第153話 熟練度カンストの後見人

 パオーン。

 今日もアウシュニヤの戦場に、象さんの鳴き声が響く。


「うわーっ!! でかい象だー!!」

「くっそ、皮が厚すぎて矢も槍も通らねえ!」

「うわあ、騎馬隊がひっくり返されたぞ!」

「逃げろ、逃げろーっ!!」


 北東から攻めてきた騎馬民族が、真っ向から粉砕されて敗走して行く。

 俺は象さんの上からこの光景をのんびりと眺めていた。

 既に、この国に滞在してからひと月目になる今では、何度見たか分からない光景である。


 毎週毎週、別の方角からアウシュニヤを攻めてくる連中がいる。

 それを、あの神様の置き土産である象さんと、この国の軍隊で撃退していた。


「いやあ、壮観ですねー。この象さん、アイラーヴァタって言うんでしたっけ? 手のひらサイズからうちの長老様サイズまで大きくなっちゃうし、可愛くもあるんですけど」


 アリエルが象さん……アイラーヴァタ改め、アイちゃん2の頭の辺りに腰掛けて、ナデナデしている。


「おほー、ザラッとしててほんわか暖かくて、良い手触りですねえ……」


「ほう、どれどれ……」


「あっ、ローザ動かないで! あんた鈍いんだから落ちちゃうって!!」


 アリエルの言葉に興味を惹かれたようで、ローザが恐る恐るアイちゃん2の頭まで動いてくる。彼女の腰のあたりをキャッチして落ちないようにしているのはサマラだ。一番体格が大きいからな。こういう仕事をしてもらうと大変ありがたい。


「そもそも、こういう役割はユーマ様がすべきだと思うんですけど!」


「うん、俺だとこう、ムラムラっとしちゃうので……」


「別にムラムラしてもいいじゃないのさ? あたしたちはいつだって、あんたが来てもいいって思ってるのにさ?」


 それを言われると逃げ場所が無くて大変困る。

 アンブロシアはサマラと並んで、積極勢の双璧であるから、言っていることがシャレにならない。


 いや、俺としては本当にお願いしたいくらいではあるんだが、こう、いつでも手が届いてしまう状況になるとね。

 モラトリアムな期間を少しでも楽しんでいたいというか、何というか……。


「あたしにはよく分からないねえ……。サマラと二人きりだってのに、何もしなかったそうじゃないか」


「二人きりだと何をするの?」


 アンブロシアの言葉に返答したのはリュカだった。

 あまり良くわかってない顔で、首を傾げている。


「そ、そりゃあ、二人きりとなればあれじゃないのさ」


「あれ?」


「そ、その、ほら。愛を確かめる行為っていうか、その、つまり……」


「?」


 いいぞリュカ!

 何気に純情なアンブロシアは、天然なリュカにたじたじだ。


 純粋な知的好奇心から尋ねていっているのだろうが、水の巫女様は直接的な単語を口にするのが大変恥ずかしいと見える。

 うむうむ。可愛いものだ。


「ユーマ! 何をニヤニヤしながら頷いてるんだい!? 元はと言えばあんたがー!」


「うわー」


 俺はアンブロシアのだだっこパンチでポカポカやられてしまった。

 リュカもその様子が面白かったようで、ニコニコしながらだだっこパンチをしてくる。


 うおっ! リュカさん、普通に効きますその一撃ッ……!

 俺が女子二人にぽかぽかやられていた所で、それを羨ましそうに見ていたサマラ。何かに気づいたようで、ローザを小脇に抱えながらアイちゃん2の上で立ち上がった。


「ユーマ様、なんだかお城の人たちが呼びに来てるみたいですよ」


「ほうほう」


 俺も振り返って、サマラが見ている方向に目をやる。

 その隙に、リュカが放った一撃が俺の側頭部を大変素晴らしい角度で打ち抜き、バランスを崩した俺は象さんから落下していくのであった。


「あーっ! ユーマーっ!!」




 手のひらサイズに縮小したアイちゃん2を持って、俺たちが向かった王城。

 そこは、王戦の際に壊されてしまった城ではない。

 リュカが呼んだゼフィロスが叩き落とした、黄金の船である。


 多分これって宇宙船なんだが、今は僧侶の厚意でお城として使わせてくれている。

 壊れてしまった城はただいま再建中。

 国中の労働者と、さらには外国から来た労働者も集まって、大掛かりな作業が行われているのだ。


 これは大変な雇用を産んだらしく、アウシュニヤ王国の人口は、俺たちがやって来た時よりも三割ほど増えている。

 大量の労働者たちを当て込んだ商売もあちこちで始まり、ちょうど貧民窟も全滅したことで、そこに労働者たちの街が出来上がったりと、この一ヶ月はまさに怒涛のように過ぎて行った。


 俺たちはすぐに旅立っても良かったのだが、そこはそれ、後始末というやつである。

 俺が関わったあの神様との戦いで、王国は物理的に大ダメージを受けてしまった。

 そういうことで、ある程度王国が再出発できる形を整えるまで、残ることにしたのだ。


 うちの嫁たちは、個別の部屋を用意されたのだが固辞したようだ。

 俺の部屋にみんなで集まってきて、馬鹿でかいベッドでぎゅうぎゅうになって寝ている。


 これを見かねたのか、新王がさらに二回りくらいでかいベッドを用意してくれたので、余裕を持って全員で寝られるようになった。

 嫁たちが牽制しあっているので、今のところ俺の貞操は無事である。


「やあ、来られたな、王の後見人殿」


 俺たちを出迎えたのは、大変SFチックな形状をした謁見の間と、SF椅子にしか見えない玉座だった。

 玉座の脇には、顔を変えた僧侶が立っている。


 こいつは俺を危険扱いして、いきなり神様を呼び出してぶつけたりしてきたが、話せば分かる男であった。

 どうやらこいつ、俺を自分と同じような、この世界の文明を発展させるために来たエージェントみたいなものだと思っていたらしい。

 だが、別にそんなものでもなんでもなく、ただのニートが異世界にやって来ただけだと知って、すっかり肩の力が抜けてしまったようだった。


「私が見た所、君のそれは他者から与えられたギフトでもなんでもなく……ふむ、何らかの力で得た経験や技能……そういう抽象的なものが、正確に現実のものとして再現されてしまった状態だ。君は少なくとも、その剣の腕だけで、我ら文明の管理官のギフトと渡り合うことができるだろう。常識はずれにも程がある」


 とのことである。

 まあ、それで結局、こいつはネチネチと俺に嫌味を言ってきたのだが、その晩に行われた国を挙げての飲み会で、二人で潰れるまで飲んで意気投合した。


 いやあ、俺もあいつもすげえ酒弱いのな。

 貧民窟が潰れたってのに、速攻で飲み会を開ける辺りがいい性格をしているよ、この国。


「ユーマ!」


 玉座から立ち上がって俺を出迎えたのは、新王である。

 一見して少女にも似た小柄な彼は、今はまだ豪奢な衣装に着られている、という印象だ。


 スラッジ王。

 彼は人懐こい子犬みたいな態度で俺を待っていた。


「いよう」


 俺は手を上げて、ぶらぶらと入ってくる。

 大変無礼な態度なのだが、それを見咎める者は無い。

 まあ、神様と喧嘩して真っ向からぶっ倒すような男に、何か物を言える奴などおるまい。


「……なんで、ユーマは両脇をサマラさんとアンブロシアさんに支えられているんですか?」


「うむ、それには深い理由があってな」


 リュカが大変申し訳なさそうな顔をしている。

 アイちゃん2から落ちて尻を打って、尻が腫れているのだ。


「それで、俺を呼んだ理由は?」


「はい。ユーマたちが時間を稼いでくれたお陰で、我が国の防備も固まりまして。労働者も多く、これで城壁の強化も成すことができるでしょう」


「おおー、そりゃあ良いことだ。この国、本当にあちこちから狙われてるんだもんな。俺がドタバタやったのを、国が弱ったとか混乱してると思って、ガンガン襲ってきやがる」


「後見人殿は、よくぞ剣を控えてくれた。君がその力を存分に振るってしまっては、世界のバランスが崩れる。この世界の民は、この世界の民と戦ってこそ、なのだ。まあそれも……幻想が現実を侵食するまでの間だが」


「ファンタジー世界の連中はこっちまで来てるのか」


「ユーマさん、私がこっちに来たのも、北方に広がってきた、異なる森のエルフから新たなパスの技法を学んだおかげなんですよ。彼らの肌は黒かったですが」


「ダークエルフかあ」


 僧侶は肩を竦めた。


「世界を管理する時計の針は、逆戻りするどころか異次元に振れ始めた。切っ掛けは後見人殿、君の出現だ。しかし起こってしまったものは仕方がない。ともかく、この国における君の協力には感謝するよ。それも終わりが来たということだ」


「なーるほど。じゃあ、俺は自由に外に行ってしまっても構わんと」


「はい……。出来うることなら、ユーマにはずっとこの国に残り、僕に色々なことを教えてほしいのですが……」


「よせやい。俺はただの引きこもりニートに毛が生えたようなもんだ。今はやれる力があるから好き勝手やってるだけで、お前に何か教えられるような人生経験は積んでない」


 俺は、サマラとアンブロシアに離れるように言い、一人で立った。


「まあ、理不尽な状況は大体片付いた。で、お前は王となった。これで十分だ。それで、外からやって来た厄介者は去り、新たなアウシュニヤ王国が始まる。そういうこった」


「はい……。ユーマ、どうか、お元気で……!」


「おう。またそのうち遊びに来る」


 それが、俺とスラッジの別れだった。

 これで俺は、こいつから助けてもらった恩くらいは返せただろう。

 自己満足の範囲だが、あまり関わりすぎても面倒事が増えそうだ。


「で、アイちゃん2はもらっていっていいか?」


「アイラーヴァタを手懐けてしまうとは……。インドラの再生にはあと百年ほどかかる。その間なら貸与しても構わないよ」


「おう、じゃあしばらく借りる」


 足ゲットである。

 象さんは俺のポケットから顔を出して、パオーンと鳴いた。


「では、その代わりに依頼しよう。君がこの世界で起こした事象と、我々管理者がこの世界に来た理由には様々な関連性がありそうだ。私ははこれに興味を抱いたのだが、悲しいことに我が船はこのように地に落ちた」


「うむ」


「これを身につけたまえ。私とリンクしたデバイスになる。これを君が身につければ、私はある程度の知覚をそちらに飛ばせるようになるだろう」


 僧侶が差し出したのは、腕輪のようなものだった。


「どういうことなん?」


「簡単に言えば、私の調査に協力して欲しいということだ。どうやら私がこの箱庭で遊んでいるうちに、世界は恐るべき速度で変化してしまっていたらしい。だが、私はあくまで個人に過ぎない。西方の監察官たちとやり合うには力不足でね。手出しも調査もなかなか難しい状態だった。それも……君がいれば状況が変わる」


「これを身に着けてれば、あんたが色々調べられるってことか」


「そういう事だよ。まあ、これからよろしく頼む」


 そう言いながら、僧侶は爬虫類のような笑顔になった。


「……つまりどういうことなんですか?」


「メタな話を説明してくれる奴が出来たってことだよ」


「メタ……?」


 アリエルには分からんだろうなあ。

 かくして、俺たちは旅立つことになった。

 僧侶の話では、彼のような管理者とかいう、外の世界から来た連中がまだ世界には色々いるらしい。


 で、僧侶のように自分の世界だけで満足してるやつもいれば、もっと良からぬことを企んでいる奴もいると。

 更には、デスブリンガーの連中もまだまだ世界に散らばっている。


 別に俺たちがどうにかする義理は無いんだが……。

 俺の今後を考えるためにも、もうちょっとこいつらを相手にしながら考え事をしようと思うのだ。



 ──新王の後見人・了

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