第149話 熟練度カンストの乱戦者

 いきなりベヒモスとは凄いのを呼んだな。

 そのでかさは相当なもので、巨大なバルサートゥの河幅を頭から尻尾で埋めてしまいそうだ。

 サマラが通常時呼び出すスケールの火の精霊王アータルよりでかいな。


「おうおう」


 俺は腕組みをして頷いた。


「ひええ……」


 隣でスラッジが、ぺたんと尻もちをつく。

 うん、あれは普通腰を抜かすよな。


「ひえー」

「ひえー」

「ひえー」


 連れてきた大衆どもも腰を抜かしたな。

 召喚師の女はドヤァって顔をしてこっちを見ているが、すぐ不機嫌になった。


「なんで……なんでしれっとしてんのよ、お前らは! 驚くでしょ!? ここ、普通驚くところでしょ!? 腰を抜かしたり、もっとほら、絶望的な顔しなさいよ!!」


「うーむ……。まあ、俺たちはほら」


「もっと凄いのを見てるし、ねえ?」


 俺とリュカが顔を見合わせる。


「はぁ!? 凄いの!? 凄いのって何よ、何なのよ! そんなものがあるってんなら、見せてみなさいよ!!」


「うん。来て。ゼフィロス……!」


 リュカが空を仰ぎながら、その名を呼んだ。

 風の精霊王の名前。

 その部分だけ、大きく、強く響き渡る。


 直後である。

 アウシュニヤの空が、一面の暗雲で掻き曇った。

 どこからか集まってきた分厚く巨大な雲が、ごうごうと音を立てながら回転を始める。


 それはゆっくりと中央を目掛け、詰め込まれていき……。

 凝縮された異形の姿を晒す。

 スーパーセルだ。


「リュカ、町中で呼んでよかったのか、あれ」


「うん。ちょっとだけならいけるから」


 天に手をかざして、リュカは巨大な雲を操る。


「ななな、何よあれ……」


 召喚師が唇をわなわなとさせた。


「ああ。お前には残念なお知らせなんだが……この間戦った、アータル級のがうちは三体まで呼び出せる」


 サマラがやる気になって身構える。

 アンブロシアは不敵に笑う。


「ひっ……卑怯よお前たち!! 三対一なんて!」


「ばっかだなあ。一対一で叩き潰したら、お前のプライドズタズタじゃないか。リュカ、やっておしまい」


「はーいっ。ゼフィロス、ゴー!」


 ごうッと風が唸った。

 ベヒモスは天を仰いで吠える。

 そこに、スーパーセルが降りて来た。


 物理的圧力にまで昇華された風が、ベヒモスの巨体を弾き飛ばす。

 咆哮を上げて、巨大な怪物がバルサートゥを滑った。

 だが、怪物も黙ってはいない。口を開いたかと思うと、そこから一直線に炎を吐き出した。


 ゼフィロスは回避するということはない。

 それらを真っ向から受け止めて、そのまま体内に取り込んで襲いかかる。

 風が怪物を巻き上げた。


 まさに怪獣大決戦。

 スーパーセルがまるで生き物のように、ベヒモスに攻撃を加えている。

 さて、それはそれとして。


「では、俺たちもやるか」


「はははは、話が違うじゃない!! あんた、三対一って! あれ一対一でやってるじゃない! 私のベヒモス負けそうになってるんだけど!?」


「そりゃ、お前が色々呼べる中の一体と、リュカが風の属性に特化した中の最強の精霊だ。ベヒモス程度で相手になるわけ無いだろう。あんな召喚獣なんて紛い物じゃなく、本物を連れてこいって言うんだ」


 俺は剣を抜いて、ぶらぶらと歩いていく。

 右手側にサマラ、左手側にアンブロシア。


「それに、一対一でボコられた方がお前、プライドズタズタだろ? それなら、やらないわけないだろうが」


「あああああっ! あんた、さいってー!!」


「うむ、ユーマの方が性格が悪かったな」


 うるさいぞローザ。

 召喚師はヤケクソになったらしい。

 手に填めた指輪から無数の光を放っている。


 あれは、無制限に召喚ができるものなのか?

 次々に魔物を呼び出してきた。


 阿修羅の軍団にサンドワーム、巨大グレムリンにアナザークラーケン。

 なんでも出てくるなあ。


「ユーマ様、あいつらはアタシが!」


「空の連中はあたしが相手をしようかね。おいで、カリュプディス!」


 目玉の付いた渦潮がアンブロシアの後ろに登場する。

 サマラは精霊を召喚するばかりではない。全身に炎を纏って、サンドワームに突っ込んでいった。

 おおお、触れたところからサンドワームが燃え上がって炭化していく。


 恐らく、今のサマラは歩く溶岩ってくらいの熱量だろう。

 俺は、マンネリになってきた阿修羅どもを相手取るか。


 ここは、一気に片付けよう。

 バルゴーンを、大剣に変える。


「よーし、一瞬で片を付けるからな。アリエル、ローザ。スラッジを後ろから連れてきてくれ」


「はいっ!」


「うむ、皆が有能だから楽だな。特に、将の身を全く心配しなくていいというのは心持ちが大変軽くなる」


 ローザは苦労性だからなあ。

 だから、心配させないようにせねばな。

 俺は小走りになりつつ、大剣を振りかぶった。


 踏み込み、一直線に駆ける。


 そして間近な一匹が武器を構えると同時、武器ごと縦に両断する。

 剣が地面に付くと同時に跳躍して、スイング。近場の二匹を同時に横一文字で切断し、着地しながら大剣を跳ね上げて、近づいてきた二匹を纏めて逆袈裟に叩き斬る。

 大剣のスイングを止めず、ステップしながら阿修羅が特に集まっているところに飛び込む。


 ここはミキサーになったつもりで、この魔物たちを俺は血のジュースに変えるわけである。

 斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。

 切断しながら踏み込み、間合いを詰めながら切り飛ばし、通過と同時にバラバラにする。


「終了だ」


 俺はちょうど、動きを止めていた船の前で立ち止まった。

 目の前には、腰を抜かしたローヒトの部下たち。

 そしてその後ろに、顔面蒼白な召喚師。


 俺が通ってきた道には、血の海が出来上がっている。

 それらはすぐに、薄れて消えていった。


 爆音がした。

 上空に持ち上げられたベヒモスが、落下してきたのだ。

 河岸に打ち付けられて、巨体がひしゃげる。


 スーパーセルは傲然と、ベヒモスを見下ろしている。

 ものすごい波が来た。

 バルサートゥに起こった強烈な波を、俺はとりあえずぶった切る。


「何よ……何よ、何なのよあんたは……!!」


 召喚師がわなわなと唇を震わせる。


「魔物とか、強さとか、全部何もかもどうでもいいみたいに進んで来て……! 私が呼んだ召喚獣を、まるで何もないみたいに……!!」


「阿修羅がどういうタイプの魔物なのかは、もう覚えたからな。雑魚狩りと変わらん」


 息も上がらない。

 軽い準備運動程度である。


 俺の戦いは、基本ルーチンワークと覚えゲーだ。

 体に叩き込んだ剣の動きで戦いつつ、今まで覚えた敵のパターンから、突発的な出来事に対応する。

 応用して対応できたら、対応した出来事を覚えて自分のモーションを改善する。


 これの繰り返しだ。

 新しい動きの敵が出るたびに、俺の中のルーチンが改良されていく。

 もう、この召喚師の呼び出す召喚獣は相手にならない。


「イッ、”イフリートッ”」


「ふんっ!」


 突発的に召喚された炎の魔神を、呼ばれた瞬間に首を飛ばす。

 こいつの動きのパターンは把握したのだ。

 この距離なら、動く隙を与えることもない。


「ひいっ」


 召喚師がぺたんと地面に座り込み、アムリタを捨てて必死に逃げようとする。

 うむ……。抵抗できない女を攻撃するというのもな。


「ローヒト殿下……! たす、助け」


 だが、こいつがやって来た事を思えば因果応報というものだろう。

 俺は歩み寄りながら、召喚師の首を刎ねた。


「ひぃーっ」


 ローヒトが船の上でぶっ倒れた。

 血に弱かったりするのだろうか。

 召喚師の死と同時に、ベヒモスは消え、サンドワームもまた消滅していった。

 もはや、この第三王子に勝ち目などあるまい。


「ユーマ! 今そこに行きます!」


 スラッジが駆け寄ってくる。

 気を取り直したようだ。

 ローヒトをどうするかは、彼に任せるとしよう。


 さて……。

 俺はよそ見をしながら、大剣を真横に立てた。

 それと同時に、大剣に金属が打ち付けられる音がする。


「なっ、なんでっ! なんで防げたの!?」


 叫び声はアムリタのものである。

 俺の気が抜けていると見て、隠し持っていた刃で切りかかってきたのだ。


「死んだ召喚師は、ニセのボディだったりするのか?」


「はっ! あれが私の元の体よ。醜い姿! だけど、私はこうやって次々に美しい体に乗り移れるようになったの!」


 召喚師である。

 どういう原理だったのか、既に奴の意識はアムリタに移っていて、さっき斬ったものは抜け殻のようなものだったらしい。

 いや、よく分からんのだが。


 しかし、ここからが本番というのは分かる。

 アムリタごと召喚師を滅ぼすことは簡単だろうが、それはスラッジの気持ちを無視することだしな。


「ほっ、本当にやれるんですか、ユーマ……!」


「うむ。あとは奴がどこにいるか分かればだが」


 大剣を片手剣に変えながら、切っ先でアムリタを牽制する。

 召喚師の剣は、まるで素人だ。


 相手にはならない。

 だが、あの肉体そのものが人質だから、迂闊に手出しができないのだ。


「サマラ、分かる?」


「わからないです!」


「アンブロシア」


「そういう技は持ってないね」


「リュカ」


「丸ごと吹き飛ばしちゃう?」


「ローザ」


「シャドウジャックは今日は売り切れだ」


「アリエル」


「どういう状況なんですか? え? 女の子の中に住み着いてる? それなら、植物の種を飲ませて精霊の動きを探れば、おかしいところはすぐ分かりますよ」


「えっ!?」


 召喚師を宿したアムリタが青くなった。

 おお、さすがはエルフの謎技術。


 アリエルに策あり、とわかった瞬間、サマラとリュカとアンブロシアが動いた。

 逃げようとするアムリタだが、サマラが「ていっ」と武器を手刀で熱して変形させながら叩き落とし、アンブロシアが周囲にヴォジャノーイを呼んで退路を塞ぎ、リュカが後ろからアムリタをひょいっと持ち上げた。

 ひょいっと!!


 リュカの腕力がさらに増している気がする。

 アムリタは、ついにはリュカにアルゼンチンバックブリーカーめいた構えで持ち上げられ、ばたばたとする。


 手足のどこも、何にも触れられない構えだ。

 死に体というやつだな。なんとえげつない。


「これで動きを止めたよ。アリエル、どうするの?」


「エルフの丸薬に植物の種を埋め込んでですね。ほら、こうやって……。丸薬は精霊の力を体の隅々に届ける力があります。種は生きていますから、植物の精霊が宿っているんです。これを飲ませれば……」


 必死に歯を食いしばって抵抗するアムリタだが、アリエルは彼女の鼻を塞いだ。

 あっ、これは苦しい!

 呼吸ができなくなったアムリタが口を開き、そこにアリエルが丸薬をぽーいっと放り込む。


 そこにアンブロシアが、適量の水を流し込むわけだ。

 水は精霊が動かしていて、勝手に嚥下されて胃袋まで行ってしまう。丸薬も胃袋にインであろう。

 恐ろしい娘たちだ。


「ああっ、あの、皆さん、穏便に……!!」


 オロオロするスラッジ。

 すまんな。俺にはどうする事もできん……!!


「どれどれ、精霊力をチェックしてみます……。うん、極めて健康体ですね、彼女。スラッジさん、彼女なら健康ないい赤ちゃんを産めますよ。良かったですね」


 アリエルは何を診断しているんだろう。

 それを聞いたスラッジがもじもじしているではないか。


「それで……ふむ、ふむふむ」


 アリエルが頷きながら、もがくアムリタの体を触っていく。

 触診というやつだろうか。

 妙にエロい。


「ここです」


 触ったのは脇腹。肝臓辺りか。


「よし、”ディメンジョン”」


 俺は即座にバルゴーンで空間を斬った。

 召喚師に移動されては堪らない。


「わっ、私を攻撃したら、諸共にこのガキも死ぬわよ! 憑依するってのはこのガキの魂も取り込むってことで……」


「ここの、臓器の奥、私の中指一本分くらい」


「よしきた」


 微調整。

 異空間から、アムリタの体内に刃を潜り込ませる。

 虹の刃の先端で、少しだけ、必要なだけそれを刺し貫き……。


「たったったっ、たまっ、魂っがっ、一緒、の、はずなのにっ」


 アムリタの口から、何か透き通ったモヤみたいなものが溢れ出してきた。


「あああああっ、溶けるっ、溶けていくっ! 私が溶けていくっ」


 モヤが喋っている。

 あれが召喚師か。


 だが、アムリタの口から溢れるたびに、モヤは散り散りになって空気に溶けて消えていく。

 流れは止まらない。


「精霊みたいな存在になって、アムリタさんの中に広がってたみたいです。だけど、核になる部分があって、それがさっきユーマさんに攻撃してもらったところでした。核を失えば、精霊みたいな存在はいつまでもこちらに留まっていられません。自我も薄くなって、世界にあまねく元素と溶け合ってしまうでしょう」


 アリエルの言葉通り、召喚師はもはや意味のある言葉を発していなかった。

 奴を構成していた何もかもが、空気と同じものに変わっていく。

 二度、三度息を吐く間に、召喚師は消滅した。


 なかなか悲惨な結末だったような気がする。

 かくして、俺の目的であったデスブリンガー構成員の討伐は完了したわけだ。

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