第148話 熟練度カンストの追尾人

 さあ出発だ、と屋敷から外に飛び出した。


「あっ、でもそろそろ夕方になってくるから、大通りは……」


 スラッジが言うのだが、話半分に聞きながら出てきてしまった。

 言っている意味が分かったのは、大通りに抜けてからである。


「うわあ」


 俺は驚愕した。

 素晴らしい人混みだ。

 まるでバルサートゥの大河のようだ。


 日差しが陰り、やや涼しくなってきたからか、みんな家から出てきたようである。

 これから買い物をしたり、外食をしたりするんだろうか。


「ひ、ひええ」


「うひゃー」


 森の民であるアリエルと、野生派の巫女であるリュカが目を丸くしている。

 と思ったら、


「ひゃあああー」


 いかん、リュカが人混みに持って行かれた。

 不用心に半身突き出していたので、流されてしまったのだろう。

 俺は慌てて駆け寄って、リュカを拾い上げる。


「アリエルも! 俺の服の裾を握ってて!」


「は、はいぃ!」


 リュカとアリエルを後ろにくっつけて移動することになる。

 サマラは大きいので目立つし、アンブロシアは面と向かった人がギョッとして道を空けるので問題ない。

 ローザは……おお、見事にサマラとアンブロシアを風よけみたいに使いながら歩いて行くな。


「アンブロシア、こっちじゃなきゃダメなのか? もっと人が少ないルートとか……」


「あー。うちの精霊、そこまで融通が効かなくてね……! 我慢しておくれ!」


 のしのしと先頭を歩いて行く背中が頼もしい。


「ユーマ、おなかすいた」


「えっ、この状況でお腹すいたの?」


 リュカが空腹を訴えるので、途中の屋台で人数分の食べ物を買う。

 アウシュニヤ風のパンで野菜と肉を挟んだものだ。お金はスラッジが払った。


「こんなことをしてる場合じゃないのに……!」


「スラッジ、追跡の速度はアンブロシア任せだからな。焦っても始まらん。おっ、スパイシーで美味いな」


 この国の食べ物は、大体スパイシーか、めちゃめちゃ甘い。

 イライラしているスラッジをなだめつつ、うむむ、と考えた。

 周囲を確認する。


 ……なんだろう。

 俺たちを囲む人々の姿。


 じーっと俺たちが飯を食いながら歩く様を見ているではないか。

 何が珍しいのだ。


「おおいしー!!」


 リュカがニコニコしながら、アウシュニヤ風サンドイッチをもりもり食べている。

 ふむ、彼女の髪色に注目が集まっている。

 そういえば、この陽光の下、虹色に輝く髪なんてのはまず見られるものじゃないな。


 しかも隣には、エルフのアリエルと、ウーディル教の女神に似ているというアンブロシア。

 注目を集めないはずがない。


 ……これは使えるのではないか。

 野次馬たちが俺たちを見ながらついてくる。


「なあスラッジ、こいつら暇なのか?」


「え? はい、この時間になると、仕事を切り上げて手を空かせる者は多いのですけど……。今日は随分多いですね。ユーマの奥さんたちが珍しいのかもしれません」


「なるほど、ではこのままついてくるかも知れんが、連中の興味を引いたほうがいいだろうな。サマラ、ちょっといいか?」


「あ、はい、なんですかユーマ様!」


 早々にサンドイッチを平らげていたサマラが振り返った。

 俺は彼女に、ちょっとした指示を出す。

 彼女は首を傾げながらも従ってくれた。


「ヴルカン!」


 サマラの胸元から、炎が奔流のように吹き上がる。

 上空をぶち抜かんばかりの、強烈な打ち上げ花火だ。

 これには周囲の野次馬が驚いて、ちょっと置いてから歓声をあげる。


「ちょっと!? ユーマ、いきなり何を……!」


「わざと目立つようにしてるんだ。追尾はアンブロシアの力でなんとでもなる。で、見失うことは無いが、こうして群衆と一緒に迫ってきたらどう思う? 奴ら、想定してないだろ」


 どやどやと大人数を従えて、細い通りに入っていく。

 通りには、風体の怪しい男が武器など携えて立っていたのだが、俺たちを見て目を見開いた。

 こんな通りに入ってくるとは思えぬほどの、大群がやって来たのだ。驚かないほうがどうかしている。


 奴は慌てて逃げていく。

 報告に行くのかな?

 そのまま淡々と追いかけていく。


「ユーマ、奴ら、アジトを出るみたいだよ」


 アンブロシアのすぐ横には、少量の水が流れ込んできており、半ばほどがぐぐっと不自然に盛り上がって泡立っている。

 水の精霊が報告をしているのだ。


「よし、連中をひたすら追い回すぞ」


 かくして、大量の野次馬を従えて、俺たちは追尾を行う。

 サマラに加えて、アリエルも風で木の実を無数にお手玉するような芸を見せ始めたので、やんややんやと盛り上がる。

 すると、アウシュニヤで芸を見せているような連中まで加わってきた。


 小さな通りを抜けて、裏路地に入ったのだが、そこを賑やかな大群が歩いていくのである。

 たむろしていた怪しい連中が、「うわあ」とか「なんだなんだ!?」とか叫んで道を空けていく。


「ユーマ、奴ら焦ってるみたいだねえ。急ぎ足になったよ。……この方向、河に向かうんじゃないのかい?」


「俺たち目立つだろうからな。だが、派手な大群が正確に後を追ってくるんだ。向こうは凄いプレッシャーだぞ」


「ユーマさん、相手の神経を攻めるようなやり方好きですよね……」


 アリエルが呆れたように呟いた。


「敵に対して、思いついたいやがらせはすぐにやるようにしてるんだ。それと、俺がやられたら嫌なことは即座にやる。でもこれって、君ら女子勢がいてくれるからできるんだぞ」


「あー、一応は私たちを頼りにしてるんですね? ユーマさん、一人でどんどんやっちゃうじゃないですか。ちょっとそういうの、自分の存在意義を疑問に思っちゃったりするんですよ?」


「あ、そうでしたか」


 俺はちょっと反省。

 だが、リュカがすかさずフォローしてくる。


「アリエルは真面目過ぎるの。ユーマって、割りと思いつきでいろいろしてるよ? だから、この人がなんか言ったら、私たちではいはいって聞いてあげて、恩に着せてあげればいいの」


「なるほどー」


 あっ、俺の攻略法を他の女子に話すなんて!

 フォローではない、追い打ちだった。


 気がつくと、サマラにアンブロシア、そしてローザまでが耳をこちらに傾けている。

 お、おのれら。


「いいなあ……。ユーマのところは、たくさんいても仲がいいんですね」


「うむ……。最近は結託して俺を攻めてくる。だが、あれだぞ。男は基本尻に敷かれていればいいのだ。あとは嫁勢の中のリーダーがまとめてくれる」


「なるほど……。アムリタを取り戻したら、実践してみます!」


「アムリタは他の奥さんとか嫌いそうだなあ」


 だんだんスラッジも染まってきた。

 俺たちの空気に飲まれてしまったようである。


 だが、そんな事をやりながらも、アンブロシアはしっかり仕事をやっている。

 このアウシュニヤという町、井戸や地下水、あちこちに水場があるから、水の精霊が移動しやすいらしい。

 生活排水ですら水の精霊の拠点になりうるというから驚きだ。


「あー、近い。近いね。そろそろ通りを抜けるよ」


 アンブロシアの宣言通りだった。

 ちょっと歩くと、一気に河が見えて、視界が拓ける。

 そこでは、船を用意しているらしい集団があった。


「スラッジ、あれがローヒトか?」


 俺は集団の中で、何もすることなく船上で怒鳴っているだけの男を指差した。


「はい。間違いありません! それと、アムリタがいました!」


 なるほど、ローヒトの脇には、昨日見た日本人っぽい女がいる。そいつが腕の中に捉えているのが、ぼーっとした顔のアムリタだった。


「よし、スラッジ、やれ」


「は、はい!」


 俺に背中を押されて、スラッジがよろよろっとしながら前に出た。


「みっ、見つけたぞ第三王子ローヒト! この第七王子スラッジと、決着をつけろー!」


 ここに来るまでに、打ち合わせしていたことだ。


 公衆の面前で、王子がもう一人の王子に決闘を申し込む。

 これを無視して逃げたなら、例え後日に王となっても、臣民に後ろ指差されることであろう。

 この声に、俺たちが引き連れてきた大衆は、おおーっとどよめいた。


「なんだ、どこかで見たことがあると思ってたらスラッジ様だったのか!!」

「珍しい姿の女たちに気を取られて気づかなかった!」

「確かにあの可愛らしい姿はスラッジ様だなあ」

「それじゃあ、あの憎たらしいのはローヒト王子か」

「なんだ、ローヒト王子は逃げるつもりなのか」

「逃げるなー! 卑怯だぞー! 戦えー!」

「卑怯だぞー!」


 どよめきがさざ波のように広がり、やがてそれは共鳴しあって凄い騒ぎになる。

 ローヒト目掛けて、大衆から大ブーイングが飛ぶ。

 この王を選ぶ戦い、もしや民衆にとって娯楽だったりするのか……?


「父上もこのような戦いをして、王になったそうです。でも、このやり方には、しきたり以外の意味が何もない……!」


 スラッジは唇を噛み締めながら言う。

 こいつが王宮から出てきた時、何の意味も無かったと言っていたのはそういう意味か。


 確かに、王位継承権の順番で王様にしといて、弟は家臣にでもすればいいとは思う。

 だが、先代か先々代かいつの王だか分からんが、血を分けた兄弟でも王位をを狙う敵だと考えたのかもしれない。


 スラッジは優しい子なので、心を痛めてるのだろう。

 俺だったら分かりやすく、速攻で他の王子を仕留めてるなあ。


 この辺り、俺は他人の痛みとかが全く分からんのかも知れん。

 だがまあ、スラッジの頭をポフポフしてねぎらってやる。


「え、ええい、スラッジだと!? まだ生きていたのか! いや、そもそもお前は手勢などいなかっただろう! なぜまだ生きていられる!!」

「殿下、あいつです。あの男が曲者なんです。あと、そいつの女たちが!」

「なにっ!!」


 ローヒトは、実に高慢そうなアウシュニヤ人の男である。確かに目鼻立ちは整っており、成長したスラッジを連想させるが……。まあ性格悪そうな顔してやがる。

 そいつに告げ口する召喚師の女も、なんて嫌な顔だ。


「まあ、この場に出てきたのが年貢の納め時ねっ!」


「やっぱ日本人だなあ。その言い回し直接伝わってくるわ」


「うるさい横殴り!! まずはお前から叩きのめしてやるわっ!!」


「ほう、ギャラリーがいるのに大物を召喚するのか? 正気か?」


「あんただってそいつらを人質にするつもりで連れてきてるでしょうが!!」


「ははは、バレたか」


 俺と召喚師のやり取りに、ローザはふむふむと頷いた。


「なるほど、同郷の出なのだろう? どことなく性根の曲がり方がにておるな」


 酷いことを言う。

 だが、認めたくは無いがあちらの倫理観は俺に近いようだ。

 なぜなら、こんな大被害必至の状況で、デカブツを召喚し始めたからである。


「”暗黒の淵よりなお暗き、闇の王の名に於いて、我は汝と約定を結ばん! 遍く世界の壁を打ち破り、いでよ、地竜ベヒモス……”!!」


 呪文だ!! 呪文唱えてる!!

 俺はちょっと感動しながらその状況を眺めていたので、みすみす召喚を許してしまったのである。


 牛と竜とサイを組み合わせたような、巨大な怪物がバルサートゥ河に降り立つ。

 決戦スタートなのである。

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