んで、そして雰囲気を作ってきちんと……その……なさってきてください!!」
「や、その、そうゆうのは、ほら、自然に……」
「自然にしてたらリュカさんずっと進展しないんじゃないですか?」
「うっ」
やばい。
今日のアリエル強いぞ。
一気に我が一行のパワーバランスが変わったな。
「それじゃあ、私はプランを立ててきます。ちょっと四大属性の主を召集して会議を行なってきますから」
「うわあ
アリエルは近場の森とエルフの森のパスを繋ぎ、風の代表アリエル、水の代表は久々のマーメイドのプリム、土の代表はよりによって緑竜、火の代表でドワーフの女族長を集めて来た。
村の一角が魔境みたいになっている。
かくして、俺とリュカのデートプランを練る会合が始まったのである。
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