第151話 熟練度カンストの登城者2

 翌日である。

 城に向かうことにした。

 ロープでふんじばったローヒトを連れて行くのだが、この男、一晩で随分やつれた気がする。


「それはもう、いつ自分が殺されるか分からぬとなれば、身も細るだろうな」


 ローザが解説する。

 経験者は詳しいな。彼女は自分が仕えていた王国に裏切られ、魔女として監禁されていたことがある。

 なので、囚われの身となり、周囲全てが敵という状況のローヒトの気持ちが分かるのだろう。


「だが、私はあそこまでみっともなく取り乱したりはしなかったがな」


「うむ。その辺ローザはかっこよかったな」


「だろう? もっと褒めてもいいのだぞ?」


 実年齢は俺よりずっと年上なのだが、この元辺境伯は時々子供っぽくなる。

 俺は彼女の頭をナデナデしてやる。


「ふむ、頭を撫でられるというのも良いものだな。得難い経験だ」


 もっと撫でるが良い、とローザが促してくるので、俺はせっせと撫でた。

 サラサラヘアだ。


 サマラやアンブロシアは、割りと自己主張が強い髪質で、リュカはふわふわ。ローザはなんというか昔CMでみたようなサラッサラの黒いロングだな。手触りが大変良い。


「リュカさん、今日はローザさんに譲るんですか?」


「そうよ。ローザはいっつも頑張ってるから、たまにはご褒美あげなくちゃ!」


「なるほど。さすがは巫女の方々のリーダーですね」


 リュカとアリエルの会話である。

 俺たちは、スラッジを囲むようにして王城への道を歩いていくところだ。


 熱砂の国アウシュニヤと言えども、朝早い時間ならばそこそこ涼しい……気がする。

 朝食を早く済ませ、朝のうちに事を終えてしまおうという算段なのである。


「おう、おつかれ。おつかれ」


 門の前にて俺が声をかけると、門番たちがイラッとした顔を見せた。

 昨日大騒ぎを起こしたスラッジの一行が、堂々と現れたのだ。


 それも、第三王子ローヒトを捕まえてきている。

 残るは第一王子ヴィシャルのみ。


「第七王子スラッジ。全ての王子を平らげて参った。いざ、王選の開始を!」


 門番たちは道を開ける。


「どういう風になるの?」


 俺が尋ねると、スラッジが詳しい解説を始めた。


「僧侶の方が選定を行うので、王選を戦う候補者は剣を交えなければいけないんです」


「昨日のあいつ?」


「はい。僧侶は幾人かいるのですが、常に人々の前に姿を表すのは一人しかいないのです」


「毎回姿が違うのか。で、そいつが、あれなの? あのお酒作ってるの?」


「はい。コツコツとお酒を作っては市場に流しているようです」


「何をしてるんだろうなああいつ……」


 よく分からん奴だ。

 だが、この国における第一位の地位を持つ僧侶という存在、昨夜見たままの人間ではないだろう。


 そいつが選定者となって、次の王を決める。

 この血で血を洗う王を選ぶ争いも、奴が定めたことならば、何かしら狙いがあるのではないか。



 俺たちはしばしの間、王宮と門を繋ぐ広大な庭にて待たされた。

 周囲を兵士が囲んでいる。

 これはヴィシャルに従う連中なのだろうが、俺たちに手出しをすることはできない。


 最後に残ったのはスラッジとヴィシャルの二人のみ。

 どちらが王になるかを、僧侶が選定するからだ。


「そういうルールだったのか……」


「結果的に最後の一人になったら、その王子が王になるんだそうです。ですけど、今までそれで王が決したことは無かったとか……。父上が言っていました」


 スラッジも、昨日父王の病床で聞いたのだそうだ。

 で、昨夜僧侶がやって来たのが決め手になったらしい。


 しばしすると、昨夜見た僧侶がトコトコとやって来た。

 護衛も連れずに一人でやって来たぞ。


「やあやあ、昨夜はどうも。いよいよ王を決める勝負になるところ。私は実に楽しみにしていたのだ」


 奴は兵士に命じて椅子を用意させると、そこにどっかりと座り込んだ。


「諸君のためにの飲み物を用意しよう。兵士諸君、彼らの飲み物など用意したまえ」


 良い奴かもしれない。

 俺たちにも椅子が用意されて、何やらゴージャスなカップに入ったお茶が差し出される。


「毒は入っていないみたいだね」


 アンブロシアが、お茶の中身を即座に精査する。水の精霊は便利である。


「……どうした? 掛けないのかね?」


「俺は一応、あいつの護衛なんでな」


「この場に至って、君ができる事は無い。あとは王の資格者たちが決着をつけるのみだ。これは長きアウシュニヤの歴史において、王族男子が多くなりすぎた場合には常識的に執られて来た、王位継承の儀式なのだよ」


 いきなり、肉親同士のバトルロワイヤルが始まる伝統か。

 スラッジは詳しい内容を知らなかったようだから、恐らくこれは毎回行なわれるわけでは無いのだろう。


 現国王も、他の王子を排除して今の地位についたというが、その時の競争相手は今回の王選ほど多くはなかったのではないだろうか。

 二人、三人ならただの権力争いだしな。


「肉親がいなけりゃ、正統な権利を主張して王位を奪いに来るとか無さそうだもんなあ。合理的って言えば合理的だけど、まあ趣味は悪いな」


「そうかい? 今までこれで上手く行っているのだから、我ながら良くできたシステムだと思うがね」


「なんだ、おたくが作ったのか。じゃあ、あんたもUFO呼んだりするの?」


「ふむ、君は他の管理者を知っているようだな。恐らくは別の領域から来た管理者だろうが、彼らは世界に干渉をし過ぎる。これは重要なシミュレーションだと言うのに」


 アブラヒムの同類か。

 この世界、こんなのばっかりだな。


 それでいて、あのデスブリンガーの召喚師みたいなのを容認しているんだから、この僧侶はそれなりに懐が広いのかもしれない。

 だが悪趣味だな。


「とりあえず俺は、スラッジの側につくことにしたのだ。何かあったら敵に回るぞ」


「君があの管理者たちと見えて生き残っているならば、恐らくは私に並ぶ力を持つ存在だろう。それを前提で話すが、大局的な視点で眺めた時、一人の人間に入れ込む意味がどこにある? 重要なのは文明を維持することだ。人間など消耗品に過ぎぬさ」


「いや、俺は別に文明が滅んでもどうなっても構わないんだが。そもそも視点って言ってもなあ。俺は俺の好き嫌いで割りと力を振るうぞ」


「ふむ……それはいささか厄介だな。では君に関する検索をかけるとしよう。しばし待ちたまえ」


 僧侶はお茶を飲みつつ、瞑目した。

 すると、頭上から妙な音楽みたいなのが聞こえてくる。


 人々はこの音色を耳にすると、一斉に平伏した。

 スラッジもだ。


「どうしたの」


「こ、これは神が降臨される音なんです! 百年に一度、聞く事ができるかどうかというとてもありがたい音で……。ウーディルの神々のいずれかの方がいらっしゃられるんです……!」


「ほう」


 俺はじっと僧侶を見た。

 奴は目を開けており、肩をすくめて見せた。


「これが、私が作り上げた文化であり、権威だよ」


「なるほど……。確かに信仰は大事だな」


 向こうでは、ようやくやって来たらしいヴィシャルが、おろおろした挙句平伏していた。

 王族が頭を下げるなど、一生のうち何度も無いだろうからな。


「で、神様を降ろしてどうしようってんだ?」


「あれをこの世界に現出させることで、演算装置が起動する。今回の王選は不確定要素がいたからな。本来ならば真っ先に落ちるはずの駒が生き残り、あろうことか本命とぶつかることになった」


「本命とは第一王子のこと?」


「そういうことだ。ローヒト王子は異教の神々に頼り、いたずらにアウシュニヤを騒がせた者として、ヴィシャル王子が正義の鉄槌を下すはずだったのさ。だが、君が現れて私の脚本は変更を余儀なくされた」


 つまり、ローヒトが勝ち上がってきたところを、こいつが手を貸したヴィシャルがやっつけると。

 そう言う事だろう。


「だからこそ、ここは神が現れて、巷を騒がせた怪しき力を持つ弟王子を誅する。そういう結末を迎えることにした」


「お前、今考えただろう」


「分かるかね? それは、君という人物の危険さを知れば当然のことと思うが。まさか、この世界の大異変を招いた張本人だったとは」


「よし、では俺はスラッジに付くぞ」


「自由にしたまえ。では、ドラマチックに今回の王選を締めくくるとしよう」


 僧侶は立ち上がり、手を叩いた。


「さあ、灰王ユーマ、3,500PJペタジュールの圧倒的超電力を、ただ一刀の力でいかにして制するかね? ”我は御身の降臨を寿がん。大いなる力を宿す雷霆の矢にて、抗う者悉くを焼き尽くせ。天を割り地を砕き、遍く世界を武威にて平らぐ。汝の名はインドラ”」


「あれっ、俺を殺すモードなの?」


「あわよくば死んでくれると、今後の世界は平穏だろうね」


 僧侶の言葉に呼応して、王城の上空に突如、雲が発生する。ゼフィロスとは全く異なる、黄金の色をした雲だ。それは出現と同時に太陽を隠し、腹の底に響くような低い音声おんじょうを轟かせた。今、雲は二つに割れ、後光を放ちながら何者かが現れる。


 なるほど、雷神インドラか。

 赤く輝く肌に髪。

 全身が帯電しているようで、金色のオーラを纏っている。


 後光の全ては稲妻だ。

 そいつは悠然と、王城の頂上に降り立った。

 ただ、着地した衝撃のみで、王城の頂点が砕け散る。


「ああっ、こ、国王が中に!」


 なにー。

 これはいかんな、死んだな。

 つまり王選が終わって生き残っている王子が、即座に王位に就かなければならなくなったということだ。


「ああ……あ……」


 降り立った雷神を見上げ、スラッジは畏怖のあまり立ち上がることもできない。

 この国の人間たちはかなり信心深いようだから、いきなり神様が現れたりしたらそりゃあ腰を抜かすほど驚くよな。

 僧侶が長年かけて、アウシュニヤに施してきたウーディル教という名の教育の成果だ。


「よし、やるか」


 俺はぶらっと、城の中庭に繰り出した。


「ほれ、みんなどいたどいた。おーい、手伝ってくれ」


 うちの仲間たちを呼ぶ。

 彼女らの協力で中庭をあけ、だだっ広い空間に一人立った。


「あ、あの男は、何をするつもりだ……?」

「まさか、インドラに歯向かうつもりか……!?」


 雷神降臨のショックから立ち直りつつある連中が、口々に囁く。

 スラッジもようやく我を取り戻したようで、


「むっ……無茶苦茶です……! いくらユーマが強くても、インドラに勝てるわけがない……! 人の身で、神に抗おうなんて……!」


 それをなだめるのは、リュカである。


「だいじょうぶ。ユーマは勝つよ。今までだって、ずっと勝ってきたもん」


 大きく頷くのはアリエル。


「私も、どんなにとんでもない状況でも、ユーマさんが負けるっていうイメージが湧いて来ないんですよね……。みなさんが精霊女王に囚われた時だって、あの人は折れませんでしたし、何より」


 女たちの視線を受ける。

 それは、信頼の視線だ。


「ユーマ様が戦うのは、誰かを守るとき」


「そうさね。それがこの王子サマだってんなら、ユーマは勝つだろうさ」


「だがあの姿は少々けれん味に欠けるな。どれ」


 ローザがのこのことやってきた。


「わっ、危ないから下がってなさいローザ」


「待て待て。やはり、こういう大仰な戦いには見栄えが必要であろう。貴様はいかにも貧相に見え易いのだ。どれ……”地の精霊を以って、鎧と成す”」


 ローザの足元から土がもこもこと盛り上がってきて、俺の体にまとわりつく。

 そいつは一瞬で固まり、艶やかに輝く灰色の鎧になった。

 肩とか兜にトゲが生えてる。


 ローザの趣味である。


「さあ、頑張るがいい、灰王陛下」


「うむ。考えてみれば、神と戦ってこそ現役の魔王だからな」


 かくして、王選の締めくくりはなし崩し的な戦いになってしまった。

 俺vs神様なのである。

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