第145話 熟練度カンストの下城者

 城も全く安心できんではないか、ということで、わいわいと城から出てきた。

 これは、ヴィシャルの手のものかローヒトの手勢か。

 十中八九ローヒトだろう。


 カメレオン状に壁に溶け込める暗殺者なんてのが、ホイホイいてたまるか。

 助け出したスラッジを後ろに庇いながら進んでいくのだが、こいつの顔色が悪い。


「どうした? 王様はなんか言ってたのか」


「はい。あれは……あれは、意味なんて無かったと」


 絞り出すように言う。

 俺たちが進む先では、行く手を阻もうと兵士たちがやってくる。

 そいつらを、アンブロシアが水の精霊たちを呼び出して、穏便に退けながら進んでいるところだ。


 城内は第一王子、ヴィシャルの勢力圏だな。

 俺たちが王の寝室をぶっ壊したので、奴はこちらを敵として認識したのだろう。

 即座に攻撃に移ってくるあたり、迅速だが、まあ拙速だな。


 王ってものについてよく知っている訳じゃないが、第一王子は王の器ではないと断言できる。

 あれだけビビリの王が生まれてみろ。

 疑心暗鬼で内部粛清の嵐だぞ。


「よし、ちょっと速度上げて走るぞ。サマラ、アムリタを頼む!」


「えーっ! アタシがあの子を持ってくんですかあ? 仕方ないなあ」


「ぎゃーっ! 何をいきなりひょいって担ぎ上げてるのよー!! ひいー、高いー! 怖いー! 下ろしなさいよー!」


 サマラがおもむろにアムリタを肩に担いだ。

 彼女は体格がいいから、アムリタくらいなら軽いものなのだ。


 パワーではリュカに次ぐからな。

 ぎゃーぎゃー悲鳴をあげる小娘を、軽々と運搬していく。


「ふむ、いかんな。まだまだ兵士が来るぞ」


 ローザが眉をひそめた。


「おー、さすがは王宮、きりがないぜ」


 今までどこに隠れていたのか、わらわらと兵士が集まってくる。

 正面突破してしまっても構わないが、こいつらはアウシュニヤを守る兵士でもある。ということは、彼らを減らせば国の武力が落ちることになる。


 スラッジが将来的に王になったなら、国が弱っていては困るだろう。

 できるだけ戦闘を避けていくことが望ましい。


「アンブロシア! 水路を使って逃げるぞ。多分、これ河とかに繋がってるだろ」


「あいよ! ヴォジャノーイ! ウンディーネ! 出ておいで!」


 城に張り巡らされた水場から、河童みたいなのと透き通った女みたいなものがわらわら登場する。


「さあ行くよ!」


 アンブロシアの掛け声に合わせて、水の精霊たちは組み合わさり、巨大な水のボールに変化する。

 俺は手近な木を一本切り倒し、さらに二つに割って足場とした。

 こいつを水のボールに飲み込ませて、と。


「よし、乗り込め!」


「うわあっ、こ、これなんですか!? 大丈夫なんですか……!?」


 スラッジはこの水のボールに入るのを躊躇しているようだ。アムリタはびっくりしたのか、黙ってしまったな。


「大丈夫だ。これを使って水路を走って、一気に河まで抜けるぞ。まさか水中を追いかけてくる奴がいるわけがないからな」


「おいユーマ」


 小声を出しつつ、ローザが俺の袖を引っ張った。


「何故、一々声に出して説明している? 貴様らしくも無い。これはまるで、何かを誘っているような」


「そういうことだ」


 俺が横目に見ると、じっとこちらを見るアムリタと視線が合う。

 これで彼女が何らかの手段で操られたりしているなら、黒幕に俺の話は筒抜けになっていることだろう。


「ヴルカン! なぎ払えーっ!!」


 最後に兵士たちに、サマラが炎の雨を降らせて吹き飛ばす。

 水も多いし、ただの爆風と炎だけだから人死には出るまい。だが、視覚効果だけは抜群だから、連中はちょっと腰が引けてしまうだろう。


 そこを狙って、俺たちは水のボールで出発した。

 猛烈な速度で水路を走っていく。


「なな、なんだあれはーっ!!」


 見たことも無い、ゆらゆら揺れる水面が球状になって走ってくるモノ。

 外に飛び出すと、集まってきていた兵士たちは驚愕して攻撃する事もできない。

 そして、このボールがまた速いんだ。


「あーっはっはっはっは!! どけどけー! ぶっ飛ばしちまうよーっ!!」


 核となっている丸太の先端に仁王立ちになりながら、アンブロシアが高笑いをあげる。

 事実、遠くから弓矢を使った兵士がいるが、奇跡的に命中した矢は回転する水に弾かれ、へし折られて押し流されていく。

 自ら動き回る激流みたいなものなのだな、これは。


 ボールは水路を抜けると、河に向かう地下水路へ繋がっている部分へ沈降。

 相変わらず高速のまま、水中を進行し続ける。


 城の兵士たちは、指を加えて見ているだけだった。

 ここはそれなりに長い地下水路。人間が追って来られる環境ではない。

 だから、そろそろだろうと俺は目星をつけていた。


「前か、後ろか」


 周囲は暗闇だ。

 光の差し込まない地下なのだから当たり前だが、ボールが進む音がうるさいから、例え接近するものがいてもその音を聞き取る事はできないだろう。


「サマラ、灯りを」


「はい。ヴルカン……!」


 サマラの胸元から、火の精霊の小人が何匹か飛び出してきて、組体操みたいな格好になった。

 炎と炎が組み合わさって、大きくなる。

 周囲を明々と照らし出した。


「おお、いたいた」


 俺は思わず笑ってしまった。

 それは、頭上だ。


 水のボールに張り付くような距離で、真上を高速で泳いでいるものがいる。

 一見してエイの怪物。

 だが、俺たちに見せているその腹の部分には、紛う事なき巨大な顔がついている。


「なんだいありゃあ……!? ……あれ、クラーケンの一種だねえ」


 地域によっては、エイの怪物がクラーケンだとするところもあるらしい。

 こいつは、その伝承に則った異なるクラーケン。

 クラーケンアナザーというわけだ。


 しかも、流線型をしたエイである。とにかく速い。クラーケンが、吐き出す水流で水の壁をぶち抜きながら泳ぐなら、こいつは刃のような形とまるでスクリューのように動く尻尾で、水を切り裂きながら泳ぐ。

 水を切り裂くという事は、つまり。


「アンブロシア、修復の用意! くるぞ!」


 クラーケンアナザーが、その巨体を僅かに傾ける。

 すると、ひれの部分が水のボールに接触。

 触れた部分が刃のように働いて、ボールを切り裂いていく。


「う、うわああああ!」


 切り口からあふれ出してくる水に、スラッジが悲鳴をあげた。

 俺にしがみついてくる。


「これこれ」


 俺の動きが鈍っては大変と、ローザがスラッジを引き離す。


「ユーマ、貴様はこいつ相手に何か策があるのか?」


「うむ。図らずも、サマラのお陰で完成した技があってな。どこまで応用できるか分からんがやってみる」


 俺はバルゴーンを構えた。

 虹色の刃をエイに向けながら、切りつける場所を認識する。


「”ディメンジョン”」


 空間を斬るイメージ。

 俺の思考どおり、目の前にある空間が切り裂かれる。


 そこには、名状しがたい色合いの世界が広がっている。

 俺はここにバルゴーンを突っ込んだ。


「も一つ”ディメンジョン”」


 突っ込んだバルゴーンの切っ先が、異空間をも斬り裂く。

 そして、剣が抜けた。

 抜けた先は、ボールの外側。

 虹の刃がエイのヒレに突き刺さる。


「よっ……と……!」


 異空間の中で、剣を動かせる範囲を確認しながら、俺は剣を動かしていく。

 開いた空間は、周囲のものを吸い込もうとするから、それに抗う必要もある。

 動きの細かな融通は効かないのだ。


 だが、


「いけるな。大きく振るえば、それに沿って切り口が動いていくぞ! よし!」


 俺は一気に、剣を振りぬいた。

 ボールの外で、虹色の軌跡が生まれる。

 それはエイの半身を大きく削り落とした。


 怪物が悲鳴をあげる。

 のた打ち回りながら、速度を大きく落とし、ボールから置いていかれる。


 俺は慎重に、ゆっくりと剣を異空間から抜いた。

 空間に開いた傷口は、すぐに閉じていく。


「ユ、ユーマ、なんだ、それは。いい加減貴様はでたらめだと思っていたが、そろそろ貴様のやっている事が分からなくなってきたぞ」


「うむ。詳しく説明すると長いんだが、俺たちの世界だとワームホールとか呼ばれてる現象でな。具体的には空間を切れる」


「凄まじいものだな……」


 ローザは溜め息をつきながら感心している。

 アンブロシアは首をかしげているので、多分全然分かってない。

 サマラはそもそも見るのが二度目だし、大体「さすがですユーマ様!」って言うので気にしないことにする。


「さすがですユーマ様!!」


 ほらあ。


「ありがとうユーマ。まさか、あんな怪物が水の中まで追ってくるなんて。僕たちが逃げるのが、ローヒトにばれていたんでしょうか」


 スラッジはようやく落ち着いてきたようで、質問を投げかけてくる。

 うむ、質問はいいが、まずはローザから離れよう。


「あっ、すみません!」


「ふふふ、少しの間、息子を持った母親の心地だったかもしれんな」


「えっ!? ローザさん、僕とそんなに変わらない年齢なのでは……」


 あっ、話題がそれた。

 それに、ローザはアラフォーだぞ。年をとっていないだけだ。


 だが女性の年齢に関する話は、みだりにするものではない。

 俺はあくまで、スラッジの質問にのみ答えることにする。


「スラッジ。ローヒト王子が俺たちの行く先を知ってたんじゃない。あいつに付き従う召喚師が盗み聞きしてたんだろう」


「それって、どういう……?」


「詳しい説明は、陸の上でやろう。そら、光が見えてきたぞ」


 地下水路を抜けた。

 バルサートゥの大河がとうとうと流れ、日差しが水面いっぱいに差し込んでいる。

 水のボールは水上目掛けて一気に上昇し、すぽーんと空に飛び出した。


「ヒャアー」


 水上でいかだに乗っていた奴がいて、腰を抜かして河に転げ落ちた。

 すまんな。

 水のボールはいかだを越えて着水する。そしてまたぐるぐると回転しながら、河岸へと突き進む。


「もう、ほんと、死ぬかと思ったわ!」


 サマラが下に降ろしたらしいアムリタが、青い顔をして言う。

 俺はしゃがんで目線を合わせて、彼女をじーっと見る。


「な、何よ」


 じーっと見る。じーっと。


「な、何見てんのよあんた!」


 俺の額をぺちっと叩いてきた。


「痛い! こいつは本物のアムリタだな」


「どういう見分け方をしておるのだ」


 ローザが呆れた。

 そこで、ボールは岸に到着だ。

 みんなわいわいと降りる。


「アムリタは時々、我ここにあらずって感じになる。で、さっきは俺が意図的に声に出して話をした時、やっぱりアムリタはそういう感じになった。それでさっきの襲撃だ」


 俺は、ボールから降りてきたアムリタに言う。


「なあ、そこにいるんだろ召喚師?」


 俺を見上げるアムリタの目つきが、すうっと細くなった。

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