第150話 熟練度カンストの宴会者

 ローヒトは、殺さないことになった。

 父王に問い詰めたいことがあると、スラッジが言ったためだ。


「僕を甘いと思いますか、ユーマ」


 真っ直ぐな視線で俺に訪ねてくるスラッジ。

 おお、なんだこいつ。いっぱしの男の顔をするようになった気がする。

 彼はアムリタを背負って、俺の横を歩いている。


 アムリタは意識を取り戻していたが、どうやら召喚師に乗り移られていた時の記憶が、余さず残っているらしい。

 相当なショックを受けていて、しばらくは療養が必要だろう。


 スラッジはそんなアムリタを、守ると宣言した。

 その時に覚悟が決まったんだろう。


「そうだな」


 俺は頷いた。


「甘いな。激甘だ。歯が溶けてしまうくらいには甘いな。だが、お前はそれでいいんじゃないか? お前は俺じゃないんだし」


 俺は基本、相手を否定しないスタンスだ。

 スラッジが考えて出した結論ならば、それでいいんだろう。


「そうか……。そうですね。ありがとうございます、ユーマ」


「いやいや。まあ伊達にお前より長生きはしてないよ。人生経験はかなり浅いけどな」


「そうでしょうか。なんというか……ユーマの言葉には凄みとか、どこか、その、世界への絶望を感じます。誰にも期待してない、みたいな」


「鋭いなスラッジ……」


 こいつはエスパーかな? とか思った。

 だが、よく考えたら俺はそこまで深いこと言ってないしやってもいない。見抜かれてもおかしくはあるまい。

 うむうむ、と一人合点していると、リュカが横に並んできて俺の脇腹をびしびし突っついた。


「うひょひょ、脇腹を突くのはやめなさいリュカさん」


「ユーマがなんか考えてたから来たんだよ。あれでしょ、ユーマはそんなじゃないよスラッジ。ただ、ちょーっとだけ人と違う考え方してて、おかしいものはおかしいって、最後まで言う人だから。だから……」


 すごい力で、彼女は俺の腕を引き寄せた。

 むぎゅっと、二の腕を胸に抱く。


「だからね、ユーマは凄いのよ?」


「なるほど……。ごめんなさい、ユーマ。僕、知ったようなことを言ってしまいました」


「お、おう」


 なんか、リュカからの愛の篭った一言が、スラッジの言葉をひっくり返してしまった。

 これはこれで照れくさくもあり、なんだ嬉しくもあるなあ。


「その、ユーマ。ユーマと一緒の女性たち、素敵な人たちですね。みんな、ユーマをとっても信頼しています」


 スラッジがなんか、目をキラキラさせている。

 俺はもう、こういうキラキラな瞳の少年にかける言葉なんて持ち合わせていないのだ。

 かくして、俺はもう、照れるやらどうしたらいいか分からないやらで、召喚師と戦った時よりもよほど疲弊しながらソハンの屋敷に帰り着いたのである。


 翌日は、王城へと戻ることになる。

 継承権を持って残る王子は、ヴィシャルとスラッジの二人だけ。

 奇しくも、父も母も同じ、血を分けた兄弟である。


 だが、血の濃さは相互理解を保証しない。むしろ、血が繋がっているからこそ分かり合えないものだ。

 それは俺が妹と大変仲が悪いので、証明できる事実だ。

 てなわけで、愛憎渦巻くドロドロの展開を予想する俺だ。


 その日の晩は、そりゃあもう、ひどい宴会になった。

 大量の料理、酒、踊り子、歌い手、それらが次々に現れて、さらには道端にまで宴の席が広がって、野次馬がどんどん集まってくる。

 というのも、ソハンはスラッジの勝利を確信したんだろう。


「なんと!! 三人の王子を下し、ついにはヴィシャル殿下を残すのみ!! わが娘婿殿であるスラッジ殿下の天下は近いぞ皆の衆ー!! 今宵の酒はわしの奢りだ!! 幾らでも出してやる! アウシュニヤ中の酒を飲み尽くせー!!」


 うおおおお、と野次馬共が盛り上がる。

 そういう集まりだった。

 主役はスラッジだ。


 国の名士らしき連中や、偉そうな戦士や将軍みたいな奴ら。果ては、ウーディル教で最も位が高いという僧侶までが挨拶にやってくる。

 俺たちはと言うと、スラッジをいつでも護衛できる近くの席にぎゅっと詰め込まれていた。


「はい、次! 次はあたしだからね! サマラおどき!」


「ええーっ! まだ早いよ! アタシ、ユーマ様にあーんってしてもらってない!」


「はっはっは」


「おいユーマ。これは何だ? ピリピリと辛いが、やみつきになるな……」


「わっ、私は辛いのダメです……! 水、お水……!」


「お肉おいしいー!!」


 まあ、これはこれで楽しんでいる。

 大変堪能している。

 女子たちはめいめいに、この国の酒を口にして、ほろ酔い気分だ。


 護衛だっていうのにほろ酔いなのだ。

 今、俺は右からサマラ、左からアンブロシアがしなだれかかって来て、身動きが取れない状態になった。

 護衛なのに。


「ユーマ様、あーん」


「ほらユーマ、これ美味しいよ。どう? 口移しで食べてみる?」


 ピーンチ。

 逃げも隠れも出来ぬ俺。


 このまま大変な事になってしまうかと思われた矢先である。

 何やらスラッジに挨拶したらしい男が、こちらにも顔を出してきた。


「やあやあ、諸君が殿下の御身を守られた護衛かな? 見事見事。実にあっぱれと言う他無い」


 そいつは、この蒸し暑い国で豪華な布をふんだんに用いた服装を身に着けており、冠まで被っている。

 王以外で冠をつけているのは、僧侶に限られているのだそうだ。

 ということは、こいつはウーディル教第一位である僧位にある男ということになる。


「一つ聞きたいのだが、いいかな? ローヒト王子は外法の技を使う魔女を引き連れていたように思う。かの魔女は、人が相対できぬほど強大な魔物たちを呼び出し、あるいは我が神々の劣悪な模造品を行使して暴威を奮っていた。一体……いかにしてこれを制したのかな?」


 魔女、という響きに、リュカがむくれた。サマラは剣呑な目つきで僧侶を睨む。アンブロシアは鼻を鳴らす。

 ローザは我関せずだ。スパイシーな鳥肉をむっしゃむっしゃと食べている。


「まあ、どうにかこうにか倒したのだ」


「はぐらかす積りかね? 民衆の話を聞いていると、諸君らもまた、外法の技を用いて魔女を制したという事なのだが……その辺りはどうなのかね?」


「うむ、どうにかこうにか倒したのだ」


「むう、真面目に答えたまえ。幸い、ウーディルの教えは寛大だ。外から取り入れた力と言えど、その力で勝ち抜けば王は王。今や、スラッジ殿下の王位継承は確実と言えよう。……だからこそ、確認したいのだ。諸君らの力の源は何か? 外法、大いに結構。場合によれば、外法の力もまた、ウーディルの教えは深き懐にて受け入れよう」


「ほうほう」


 俺は頷き、サマラとアンブロシアの間からぎゅぎゅっと抜け出してきた。

 そんな俺に、僧侶は胡乱な者を見るを向ける。


「そもそも……お主はなんなのだ? 魔女……ではない。何の魔力も無い。いや、魔力が全く無いことはそもそも異常だ。私は……お主のような者は見たことがない」


「魔女というのは良くない。彼女たちは巫女なのでそう呼ぶべきである」


 俺は主張した。


「巫女……? なるほど、異教の女僧侶であろうな。では、位としては私に近いという訳か」


 僧侶は納得したらしい。


「つまり、巫女である彼女たちは、異教の神から力を賜って行使するのだな。ならば、理解できる。尊き神の力が、外法の力を打ち破ったのだ。これは素晴らしいことだ」


 彼は目を細めた。

 そうすると、なんとなく爬虫類っぽい印象になる。

 しかし態度の大きな僧侶だなあ。


「だが、伝統は守られた。明日、新たな王が決定することは間違いがないだろう。めでたい、実にめでたい」


 そんな事を言いながら、僧侶は去っていった。

 なんだあれ。

 突然現れた黒幕って感じだな。


「ユーマ、私あの人きらい」


 リュカが膨れている。

 あまり見事にほっぺたが膨らんでいるので、俺は突いた。

 おお、凄い張りだ……!


「や、やめてユーマー!」


「おお、すまんすまん。だがああいう奴が好きな人間はいないと思うな。俺も大っ嫌いだ」


「奇遇だな。私もあの僧侶は好かん。エルフェンバインの二代目の方がまだましだ」


「……皆さん、すごく怖いんですけど……」


 ヨーグルトのおやつみたいなのをちびちび食べつつ、アリエルが小さくなっている。


 なんと、このヨーグルトみたいなのには匙が存在しているのだ。

 ウーディルの教えとやらによると、牛の身から出るもので、乳のみは加工して食することが許されているらしく、ヨーグルトは聖なる食べ物なのだとか。

 ということで、特別に作られた匙を使って食べる。


 しかも金属製。

 この国、金属を精製する技術が発展しているらしい。

 そのうえで、くず鉄などもたくさん出るようで、これを用いた細工物で生計を立てている鍛冶屋崩れも多いのだとか。


「しかし、一番地位が高いという僧侶が、次期国王に挨拶に来るんだな。どっちが偉いんだかよく分からんな」


「それは簡単な話だ。僧侶と言えど霞を食って生きているわけではあるまい。奴らとて、経済活動に縛られているのだ」


 ローザが、金属の酒盃に注がれた酒を、少しずつ舐めるように口にしている。


「ああ、これか? かの僧侶どもが作っているという酒だ。南国の果実を絞り、発酵させているのだろうが……香りが弱いな。煮詰めて凝縮し、これでも濃くしているのだろうが、エルフェンバインのワインには劣る。いや、エールの方が余程良い」


 リキュールのようなものらしい。

 俺に向かって差し出してくるので、ちょっと口にしてみた。


「うーん……スイカの皮みたいな味と匂いがする酒だ」


「それがどういう果実なのかは知らんが、実に味気ない。アウシュニヤとやらも、酒では大したことが無いのだな」


 ぶつくさ言いながらも、しっかりとお代わりするローザなのだった。

 さて、俺は水と火の巫女から逃れられたことだし、スラッジに挨拶しに行くとしよう。


「私も行くー」


 リュカが料理を小皿に盛ってついてきた。

 彼女はこっちに来たばかりだから、俺が世話になったスラッジという少年をよく知ってみたいらしい。

 彼女に言わせると、


「ユーマが悪い道にユーワクされないようにしないといけない」


 のだそうだ。

 何を危惧しているのやら。


 未だに、スラッジの前には謁見にやって来たような連中がひしめいている。

 これではまともに飯を食うことも出来まいな。


「リュカ、ぶっ飛ばせ」


「うん、いいよ。シルフさん、やっちゃってー」


 大変アバウトな、風の精霊への呼びかけが放たれる。

 すると、とんでもない勢いの風が、スラッジの目の前の謁見者たちだけを狙い撃ちして吹き荒れた。


 連中、ごろごろと転がりながら吹き飛ばされていく。

 はっはっは、見晴らしが良くなったな。


「おう、スラッジ。飯を食っているか」


「ユーマ! 無茶なことをしないで……と言いたいですが、正直助かりました。アムリタもまだ、本調子では無いので」


 スラッジの横では、借りてきた猫のように大人しくなったあのツンツン娘がいる。


「でも、お陰でどうにかなると思います。まさか、こんな短い期間で決着が付いてしまうなんて……。いよいよ、明日は兄上と面会し、正式に会談を申し入れます。僕たち兄弟が争っている場合ではないんですから……!」


 決意に燃える瞳というやつである。

 スラッジは純粋に、良い明日が来ることを願い、そのために動こうとしている。


 真っ直ぐで実に気持ちがいい奴だ。

 甘ちゃんで理想論者だが、俺は好きだぞ。


 なので、「明日は多分、今日よりずっとヤバイことが起こる」という俺の予想は話さないでおいた。

 なに、これは俺が解決すればいいことなのだ。


「ユーマさん大変です!! お二人がっ、酔っ払って暴れだして、精霊を!」


 アリエルが真っ青になって走ってくる。

 おお、水と火の巫女が暴走したか。放置すると、国が一つ滅びるレベルの力を持つ二人である。

 早急に止めねばならない。


「よし、リュカ、行くぞ。……って、何料理を詰め込んでるのだ」


「だってユーマ、ここのお料理も美味しそう……あーん、待ってユーマー!」


 俺がさっさと騒ぎを止めに向かってしまうので、リュカが泣く泣くついてくる。

 こんな馬鹿騒ぎの中、アウシュニヤの夜は更けていくのである。

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